Transitory Existence

 

 いつの間にか眠っていたらしい。気付いたら、昼近かった。
昨日、色々あって。
食事の片づけが終わったら疲れがどっと出て。部屋に帰るなりベッドに突っ伏してしまった。
そして、今日。
ずっと寝ていたためか、どこか頭が痛む。
ゆっくりと起き上がる。頭が痛い。ぼーっとする。
階下に降りてみると、もうみんなはどこかへ出掛けたのだろう、ホテルのロビーには誰もいない。
気を紛らわせるために、ネルは一人散歩に出ることにした。



 ペターニの郊外を歩く。もう秋が深まり、周囲の雰囲気がそれをかもし出している。
木の葉が赤や黄色に色づき、ペターニの街を彩っている。
こうやって、落ち着いて季節を眺めたことなんて、とても久しぶりな気がした。
ずっと仕事や任務で、それどころではなかったから。
(・・・・・・こんなに綺麗な光景があったなんてね・・)

ざぁぁぁぁぁっ・・・

強い風が吹く。思わず目を閉じる。風に舞い、木の葉が辺りを包み込む。
色褪せ、その役目を終えた葉が舞い落ちる。
足元に転がる落ち葉を眺めながら。ネルはふと思った。
人間も、この木の葉のようにいつか役目を終えたら散ってしまう、儚い存在なんだ・・・・・


自分も・・・・・・とてもちっぽけな存在・・・・・・




 ふと視線を向けた先に。
秋色に染まった街の片隅、やはり舞い落ちる木の葉を見つめて立ち尽くしている男の姿を見つけた。
少し、ドキンとした。
その横顔が少し切なげでなんだか哀愁があって、ちょっとだけ格好良くて。
そして色々あった昨日を思い出して。



昨日の事は・・・本当なんだろうか。


でもそれを本人に確かめる勇気はなかった。
「おい」
ハッとして改めて男を見やる。紅の双眸がこちらを見ていた。


また、風が吹いた。



「何してやがんだ」
何・・・・って。特に何をしていたわけでもない。
ただ少し考え事をしていただけで。
「・・・別に・・・・・・・・散歩してただけさ・・」
「そうか」
「・・・・・・・・」
会話が続かない。
何故だか空気が落ち着かない。ただ自分がいて、あいつがいて、風が吹いてる。
どうしよう。
このまま居るのももどかしいし、立ち去るのもきまずい。
どうしよう。
何か言ってはくれないだろうか。
沈黙がたまらなく耐え難い。目をそらす。

「おい」
 いつの間にか、すぐ近くにまで男が来ていた。
「・・・・一体どうした。お前にしちゃ様子がおかしいが・・」
ハッとする。悟られてる。
なんだか感傷的になっている自分に。頭が痛んだ。
「な・・・何でもないよ・・・・・・・」
「目を見て話せ」
「・・・・何でもないって・・・・・・」
そむけていた顔をまた向ける。また真っ直ぐに見つめられる。
何故だか、目の前がぼぅっとした。
「ちょっと・・・考え事してただけさ・・・・・・・大したことじゃないよ・・・・・・」
懸命に、足元の落ち葉を一枚拾い上げた。
「・・・私達も、いつかはこんな風に散ってしまう・・・・・・そんなモノなんだって。
このたくさんの枯れ葉のように、誰にも気にも留めてもらえず消えていく・・・・そんなの悲しいよね・・・」
なんで。
こんなこと、この男に呟いているんだろう。
きっと、馬鹿馬鹿しいって思ってるに違いないさ・・・・・・
「・・そうだな」
「・・・・・え?」
「人間ならいつかは死ぬもんだ。どうせ死ぬなら、生きてる間にやらなきゃならねぇことをやるだけだろうが。
今だってそうだろうが。作られたものなんかじゃない・・・・・・・・・・・俺達が俺達でいるために生きて、戦ってるんだろう」


また風が吹いた。



どうして・・・

どうして、この男はこんなに・・・・・・




ズキン・・・・・
また、痛んだ。頭ではなく、胸が。



「・・おい?」
黙り込んだネルに声をかける。しかし、返事はない。
代わりに・・・
一筋の雫が流れ落ちた。


ああ・・・・そうか。
唐突に彼女は理解した。大切なことを。
「・・・・そうだね・・・・・・」
それだけ呟いて、彼女は背を向けた。
「?」
「・・ちょっと・・・・一人にして・・・・・・」
そう言って、ネルは駆け出した。また・・・・どこかが痛んだ。





「ネルさん!?」
 息せき切って街を駆け抜ける。呼ばれても止まることなく。
いや、正確には・・・・自然と足が止まっていた。
「ネルさん、どうしたんですか・・・?」
よく知った、青年の声。何でもないよと片手を上げて応えようとして・・・・・

「ネルさんっ!!」


意識が暗闇へと堕ちた。










「・・・・・・・・・・・・・・・風邪か・・」
「昨日に比べて今朝寒かったですから・・・・・・・」
「ああ〜、おいたわしやお姉さま〜〜!! でも安心してください、オイラがつきっきりで寝ずの看病を・・・・・!!」
「風邪うつっても知らないわよ」
「コイツにゃうつんねぇだろ。ホラ、バカは風邪ひかねぇって言うしな」
「なんだとバカチン!!」
「もう〜、みんな騒ぎすぎだよ〜、ネルちゃん起きちゃうよ〜」

 なんだか騒々しい。
薄く目を開けると、そこには天井が。
「ほら〜、起きちゃったよ」
「いやいいんじゃねぇの? 意識ねぇほうがヤバイだろうよ」
「はいはい、わかったからこれ以上騒がしくしないことよ」
「大丈夫ですか、ネルさん? 風邪の具合はどうですか?」
・・・・・・風邪? そうか・・・・・・なんだか頭が痛かったのは、風邪をこじらせたからなのか・・・・・
「熱もあるみたいだし、安静にしておいてくださいね」
熱・・・・? 
ああ、そうか・・・・・きっと、熱にうかされていたんだ。
だから、なんだか変なことを口走ってしまったんだ・・・・・・・・
「じゃ、私特製のおかゆを作って・・・・」
「待てマリア、さらに悪化させる気かっ!」
「どういう意味よ!」
「だから、騒いじゃダメ〜〜っ」
・・・・心配してくれてるんだ、みんな。
あんまり迷惑をかけるわけにはいかないのに。
「今日はもう遅いし、薬を飲んで寝た方がいいですよ」
「・・・・・・・ああ・・・・」
「一人っきりにさせておくのもね・・・・・・ちょっと、アルベル! こっち来て! 看び・・・」
「待ったマリア! ・・・・・病床のネルさんによりにもよってこいつをあてがうなんて、どうかしてるだろ。
ここはソフィアに任せた方が・・・・・・」
「何よ、フェイト」
「何だよ、マリア」
それぞれの思惑を抱えて、睨みあう二人。まぁまぁとなだめるクリフとソフィア。
・・・もっとも、何故彼らがここまでいがみあうのかは、他の仲間の知るところではなかったが。
「あのぅ〜・・・・オイラって選択肢は・・・?」
『ない』
「・・・・・・・・・・・なんだよぅ・・・いいじゃんかよ・・・・・」
表のリーダーと裏のリーダーに即答され、ロジャーはいじけてしまう。
「とにかく頼むよソフィア」
「ダメよ! アルベルでないと!」
「なんでさ」
「・・・・・・ほら、ナントカは風邪ひかないって・・・・・」
「テメェ!! ブッた斬るぞ阿呆が!!」
「押さえて押さえてアルベルちゃん〜」
・・・全く、相変わらず騒がしいね・・・・・・
ネルはクスリと笑った。
そして彼らに背を向けて、目を閉じた。
熱を帯びた体が多少邪魔をしたが、そう時を置かずして眠りについた。





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