Trick or Treat?

 

 その日、パーティの裏番・・・いやもとい、影のリーダーたる少女は、非常に焦った様相でホテルを闊歩していた。
彼女にとある期限が差し迫っていたため。
今朝ソフィアから、なかなか希望を持てる内容の話は聞いたのだが、それだけではどうにも確信が持てない。
よって。
最後のあがきとばかりに、最後の企みを実行にうつそうとしていた。
・・・企みと言うには非常につたない、おそまつなものだったが。
というのも・・・・フェイトによると、どうやら企み事の対象の一人・・アルベルにバレてしまったらしい。


(ごめん、マリア・・・・・バレた。アルベルに)
(・・・・はぁ? 喋ったの、フェイト!?)
(仕方なかったんだよ・・・・・そうでなくても、ネルさんもマリアを勘ぐってたんだろ・・・?)
(・・・あなた、ワザとじゃないでしょうね?)
(そ、そんなことするもんか! 僕だって命は惜しいよ・・・・ま、今もこうして無事だけどさ)


イライラと、マリアは考える。
賭けのことが向こうに知られた以上・・・・それにのっとってまとまるとは非常に考えにくい。
だからこそ、早急な作戦実行が不可欠なのだが・・・・・・、下手にわかりやすい企みは向こうに警戒心を植え付けかねない。
向こうにそれと気付かせず、それでいて彼女の思うように事を運ぶにはどうしたらいいか・・・・・・マリアは考えていた。
しかしながら・・・・・・・
(・・・・マズイわね・・・・・・・このままじゃフェイトの勝ちになってしまうわ・・・・・)
焦っていた。
決定的に、二人の仲を急接近させる術はあるだろうか。


バタンッ


荒々しく、ホテルの一室の扉が開けられる。
そこには、部屋の中で不健康にもカードなどやっていたお子様が二人。
丁度いいわ・・・マリアはニヤリと笑った。
「あれー? どうしたのマリアちゃん」
「スフレ、ロジャー・・・・・貴方達に密命を下します」
「はぁ!? 何いってんだマリア姉ちゃん・・・ついに頭おかしくな・・・・」
  ジャキッ
何かいいかけたロジャーの頭にごりっと、冷たい金属が押し当てられた。
「・・・・・・・・・いいから黙って言う事聞きなさい」
「・・・・・は、はひ・・・・・・」



「ねぇ。そこのリンゴ剥いてよ」
「は?」
 自室のベッドの上で半身を起こして、ネルはすっかり元気な様相で近くにいたアルベルにそう告げた。
「なんで俺が」
「病人には優しくするもんだろ」
「すっかり元気じゃねぇか! これくらい自分で剥け! イヤならこのままかじれ!」
イライラと、置いてあったリンゴをネルに投げつける。
それを両手で受け止めるネル。何か、哀れむような目で彼を見つめ・・・・・・
「・・・・アンタ・・・・リンゴも剥くことできないの・・・・」
「な、そ、そういう意味じゃねぇよ!」
「あれだけカタナを自在に扱うクセして・・・・・リンゴの皮も剥けないなんて・・・・・歪のアルベルもカタなしだね・・・・・・・・はぁ・・・・無様だ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・んなっ・・・・!!」
思いっ切り好き放題呟かれ、顔を真っ赤にして怒りをあらわにするアルベル。
このままこの女に言われっぱなしでいいのか!?
「貸せ!」
さっき自分で投げつけたリンゴをネルの手から奪い取ると、これまた近くにあったネル愛用の短剣を手にとって、リンゴと格闘し始める。
そんな様子を見ながらネルは・・・・・・単純な男だ・・・・・と、嘆息した。


カチャリ・・・・・


ん? ネルが音のした方を見やる。扉が開いている。
誰か来たのかと思ったが、誰も入ってくる気配がない。
アルベル見てきてよ・・・そう言おうと彼を見やったが、リンゴに夢中で気付いていないようだった。
仕方ない、ネルはまだ少々重い体を引きずって、様子を見ようと扉の近くまでやってきた・・・・・・






「悪い子はいねがーーーーーーー!!!」




「きゃああっ!!?」
突然の大音量に、ネルは驚いてしりもちをついてしまった。
そして、目の前に飛び込んだ、自分を見下ろすどでかいカボチャ。
一瞬、彼女は絶句した。
「悪い子はいねがーーーーーー!!!」
「きゃああああああ!!」
「なんだなんだ、うるせぇな!」
流石にアルベルも気付いたらしく、こちらにやってくる。思わずネルは彼にしがみついた。
そして目の前にある、どでかいカボチャ。
奇妙な沈黙が流れる。
「な・・・・・なんだコイツは・・・・・・・・」
それはまるで、カボチャのバケモノよろしく、顔っぽいものが描いてあり体は白い布で覆われていた。身の丈約1.5m。
「・・・・・・・・・・・・・・・悪い子はいねがーーーーーー!!」
「どわぁぁっ!」
思わず、どでかいカボチャを手で思いっ切り押してしまう。
カボチャはバランスを取れずにゆらゆらと危なっかしく揺れた。すると、『中』から声が。
「うわわわわっ!! 倒れるじゃんよーー!!」
「きゃーーーっ、しっかり支えてよぉ!!」


どがっ・・・・・



そしてそこには・・・・・どでかいカボチャと白いシーツと目を回したスフレとロジャー・・・・・それを呆れた目で見つめる男女の姿があった。


「・・・・一体、何のつもりだい・・・・・・・」
 やや怒ったような口調で、ベッドに座って二人を見下ろすネル。
そして床に座らされたお子様二人・・・・・・
「・・・えと・・・・ロジャーちゃん、ホラ説明」
「ええ〜・・・・・オイラがすんのかよぅ」
「むむ〜・・・仕方ないなぁ・・・・・・あのね、ネルちゃん」
スフレが真っ直ぐにネルを見た。
「ハロウィーンって知ってる?」
「・・・はろうぃーん?」
「そ。確か、何かのお祭りでね、子供が大人を脅迫していい日・・・・」
「おいおいおい、さっき受けた説明と違うじゃんよ」
「あれ〜? でも、要約するとそんな感じでしょ?」
「全然違うっての」
「あれ〜?」首をかしげなからスフレはまたネルを見た。「・・・えとね・・・・・・子供がね、お化けの格好して、大人を脅かしてお菓子をもらう日なんだよ」
『は?』
まったく要領がつかめず、聞き返す二人。
「あのね、確か・・・・・・えと・・・・・・そうだ、『とりっく おあ とりーと』って言えば、大人がお菓子をくれるんだって」
「・・・・そんなこと言ってなかったじゃないか」
「あれ? 何て言ったっけ」スフレがロジャーを見やると。
「え? 違うのかよ? でもそう言う場合もあるって言ってたじゃんか」
「そーだっけ? とにかく、それでネルちゃんを脅かそうと思って・・・・・。
さっきの言葉ね、お菓子をくれないといたずらしちゃうゾ☆・・・・って意味なんだって」
「そうだったっけ?」
「んもうロジャーちゃん、もう忘れたのー!?」
「おい、ガキども」
ヒソヒソ話す二人の背後に立つ男がイライラしたように呟いた。
「テメェら、さっきから何をワケわかんねぇこと・・・・・・いやそれよりもだ。
説明を受けたとかナントカ言ってやがったな。黒幕がいるな?」

ギクッ!

身を固くする二人に、アルベルはニヤリと笑う。
「誰だ」
「・・・・・・あ・・・・それは・・・・・・」
「お、おいらの口からはとてもとても・・・・・・・」
「ほぅ・・・・・・命がいらないようだな」
カタナを抜くアルベルに、二人は焦った。
「ち、ちょっと待ってよアルベルちゃん!」
「だ、ダメなんだって! 言ったら殺されちまうっての!!」
「そうか」アルベルはロジャーに向かって片膝をつき、異様なほどの笑みを浮かべた。「ならば・・・・・言わないと俺が殺す」
「ぎゃーーーーーーーーーっす!!!」
絶体絶命!
「・・・それくらいにしときな、アルベル・・・」やや呆れた口調でネルが助け舟を。
「止めるのか、面白くない」
「・・・・・・・・・・アンタは・・・。まぁ、大体誰の差し金かなんて、見当つくしね・・・・・・もう行っていいよ、二人とも」
「ごめんねネルちゃん・・・・」
「すみませんです、お姉さま・・・・・・」
シュンとする二人。ネルは呆れながらも微笑んだ。

 二人を帰して、さて、とネルは考えた。
「・・・・・・・マリア・・・・・だろうね」
「だろうな」
フゥ、と何度目かの溜息をつくネル。
「この前からマリアの様子がおかしいんだよ・・・・・・何か企んでるんだろうけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・どうなんだろうな」
彼は理由を知っていた。多分、フェイトとの勝負事に違いない。
しかしまぁ・・・・・幼稚な手で攻めてくるもんだ。
とはいえ・・・・混乱してしがみついてきた彼女に少しグラついたりもしてしまったのだが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・どうしたのさ」
「いや、なんだったか・・・・・はろいん? 全く、ヤツらの世界には変な風習があるな」
「ああ・・・・なんでカボチャなんかかぶってたのかね・・・・」
「大体、子供が大人を脅すだと? フザけた風習だ・・・・・・」
「じゃなくてさ・・・・要は子供が大人相手にお菓子をねだるってことだろ? カワイイもんじゃないか。そりゃ、驚きはしたけど・・・・・・」
「かわいかったか? あのカボチャが」
「・・・・・それは・・・・・」
反論しにくそうに横を向くネルを見つめるアルベル。
そんな彼女を見て・・・・・彼はちょっとだけ決意した。
「・・・・いたずらか、菓子か・・・・」
「え?」
「お前だったらどっちがいい?」
「・・・・はぁ・・・?」
質問の意図が掴みきれず、ネルは生返事。
「いたずらするか、お菓子をもらうかどっちがいいか・・・ってこと?」
「・・・まぁそんなところだ」
「・・・・・・・・・そうだねぇ・・・・甘いものとか嫌いじゃないし、お菓子貰うのもいいかもね」
「そうか」
何か考える仕草を取りアルベルは一歩、ネルの座っている場所へと踏み出した。



全くの不意打ちだった。



 ネルは何が起こったのか、理解できなかった。
まず真っ先に感じたのは、口の中に広がった甘酸っぱい香り。
そして、鮮明になる自分のものではない温もり。
唇に触れる違和感。
ああ、これはリンゴの香りだ・・・・・そう認識した時彼女は仰向けに横たえられていた。
すぐ間近に、燃えるような赤を見た。
「・・・・・・・・・な・・・・・」
それだけしか言えなかった。そして向こうも何も言わず・・・・・また。
頭の中が真っ白になる。
真っ白の中から、不思議と様々なことが彼女の頭を駆け巡った。


(・・・・・・・・お前のメシ・・・・・・・・・ってやってもいい・・・・)
(えっ、何て言ったの今?)
(・・・何も言ってねぇよ・・・・・)

(ここはお前の部屋だろう・・・ここにいればいい)
(・・・・・・・・・・・・・・・でも)
(いいから・・・ここにいろ)

(・・そんなに欲求不満だってんなら、丁度ベッドの上だし今からでも俺が相手してやろうか?)

(・・・・・・・昨日は悪かったな)
(え?)

(・・・・・ああ、そうね。でもどうせ近いうちに見せるんでしょ? 今も後も変わらないわよ)
(何馬鹿なこと言ってんだいっ!!)

(とぼけないで。知ってるのよ、貴方、ネルのこと好きなんでしょ?)
(・・・・だ、誰が!! あんな乱暴で暴力的ですぐ殴りかかってくる女なんか!)

(な・・・何でもないよ・・・・・・・)
(目を見て話せ)
(・・・・何でもないって・・・・・・)

(人間ならいつかは死ぬもんだ。どうせ死ぬなら、生きてる間にやらなきゃならねぇことをやるだけだろうが。
今だってそうだろうが。作られたものなんかじゃない・・・・・・・・・・・俺達が俺達でいるために生きて、戦ってるんだろう)

(・・・アタシが寝てる時に、ヘンなこととかしちゃいないだろうね・・・・・)
(なっ!! あ、阿呆なこと言ってんじゃねぇ! 一応病人だろうが、テメェは・・・・・・)

(・・・・・・ねぇ)
(あん?)
(・・・ありがと)
(・・・・・・・・は・・?)


色んな思い。お互いに、色んなことを考えて、色んな体験をして、生きている。
全く違う存在なはずなのに。
はずなのに・・・・・・

「・・・・・大人しいな」
「・・・ん? ・・・・そうだね、なんでだろ・・・」
きっとそれは・・・・・・とても大切なこと。でも言ってなんかやらないからね。
ゆっくりと、腕を彼の背中に回した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さっき・・・」
おもむろに呟くアルベル。
「ん?」
「・・あの女が何か企んでるって話してたろう」
「・・・・・・・ああ」
「あの青髪ども、俺達をネタに賭けなんぞやってたらしい」
「・・・な、なんだって・・・・・・?」
思考が一気に現実に引き戻された気がした。
驚いてから、なんでよりにもよってこんな時に話すんだ・・・・と思った。
「何の賭けをし・・・・・」
「お前に選ばせてやる。フェイトとマリアと、どっちを勝たせる?」
「え? ・・・・・・どっちと言われても・・・・・大体、何の賭けをやってるのか・・・・・」
「そんなことは今は関係ねぇ。どちらを勝たせるかは、お前次第だ。選べ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
よく状況が理解できなかった。一体、どういうことなのか?
勝たせるとか私次第だとか選べだとか・・・・・・
「・・・・ならさ・・・・マリアには色々と『世話になった』し、勝たせるならフェイトかな・・・・・・」
「・・そうか」
それだけ呟くと、アルベルは体を起こした。
ちょっとだけ呆気に取られたネルに構わず、立ち上がって背伸びをする。
「・・・・・・・アルベル・・」
続いて起き上がるネル。どことなく、名残惜しそうな表情で。
「とりあえず、今はここまでだ」
「・・・・・・・・・・・・一体何の賭け・・・・・・・・」
呟くネルに、アルベルは背を向ける。
「あの女が賭けに負けて悔しがるさまを見物したら・・・・・・思う存分続きでもするかよ?」
「・・・・・・・続き・・・・・・」
ぼーっと反復し、その意味に気付いて真っ赤になる。
「ア、アンタ・・・・!」
「病人に手ェ出すほど鬼じゃねぇよ」
「何言ってんだいっ!」
思わず照れ隠しに手元の枕を投げつけるネル。
一方、意地悪く笑って部屋を後にするアルベル。その背中を見送って。
「・・・・・・・・・・バカ・・・・」




とても大切なこと。
アンタは気付いていないかも知れないけれど、いつもアンタは私の求める答えを持っている。
私が願ったことを、知らずに叶えてくれる。
それが、私にとっての支え。
それって、とても大切なこと。




「あ、アルベル」
「・・・・・・・フェイトか」
意地悪くニヤリと笑い、その一方で戸惑うフェイトにアルベルは一言だけ言った。
「例の賭け、今回はテメェを勝たせてやる」
「・・・え?」
「今回だけだぞ」
「ちょ、アルベル・・・・・!」
フェイトの叫びも無視して、アルベルは立ち去った。
それはつまり・・・・・・・・
「・・・・・・今回だけ・・ねぇ。もうやらないよ、こんな賭け・・・・・」
仕方ないなぁ、といった風に肩をすくめるフェイト。
だって、もうやる意味なんか無いんじゃないのか・・・・・・・?



 そして。
「なんでよっ! 確認したの!? アンタ達、揃ってグルなんじゃないでしょうねっ!
やっぱりフェイト! 貴方、アルベルを丸め込んだんでしょう!
とぼけないで! え? 知らない? 嘘おっしゃいっ!
絶対両想いよ、それに間違いはないのよ! 何を証拠に関係ないなんて言いきれるの!!
え? そっちこそ何を証拠に両想いだと言い張るのか?
そんなの、女の勘に決まってるでしょうがっ! え? 曖昧すぎる?
おだまりっ!!!
ちょっと、クリフ! 黙って見てないで! フェイトが私にいかがわしいことを・・・・・!
え? あらいやだ、私は清純な乙女よ? ちょっとソフィア、なによその表情は!!
スフレッ! ロジャーーー! アンタ達がしくじるから・・・・・・・!!
ちょっと! フェイト! ・・・何ですって・・・・・!? ・・・ああんもう!!!」



とある少女の叫びがこだました、秋の夜長。





fin...




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