A Moonlit Night

 

 その夜も、涼しい夜だった。
ずっと、看病につきそっていたソフィアに、声がかかった。
「おい、女」
「・・・あ・・・・・・」
暗がりから響いた声の主を見やって、彼女は少し笑った。
やや苦手ではあるものの、彼女自身にとっては信用に値する青年の姿。
「今日一日寝てねぇんだろう。代わってやる。少し休め」
「・・・いいんですか・・・・・・?」
「フン、テメェまで倒れられてもこっちが困るからな」
「ありがとうございます・・・・・」
物音を立てないようにソフィアは立ち上がり、青年を見やって微笑んだ。
「それじゃ、よろしくお願いしますね、アルベルさん・・・・・・」
「・・・・・・フン」
それは彼なりの返事。
ソフィアも知っていた。なんとなくだが、彼の想いを。


 窓の外には、緩く光る白い月。
エリクールを周回している3つの月の一つ、一番大きい月イリス。
それをぼんやりと眺めながら・・・・・彼は思いふけった。





「僕達も気をつけないとな・・・・・」
「そうだな」
 それは、その日の昼ごろのこと。色々と食料を買い込み、彼らは街を歩いていた。
風邪で寝込んでいるネルのため、何か栄養のあるものを作ろうとマリアが言い出したのが始まりだったが。
彼女の料理の腕を知る男性陣がのきなみ反発し、とりあえず買い物だけ。
「ま、ロジャーは大丈夫だろ」
「だから、うるせぇっての! デカブツ!! テメェには言われたくないじゃんよ!」
「あ? なんだコラ、やんのかチビスケが」
「やってやんぜ!」
いつもの通りにクリフとロジャーの口げんかが始まり、仲間達もいつものことと大して気にもせず、二人を置いたまま歩いていく。
「あ、見てみてマリアちゃん! カワイイよ、これ!!」
「あらホント。お土産にでも買って行こうかしら」
「あ、これもいいなぁ〜」
「スフレ、これ面白い服ねぇ」
「うわーー、ホントォ! ねぇねぇ、これ買おうよぅ」
「おいおい二人とも・・・・・・・」
呆れてフェイトが女性達を見やるも・・・・・マリアもスフレもすっかり露天商に夢中になっていた。
「全く・・・・・ネルさんもソフィアも大変だってのに・・・・・・・・」
仕方ない、とりあえず荷物をホテルに運ぼうとフェイトは歩き始める。
そして・・・・考える。
色々騒動はあったけれど・・・・・マリアとの例の賭けも明日まで。
何を基準に勝ち負けを決めるのか、彼もよくわかってはいないのだが、この調子ならば自分の勝利は固い。
なにせ、彼の目には二人の進展はほとんど感じられないから。
「・・・・・・・・ま、一週間やそこらであの二人をくっつけようって方が無理なんだよな」
つい、彼は口に出してしまった。
マリアもスフレもクリフもロジャーもネルもソフィアもいない。
でも。
「何の話だ、阿呆」
「!!」
アルベルがいた。
かなり動揺してしまったため、相当動きが不自然だった。無論、それを見逃すアルベルでもなく。
「・・・・テメェ・・・何企んでやがる・・・・・?」
「な! 何でもないって!! 疑いすぎだよアルベルは! ははははは・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・ははははは・・・・・・・」
怪しまれている。
フェイトの背中を、冷や汗が伝い落ちる。
口が裂けても言えない。
マリアと、お前とネルさんがくっつくかどうか賭けネタにしてたんだ・・・・・・なんて!
どう誤魔化そう。
「・・・・あ、こ、この前・・・機械の部品を・・そう! うっかり壊しちゃってさ・・・・・・・・
瞬間接着剤でうまくくっつくかなぁ・・・・・・なんて・・・・・・・・・」
「は?」
「・・・・だ、だから・・・・・・・」

スチャリ・・・・・・

冷たい金属音が響く。
フェイトの目の前に、鋭い切っ先が突きつけられる。
「ヘタなウソはつくんじゃねぇよ。素直に吐いちまいな・・・・・あの二人ってのは、誰のことだ」
「・・・・・い、いや・・・・・その・・・・・・・・・・」
「双破斬と吼竜破とどっちがいい」
「い、いや! その・・・! つまり・・・・・!!」
やばい。
フェイトは命の危険を感じた。
素直に言った方がいいか・・・・しかし、それはそれで斬りつけられそうな気がする・・・・・。
でも言わないと問答無用で斬りつけられそうだ・・・・・・・。
紅の双眸がさらに激しさを増す。
もはや・・・・・・・観念するしかなさそうだった。


「・・・・・・・・・はぁ?」
 ホテルへの道を歩きながら、フェイトは事の次第を話した。
その結果・・・・アルベルの第一声。
「・・・・・まぁ・・・そんなわけなんだけど・・」
「ちょっと待て・・・・・どっからそういう方向に話が進むんだ。なんでよりにもよって、あの女と・・・・・・」
「マリアがそう言ってたんだって言っただろ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・道理であの女(マリア)・・・・・あんな本やら絵を描こうやら・・・・・・・・・」
ブツブツ呟くアルベルの横で、フェイトは真っ直ぐな瞳でアルベルを見つめた。
「アルベル。こんな賭けに、影響されるようなヤツじゃないだろ、お前はさ・・・・・・
だからって、本当にネルさん相手に・・・なんて考えなくてもいいんだよ」
これを聞いて訝しげにフェイトを見やるアルベル。
「・・・・・・・・・・まぁ、それもそうか」
「だろ!?」
「そうしたら、賭けはテメェの勝ちだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・う、・・・・・あ・・・いや・・・・・・」
真意を見抜かれて、しどろもどろになるフェイト・・・・・・
「フン、テメェらに影響されるような阿呆なマネはしねぇよ。俺は俺が思うように生きるのみだ」
「・・・はは・・・・・」
確かにそうだ。
どこまでも、アルベルは彼の思うままに生きている。女性関係だって、例外ではないだろう。
・・・・・だからこそ、賭けネタには最適なのだが・・・・・・・
本人には言えないが。
「・・・・で」
「え?」
「本人にバレても、まだ賭けは続行すんのかよ」
「・・・そりゃあ・・・・・・・マリアは多分そうするだろうね」
「フン、出歯亀が・・・・・・」
全くだ・・・・フェイトは思った。
「貴様らが賭けをしようがすまいが・・勝とうが負けようが、俺には関係ないことだ。
俺は俺のやりたいようにやる。いいな」
「・・・ああ・・・・・・わかった・・」







 全く、どうしようもない阿呆どもが・・・・・・・アルベルは嘆息した。
しかし、あの女の考えそうなことではある。今までのあの女の妙な行動にも、合点がいった。
しかし・・・・・・・・・
寝台に横たわって、寝息を立てている女に目をやる。
彼女を照らすのは、大きい月の光。
ああ、この女は。月みたいな女だ。
夜の闇に姿を現し、静かな光を放つ。決して、表に・・明るい場所にでしゃばることもない。
影が似合う女。
元々は・・・・敵同士だった。
戦争という大きな隔たりがお互いを、戦わせ、血を流させた。
今は・・・どうなんだ?
敵という見方をする必要が無くなった今、自分はこの女をどういう目で見ているのだろうか?
「・・・・・・・・・・・・・・」
眠っている彼女の頬にそっと手を触れる。やや、熱っぽい。まだ熱が引いていないらしかった。

(知ってるのよ、貴方、ネルのこと好きなんでしょ?)

急に、一昨日のマリアの言葉が思い起こされる。
そして彼はあわてて彼の中でそれを否定する。
そういうんじゃねぇ・・・・・あいつらが賭けなんてしたりするから・・・・だから・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・ん・・・・」
ビクッとし、触れていた手をあわてて引っ込めるアルベル。どうやらネルが目を覚ましたらしい。
何も言えず、ただハラハラしながら彼女の様子をまじまじと見つめる。
寝苦しそうに寝返りを打ってこちらを向いた。
その仕草に、思いとは裏腹に少し心が揺れ動いた。
(・・・・・な・・・・・・・なんだ・・・こいつ、こんな・・・・・・・)
動揺して考えがうまくまとまらなかった。
自分は男で、こいつは女で。全く違う生き物。
「・・・・・・・・・・・ソフィア・・?」
ネルの声。・・・ああ、そうか。ずっとソフィアが付き添っていたからな。
少しして、どうやら様子が違うことに彼女も気付いたようだ。
「・・・・・・・なんでアンタがいんの・・・・・・」
「・・いちゃ悪いかよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ネルはまだ眠そうに瞼をこすっている。
今が月明かりだけの夜で良かった。
でないと・・・・・色々と動揺してついでに赤くなってる自分を見られていたかもしれなかったから。
「・・・・・・本当に、アンタは・・・」
「?」
「・・・・・・・・・・・・何でもないよ」
「はぁ? 言いかけてやめるんじゃねぇよ」
「・・・アタシが寝てる時に、ヘンなこととかしちゃいないだろうね・・・・・」
「なっ!! あ、阿呆なこと言ってんじゃねぇ! 一応病人だろうが、テメェは・・・・・・」
暗がりでそっぽを向くアルベルを見て、ネルは笑った。
ふふ・・・いつもなら『誰がテメェなんか!』とか言うんだろうにね・・・・少しは気を使ってくれてるのかい?
「んなことより、まだ熱があんだろ。寝とけ」
「ああ・・・・・・」
やけに素直だった。やはり、熱があるからだろうか。
「・・・・・・ねぇ」
「あん?」
「・・・ありがと」
「・・・・・・・・は・・?」
いきなり言われて、戸惑うアルベル。
「な、なんだいきなり・・」
「ふふ・・・」
しかしネルは答えようとはしなかった。代わりに、自分の左手を差し出した。
「・・・・・・どうせなら、ここにいてよ。ヒマなんだろ」
「・・・・・・・テメェ俺をなんだと・・・・」
言いながらもつい笑みを浮かべるアルベル。素直なのに素直じゃない。全く・・・・・・・
「今夜だけだぞ」
「ああ、そうかい」
とりあえずはな・・・・・・心の中で付け足して、彼は彼女の手を握り返した。
まだ熱を帯びた、意外に小さい手。
その感触を確認してから、ネルは目を閉じた。




 敵という見方をする必要が無くなった今、自分はこの女をどういう目で見ているのだろうか?
そして・・・・・・・この女は自分をどういう目で見ているのだろう・・・・・・・
まだ、憎んでいるのだろうか・・・・・・・・?
病床とはいえ、すっかり気を許して眠りについている女を見つめ、ぼんやりと思った。


今は解かり合えなくても、いつかは解かり合える日が来るんだろうな・・・・・・
その時には・・・・・・・




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