死のプレーン
2:幻
歩き続けて、はや数時間。砂浜はいつの間にか乾いた大地へと変わり、足跡が途切れてしまったが、とりあえず南に進み続ける。当初はまだ和気あいあいとしていたが、やがて皆が無口になっていく。
ちっとも、何も変化しないから。
先行した二人が進んだ痕跡が見つかるわけでもなく、一色きりの世界に新たな色が加わるわけでもなく。
行く先の見えない旅は、余計な不安をかきたてるものだ。
モンスターでも現れれば気がまぎれるのかもしれないが、それすらもなかった。
「あっ・・」
一番後方で、一層つらそうに歩いていた少女ががくっと膝をついた。フレイアだ。
「大丈夫ですの!!?」
真っ先にペシュが駆け寄って、女子達がそれに続く。
「やっぱり、バスに残ってたほうが良かったんじゃないの?」とレモン。
「大丈夫・・・」
「大丈夫そうに見えないよ〜・・・」
「違うの・・・違うのよ。ちょっと、変な気分になっただけだから・・・。もう大丈夫・・」
立ち上がりかけたフレイアに、レモンが問う。
「アナタ、何か・・・・このプレーンで、感じてるんじゃないの?」
彼女は小さく反応した。レモンはそれを見逃さない。
「時々、アナタって不思議な力があるんじゃないかって感じることがあるわ。
レーミッツ宮殿の時だってそうだしね・・・・」
皆が、少女に注目する。
「・・・・・・・・・・」
かなりためらいがちに、皆を見渡す。心配してくれているのだ。ただ。
でも・・・・・過去の薄暗い記憶が拒絶する。
ホントウノコトヲ ハナシタラ、ミンナ ヘンナコダ ッテイウヨ。
「フレイア〜!」
「アランシア!?」
いきなり、アランシアがガバッと抱きついてきた。ビックリして絶句するフレイア。
「悩み、あるんでしょ〜? きっと、そうだよ〜。
話しづらいんだったら、無理に話さなくてもいいから、でも一人で抱え込んだりしないで・・・・
みんな友達じゃない・・・いつでも相談してくれていいんだからね〜・・・・う・・ぐすっ・・・」
「ア、アランシア・・・」
逆に泣き出してしまうアランシアに、フレイアは戸惑うばかり。
「アランシア、フレイアが困ってるじゃない」
「だって〜、レモン〜・・・・」
「とにかく泣くのはやめなよ、アンタが泣いてどうすんの」
「アランシアちゃん・・・・」ペシュが呟く。「・・・優しいんですの〜・・愛を感じますの〜・・・」
「いや、それちょっと違うと思う」
つっこみながらレモンは、ややこしいメンバー(特に女子)で来てしまったと少し後悔した。
・・とはいっても、だからって男子がマトモかというとソレも違う気がしたが。
「とにかく落ち着くヌ〜・・・」
「フレイア、大丈夫か?」
「うん・・・」
まだ顔色は悪かったが、歩みはしっかりしてきたようだ。
「立ち止まるワケにもいかないでしょ・・・歩きながら、話していいかな・・・・」
また、誰からともなく歩き出す。
フレイアの横にアランシアとペシュがつけており、彼女を心配そうに見守っていた。
「・・・このプレーン・・」おもむろに。「・・私達のいた物質プレーンや光・闇のプレーンとも、全く違う世界・・・・
この世界には、生きているモノは存在できないんだわ・・」
「・・・・どういうこと〜?」
フレイアは顔を曇らせる。言おうか言うまいか迷っていたようだったが、やがて意を決したようだ。
「このプレーンには・・・・・精霊が一人もいないの・・」
『!!!!?』
皆には、相当突拍子もない話題に違いなかった。
「・・・・・私、精霊が見えるの。・・・・・ビックリした?」
皆が無言になった。
精霊が見えるなんて。そもそも、そんなものが本当に存在するのかすらも、彼ら「普通」の者には信じがたい事実だったから。
授業ではそのことを習っても、実感できない知識は幻と同じだ。
フレイアは続ける。
「物質プレーンにも、光にも闇にも精霊たちはたくさんいて、私達を見守っていてくれたわ。
・・・・みんなにはいなくて当たり前なんだろうけど、私にとってはいるのが当たり前なの。
・・・・・・・だから・・・精霊が全くいない世界なんて、想像したこともなかった。
このプレーンに来るまでは・・・・」
彼女は、灰色の空を見上げた。ただ、灰色の空を。
「このプレーンは、何もかもが死んでるんだわ・・・・精霊すら存在できないくらい・・・・」
また、身震いする。恐怖で。
皆、しばし無言のまま歩いていた。
が。
「・・・・どうして、そのこと黙ってたの?」レモンが口を開いた。
「え?」
「精霊が見えるってこと」
「・・・・・・・・・・・・・」
昔・・・・見えないモノを見ることができた幼い女の子は、それが特別なものであると知らずにいた。
一人だけの「特別」は、子供たちにとっても大人たちにとっても「異端」なのだ。
「異端」は、排除されるべきものだ。「普通」の中からは。
「・・・・どうせ、信じてくれないって思ったから・・・」
「なんで〜!!?」隣でアランシアが声をあげる。「どうして信じないなんて思うの〜・・・? 私達、友達じゃない〜。仲間じゃない〜。フレイアがそうだっていうんなら、それは絶対そうなんだよ〜!」
「・・・・・アランシア・・・」
「私達も同じって、わかるよね?」
いつの間にか、皆が立ち止まって彼女を見ていた。微笑んで。
「・・・・信じてくれるの・・・・・?」
「当然だろ!」キルシュが息巻く。
「オレは素直にスゴイって思ったヌ〜」とカベルネ。
「神秘的ですの!」とはペシュ。
でも、と彼女は首を横にふる。
「今まで誰も信じてくれなかったわ・・・・・ウソついてるんだろうって」
「フレイアがウソつくわけないっぴーーー!!」
「そうだそうだーーーーー!!」
途端に反論するお子様二人(ピスタチオ・セサミ)。
「もっとひでぇウソつく奴はたくさんいるぜ」とカシス。
「それフォロー?」レモンがチラリと見やる。
「一応」
「・・フレイア、そうやって今話してくれたってことは、私達を信じてくれたってことよね?」
「し、信じてなかったわけじゃ・・・・・」いいかけて、フレイアは考える。「・・・そうよね・・・・信じ切れなかったから話せなかったんだって、取られてもしょうがないよね・・・・・。怖かったんだもん・・・本当のことを知ったら、みんなから変な目で見られるんじゃないかって・・・・・・」
自然と、涙があふれてくる。
「フレイア〜・・・そんなことないよ〜・・・うわぁ〜〜ん・・・・・」また泣き出すアランシア。
「フレイアちゃん〜、アランシアちゃん〜・・・私まで悲しくなりますの〜・・・」ペシュもそれに加わった。
その様子をクラスメイト達は黙って見守っていた。
「・・・・あの子も、そんなコト言ってたねぇ」とレモン。
「あの子?」
「オリーブ」
「ああ、そうだヌ〜・・・。自分の秘密を告白するって、勇気いるヌ〜」
しみじみと呟くカベルネ。
「大体誰だって、人に言えない秘密を一つや二つ持ってるもんだよねぇ」
「確かにヌ〜。レモンにもあるんだヌ〜?」
「そうやって何気に聞き出そうって魂胆かい?」
「ち、違うヌ〜!!」
「あははは」
「・・そろそろ行こうぜ」
女子達も落ち着いたようだった。あんまりゆっくりとしてもいられない。
再び、歩き出す。
「・・・誰にも言えない秘密・・・・ヌ〜・・」小声で、カベルネが呟く。誰も聞いていないようだ。「・・・・ガナッシュ達にも、きっとあるんだヌ〜・・・・」
道中も、バソリモ村でも、鉱山でも彼らは言葉少なだった。重い、何かを抱えているに違いない。
「・・・・・・無事に会えるといいヌ〜」
魔バス待機組も、その作業に入っていた。砂浜にタイヤを取られたバスを、手押しで砂のない場所に移動させなければならない。
早く魔バスで移動可能になれば、ガナッシュ達に追いつくのもたやすいはずだから。
「行くぜーー!! せーので押してくれよ!!」
「セーノ!!」
ぶぅぅぅぅん、とエンジンの音が響き、それに合わせてショコラがバスを押し始める。
一方のカフェオレは、というと。
ショコラと一緒にバスを押している、たくさんのロボ達を操っていた。
カフェオレの古魔法は、ロボットを召喚する魔法なのだ。ただ闇雲にバスを押すより、効率は良い。
・・・・と、カフェオレは思っている。
他の仲間は、マドレーヌ先生だけをバス内に残して、バスの外で待機していた。
ブルーベリーは、ずっと本を熟読している。ウィルオウィスプの図書室から持ち出してきたらしいが。
シードルはオリーブ相手に魔法に四苦八苦していた。
「・・・・ごめんね、シードル・・・」
「なんであやまるのさ」
「・・・・・・・・私、ずっと足を引っ張ってるから・・・・・今だって・・・」
オリーブはうつむいた。
「疲れが出たんだよ、きっと。ガナッシュ達にずっとついて行ってたんだろ? きっとスタスタ先に行ってたんでしょ、ガナッシュのことだから」
「・・・・・・・・・」
「大体、冷たい人間が多いよね、このクラスさぁ」
「あら、そう?」ブルーベリーが話に入ってきた。
「今までは別になんとも思わなかったけど、こっちに来てからね。
みんな、結局自分が一番かわいいんだなって感じたのさ」
言ってるシードルだって相当冷たい人間だったに違いないのだが。
「みんなで協力するってことがないじゃないか。スタンドプレイばっかりでさぁ。
ガナッシュにしたって、カシスにしたって、セサミにしたって」
・・・・言ってるシードルだって相当スタンドプレイな人間だが。
「みんなで協力・・・ねぇ」本のページをパラリとめくるブルーベリー。「そうね・・・こんな状況だし、協力しあわないといけないわね」
ふと、彼女は本の一部に目を止めた。
「・・・・でも、これは絶対無理ね」
「何が?」
「虹」
「・・・・・・・それって・・・」
以前、授業で習った気がする。シードルは思い起こした。
世界に存在すると言われる精霊の力を結集して生まれる力のことだ、確か。
でも、その力の存在は口伝でのみ伝わっているものなので、事実上「幻の力」とされていた。
「虹って・・・前に先生が言ってたよね・・・・」とオリーブ。「誰にでも、生み出せるって・・・・」
「理論上は、ね。でも、実際にやった人はいない。
この本には、挑戦した者はたくさんいたけど成功した者はいない・・・・って書いてある。幻よ、まさに。
・・・でも、こうやって伝わってるってことは、本当だからだと思うのよ。魔法使い達の、永遠の夢ね」
「そうね、そうかもしれない」
「あっ!」
いつの間にか、マドレーヌ先生が彼らの後方にやってきていた。
「大丈夫なんですか?」
「んー、まだちょっぴり辛いけど、ショコラ達に負担かけたくないしね」
言いながら座るマドレーヌ先生の、顔色は結構悪かった。
本当は「ちょっぴり」ではないのかもしれない。
「虹の話をしてたわね」
「ええ、たまたまこの本に書いてあったから・・・・」
ブルーベリーは本を先生に見せた。それは、魔法理論に関する報告をまとめた著書だった。
マドレーヌも本をパラパラめくってみる。
「・・・・・前に読んだかも。どうしたの、この本」
「学校で待機してたときに読んでて、そのまま持ってきちゃったんですけど・・・」
「勉強熱心ね、ブルーベリー」
「これくらいしか、取り柄がないから・・・」
「あら、そんなことないわよ」
マドレーヌは本を閉じた。そして、本をブルーベリーに渡す。
「その本、重要になるかもしれないわよ」
『え?』
「取り越し苦労ならいいんだけどね〜」
的を射ない返答に、生徒達は首をかしげるばかり。
マドレーヌはただニコニコしていた。
(・・・校長先生は、ここまで見越していたのかしら・・・・・
でも、もしもの場合・・・・・私はこの子達に過酷な選択を強いることになるかもしれない・・・・・・)
今はまだ早い。まだ、運命はわからない。全ては、あの少年にかかっているのだ。
後戻りはできないのだから。
だが、彼女すら知らない深い陰謀は静かに、だが確実に世界を、彼らを巻き込もうとしていた。
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