死のプレーン
8:解放
それは、ほんの小さな口約束。
(大きくなったら、アランシアをお嫁さんにしてやるよ)
(ほんと~? ほんとにほんと~?)
(ほんとにほんとだよ! 約束だかんな!)
いつからか、少年と少女は少しずつ違う道を歩き始めていた。
でも、いつかその道はどこかで繋がるんだと、彼女は思っていた。
「どうなんだヌ~、ペシュ・・・」
「一生懸命やってますの・・・」
ペシュの持つ愛魔法は癒しの魔法。彼女の抱く大いなる愛の力。
さっきから懸命に魔法を使うが、中々効果が表にあらわれない。
だんだんと苛立ってくる様子のカベルネ。すぐそこで、未だに呆然としている少年に目を向ける。
「どういうつもりなんだヌ~、キルシュ! まさか、死ぬつもりだったヌ~!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・もういいヌ~」
彼は前方・・・戦いに目を向ける。仲間達がそれぞれ必死に戦っている。
どうしようもない、やるせない戦い。いやそもそも、ただでさえ不利な状況で、こちらの戦力もダウンしていては、解決策を見出す前にやられてしまうだろう。
「・・・アランシア・・・」
そばで横たわっている少女を見つめるキルシュ。
あの時、彼女はキルシュを守ろうとして・・・ハッキリとは状況はわからないが、多分、あいつの魔法を受けてしまったのではないか。
何故・・・・・ふと浮かんだ答えに、彼は頭を振った。
どうすることも出来ないんだ。だって、オレは・・・・
そんなキルシュの様子を、心配そうにペシュが見つめていた。
「・・・・・アランシアちゃん・・・ファイトなんですの・・」
彼女は動かない。
このまま、終わらせるわけにはいかない。
どぉぅぅぅぅぅん・・・・・
激しい地響きがし、ペシュの体が衝撃で浮き上がった。
「きゃっ! なんですの!?」
戦いの方に目をやる。すると・・・・・・・
いまだその場に健在している巨大なエニグマ、そして倒れ伏す仲間達・・・・・
「みんな!」
「・・・てこずらせおるわ・・・・・・だが、これで終わりだ」
エニグマは、再び闇の魔法を発動させ始める。さらに、巨大な魔法のカタマリ。
あれを食らったら、命はないだろう・・・・・
「ああ・・・・・もうダメなんですの・・・?」
戦う術を持たないペシュには、どうすることもできなかった。
このまま・・・・・・ヤツに・・・『キャンディ』にやられてしまう・・・・・・・?
「・・・・キャンディ・・」呟くキルシュ。
そして、エニグマを見つめる。あれは、彼女だ。もう一人の。
あの巨体の中に、彼女の意志はまだあるはずなんだ・・・・・!
彼女に、皆を殺させるわけにはいかない。それこそ、ヴァニラのように大切なひとをその手にかけさせるわけにはいかないのだから。
そのためには、何ができる・・・・・?
否。
状況は、絶望的だった。
ヤツを止めることができないのなら、ここでやられるだけ。
ヤツの魔法が最大級に大きくなり、皆の頭上にドス黒く輝き始める。
もう、ダメなのか・・・・・?
「・・・・・・・・!」ペシュが、何かに反応して顔を上げた。「・・・聞こえますの・・」
「? 何が聞こえるってんだ」
彼女は答えない代わりに、満面の笑みを浮かべた。
やがて、キルシュも聞いた。
懐かしい、エンジン音。それは、瞬く間に大きくなった。
そして。
木々の間から巨体が激しい音を鳴らしながら、彼らの横を通り過ぎてそのままさらなる巨体に突進していった!
「ぐぉぉぉっ!?」
あまりに不意を突かれ、エニグマは数歩後退し魔法の発動も中断された。
「やっと来ましたの!!」
「ナイスタイミング!!」
巨体は、エニグマに突進したあと、急転回してこちらに戻って来る。魔バスが、ようやく追いついてきた!!
「みんな!」窓から、顔を出すブルーベリー。
「なんだか、ピンチっぽいねぇ」その隣でシードル。
魔バスは後方で停車し、中からクラスメイト達が次々と降りてくる。
「みんな・・・大丈夫?」マドレーヌもバスを降りた。
倒れ伏していた仲間達も、魔バスの到着で少しは元気を取り戻していたようだった。
「・・・・貴様は・・・・・」エニグマがマドレーヌを見て反応する。
「あら、どこかで会ったかしら」
彼女は思い出そうとするが、思い当たらないようだった。
「まぁいいわ。よくも、ウチの生徒達をここまでやってくれたわね・・・・覚悟はいいのかしら?」
「先生!!」キルシュがやってきた。「ダメだ! アレは、キャンディなんだ!!」
「・・・・・・・! あいつが、キャンディに取り憑いたエニグマだっていうの・・・?」
マドレーヌは顔をしかめた。
「先生! キャンディを助ける方法教えてくれよ! このままじゃ・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」マドレーヌはさらに顔をゆがめる。「一度、エニグマに憑かれたら、引き剥がすことはできない・・・・とされてるわ。少なくとも、今までにエニグマと融合して分離した、だなんて話は聞いたことがないし・・・・・・・」
「・・・・そ、そんな・・・・・じゃあ、キャンディは・・・・・・」
「先生・・・・・」
小さな、それでもしっかりとした声が響いた。オリーブだ。
「キャンディも、戦ってる・・・・あの中で・・・・・わかるんだ・・・・・。
このまま、エニグマにのっとられたくなんかないって・・・・・」
オリーブは、エニグマに向って歩き出した。
「オリーブ! ナニスルキダ!?」とカフェオレ。
「キャンディ・・・・・・戻ってきてよ・・・・・」彼女は手を差し伸べた。「負けちゃダメ・・・・みんな、キャンディを待ってるよ・・・・・エニグマなんかに負けないで・・・・・・」
伝わってくる。微かだけど、強い意志。負けたくない。
「・・・・・うぉぉぉぉぉっ!!」
エニグマが、頭を抱えて悶えだした。
「おのれ・・・・・マダサカラウカ・・・・・・・・ぐぉぉぉぉっ!!!」
大きな腕が振り下ろされる。大地が、震撼する。
「キャンディ!!」とブルーベリー。「頑張って! そいつを押さえられるのは、アナタしかいないんだから」
『キャンディ!!!』
仲間達の叫び。自分を呼ぶ声。
戻りたい。そして、みんなとまた一緒に・・・・・・!!
エニグマの動きが止まった。そして・・・・・
ずっと、彼女はゆらゆらと漂っていた。彼女の中にある、色んな思いが交差していく。
学校では、優等生だった自分。それは、自分の意志ではなかった。
魔法学校に行くからには、一番になりなさいと、親がうるさかった。彼女もそれに応えて勉強もスポーツも一番になれるように努力した。
だけど。
全てにおいて一番になれるはずもなく。決して勝てない存在が一人だけ。それが、ガナッシュ。
全てが上を行くガナッシュに、最初は妬みめいたものを感じていたのだが、それがいつからか憧れへと変わっていった。
それが、「好き」という気持ちなのかはわからなかった。
でも、追いかけていくうちに、追いつけない思いを抱くうちに、その思いは形を成していった。
大切なもの。
きっと、いつか思いが叶う日って来ると思う・・・・・誰かに言われたっけ。
追いかけ続ければ、いつか振り向いてくれるんじゃないかって。
だから、ずっと追いかけていた。
例え、彼がどうなろうとも・・・・・でも!
もしも間違ったことをしようとしているなら、止めなければいけない。このまま、彼をエニグマなんかにゆだねるわけにはいかない。そうでしょ?
こんなところで負けるわけにはいかないのに。
彼女の目の前に、小さな姿が光をまとって現れていた。彼女は見たことがなかった、小さな鳥の姿。
負けちゃダメです。頑張って。
それは彼女を守護する風の精霊。そう、負けるわけにはいかない。負けたくない。
彼女は、力を解放した。
ふと、目を覚ます。何があったのだろう?
みんなが、心配そうに覗き込んでいる。そして、それが笑顔に変わっていく。
「・・・・・・・アタシ・・・・」
彼女は、体を起こした。
「気分はどう? キャンディ」
ハッと気づいたように声の主を見やる彼女。そう、自分はキャンディだ。
どうなったの? やけに、体が軽い。心も晴れやかだ。
「先生・・・・・私・・・・・・・」
「お帰り、キャンディ」
「・・・・・・・・・・戻って・・・来たの・・・・?」
手を見る。まごうことない、自分の手。あのおぞましい、化け物のものではない。
一体、何が起こったの?
「大したものね・・・・エニグマを追い出してしまうなんて」
「え?」
「覚えてない? 無理もないか。キャンディの思いが、エニグマに勝ったのよ。でも・・・・」
「先生・・・?」
「キャンディ、魔法使ってみて」
言われるままに、魔法を構成してみるが・・・・・何故かうまくいかない。
「それが、エニグマを追い出した代償。魔法の力を全て解放することで、エニグマとの接点を消失させること。でも、そうすると魔法の力を失ってしまう」
「・・・・そ、そんな・・・・・・・・・」
でも。キャンディは再び手を見た。戻ってこれたのに、これ以上何を求めるというのか?
魔法を失っても、それでも気持ちはまだ晴れていた。
本当は、魔法なんてどうでもよかったのかもしれない。
「一時的に減少してるだけで、なくなってはいないのかも知れないけど。これからそれをどうするかは、アナタ自身よ」
「・・・・・・・・・・」
自然と、目から涙があふれ出た。戸惑うクラスメイト達。
悲しいわけじゃない。
解放感。まだ、私は生きているんだ・・・・
そんな、彼女を遠巻きに彼は見ていた。
「キルシュちゃん」
バスの中から、ペシュが姿を現した。
「ど、どうなんだ!?」
「・・・大丈夫ですの! 目を覚ましましたの!」
「ほ、ほんとかよ! 良かった・・・・」
思わず、バスにもたれて溜息をつくキルシュ。
「会いにいってあげてくださいですの。きっと、喜びますの」
「あ、ああ・・・・謝んねぇとな・・・」
ペシュと入れ替わりで、キルシュがバスに乗り込む。
「・・・・・・・」ニンマリと笑うペシュ。「ああ・・・・愛を感じますの・・・・・・・」
ふよふよと宙に浮いて、窓からそっと中の様子を見やるペシュ。
「なにノゾいてんだよ」
ビクッと体を震わせるペシュ。あわてて振り向くと、カシスとフレイア。
「ち、違いますの! 決してノゾいてたんじゃないですの!! そんなこと、するはずがありませんの・・・」
窓から離れるペシュ。
「マジで?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・ごめんなさいですの・・・・・気になったんですの・・」
認めた。
「そっとしておいてあげてよ」とフレイア。
「わかってますの。ああ、でも、気になりますの!」
「気になる気持ちもわかるけどね」
「やっぱりそうですの! 気になりますの!」
「女ってのは好きだね、そういうの」
「当然ですの!!」
「力説すんなって」
ようやく訪れた、平穏な時間。例え一時でも。
目指す場所は、もう目の前だった。
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