死のプレーン
9:ガナッシュ
長い長い森を抜けると、その先には湿地帯が広がっている。ここは、通称「失意の沼」と呼ばれている。
行く先を見失った魂がアテもなくさまよう場所であるという。
魔バスは沼に入る手前で停車した。
「ダメだ、これ以上は進めねぇ。こっから先は歩いていってくれよ」とバルサミコ。
確かに、沼を車で渡ろうなんて無茶に違いない。流石にそこまでバルサミコも無謀ではなかったようだ。
「よし!! 行くぜ!!」
いき勇んでバスを降りたのは、キルシュ。
彼としても色々思うところがあったようだが、今の彼はすっかりいつもの彼だった。
「誰が行くの? メンバーは?」
降りながら、ブルーベリーは気づいた。全員がバスから降りている。
「そりゃ、みんなでしょ」シードルが呟く。
「でも、キャンディは魔法が・・・」
皆がキャンディに注目する。当の彼女はさも当然のように言う。
「アタシも行くわよ。魔法なんて関係ないでしょ」
「でも・・・」
「ガナッシュを止めないといけないのに・・こんなトコでジッとしてるなんて嫌。絶対に行くからね!」
困惑する仲間たち。彼女の言うことももっともだが・・・・
「もしもの時にために、私がボディガードしてあげるわよ」とマドレーヌ。「流石にここから先は、何がいるかわからないからね〜」
「先生・・・」キャンディが彼女を見上げた。
「よーーーし!! 決まりだな!! さっさといくぜ!!」
キルシュの号令に、皆が歩き出した。
目指すは、再生の魔窟。
長い長い迷走。ただがむしゃらに、一つだけの目的のために歩き続けた。
姉を救い出すため。
少年は、ゆっくりと歩を進める。
さ迷える魔物の魂共をかきわけ、彼はようやく目的の地へ辿り着こうとしていた。
ふと、足を止める。
・・・・・次の一歩が踏み出せない。
まだ恐怖があるのか・・・・・彼は苦笑した。もう、何もかも捨ててきたはずなのに。
あのエニグマが言っていたことが本当なら、この先に魂だけの存在と成り果てたエニグマがいるはずだ。
最強のエニグマ。そいつを身に宿して制御することができれば・・・・・・きっと・・・・・・
こんな時、みんななら止めるだろう。他に方法があるはずだって。
でも、ちっぽけな子供に一体何ができる・・・・? 大人になるまで、俺も彼女もこのままで在り続けろとでも言うのか・・・・?
嫌だ!
本当のことはずっと隠されたままで、いいように振り回されて・・・・・真実を知った今それを受け入れて生きるなんて、もうできるワケがない・・・・・
俺は俺のやり方でやらせてもらうさ・・・・・誰にも邪魔はさせない。
例え、あいつらと争うことになっても・・・・・・・・・・・・!!
彼は、最後の一歩を踏み出す。
その眼前にそびえるは、異形の存在。
「ガナッシュ!!」
目前のことだった。後方から、望まない呼び声が響く。
彼は・・・・ガナッシュはゆっくりと振り向いた。クラスメイト達。勢揃いだ、わざわざご苦労にも。
「・・・追いつかれたか」ガナッシュは冷静だった。
「ガナッシュ!! ソイツに近づくな!!」
キルシュの叫びに、ガナッシュは顔だけ後ろに向けた。
「・・・・・ようやく、目的の『モノ』に逢えたんだ。邪魔しないでもらえるかな」
「バカ言ってんじゃないよ! こっちに戻ってきなよ!」とレモン。
「ガナッシュ〜!! そんなヤツと融合しちゃダメだヌ〜!!」とカベルネ。
「ハヤマルナ!! ショウネン!!」とカフェオレ。
「ガナッシュ〜、ダメだよ〜・・・・どういうことになるか、わかってるんでしょ〜・・・?」とアランシア。
「ガナッシュ・・・・」
オリーブとキャンディが進み出る。彼はそちらを見て少し驚いたようだった。
「・・・ねぇ・・・・もう、やめようよ・・・・・・。・・・・・そんなことしても、どうにもならないよ・・・・・みんなで、帰ろうよ・・学校に・・・・・」オリーブはうつむいた。
「ガナッシュ・・・・・・・私」
キャンディは言葉に詰まる。言いたいことはたくさんあるのに、うまく口に出せない。
「・・・・・君も、止めに来たのか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
さっきまでと、彼女の様子が違う。もしかして・・・・・元の彼女なのだろうか?
エニグマから、解放されたのか・・・・・?
「私・・・・・・」
「キャンディ・・・・」誰かが呟いた。
変化は明らかだった。今の彼女はエニグマに左右されない存在。ガナッシュはうっすらと笑みを浮かべる。
彼女が『彼女』でいられることに、そしてそれがもたらす意味。
「大丈夫。・・・エニグマと融合したからって、何もかも変わってしまうことはないさ。
もしも、俺が『コイツ』を制御することができれば・・・・問題ないだろ?」
「!! ダメよ、ガナッシュ!!」マドレーヌが声を荒げた。「アナタでは、エニグマの王には勝てないわ」
「・・・言ってくれるな、先生」彼は苦笑する。「やってみないとわからないだろ」
「・・・・・・わかるわよ。わかってないのは、アナタの方。いくらアナタが魔法が優秀だからって、エニグマの王を御することなんかできやしないわ。
・・・・・帰りましょう。今ならまだ、間に合うわ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
闇の中から、響く声がする。
くっくっく・・・・アイツはうまくやったようだな・・・・・・
今は存在が見当たらないが、そんなことはどうでもいい・・・・・・・・
所詮、アイツも手駒に過ぎぬ・・・・・俺が強くなるための・・・・な。
目前に、強大な魔法力を秘めた少年がいる。
エキウロクリュを使って、周到に呼び寄せた、最高の依代。極上のエサだ。
新たな力を手に入れ蘇るための。
逃がしはしない。
闇が、膨大に膨れ上がった。ガナッシュのすぐ後ろで。
「!!?」
闇が、彼を包み込む。
「ガナッシュ!!」
「くっ・・・・!」
今は魂だけの存在、エニグマの王ケルレンドゥ。エニグマとしての本能が、強さを求めて肉体を求める欲望が、彼を動かしていた。
闇が、徐々に大きな影を形作る。
「ガナッシュ!! 早くこっちに来なさい!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
駄目だ。
アッという間にヤツは全てを支配してくる。抗うヒマもないほど。
体が動かない。
制御するだって? 大口たたいて、こんなものか。
エニグマの王には勝てない・・・・か。・・・もうどうでもいい、そんなことは。
姉さんと、同じモノになるだけさ・・・・・・・・
・・・・もう・・・・・意識が・・・・・・
「・・・・ガナッシューーーーーーー!!!」キャンディの絶叫。
「クソッ!! 先生!! どうにかできねぇのかよ!!」とキルシュ。
「・・・・・・・・・・」
彼女の表情は、とても悲痛なものだった。
ここまで来て・・・・・・
「・・・エニグマは無理に融合することはできないんじゃなかったんですか?」とブルーベリー。
「・・・・・・・・普通のヤツならね・・・・・」マドレーヌは口に手をあてる。「・・・王になるほどの力の持ち主なら、強制的に融合することも出来るんでしょうね・・・・・・キャンディの場合みたいに・・・」
皆の視線が自然とキャンディに集まった。
そして・・・・・その事実はある一つの可能性を示唆していた。
「・・・・みんなで、呼びかけようよ・・!」
珍しく、オリーブが強い口調で言った。今度はオリーブに視線が注がれる。
「ガナッシュだって・・・・・・本当に心から望んでいたわけじゃないよ・・・・・
ただ、お姉さんを助けたくて・・・・・ここにしか、すがるものがなかった・・・・・だから・・・・・」
「・・・・そうよ、キャンディがエニグマを追い払うことができたんだもの・・・・ガナッシュだって・・・・」とフレイア。
「そ、そうだよ! そうだぜ、みんな!!」キルシュが受ける。
「エニグマを受け入れるも剥がすも、彼自身ってことだよね」とはシードル。
「そうだヌ〜!! ガナッシュなら、きっとエニグマに勝てるヌ〜!!」意気揚々と叫ぶカベルネ。
心に巣食う闇を、異種なる存在を、彼が全てを投げ出して解き放つことができれば・・・・・
できなければ、それだけのこと。キャンディの時の二の舞が起こるだけ。
しかしそれは、そればっかりは彼らにはどうしようもできないことだ。全ては、あの少年にかかっているのだから。
薄れゆく意識の中に、よく見知った存在を見つけた。
彼女はこちらを見て、優しく笑っていた。人が変わる前の、優しかった姉の姿。
エニグマに憑かれた彼女は、今も遠い遠い場所に閉じ込められている。
彼女は・・・・・ヴァニラは・・・・・何を思うのか?
彼女を追って闇に染まろうとしている弟を、バカだと笑うだろうか。
きっと彼女はそれを望まない。本当の彼女は。
心優しい姉なのだ。とても。
ずっと、一緒にいたんだ。知っているさ。でも・・・・・・
(彼女が、君が、本当に望んでいることは、何だと思う・・・?)
誰かの声。頭の中に響いてくる。
(同じモノに成り果てるのを望むのか? 君は、彼女は)
・・・・・・・・・・
最初は・・・・それでもいいと思っていた。そうするしかないと思っていた。
ダケド・・・・・
このまま、コイツに呑まれてしまったら、結局彼女を救うことなんかできやしない。
誰も救われないんだ。俺も、彼女も。
このまま呑まれてしまうくらいなら、いっそ、自分で命を・・・・・・
(全ての力を解放するのだ。・・・そうしたら、君はその魔法の力を失ってしまうだろう。
・・・・・しかし、今の君に魔法の力が一体何の意味を成すというのかね?)
・・・・・・・・・!!
闇の動きが止まった。
みんなはかたずをのんで動向を見守った。
ガナッシュを覆ったはずの闇よりも、さらに深い闇がそれを押し広げる。
(な・・・なにぃぃぃぃっ・・・・・・!!)
声にならない叫びが辺りに震撼し、クラスメイト達はそれに震えた。
押し広げられた闇は、激しく離散した。
そしてそこにいたのは、小さな少年。
「ガナッシュ!!!」
誰よりも早く、キャンディが駆け寄った。他の皆もそれに続く。
倒れている彼を、優しく抱き起こす。気を失っていたようだったが、程なく回復する。
開かれた瞳はうつろだった。
「・・・・・・・・キャン・・・ディ・・・・?」
「・・・・お帰りなさい・・・・」
過去の自分に向けられた言葉を、彼に渡す。言葉通り、『帰って』きたんだ。
「・・・・・・・・・・すまない・・・・どうかしてたな、俺は・・・」
ガナッシュはゆっくり体を起こす。そして周囲を取り囲む仲間たちを見回した。
「・・・『ヤツ』に・・・そそのかされたのさ・・・・力を手に入れれば姉さんを助けられるって・・・・・
危険だとわかってても、俺はソイツに頼ることしか考えられなかった・・・・・姉さんを助けられるなら、俺はどうなってもいいとさえ・・・・・・」
頭を振る。そして、自嘲した。
「それじゃ何の意味もないのにな・・・・たとえ力を手に入れられたとしても、俺は・・・・・・」
その先は、語られなかった。彼はうつむき、肩を震わせていた。
黙って、キャンディはその小さな肩を抱いた。
(・・・おのれ・・・・・・・・・おのれぇっっ・・・・・!!!)
「!!?」
離散した闇が、再び収束していく。
それはちっぽけな魔物の形となった。皆が警戒して身構える。
あれが、エニグマの王?
「・・・・こんなところで消滅してたまるものか・・・・・・・・・
復活し、さらなる力を手に入れるまでは・・・・!!」
魔物はフッとかき消えた。そしてそこには不可思議な次元の歪みが。
「・・・・・・・・・・どうやら、『再生の祭壇』から再び生まれ変わるつもりみたいね・・・・」
マドレーヌは、非常に険しい表情になっていた。
このまま、最強のエニグマを放置しておいていいものか。同じコトを繰り返すことになる。
「逃げたのかよ、あの野郎!!」キルシュが意気込んだ。
「放っておくワケに行かないわよね・・・・・」とブルーベリー。
「追いかけようぜ!! んで、ボコボコにブチのめしてやるぜーー!!」とはセサミ。
「戦うのはイヤですけど、あのエニグマは許せませんの!」ペシュまでも戦う意志を見せる。
意志は、いまや一つだった。
マドレーヌは、複雑な気持ちで微笑んだ。
彼らの気持ちがエニグマとの戦いによって固く一つになっていることに。
結局、彼らに過酷な運命を選ばせる結果になったことに。
「・・・・私は、キャンディ達とここで待っておくわ」と、彼らを見やる。「今の彼らは魔法が使えないし、戦いには流石につれていけないでしょう」
「先生・・・・・・・」
「・・・頑張って。みんなが、あなた達についてるから」
そのとき、彼らを暖かな空気が包む。死の世界に似つかわしくない、優しい空気。
そして、その空気を彼らはよく知っていた。
はるか遠くからずっと彼らを見守ってくれている、大きな存在。
(・・・・・やっぱり・・アンタだったのか・・)
ガナッシュは空虚なままの瞳を、天に向けた。
口先だけのおざなりな返事しかしてくれなかった、それでいてずっと彼らを見守ってくれていた、あの老紳士。
ずっと、救われていたのかもしれない。
「行くぜ!!」
「おーーーーーーっ!!」
決戦の時。
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