死のプレーン


 7:少女達
 夢を見ていた。昔の夢。まだ、何も変わらなかった日々。
「あの」後、全てが変わってしまった頃。
フラッシュバックする記憶。
あの、全てを見つめる老人は言った。

『彼女はどこも変わっていない。変わったというのならそれは、君が彼女の全てを見ていないからだよ』

嘘だ!!
誰から見ても、すっかり彼女は変わってしまった。
慰めのつもりなのか?

 その頃から、ますます他人との関わりを持つことを嫌い、一人遠ざかっていた。
誰かと始終一緒にいるということもなく。
だが、今は違う。彼女によく似た少女と共に在る。
そして・・・あの時の校長の言葉の意味が、なんとなくわかってきた気もする・・・・



 二人はひたすら歩いていた。時々会話がある程度で、ただ黙々と。
前へと進むにつれ、目指す場所に近づいているのだ。自然と、思うところも多くなる。
もうすぐなのだから・・・・
「!」
ふと、後ろを歩いていたキャンディが立ち止まって振り返った。
遥か遠くで、それは発進した。
「どうしたんだ、キャンディ?」ガナッシュも立ち止まる。
だが彼女は答えずに後方を見つめたまま。
(・・・・追いついてくる・・・・・・時間の問題だな・・・・)
思ったのは彼女ではなかった。彼女の中の、もう一つの人格。
自分達の邪魔をしようとしている厄介な人間達が、もうすぐここまでやってくる。

ドウスル?

彼女と、彼女ではないモノが彼女の中でせめぎあう。
違う考えが、意見が次第に一つに収縮されていく。
彼女も、彼女ではないモノも、同じ。今彼らに・・・クラスメイト達に追いつかれたくない。
そして共に、あの深き洞穴の奥へと向わなければならない。
ならば、取るべき道は・・・・・!!?
「・・・ガナッシュ、アナタは先に行って・・・・」
「キャンディ!?」
彼に振り向いたキャンディの瞳は決意に満ちていた。
「私には、やるべきことがあるから・・・・必ず、後から追いかけるから。アナタは先に行って・・・・」
「やるべきことって・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「イヤだと言ったら?」
「あなたはそんなことは言わないわ。絶対に」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらく考え込んで地を見つめる少年。
「・・・・わかったよ、キャンディ。君の好きにするといい」
「ありがとう、ガナッシュ」
キャンディは微笑むと、来た道を引き返し始めた。それを、じっと見送るガナッシュ。
やがて、彼も前へと歩き始める。
その目前で、広大な湿地が彼を出迎えて待っていた。


 ラキューオに辿りつき、闇のヴェールを手に入れたフレイア達は、ガナッシュ達に追いつくべく歩みを急いでいた。
そろそろ魔バスが到着してもいい頃だろうから、すぐ合流できるはずだ。
順調に森の中を進んでいた。和気藹々としながら。
「いい加減歩き疲れたっぴ・・・・・早く魔バスに来て欲しいっぴ」
「そうね〜、結構時間かかってるよね〜」
「やっぱりレモンが残ってりゃすぐだったんじゃねぇのか?」
「セサミ! アンタ、あたしを何だと思ってんだよ!」
「間に合うといいですのー」
他愛もない話をする一行。そこには深刻さは殆ど感じられない。
そんな彼らを横目で見やり、キルシュは溜息をついた。
「溜息をつくと寿命が縮まるっていうよ」
思わずビクッとするキルシュ。横でフレイアがこちらを見ていた。
「・・・・驚かすなよ・・・・・!」
「だって・・・・」
「・・・・・・・・いや、考えても仕方ねぇもんな・・・。オレらしくねぇよな。
うしっ、いっちょやってやっか!」
鼻息荒く意気込む彼であるが、どことなく無理しているようにも見えた。
「キルシュ・・・」

 ふと、先頭を歩いていたカシス達が立ち止まった。後続の皆もつられて立ち止まる。
「どうしたの〜?」
「キャンディ・・」
『え!?』
彼らの前方・・・・かなり距離は離れていたが、立ち並ぶ木々の合間に彼女の姿が見えた。
彼女はこちらを凝視していた。まるで、睨んでいるように。
「キャンディ!!」
「やっと追いついたぜ!!」
仲間が駆け寄ろうとするが、カシスに阻まれる。
「何すんだよ!」
「・・・・様子がヘンだぜ」
「あれは・・・キャンディじゃないヌ〜・・・・・!」
「え!? でも!!」
彼女は、ゆっくりこちらに近づいてくる。
やや離れた場所で、立ち止まる。
「・・・こんな所まで、来てしまったのね」抑揚のない声。
「キャンディ!!」キルシュが一歩前へ出る。
彼女はチラリとだけ彼を見て、続ける。
「これ以上は進ませない。彼の邪魔はさせないから」
「そういうワケにもいかないよ」とレモン。
「そうだよ〜、一緒に帰ろうよ〜」とアランシア。
彼女は、ギッとこちらを睨みすえる。
「・・・邪魔なヤツらめ・・」その声は、『彼女』の声ではなかった。「あの鉱山であきらめていれば、見逃してやろうと思ったが・・・・・」
その刹那、『彼女』の姿形が大きく歪んだ。それぞれに声を上げる仲間達。
彼女の数倍にも膨れ上がった体には、6本もの太い腕があり、空虚となった瞳は数段高い場所から彼らを見下していた。
もはや、そこにいたのはキャンディではない。エニグマ。
闇の世界でマドレーヌの前に現れた、エニグマ・エキウロクリュ。
『貴様らにはここで死んでもらう。エニグマの王となる、我が野望の邪魔はさせん!』
エキウロクリュは腕を振り上げた。
「逃げろ!!」
同時に大地を揺るがす轟音が響き、彼らがいた地面は腕によって深くえぐられていた。
彼らはどうにか逃げ切れたようだった。
「・・・・戦うしかないようだね」険しい表情で呟くレモン。
「でも〜!! アレはキャンディなんだよ!!?」アランシアが叫ぶ。
「アレがキャンディに見えるか?」とカシス。
「でも・・・・・・」
彼女(だけではないだろう)の脳裏に嫌なものが浮かび上がる。
それは、光のプレーンでのこと。
エニグマに憑かれたドワーフと戦って、エニグマを倒した。そのドワーフごと。
もしこのエニグマを倒したら、それはキャンディをも倒すということになるのではないか?
「ダメだっぴーーー!! 戦ったら、タイヘンなことになるっぴーーーー!!!」ピスタチオの絶叫。
「ど、どういうことだヌ〜?」事情を知らないカベルネ。
「・・・・・・・」
「あのエニグマを倒したら・・・・キャンディも・・・」フレイアが呟いた。
「マジかよ!?」とセサミ。
「それじゃ、攻撃できないヌ〜!!」
「また来るぜ!!」

       ドォゥゥゥゥゥゥン・・・


再び、太い腕が彼らを襲う。
「・・・・戦(や)るしかねぇんじゃねぇのか・・・?」
「このままじゃ、アタシ達がやられるね・・・」
カシスが、レモンが、身構える。戦うために。
「待てよ!!」キルシュがその前に立ちはだかる。「戦うのかよ!? なんで、そんなことできんだよ!! キャンディなんだぜ!?」
「そんなことはわかってるわよ。そこどきな、キルシュ」言い放つレモン。
しかし、キルシュは退かない。
「戦えねぇよ・・・オレは・・・・・・キャンディ相手に・・・」
「だったら、見てろよ。無理に戦えとはいわねぇよ。でも・・・ジャマはすんなよ」
「カシス!!」
カッとなり、思わず胸倉を引っ掴むキルシュ。
「わかってんのかよ!? アイツを倒すってことは、キャンディを・・・・・
殺しちまうってことだぜ!? そんなこと、なんで平気でやろうとすんだ・・・・・・わっ!」
片手ではたき落とされ、倒れこむキルシュ。
「・・・・・・じゃあ、お前はこのままここで、アイツに大人しく殺されろって言いたいワケか?」
「・・・・・・!」
「冗談じゃねぇ。俺はやるぜ。こんなところで死ぬつもりはねぇよ」
「そういうことさ。それに・・・」レモンは目を閉じる。「キャンディを助ける方法だってあるかもしれないだろ? 何にもやらずに、吠えてるだけじゃ始まらないよ」
思いは皆同じだ。誰も、彼女を殺そうなんて思ってなんかいない。
わかっていても・・・・・
キルシュは唇を噛んだ。血がにじむ。
「とりあえず」
「アイツの動きを止めるよ」
他の皆もうなずく。複雑な表情で。


 少しずつ、傷ついていく。どちらも。魔法が、衝撃が、周囲を揺るがす。
繰り広げられる戦いを、何もできずに見つめたまま。
目の前で、キャンディはエニグマに変化した。あのエニグマは、キャンディなのだ。
姿かたちは変わっても、あれはキャンディなんだ・・・・・。
あのエニグマが倒れたら・・・・キャンディも・・・・・・あの、ドワーフのように・・・・・・・・。

(・・・エニグマと融合した時点で、ドワーフじゃなくなってたんだよ・・・そう思うしかないでしょ・・・・・)

じゃあ、もうアレはキャンディじゃないのか?
キャンディはもう、どこにもいないのか? ウソだ! そんなのウソだ!
あれは、キャンディなんだ・・・・・・・・・・!!
「やめろーーーーーーーーーーーー!!!!」
驚いて、皆が声のした方を見やった。
「キルシュ・・・!」
「・・・やっぱ、ダメだ。割り切れねぇよ。キャンディが傷ついてるって思うだけで、もうダメだ。
見てられねぇ。耐えられねぇよ」
フラフラと、エニグマの前に歩み寄る。仲間が止めるが、彼は聞き入れない。
「・・・キャンディ。『そこ』に、いるんだろ? まだ、居るんだろ・・・・? 戻ってきてくれよ。
そんなヤツに負けてないで、また笑ってみせてくれよ。アイツについていったって、構わないから・・・」
うつむいて、肩を震わせる。一瞬だけ、一瞬だけだが、空虚の目に光が灯ったかに見えた。
だがそれは本当に一瞬だった。
腕の一本が高く掲げられ、そこに魔法の力場が生まれる!
「キルシュ!!!」
直後に、その頭上に深い闇のカタマリが発生し、襲い掛かる!
「避けろっ!!!」
だが、彼は動かなかった。
これが答えなら、『彼女』の意志なら、それでもいい・・・・・・と。
「ダメですのーーーーーーーーーー!!」
闇が、大地に触れて地面を削り取っていく。皆は、見ていることしかできなかった。
やがて、闇は少しずつ消えていく。誰もが、最悪の結果を確信していた。
だが、神は彼らを見捨てなかった。
闇によって浸食された大地から少し離れた場所に、彼はいた。
皆、ホッとする。・・・それもつかの間のことだった。
彼の足元に、意識なく横たわっている姿があったから。
当の本人も、一瞬何が起こったか把握できずにいた。
「・・・・・・・アラン・・シア・・」
返事はなかった。
「・・・何で・・・・・・、何で、飛び出したんだよ・・・・・・・。

・・・・うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!


誰も、動けなかった。
あまりにも急すぎる出来事に、ただ呆然とするしか手立てがなかったから。





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