Diminish Her Appetite

 

「今日の料理当番、ネルさんなんだって?」
「ええ、そうよ」
「良かった、今日はマトモなものが食べられそうだ」
「・・・・どういう意味よ、フェイト」



 木の葉が色づく季節も深まり、とても涼しげな風の吹くペターニの街。
フェイト達一行は旅の途中でこの街で休息ついでに滞在していた。
普段女性陣が交代で担当している食事当番。
ソフィア、ネル、マリア・スフレ(二人一組)の順となっているが、特に賞味する側の男性陣からはソフィアやネルの料理が好評のようだ。
ホテルの廊下で、マリアとフェイトは話し込んでいた。
「全く、フェイトもクリフもロジャーもソフィアやネルの料理ばっかり誉めるんですものね。私やスフレの努力も察して欲しいものだわ」
「・・・いや、それは・・・・・・・なぁ」
「何よ」
不愉快そうに口を尖らせてみせるマリアの横を、大きな影が通り過ぎた。

 一見奇妙な格好をした、黒と金の髪を持つ男。
そいつはマリア達を気にとめることもなく通り過ぎて行った。そんな後姿を見送る二人。
「・・・・・彼もわかりやすいわよね」
「・・・・・・・そうだね」
食事の反応が一番あからさまに表れるのが彼・・・アルベルだ。
マリア・スフレの時には口もつけずに部屋に戻ってしまうし(そしてマリアに無理やり食べさせられる羽目になる)、ソフィアの場合はただただ無感情に食を進める。
しかし・・・・ネルの場合。まるで小舅よろしく色々文句やいいがかりをつけるのだ。そのクセ、出された料理は絶対に残さないし、あまつさえおかわりまでする始末。
ネルもブツブツ文句は言っても、まんざらでもない様子でそれに応える。
そんな二人をマリアは好奇の目でつぶさに見てきた。
「絶対、アルベルとネルって気があってるわよ。きっと両想いだわ。そう思わない?」
「・・・まぁね・・・・・そうじゃないと言い切れなくもない」
フェイトの曖昧な返事にマリアはさらに口を尖らせる。
「何よ、ハッキリしないわね」
「絶対にそうだとは言えないじゃないか。そう思わせる要素はあってもね」
「絶対そうよ。そうに違いないってば」
「そうかなぁ・・・・・・・少なくともネルさんの方は違う気がするな・・・・」
言い合いは平行線だ。
「だったら。賭けをしない?」
「え?」
唐突な申し出にフェイトはマリアを訝しげに見やった。マリアは嬉々として、
「もしもあの二人がくっついたら、私の勝ち。くっつかなかったら貴方の勝ち。どう?」
「・・・・曖昧な条件だなぁ・・・・期限を設けようよ」
「ってことは、条件次第で承諾・・・・ってことでいいのかしら」
「ああ」
「わかったわ」マリアはニヤリと笑った。「じゃあ、今日から1週間。それでどう?」
「いいよ」フェイトもニヤリと笑って応えた。「でもその条件だと、僕の方が有利な気がするね」
「あら、そうかしら? ふふふ・・・負けた方は一週間勝った方の言う事をなんでもきくこと。いいわね?」
「ああ、いいよ」




「お、うまそうじゃねぇか」
 食事の支度が終わり、思い思いに散り散りになっていた一行が集まってきた。
「今日はちょっと腕によりをかけてみたからね」
「メラおいしそうじゃんよ! さすがはお姉さま〜」
大きなテーブルを囲んで思い思いに座る一行。
「コラ、手くらい洗いなっ!」
「ハイ〜!!」
ロジャーなど数人を追い立てるネル。溜息をついてマリアがその近くの席に座る。
「ご苦労様ね、ネル」
「全くだよ」
ブツブツ言いながらネルも近くの椅子に腰掛けた。
と、ネルはあっと思い出したようにマリアを見やった。
「まだもう1品あったんだった・・・・マリア、ちょっと手伝ってくれるかい?」
「・・ええ、いいわよ」
二人が席を立ち、残されたのはフェイトだけになった。


「いっただっきま〜す!」
 騒動(?)もひとまず収まり、楽しい夕食タイムと相成った。
ひたすら食べまくるクリフにロジャー、楽しげに会話するソフィアとスフレ、相変わらず文句の付け合いを繰り広げるアルベルとネル・・・・・そんな中、青髪の二人はその様子を黙ったままジッと見つめていた。




「やっと片付いたね・・・・・」
 夕食の後片付けを済ませ、ネルは一人で大きく背伸びをした。
仲間達は料理に満足して各々部屋に戻っていることだろう。
さて私も部屋に戻ろう。
 上階に上がり、部屋が近くなったところで・・・・大きな影がこちらに背を向けて壁に寄りかかっている姿を見た。
彼女もよく見知っている、元敵国の男。怪訝な表情を見せるネル。
「・・・・・・そこはアタシの部屋の前だよ・・・何してんだい・・・」
男はその声にゆっくりと体をこちらに向ける。壁に寄りかかったまま。
その表情はなんだか辛そうだった。
「・・・ど、どうしたの・・・・・」少し驚いて尋ねると。
「・・・・・・テメェ・・・メシになんか入れやがったのか・・・?」
「はぁ!? なんでそんなこと・・・・・!」
アタシがしなきゃいけないんだい・・・・・だが、言う前にアルベルに遮られる。
「どっちでもいい・・・・クソ、体がいうこときかねぇ・・・・・・」
そのまま壁にもたれてズルズルと座り込む。あわててネルが駆け寄った。
「だ、大丈夫・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・・・・」返事は聞き取れなかった。
一体何が起こっているのか、どうしたらいいのか、彼女は困惑した。
このままにしておくワケにもいかない。しかし・・・・・・・
(・・・・・・・私の部屋がすぐそこか・・・)
一瞬不安な表情を浮かべるが、迷っている場合ではない。
今日はかなり涼しい日だし、こんな場所で放っておいてはカゼでも引いてしまうかもしれない。
ナントカはカゼは引かないというが・・・・と冗談など考えている場合でもない。
重たい男の体を引きずって、ネルは懸命に部屋へと向かった。




((・・・なんてことに・・・・・・!!))

 その様子をそれぞれに伺っていた者達がいた。
共に目の覚めるような青い髪を持つ、男と女。お互いの存在には気付いていないようだった。
(ちょっとばかり計算が狂ったわね・・・・なんでアルベルに・・・・・・・にしても、なんだか効果がおかしいみたい・・・・)
(マリアのやつ、一体何を混ぜたんだ・・・・・・しかもネルさんに盛ってたし・・・・・)
(やっぱり、人に頼るものではないわね・・・・・役立たずだわゴッサム!)
(とっさにネルさんの皿を入れ替えたけれど・・・・・クリフにあてがったつもりがアルベルに行っちゃったか・・・・しかしこの展開はマズイんじゃ・・・・・)
(所詮、惚れ薬なんて妄想の産物でしかないのかしら・・・・イヤになるわね・・・・他の方法も考えないと・・・・・・)
目の覚めるような青髪の二人は、お互いに気付くことなく様子見を続行した。




 力の抜けた人間の体はなんと重たいことか。
背の高い成人男性にしては軽い部類に入る彼ではあるが。
苦労してベッドに寝かせ、ようやく一息つくネル。しかし・・・・・一体何が起こったのだろうか・・・・?
(もしかして、私の作った料理のせい・・・・・?)
いつもアルベルは彼女の作ったものとなると、なんだかんだ言いながらも完食してくれる。
それなのに料理のせいだというのなら、申し訳ない気がして。
彼は何か入れたのかと言っていたが・・・・全く覚えがないし。
「・・・・・・う・・・・」
「・・・・・・・・・・大丈夫かい?」
いつになく優しげな声が出て、自分に驚くネル。
普段いかに確執があろうとも・・・・・相手は病人(?)だ。それも当然か。
「・・・・・・・吐きそうだ」
「ここで吐かないでおくれよ」
「うるせぇ・・・」
悪態つきながら体を起こそうとするアルベルをネルが制した。
「吐きそうとか言って、何無理してんだい! おとなしく寝ときな!」
「・・・・・フン」
珍しく、おとなしく言うことをきいて再び横たわる。ネルにそっぽを向いて横に寝転がった。
溜息をついて、ネルはベッドの縁に腰を下ろす。
「・・・・こんなことならテメェのメシなんか食うんじゃなかったな・・・」
「・・・・・・・・・・・そうだねぇ・・」そっぽを向いたままのアルベルを見つめながら。「何故かよくわからないけど、私のせいかも知れないし・・・・・・・すまないね」
「・・・・・・・・・何謝ってんだ」
「アンタがアタシのご飯食べなきゃ良かったって言ったんじゃないか」
「・・ハッキリそうじゃねぇんなら、テメェが謝る必要なんかどこにもねぇだろうが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・アンタ、なんか矛盾してるよ」
「してねぇよ・・・」
どこか拗ねたような口調に思わず・・・不謹慎だが・・・ネルは笑ってしまう。
いつもと違うアルベルはなんだか変わってて可笑しくて。
「・・何笑ってやがる」アルベルが体ごとこっちを向いた。
「いやさ・・・なんか可笑しくて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
眉間にしわを寄せて、不愉快そうな表情になる。と思ったら、いつもの表情に戻った。
「・・・・お前の」
「え?」
「・・・・・・・・お前のメシ・・・・・・・・・ってやってもいい・・・・」
「えっ、何て言ったの今?」
「・・・何も言ってねぇよ・・・・・」
「ウソ! 何かボソボソと言ってたじゃないか!」
「言ってねぇっつってるだろ・・・・うるせぇ女だ・・・・・・」
再び体を寝転がして向こうを向くアルベル。その行動すら何か照れ隠しのようにも見えて、ネルはまた笑ってしまった。
「・・・ははっ・・・スナオじゃないんだから・・・・・・・・」
「何の話だ」
「・・何でもないよ。・・・・・・もう寝なよ。この部屋使っていいから。アタシがアンタの部屋に行けばい・・・・・」
立ち上がりかけたネルの左手を、いきなり掴まれた。
またいつのまにか体をこちらに向けたアルベルの紅の瞳がまっすぐ見つめていた。
「ここはお前の部屋だろう・・・ここにいればいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・でも」
「いいから・・・ここにいろ」
「・・・・・・・・・・・」
ネルはそっと微笑んで、立ち上がりかけた腰を再びベッドに下ろす。
見れば、もう彼は目を閉じて眠りかけていた。
そこに、さっきまでの辛そうな表情は見受けられなかった。
(・・・・ま、いいか・・・・・・・)
たまには、こんな夜があってもね。



また、いつでもご飯くらい作ってあげるさ。・・・・・いつでもね。







「さぁ、召し上がれ!!」

 翌朝。この日の食事当番だったマリアがやけに意気揚々と差し出した朝食。
何か得体の知れないものを並べられ、ネルは相当困惑した。
「・・・・・あ、あの・・・マリア・・・・・・・・・」
「あら、どうしたの? 遠慮しないでよ」
「・・・悪いね・・・・なんか食欲なくてさ・・」
「そんなこと言わないでよ、何も入ってないから!」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
マリアは咄嗟にしまった、といった表情を見せ、ネルはますます訝しむ。
「マリア・・・・何も入ってないって・・・・・・」
「あ、あら〜、クリフお早う!! 相変わらず朝から元気ねぇ〜」
「ちょっとマリア・・・・・」
「お早うロジャー、さてはまだ寝てるわね頭」
「マリア・・・・」
「スフレ、今日当番なのに遅いわよ」
「あっ、ごっめ〜ん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネルは思った。

この女、何か知っている。

後で問いただそう・・・・そう彼女は決意した。
しかしながら・・・・・後々思い知らされることになるとは、この時のネルは思ってもいなかったのであった・・・・・・





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