闇のプレーン


 9:心の闇
 もやもやとしたものが、ずっとあった。自分でも知らないくらい深い場所に。
その薄暗いモノは己が解放される瞬間を待ち望んでいたのだろうか。何もかも委ねて、ありにままの自分をさらけだすこと。
それは、簡単そうで難しいことだ。年を取れば取るほど、それはますます困難となる。
困難になるからこそ、何かをきっかけにソレを解放させる時が来ることもある。
だけど、彼女はまだ若かった。ふとしたはずみに、全てを解放してしまう、危うい年頃だった。

「あ、気がつきました?」
 一瞬、キャンディは何があったのか理解できなかった。目を開けたら、闇の空が広がっている。横たわっているようだ。何故?
「あなた、沼のほとりで倒れてたんですよ」
聞きなれない女性の声に、彼女は体を起こした。体は軽い。
改めて辺りを見渡して見ると、そこはレヒカフ沼のほとりだった。夢中で走って、こんなところまできてしまったのか。大体、何故倒れてしまったのか・・・・思い出せなかった。
と、キャンディは声の主の女性を見やった。ヴォークス族の女性・・まだ少女ともいえる年齢のようだ。
「・・・助けて、くれたんですか・・」言い方の冷淡さに、キャンディ自身が驚いた。
助けてもらったはずなのに、そう嬉しさを感じない。実感が沸かないからなのだろう、と自分に言い聞かせる。
「あなた、一人で旅してるんですか?」と女性。
「あ、いいえ・・・仲間がいるんです。・・・でも、ちょっと一人になりたくって」
「そう・・・気をつけてくださいね、ここら辺りにはモンスターも多いから」
「・・・・そういうアナタこそ、一人なんじゃないんですか?」
「・・・・・・・・・ええ、まぁ・・・・」女性は寂しそうな表情を見せる。
その様子が、キャンディは少し気になった。
勿論、彼女は知らない。この女性が、彼女を置いて旅に出た男性を追って一人で旅していることを。
「私は・・・大丈夫ですから。私よりも・・・・」
「あら、私こそ大丈夫ですよ。こー見えても魔法使いだからね」キャンディはお得意の風の魔法を少しだけ披露して見せた。
「魔法が使えるんですか!」
「ええ」キャンディはウィンクしてみせる。「これでも、クラス・・仲間内では結構使えるのよ」
「へぇ・・・・すごいわ・・」
実際、キャンディは魔法の成績は優秀。優等生のブルーベリーにもひけはとらないのだ。
「私も魔法が使えたら・・・・・」
「・・・っても、魔法が使えるからって、何でもできるってワケじゃないけど・・・ね」
今度はキャンディが寂しそうな顔をする番だった。
「・・・・・・・・・」
「あ、ごめんなさい、ヘンなこと言っちゃって・・・・」
あわてて笑顔をつくろうキャンディ。
「・・・色々大変なんですね・・・・・。逢ったばかりでこんなことを言うのもヘンな感じだけど、頑張って・・・・きっと、いつか思いが叶う日って来ると思うから」
「ありがとう・・・・アナタもね」
二人はお互いに微笑み合う。年の近い女の子同士、何か通じるものがあったから。
と、キャンディはふと自分を呼ぶ声を聞いた気がした。それは、間もなくハッキリと二人の耳にも届いてきた。
「ガナッシュの声だわ・・」
「探しに来たんですね。・・・・それじゃ、私もそろそろ・・・・・」
「あ、あの」
「え?」
「・・・・・頑張ってね」
何かはわからないけれど、何かのために進む彼女を純粋に応援したかったから。
・・・・誰かを想う気持ちは、誰でも変わりのない大切な思い。知らなくても、なんとなく。
「それじゃあ」
彼女は、ゆっくりと南へ歩を進め始めた。キャンディはそれを見送った。程なく、彼女を呼ぶ声がすぐ近くまでやってきた。
「キャンディ!」
現れた。ガナッシュとカベルネとオリーブ。
「こんなトコにいたヌ〜!? 心配したヌ〜」
「無事そうで良かった・・・・」
カベルネとオリーブが口々に言う。それを、キャンディは冷静に見つめていた。
「・・・・ごめんなさい。気づいたら、駆け出してた・・・」
キャンディはガナッシュを見た。
彼は、割と普通そうだった。でも、彼女を見る目は優しかった。心配してくれてたのかな?
「キャンディ・・・」
「さ、行きましょう!」
「・・・・・」
「お〜!! だヌ〜。・・でも、どこに行くんだヌ〜?」
「そう遠くない場所に、バソリモ村があると思う」ガナッシュが言った。
「じゃ、そこを目指して行きましょう」
再び、一行は歩き出す。今までを何も変わりなく。しかし・・・・・
オリーブだけは、何かを恐れる表情を一瞬だけ、見せた。
「・・・・どうして・・・・・・・」
キャンディが一人でいた間に、何が起こっていたか彼女は知らない。
だが彼女は感づいていた。キャンディの思いが伝わってこない。彼女の中で、彼女の思いが閉じ込められている。
それが、どういうことなのかこの時オリーブには理解できなかったのだ。
もしも気づいていたら、何かしら運命は変わっていたのかも知れなかった。


 レヒカフ沼の北東部は森林から続く山岳地帯となっており、さらに北には活火山のモルビエ山がそびえたっている。近くには手付かずの自然の洞穴や、かつて掘り進められた閉鎖状態の鉱山跡など、前人未到の領域が広がっている。
その入り口付近にある村が、バソリモ村だ。
彼らは、そこにやってきた。
「やっと着いたヌ〜・・・・」
カベルネが思わず呟いた。おおよそ、一週間ぶりくらいにヒトのいる場所にたどり着いたのだ。さすがのガナッシュでも疲労は溜まっているはずであろう。
そのガナッシュはずっと、考え深げな表情を見せていた。
「今度こそ、ゆっくり休みたいヌ〜」
「・・・・そうね・・」
オリーブも同意。彼女はクラスでも年少組。その疲労度は他の3人の比ではないだろう。
「ガナッシュ〜、まだ急ぐとは言わないヌ〜?」
「・・・・・」ガナッシュはカベルネを見る。「そうだな・・・・」
「・・・・・・・・・ガナッシュ・・」オリーブが不安そうにガナッシュを見た。
「・・・大丈夫だよ、オリーブ」
「・・・・・・・・・・・・・」
ガナッシュはオリーブに微笑みかける。でも、オリーブは不安を隠せないでいた。
大きな、何かが動き出そうとしていることに対して。

 彼らはこの日は村の宿屋で休息を取ったのだが、夜、キャンディは眠れなくて散歩に出ていた。なんだか、この前から胸がざわざわして落ち着かない日が続いていた。
あの、空白の時間から。何が起こったのか、自分でもわからない。
キャンディは頭を振った。
「・・・・ダメよ・・・・・しっかりしないと・・・・・」
底知れぬ不安が、カマ首をもたげて襲い掛かってくる。
何もかも、わからないことだらけ。押しつぶされそうなほどに。
・・・・どうしようもないこともわかっているけど。
夜の涼しい風にあたって、少しだけスッキリしたキャンディは、帰って寝ようと宿に戻りかけた。そこで、出会ってしまったのだ。

 ガナッシュは、まさかキャンディが外にいるとは思っていなかった。誰にも見つからずに出てきたつもりだった彼は、キャンディに出くわして純粋に驚いてしまった。その反応に、キャンディも不審を抱いてしまったのだ。
「どうしたの、ガナッシュ・・こんな夜中に・・・・」
「・・・・あ、いや・・・・・・ちょっと散歩に・・・・」
「荷物なんか持って?」
「・・・・・・・・・・」
決定的だった。ガナッシュは、正直に話さざるをえなくなってしまった。
「・・・キャンディ。・・・俺は行かなきゃいけないんだ。必ず戻って来るから、黙って見送ってくれないかな」
「行くって、どこへ?」
「・・・・・・・」
「言えないような場所なの?」
「・・・・・・・・・・・・頼む。今は聞かないで欲しいんだ・・・・・でも、必ず戻るから」
「駄目よ」ピシャリと言い放つキャンディ。「一人で行くなんて駄目。だって、一人にしてたら、貴方が何しようとしてるのか、誰にもわからないから」
「キャンディ・・・」
「だから、私も行く。私も一緒に行って、貴方の行く末を見届けるの。私にはその権利があるでしょう」
「・・・・・・・」
話しながら、ガナッシュは違和感を感じた。いつものキャンディではないような、そんな感じ。
「でも、君を危険にさらすことになる・・・・連れて行くわけにはいかないよ」
「私のことは構わなくていいの。私がついて行きたいから行くのよ」
「・・・・・・・・・・・キャンディ、ちょっといいかい」
「え?」
ガナッシュは突然彼女に近づいて、彼女の瞳を覗き込んだ。
「・・・・・・ガナッシュ・・?」
「・・・・・(違和感の原因は・・・・コレか・・・)」
ガナッシュは彼女から離れた。そして、しばらく思い悩んだ。
「わかったよ、キャンディ。一緒に行くかい?」
「うん!」
キャンディは笑顔になった。そして、宿屋に戻る。荷物を取りに行ったのだ。
その間ガナッシュは素直に待っていた。このスキに先に行くこともできたはずだが、彼はそれをしなかった。・・・・できない理由があったから。
少ししてキャンディが戻ってくる。だが。
「ガナッシュ!!」
彼女の後方に、別の仲間達の姿が見えた。ガナッシュは顔をしかめる。
「キャンディ」
「・・・ごめんなさい・・・」
ガナッシュは溜息をつく。さて、この二人にはどう説明しようか。
「どういうことだヌ〜!?」
カベルネは一枚の紙をつきつけた。それは、ガナッシュが彼らに当てた置手紙だった。
ガナッシュは、皆に黙って一人で出るつもりだったので、せめて書置きを残しておいたのだが。旅立つ前に追及されるとは・・・ガナッシュは苦笑した。
「どうって、そのままさ。俺達はちょっと行かなきゃいけないから、二人には待っていて欲しいんだ」
「なんでだヌ〜!? オレも一緒に行くヌ〜!!」
「ダメだ。二人を連れては行けない」
「キャンディはよくて、オレ達はダメなんだヌ〜!? 納得いかないヌ〜!!」
カベルネのいうことももっともだ。だが、その理由をどう説明したらよいものか、彼はまた思い悩んだ。
だが、彼に代わって決定づけた人物がいた。
「カベルネ・・・・・・私達は、止めちゃいけない気がする・・・・・・」
オリーブだった。
「オリーブ! なんでなんだヌ〜!?」
「・・・・・・ガナッシュ・・・・・気をつけてね・・・・・負けないで」
「・・・・・ああ」
「オリーブ!! なんで行かせるんだヌ〜!!」
「・・・カベルネ」
一人騒ぐカベルネに、キャンディが近づいた。
「心配しなくても大丈夫よ。私が見守るから。・・・・例え、どんな結末が待ってたとしてもね・・・・」
「・・・キ、キャンディ・・・・・・?」
普段は呑気なカベルネだが、さすがに異様な雰囲気に気づいたようだった。
ガナッシュが、じゃあと呟いて背を向けて歩き出す。キャンディもそれに続く。
「あっ! 待つヌ〜!! まだ話は・・・・・!!!」
なおも食い下がろうとしたカベルネの前に、オリーブが飛び出した。
「駄目・・・・・!」
「オリーブ! 止めないでくれヌ〜!」
「駄目・・・・・駄目・・・・・・・」
彼女は懸命にカベルネにしがみつき、阻止する。
「オリーブ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・駄目なの・・・・・」
やがて二人の姿は見えなくなり、残るのはパペットの少年と幼い少女だけ。
「・・・・・・どういうことなんだヌ〜?」
「・・・・・・・・・なんとなく、わかるの・・・・・・・もう、ガナッシュは戻ってこないつもり・・・」
「なら、なんで・・・・!!」
オリーブは目に涙を浮かべた。戸惑うカベルネ。
「オ、オリーブ・・・・・」
「・・・・無理についていこうとしてたら・・・・・・・私達、殺されてたかもしれない・・・」
「!!!?」
あまりに突然な発言に、カベルネは自分の耳を疑った。コロサレル?
「キャンディ・・・・・きっと、あの時・・・・何かあったんだわ・・・・・もしかしたら」
「もしかしたら・・・・・って、なんだヌ〜・・・?」
オリーブは答えなかった。認めたくなかったからかもしれない。
キャンディの心の中に、もう一人の『何者か』が棲みついてしまっていることを・・・・・


 運命は、急激に加速を始めた。クラスメイト達を巻き込んで。





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