闇のプレーン


 6:エニグマの森
 エニグマの森と呼ばれる場所がある。正式名はこれではないのだが、エニグマが多く棲息していることから、自然とそう呼ばれるようになった。一般人はまず近づかない、危険スポットである。
 彼らは、そんな場所に来ていた。先行したクラスメイトを追って。
「ここをガナッシュ達は通ったのかしら・・・」
細い獣道がある程度で、人間が足を踏み入れるような場所ではないのは見て取れる。
「この森に向ったのは間違いないよ」シードルが呟いた。「ガナッシュは、元の世界に帰れる方法があるって言ってたからね」
「ナンダッテ? ソリャ、ドウイウ ホウホウダヨ」カフェオレが反応する。
「かなりムチャな方法だけどね。エニグマに連れてこられたんだから、エニグマに元の世界に戻してもらうことだってできるかも・・・・ってさ」
「ヒィィィィ・・・!!! そんな、オソロシイ計画たててるっぴ!!?」
「なるほど」
「納得してるバアイじゃないっぴ!!!」
ぎゃーぎゃー言いながら進む一行だったが、ふとフレイアが足を止めた。
「絶対ムリだっぴ!」
「・・・だから、ガナッシュはエニグマをどうにかできる方法でも知ってるんじゃ・・・・って、どうしたフレイア?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
彼女は前方を見て放心していた。男子たちもそれにならって・・・・・
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!
助けてくれだっぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」
ピスタチオの絶叫に全員が驚いた。同時にピスタチオが脱兎のごとく走り出した。
「・・・あっ、コラ待てピスタチオ!」
すかさずカシスが後を追って駆け出す。三人は動けなかった。
目の前の光景の凄惨さに驚愕して。
 彼らの眼前に広がる、おびただしいほどの数の魔物の屍骸。よくよく見ると、それらはエニグマのものだった。
「・・・・・・コ、コリャ~・・・」
カフェオレがかろうじて言葉を発した。まともな会話が発生するまで、さらに時間を要した。
「・・・エ、エニグマ・・・・よね?」
「・・・・・・・た、多分」シードルはすっかりへたりこんでいた。
フレイアが勇気を出して屍骸に歩み寄る。カフェオレがヒャァ、と声を上げる。
「ド、ドウデスカ、フレイアサン・・・・?」
「・・・・・よ、よくわからないけど・・・・・みんな死んでる・・・『誰かがやった』んだわ・・・」
「ヒィィィィィ!!! ダレカッテ ダレデスカーーーーー!!!」
「・・それがわかれば苦労はいらないよ」座ったままのシードル。
「コレダケノ エニグマヲ ヤッテシマエルヨウナ スゴイカタガ イルワケデスカーー?
・・・・マサカ、ガナッシュタチ・・・・!?」
フレイアは頭を横にふった。
「さすがに、これだけを相手にしたら・・・・・それに、ガナッシュは闇の魔法使いだもの、エニグマとの戦いは不利なはず・・・」
「エ? ナンデ?」
「闇の魔物に闇の魔法は効かないよ。もう、それぐらい察してよ」いまだ座り込んでいるシードルからフォローが入った。
「・・・・・デ、シードルハ ナンデスワッテイルノダネ?」
「・・・・・・・」シードルはわずかに目をそらした。「・・・こ、腰が抜けて・・・」
さらに、時間を要した・・・

 ようやく落ち着いたころ。冷静に状況を判断できるまでにはなったのだが、どうも状況はよろしくないことが判明してしまった。
カシスとピスタチオがこの場を離れてしまっていた。
ピスタチオはあまりの恐怖に我を忘れて逃げ出してしまったようだ。まぁ仕方ないことではあるが。
「ドウスルンダヨ、コノママススムワケニモ イカナイゼ」
「探しましょう」
「でも、どこに行ったかもわからないしさ~・・・・・ヘタしたらエニグマにでくわしちゃうかも」
それなのだ。ここは、エニグマが棲息するエニグマの森。いつ、どこに、どんなエニグマがいるかもわからない。
戦力に不安の残る現在のメンバーでは、極力戦闘は避けたいところだが。
「ナマエ ヨビナガラサガセバ・・・・」
「わざわざエニグマに居場所教える気!? 冗談でしょ」
「どうしましょう・・・・・」

  ガサガサッ

「!!!!!!!!」
近くのしげみが揺れ、心臓が止まるほどビックリしてしまう三人。しかし、そこから現れたのはエニグマではなかった。
フードをかぶってリュックをしょった、小さな少年。ただでさえ大きい目をさらに大きく見開いて。
「・・・・・セサミ!!」


 少年はふと空を見上げた。薄暗い空。なんとなく、覚えのある空気を感じた。
もしかしたら、みんなも来ているのかもしれない。少年は目を閉じた。
「フ~・・・、待ってくれだヌ~・・・・」
後ろから、懸命に追いすがる仲間達が姿を見せた。少年は振り返る。
「ガナッシュ~、進むの早いよ~・・・」息切れしながら言うキャンディ。
「まったくだヌ~」カベルネも同意。
「ああ、すまない・・・・」
ガナッシュは仲間達を見やった。キャンディとカベルネ、さらに後方にオリーブ。
「ガナッシュ・・・、まるで道を知ってるみたい・・・・・・」オリーブが呟いた。
「・・いや、そういうわけじゃないんだけど・・・・ただ」
「ただ?」
「・・・・・・言っただろ? エニグマを利用すれば帰れるかもしれないって。
そのためには、利用できそうなヤツを探さないといけない。それだけだよ」
「・・・そう」
ガナッシュはちらりとオリーブを見やった。多分、彼女は自分の思いを感じているだろう。
そもそも、キャンプに行けば「秘密」に近づけるかもしれない、とそそのかしたのは彼女なのだ。
いや、もう「秘密」でもなんでもない。全ては、エニグマのせいなのだから。
ガナッシュはもう気づいていた。三年前、姉が行方をくらましたのは、エニグマのせいなのだと。
姉・・・ヴァニラはこのキャンプでやはり同じようにエニグマに襲われ、融合してしまった・・・。
自らエニグマに近づくとこで、姉に近づけるかもしれないのだ。・・・だが、それにみんなを巻き込むのはためらわれた。だから、彼はみんなをマサラティ村に残して行くつもりだった。
しかし、みんなはついてきた。
ずっと、ガナッシュは思い悩んでいた。
「けどさぁ、まさか楽しいキャンプがこんなコトになるなんて思わなかったわよねぇ」
キャンディが口火を切って、カベルネがそれに乗じた。
「ホントだヌ~。・・でも、考えてみたら色んなコトが一つに繋がっていくヌ~」
「え?」
キャンディがカベルネを見た。ガナッシュもカベルネを見やる。
カベルネは立ち止まって話し始める。
「一年前・・・・オレのアニキが死んでしまった事件のことだヌ~。あれは、事件でもなんでもなかったんだヌ~・・・」
「どういうこと?」
「アレは、戦争だったんだヌ~」
「ええ!? そんなバカな・・・だって、国は平和そのものじゃないの」
「普通のヒトは知らないヌ~。アニキは、エニグマとの戦争に参加してたんだヌ~。
・・・・・それで、死んでしまったヌ~・・・アニキは、エニグマに殺されたんだヌ~」
カベルネはうつむいた。
「・・・・・・・・行こう」静かにガナッシュが呟いた。そして歩き出す。
三人はしばらく立ち止まっていたが。
「・・・・もしかしたら、ガナッシュのお姉さんも・・・・・」オリーブが言った。
「え? ガナッシュのお姉さんがどうかしたの?」
「三年前に、キャンプから帰ってきてから行方不明になったんだヌ~。アニキもそれを追って学校を飛び出したんだヌ~」
「それこそ、なんでよ?」
「ガナッシュの姉ちゃんとアニキは付き合ってたヌ~」
「ああ、なるほど」
ふんふん、とうなづくキャンディ。と、オリーブが口を挟んだ。
「・・・・ガナッシュ、先に行ってしまったわ・・・・・」
「えっ! やだ、また置いてかれちゃう! 急ぐわよ!」
キャンディがあわてて走り出し、オリーブが続く。
「・・・・姉弟そろって、置いてくのが好きだヌ~」
カベルネも後を追った。


 光のプレーンから連れ去られて以降、彼はほとんど生きていることすら自覚できなかったという。薄暗い闇の中でひとりぼっち。誰も助けてくれない。
ずっとエニグマに追われ続け、やっと逃げ出してもやはりひとりぼっちで。誰もいなくて。
もしかしたらもう死んでしまってるんじゃないかって思うほど。
そんな心境を語れるようになるまでに、かなりの時間が必要だった。
フレイアにしがみついたまま、ひたすら震える少年・・・セサミ・アッシュポット。

「ブジデ ヨカッタゼ~」
 一行は、結局動くことができずにその場に落ち着いていた。・・・山ほど屍骸がある場所は避けて。
「・・・無事っていうのかなぁ・・」とはシードル。
「イノチガアルダケ ダイジョウブッテ モンダゼ」
「そりゃそうだけど」
「コレデ、ヤミノプレーンデノ モクテキハ タッセラレタ ワケデスナァ」
「ちょっと~、ガナッシュ達は?」
「ジリキデ カエルホウホウガ アルンダロ? ヘイキヘイキ、ガナッシュダシ」
「カフェオレってば気楽すぎだよ。そりゃ、ガナッシュはなんでもできるヤツだけどさ~、
それでも限界ってもんがあるんだよ?」
二人の言い合いを聞きながら、そしていまだ怯える少年をみやりながら、彼女はふと思い立った。
「・・・ねぇ。さっきのアレだけど・・」
「ん?」
「もしかしたら、先生かもしれない」
「・・・・えっ?」
光のプレーンでは姿を見なかった、マドレーヌ先生。だが、彼女もエニグマに異世界に連れて行かれたのはフレイアも目撃している。
「チョットマテヨ、フレイア~。センセイガ アンナコトデキルト オモウノカヨ~?」
「ちょっと想像つかないよ・・・いつもおっとりしてるしさぁ・・・・」
「・・・確かにそうだけど、でも・・・」
マドレーヌ先生は光の魔法の使い手。しかも、相当なもの。しかしながら、普段ボーっとしている人なだけに、そんな先生の一面を知っている者は少なかった。
「先生がこのプレーンにいるのなら、とても心強くない?」
「あ、それは言える」
「・・ッテコトハ、チカクニ センセイガイルカモ シレナイッテ コトカ?」
「じゃあ探そうよ!」
盛り上がる一行。・・・一人を除いて。
「どう、セサミ? 大丈夫?」
「・・・・・・・オレ、もうやだ・・・またあいつらに追っかけまわされんの、絶対やだよ・・」
「でも、ずっとここにいるワケにもいかないでしょ」とシードル。
「イコウゼ、セサミ。ダイジョ~ブ、オレガツイテルッテ」
「だから余計に不安かもね」
「ナンダト、シードル!!」
「まぁまぁ二人とも。・・・セサミ、行きましょう。大丈夫よ、もう一人じゃないから・・」
「・・・・・・・・・・」
それでも、セサミは動かなかった。仕方のないことではあるが。
でも、ここでじっとしていても状況は変わらない。数日前の自分がこんなだったかな、とシードルはちょっと不愉快に感じた。
「セサミ、行こうよ」
しびれを切らし始め、シードルが言った。
元々、この二人はなんとなくウマがあわない関係で(キレイ好きなシードルには、昆虫を集めまくっているセサミの趣味は理解しがたいものだった)、お互いに「子供」だったから。
「セサミ、あの時の元気はどうしたのさ」
「・・・・あの時ってどの時だよ」
「ホラ、光のプレーンでさ。なんか、こんにゃく様を追いかけてたよね。アレ、セサミだったでしょ」
セサミは驚いて目を見開いた。
「・・・なんで知ってんだよ・・」
「え、だって、見かけたもの。必死で走って行っちゃってさ」
「な・・・なんで声かけてくんなかったんだよ! オレ、ひとりぼっちで必死で・・・」
シードルは怪訝そうな表情になった。
「キャンディが声かけてたよ。でも、キミが追いかけっこに熱中してて無視したんじゃないか」
「・・・な・・・・・・」
「大体、キミってさぁ、いっつもそうだよね。虫のことになるとすぐ周りが見えなくなるんだから。
キミ虫を追いかけすぎて虫の目になっちゃってるんじゃないの? 他のことなんて、ちっとも見えてないんだよ」
見る間にセサミの顔が赤くなる。
「む、虫をバカにするなーーーーー!!!」
「虫じゃないよ! キミをバカにしたの!」
「オイ、シードル!!!」
ハッと気づいたようにシードルは顔をそむける。言い過ぎたことに気づいたようだ。
一方のセサミは悔しそうにワナワナと震えていた。

  ガサガサッ

『!!!』
また、しげみが揺れた。
「・・・くっくっく・・・・・・」
そして、そこから現れたのは・・・・エニグマだった。





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