光のプレーン
8:彼の場合
「彼」は、この数日間この岩場のあたりをアテもなくウロウロしていた。
当初は北のトルーナ村の近くにいたのだが、村人から色々施しも受けて意気揚々と村を出発したのだ。
しかし、世の中ってやつは中々思い通りには行かないらしかった。
もらった地図を頼りに西に向っていたのだが、とある、「彼」の興味を激しくひいてしまうものに遭遇してしまい、ソレに夢中になってしまっているうちに迷子になってしまったのである。
昔からコレに熱中すると周りが見えなくなるタチで、よくシードルやキャンディなんかから痛烈に皮肉られたりもしていた。
それでも、中々やめられない「彼」のクセ。
珍しい昆虫を追いかけること。
セサミ・アッシュポットは一人、イベンセ岩場で結構途方に暮れていた。
「ハァ・・・・・」
小さな岩に座って、一人溜息をつく。
彼は不運なことに、こっちに来てからクラスメイトの誰とも遭遇していない。
だから、みんなもこの世界に来ているとは思いも及ばないのであるが。
それもこれも、さらわれるクラスメイト達を尻目に一人隠れていたバチでも当たったのだろうか。
「・・・ハラ減ったぁ・・・・もう何日も何も食ってないからなぁ・・・ハァ・・」
実際には一日も経っていないのだが、今の彼には関係ない。
これからどうするか、ただそれだけ。
するべきことも見つからず、ボーッと空を眺めるセサミ。
すると。
「どうしたでぺたん?」
誰かに呼びかけられた。助かった、と言わんばかりに彼は振り返った・・・・が。
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!??」
「ひっ! な、なんなんでぺたん?」
思わずセサミは絶叫した。そこに立っていたのは人ではなかった。
柔らかげな灰色の体、触ったら弾力ありそうな質感、そしてソイツは普通立って喋ったりしない事実。
・・・・こんにゃくがそこに立っていた。
「こんにゃくが喋ったぁぁーーーーーーーーーっ!!!!」
「し、失礼でぺたん!」
逆にこんにゃくがムッとしたようだ。
「こんにゃく様が喋ったらおかしいでぺたん!?」
「おかしいだろっ! 普通!!」
セサミは知らなかったのだが、光のプレーンにはこんな種族も存在するのである。
こんにゃく様、という種族なのだが。物質プレーンでは存在すら伝わってないだけあって、彼の反応はある意味当然だろう。
「全く、失礼な人でぺたん! 急いでるから、もう行くでぺたん!」
こんにゃく様は荷物を持って歩き始める。その姿もどこか滑稽でセサミは笑ってしまう。
「・・・もういいでぺたん」
「ぎゃはははは、は・・・・・ん、待てよ・・・」
ひとしきり笑ったところで、セサミはふとこんにゃく様を見た。
「こんにゃく・・・・・・」
今の自分の状況を改めて見直して、そして再度こんにゃく様を見やる。
今、モーレツにお腹がすいているのである。つい、唾を飲み込む。
その音を聞きつけてか、こんにゃく様がビクッとして振り向いた。もはやそこにいるのは、ハラを減らしたケダモノのごとく。
「でかいから、何日分あるかな・・・」
「・・・な、なんの話でぺたん・・・・・・?」
「ええーーーい、問答無用っ!! 待て、晩メシッ!!!」
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!! 助けてくれでぺたーーーーーん!!!!」
かくして、こんにゃくと少年の鬼ごっこ(命懸け)が始まった。
「助けてくれでぺたこーーーーーーーん!!!!」
妙な声を聞きつけ、彼らは立ち止まった。間もなく、全力疾走するこんにゃくと少年が前方からやってきて走り去っていく。
「セサミ!?」
あいにくと、こんにゃくと少年は鬼ごっこ(命懸け)に夢中になっていて、彼らの声は届かなかったようだ。
「何やってんの? セサミったら。今度は虫じゃなくてこんにゃく様を追いかけてるワケぇ?」
「行っちゃったね」
キャンディとシードルが顔を見合わせた。
不運なことに、セサミの性質が災いしてせっかく遭遇したクラスメイト達に彼は気づかなかった。
一刻後、流石に疲れてセサミは立ち止まった。その間にこんにゃく様は全力をふりしぼって彼から逃れた。溜息をついて、座り込むセサミ。
「ハァ・・・・余計にハラ減った・・・・・・・」
どうしようか。
「くっくっく・・・・ハラが減っているのか・・・」
「!!!!!!!!!」
彼は後方をバッと振り返った。そこには、3人のドワーフ、そしてどこかで見たマッドマンの姿。
それはショコラであったが、今のセサミにはそちらに注意を払うどころではなかった。
このドワーフ達、雰囲気がおかしいのだ。あの海岸で感じた、邪悪な空気・・・・
「・・・・ちょっと小さいが、魔力は中々だな・・・。どうだ、融合しないか? くっくっく・・・・・」
「・・う・・・・く、来んなよ!!」
また、彼はダッシュで逃げ出した。しかし彼らはそれを追おうとはしなかった。
「・・・・・ゆっくり追い詰めればいい・・・どうせ、逃げられはしないのだからな・・・・・くっくっく・・・・」
「コイツはどうするんだ?」
一人のドワーフが、ショコラを見上げた。
「ちょっと考えがあってな・・・・・これからキード・モンガに行く。一気に、ドワーフどもの集落を落とす」
「わかった。・・・・我々もキード・モンガに向おう」
「ほら、さっさとついて来い!」
ドワーフがショコラをせかすが、相変わらずショコラはマイペース。
ドワーフたちもいささか手を焼いているようだった。
言うまでもないかも知れないがこのドワーフ達、もはや「ドワーフ」ではなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、追ってきてねぇだろうな、あいつら・・・・・・・」
思いっきり走って、止まると一息つくセサミ。
なんだか今日は走ってばかりな気がする。もう走らないぞ。
「おい、セサミ」
「!!!!!!!!!!!」
また、何者かがオレを狙ってきた!?
走らないと決めた矢先にまたダッシュするセサミ。
「チキショウ、なんでオレばっか・・・・・・・テッ!!」
走り去る彼の後頭部に、衝撃が走って倒れて突っ伏す。石を投げられたらしい。
「いきなり逃げるこたぁないだろ、セサミ」
ん? そういえば、「何者か」が自分の名前を知っているはずはない。
自分を知っているということは、自分「も」知っているということであろう。
そしてよくよく冷静になってみると。自分の後ろにいるのはよく見知ったクラスメイトの顔。
「何かに追われてたのか?」
「・・・・・カシスじゃねぇか! いつの間に居るんだよ!」
「さっき声かけただろうが。何か必死で逃げてたみたいだったけど」
思い起こしてみる。そういえば、さっき逃げてた時にどこからか呼ばれたような気がしなくもない。
しかし、それは女の声だったような気もする・・・・
「・・・ああ、どうだっていいって! そんなことより、ヤバいって!
なんか、ドワーフがヤバそうな目つきでさ、ユウゴウしろとか何とか・・・・・!!」
「ドワーフが融合しろって? ・・・・・まさか・・・おい、近くにショコラはいなかったか?」
「え?」
また思い起こしてみる。そういえば、ショコラらしい姿もあったような・・・・・・?
「・・・いたような気がする」
「なんだって! ちくしょう、また入れ違ったか!」
身を翻し、カシスはセサミがやってきた方向へ向い始める。
「あ、ま、待てよ! わざわざ行くつもりなのかよ? 相手は3人もいたぜ。絶対ヤバいって!
オレだって、必死で逃げてきたんだから、また行くことないっての!」
「・・・・・・ショコラがいたのに一人で逃げてきたってワケか?」
「・・・! だ、だって・・・・・・それは・・・・・」
「まぁいいや。普通は逃げるよな」
それでも彼はドワーフたちのいるであろう方向への歩みを止めようとはしない。
「・・お、おい・・・・・」
「なんなら、一緒に来るかい?」
セサミは勢いよく首を横に振った。
「そう。・・・・西のゲアラヴァ村ってとこにフレイア達が向ってるみたいだから、気が向いたら行ってみろよ。
一人よりはいいだろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
それだけ言うと、彼は走っていった。セサミは見送ることしかできなかった。
「・・・・んだよ・・・・・・バカにしてよ・・・・・・」
思わず、涙が出た。安堵感と不安と劣等感が入り混じった複雑な心境だった。
恐怖から解放されたせいで、忘れていた空腹もよみがえってきた。
「・・・・・何かめぐんでもらえばよかったかな・・・・・」
いまさら悔やんでも後の祭り。仕方なく、西・・・・ゲアラヴァ村に行ってみることにした。
こんな、どこにエニグマがいるかもわからない状況で、一人でいるのは確かに無謀だろう。
クラス最年少だけあって、彼はまるっきり「子供」であったから。一人で渡って行けるほど、彼はたくましくも強くもなかったのだ。
西に向ってトボトボと歩き始める。どうしようかと途方に暮れつつ。いつかは他の仲間に出会えるのだろうか?
数時間ほどひたすら歩いて、彼は立ち止まった。はるか前方に、何か高い塔みたいな建物のカゲを見つけた。
一生懸命背伸びをして、それが幻なんかではないことを知る。
それこそが、彼が目指していたゲアラヴァ村にある工場「キード・モンガ」であった。
しかし、運命は彼の思うようには動いてくれなかった。
前方の岩のカゲから、何か大きいものがヌッと現れて、嫌な予感に彼は身をすくませた。
嫌な予感は的中した。正真正銘、エニグマであった。
「くっくっく・・・・・来い、闇へ・・・」
エニグマはゆっくり近づいてきた。後ずさるセサミ。しかし、ここで引き返したらもう戻ってこれない。
どうしようか考えているうちに、エニグマはいつの間にやら後ろにまわっていた!
「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」
途端に魔法の力で彼は強制転送させられた。
「くっくっく・・・・・すぐに他の連中も送ってやるさ・・・・・闇のプレーンにな・・・・・・」
呟いて、エニグマは消えた。
「・・・・・闇のプレーン・・・?」
そして、ちょうどその場面に、フレイア達も遭遇していた。
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