死のプレーン
10:絶望の中の一握りの希望
死とは、生とは、一体何なのだろうか。
おそらく、誰も答えを知り得ない永遠の求題。
再生の祭壇・・・・・かつて、多くの魂がここから新たに生まれ変わり、そしてこれからも多くの魂が再生を繰り返す・・・・・・母親の胎内に似た、回帰の場所。
今は、強大な魔物によって支配されていた。
新たなエニグマとして生まれ変わるべく。
だがしかし。
「待ちやがれっ!!!」
魔物は、振り向いた。
しつこくも追いすがってきた、ニンゲンの子供達。
利用しようとしたが、利用しきれなかった。失敗だ。もはや、彼らのことなどどうでもいい。
だが向こうはそういうワケにもいかないらしかった。
「生まれ変わらせるワケにはいかないよ」
「何度も同じことを繰り返させたくない!」
「よくもガナッシュを・・!」
「ひぃぃぃ・・・・やっぱり近くで見るとコワイっぴ・・・・・・・帰りたいっぴ・・・」
「コラ、ピスタチオ! 逃げ腰になってどうすんの!」
なにやらわめく子供達を、魔物はけだるそうに見つめた。
そして。
「・・・・・ここまで追ってきたか・・・・・・愚かな」
地の底から響き渡るような声に、彼らは一斉に身構えた。
「ここは、死のプレーン。死した魂の行き着く場所。この場所で死ぬものは、二度と生まれ変わる事もなく消滅する。
この恐怖に打ち勝てるものだけが、生きてこの場所に来ることができるのだ。
・・・・・それだけの覚悟を以て、ここに来ているのか、お前たちは・・・・・?」
エニグマがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。少し、後退する仲間達。
「・・・・・そんなことはどちらでもいいか・・・・どの道、お前たちはここで死ぬのだからな・・・・」
闇が急速に拡大し、あたりを包み込む。
彼らの前に、巨大な腕がいくつも現れる。
「お前らごとき、腕で十分だ」
同時に、宙に浮いた何本もの太い腕が彼らに向かって襲い掛かる!
「来るぞ!!」
「・・・・・・先生」
「ん?」
ひょいと、マドレーヌは顔を呼ばれた方向に向けた。
真剣なまなざしの少年が座ったままこちらを見ている。
「なに?」
「・・・・・・・あの森で・・・エニグマの森で、たくさんのエニグマが死んでいた・・・・・あれ、先生がやったんだろう?」
その言葉に、少年の隣にいた少女が驚いてマドレーヌを見た。
当の彼女はフゥと溜息をついて、笑った。
「・・・・まぁ・・・・ね」
「えー!! ホントに!?」
「やっぱりな・・・・・彼女が言ってたことは本当だったんだ・・・」
「? 何の話?」マドレーヌはニッコリ笑った。
「先生には、エニグマが憑いてるって」
「えええっ!!?」さらに大声をあげる少女。「ほ、本当なんですか!?」
しかし、マドレーヌはただ笑うのみ。
「どうかしらね〜」
「誤魔化さないでくれよ、先生」
少年は立ち上がった。
「・・・・・・それだけの力を持ちながら、どうして・・・・・」
「うわぁっ!!」
まるでボールみたいに、体が弾き飛ばされる。
あちこちで悲鳴が起こる。
「どうした? 意気勇んだ脆弱なニンゲンどもよ」
「くっ・・・・・!」
やはり。想像通り・・・いや、想像以上。
エニグマの王の実力は。
レモンは唇を噛んだ。まだ、相手は「腕」しか戦っていないのに。
「・・・やっぱ、簡単にはいかないか・・・・」
体を動かすと体中が痛んだ。もう、何回あの太い腕に張り飛ばされたかわからない。
所詮、私達はちっぽけな力しか持たない子供なんだ。こんな、エニグマの王なんかに立ち向かう方がどうかしてる・・・・・・・
思わず、笑みが浮かんだ。自嘲。
「何笑ってんだよレモン・・・」
少し向こうで、キルシュがこちらを見ていた。やはり、ボロボロの様相で。
「ま、笑うしかねぇよなこれは・・・・・」後ろから、カシスの声もした。「正直、ここまで圧倒的だとはな」
「みんなで戦えばイケるかもしれないって思ったけど・・・・・確かにね・・・・・」
それなりに戦える彼らも、いつまでもフルに戦えるワケもなく。
後方のみんなもずっと、魔法を使いっぱなし。誰もが、限界に近かった。
「・・・も、もうダメー・・・・」
「やだ〜・・・・・強すぎるよ〜」
「あきらめちゃ・・・・だめだよ・・・・」
「と言っても! 魔法が全然効いてないヌ〜・・・・・・」
「向こうは闇の魔物だものね・・・・・普通の属性じゃ、効き目なくても無理ないわよね・・・・」
「ブルーベリーちゃん、冷静ですのー・・・・」
「開き直ったのかもしれないよね」
「うあああああ・・・! やっぱりやめとけば良かったっぴ〜〜〜〜・・・・・・・」
「イマサラオソイッテノ。コウナレバ、アタッテクダケ・・・・・」
「ホントウに砕けてしまうっぴーーーー!!」
「んー」
仲間達も口々に騒ぎ出す。
「私が・・・」
「だ、だめだよフレイア〜! フラフラじゃない〜!」
「でも、闇に通用するのは、光しか・・・・・」
「向こうの闇が強すぎるんだヌ〜! これ以上魔法を使ってたら、死んでしまうかもしれないヌ〜!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もう打つ手はないのか。絶望が、クラスメイト達を包む。
直後、前方で激しい衝撃がした。
いくつも浮いている太い腕と、前方で力無く倒れている仲間達と。
「どうして、みんなだけを戦わせたりしているんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少年の問いに、マドレーヌは答えなかった。
「先生が加勢すれば、きっと・・・・・・・」
「・・・それは無理よ」
「なんで!! 先生にだってエニグマがついてるんだろ!?」
「・・・・例えそうだとしてもね。私が戦ってもケルレンドゥにはかなわない」
「じゃあ!!」
この先の言葉を飲み込む少年。
勝ち目がないとわかっていて、先生はみんなを戦わせているのか・・・・・と。
「・・・・・・誰が戦っても、きっとかなわないのよ。・・・・校長先生でも、きっと無事ではすまない」
「・・・・・・・・・・・・・・なら、なんでそんなに冷静なんですか?」
幾分、口調が柔らかくなった。そして、座り込む。
「なんでかしらね」
「・・・・・・・・・・・・」
少年の目つきがきつくなる。
「・・・勝ち目がないわけじゃない・・・・・『奇跡』が起きれば、勝てるかもしれないわ」
「先生!!」
「・・・・・・・・・・・・幻の力・・・・・って授業で教えたの覚えてる?」
その言葉に、少年も少女もハッとした。
「ヒィーーーー!! アンマリ ヒドクタタカレタラ、コワレルーーーー!!」
「で、でも、や、やるしかないヌ〜・・・・・!!! オ、オレ達がやらなくて、だ、誰がやるんだヌ〜!!」
「フルエテルゼ、コエガ」
「怖いからに決まってるヌ〜!!」
「がんばれー」
すっかり腰がひけてるカフェオレとカベルネとショコラがだましだまし、腕の攻撃を引き受けているその間。
「しっかりしてくださいですのーー!! 死んじゃいやですのーーーーー!!」
懸命に愛魔法をかけるペシュがいた。
前で戦えない子供達の盾がわりになって前で戦っていた彼らが、ケルレンドゥの攻撃で大ダメージを受けてしまっていた。誰も意識がない。
「く・・・・・・・」
「あっ!」
しかし・・・・唯一、苦しげに体を起こそうとする姿が。キルシュだ。
「こんなトコで・・・・・負けるワケには・・・・!」
「キルシュ〜〜!! 無理しないで〜〜〜!!!」
悲痛な表情で、アランシアがその小さな体にしがみつく。
「コイツが・・・・・コイツが、ガナッシュを・・・・キャンディを・・・・・」
「・・・キルシュ、顔が紫色だよ〜!! じっとしててよ〜!!」
「平気・・・だ・・・・・・」
なおも立ち上がろうとする彼を、たしなめた者がいた。
「キルシュ・・・・・その顔色は異常だよ・・・・まさか・・・」
シードルは、意を決した。まだ中途だけど、魔法を試してみるしかない・・・・・・
「毒を食らってるんだよ・・・・・動かないほうがいい」
「・・・・・・!」
「えーーー!!! キルシューー!!! やだ〜!!!!」
「落ち着いてよアランシア・・・・・僕がやってみる」
「え?」
「シードル・・・・・・・」向こうで呟くオリーブ。
「・・・・・まだ、実際にやってみたためしがないんだけど・・・・・解毒してみるよ」
具合の悪いのを治療する魔法・・・・・・・・こんなにすぐ、役に立つ機会が訪れるとは・・・・・・シードルは内心、苦笑した。
「このままじゃ・・・・・・・・」
ブルーベリーは思わず口に出していた。誰もが思っていることを。
このままでは、勝てない。・・・・・全滅・・・・・・・・・・
ダメージを負って倒れている仲間、魔法を使いすぎて衰弱している仲間、ヤツと戦えるレベルにない仲間・・・・・・絶望的だった。
でも。
もしかしたら。
果てしなく低い確率ではあるけれども、打開できるかもしれない。
彼女の脳裏にあることが浮かんだ。
しかし、即座に否定する。
(ダメだわ・・・・・動けない人もいる・・・何より、絶対必要な頭数が足りない・・・・・・・)
まさに、『奇跡』でも起きなければうまくいくはずもない。
そんな時だった。
彼らがこの再生の祭壇にやってきた、その場所から新たな姿が現れた。
「・・・・ガナッシュ! キャンディ!!」
ガナッシュは、周囲を一瞥してただ一言、「やばいな」と呟いた。
「ガナッシュ・・・・」ブルーベリーは彼に駆け寄った。「・・・・・・・・・もしかして・・・・・」
「キミなら気付いてるんだろ、ブルーベリー」
「・・・・・・・!」
「先生は・・・・俺達がエニグマの王と戦うことを決めたときから、この方法しかないとわかっていたんだろうな・・・・・・『幻の力』を呼び出すしかないって・・・・・」
クラスメイトの数人が、この言葉に反応した。しない者もいたが。
「『奇跡』を起こすんだ。俺達みんなで」
「『奇跡』・・・・・・・」
誰かが反復した。その言葉の意味は、殆どの者がわかっていた。
万に一つしか起こりえない、絶望にも近い言葉。
「・・・簡単に言ってくれるよね・・・・・・」
苦痛に表情を歪めながらも、ゆっくりと起き上がってレモンが唸った。
「レモンちゃん! まだ起き上がらないでくださいですの!!」
「もしも失敗したら、アタシ達も死ぬかもしれないって賭けだろ・・・・? ・・・・ハッ!」
ブルーベリーは「レモン・・・」と呟きながら彼女を見やった。
「上等だ・・・・! ・・・・・・・やってやろうじゃないか・・・」
「レモンちゃん・・・・・」
「・・・・・・・やらなきゃ、・・・どうせ死ぬんだろ・・・・・・・」
「カシスちゃん!」
「・・・やられっぱなしは、性にあわねぇ」
「当然だろ・・!」
「キルシュ〜!」アランシアの嬉しそうな声。
「ふぃー・・・・・うまくいったよ・・・・・・・」そして、シードルの安堵の声。
「おい、お前らはどうなんだよ!!」
キルシュは立ち上がって、みなを見渡した。
誰もがまだ表情に迷いを抱えていたが、思いは一つのはずで。
こんなところで負けたくない。
「やるぜ! ・・・・・・で、何すんだ?」
『キルシューーーー!!!!』
ほぼ全員からツッコミ。
「『虹』を呼び出すのさ」ガナッシュはニヤリと笑った。
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