Subtle Love Story

 

「ちょっと、マリア」

 鋭い声に、ホテルの自室で髪のお手入れをしていた青髪の少女はヤバイ、といった表情を見せて後ろを振り向いた。
赤髪の女性が、キツそうな表情でそこに立っている。
彼女・・・ネルが何の用でマリアを呼んだか・・・・マリアにはわかっていた。
「アンタ・・・・昨日の食事のときにさ・・・」
「あら、何の話かしら?」
にこやかに笑ってみせるマリア。本当は、全ての首謀者だったりする彼女だったが。
 その全貌を明かすなら、昨日の晩御飯のときにネルに惚れ薬を盛ろうとしたところ(実際には効き目は表れなかったが)、何故だかアルベルに盛ってしまい(これはフェイトの策略だったりする)彼の具合が悪くなったのであるが・・・・・・
今朝ウッカリと「料理には何も入ってない」発言してしまったため、ネルが詰問に来た・・・・・そこまでマリアは理解していた上で。
しれっとトボけてみせる。
 ネルはますます表情を険しくする。
「アンタ・・・・すっとぼけるのもいい加減に・・・」
「だって、何も知らないんですもの。ネル、あんまりイライラしてるとお肌に悪いわよ」
「マリア・・・!」
なおも食い下がろうとしたネルに、マリアはいきなり本を突きつけた。
かなりの脈絡のなさに面食らうネル。
「まぁまぁ・・・イライラしててもしょうがないでしょ・・・・・・もっと気分を落ち着けないと、隠密なんて務まらないと思うわよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
誤魔化された気がして渋面するネル。そんな彼女に構わずにマリアは続ける。
「気持ちを落ち着けるためにも、たまには読書でもいかが? コレ、小説なんだけど、結構面白いわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・・」
元来素直な性格のネルは素直に本を受け取る。
マリアの言っていることも一理はあるのだが。どうにも納得がいかないような・・・・・
そんな気持ちが表情に表れてはいるものの、ネルは本を手に引き返していく。
それを見やって、マリアはほくそえんだ。



「・・・・・しかし、コレって・・」
 部屋に戻る途中、ネルは本を改めて見やる。
どうも・・・・・小説は小説でも、恋愛小説の類ではないだろうか・・・・・・
こういう類の小説はあまり読んだことがない彼女だったが・・・・・いい機会だし読んでみるかと思った。
そして部屋に戻ると、まだベッドでだれている男の姿があった。
ああそういえばコイツもいたんだっけ、と思い出す。
昨日具合が悪くなってネルの部屋に居座った、アーリグリフの漆黒団長アルベル。まだ本調子ではないみたいだ。
(・・・コイツのいるような場所で読む本じゃないよね・・・)
手元の本とアルベルとを見やって、ネルは溜息をついた。だが、アルベルは寝ているし静かにしていれば気付かれないだろうと、結局自分の部屋で読んでみることにした。
足を組んで椅子に座って、パラパラとページをめくってみる。
しかし・・・・・侮れなかったようだ。
「・・・・何見てるんだ」
ネルが顔を上げると、起き上がってこちらを見ているアルベルの姿が。
「本」
「・・・・・・それくらい見りゃわかる」
「だろうね」
気にするでもなく、ネルは再び本に目を落とす。
それが彼には気に食わなかったのかもしれない。
「何の本だ」なおも食い下がってくる。
「いいだろ別に」
「知られると困るようなモンでも見てるのかよ」
「・・・・・・・・・・アンタには関係ないだろ・・」
全く・・・すぐムキになるんだから、子供じゃあるまいし・・・・・・こんな時彼女は、自分と相手とどっちが年上なのかわからないと感じる。
 そんなアルベルを無視する形で再度、本に目を通す。
エリクールで使われている文字の羅列を目で追っていると・・・・・・それがいきなり目の前から消えた。
バッと顔を上げると、ベッドに座ったアルベルがもの珍しそうにその本を手にして、眺めているではないか。
「ちょっと、アンタ」
「こんなモン読んでたら頭痛くならねぇか・・・?」
「だったら読まなきゃいいじゃないか! 返しな!」
本を取り返そうと手を伸ばすが、さらに遠ざけられる。
「アンタねぇ・・・!」
「・・ん?」
いきなり、本文の内容を凝視し始めるアルベル。
そしてやおらネルの方を向くと・・・・
「・・・・お前、こんなのが好きなのか・・・・・・?」
「は?」
何のことだろう。どこかしらアルベルは動揺しているようにも見えた。
「・・・・・・・・いや、ヒトの趣味をどうこう言うつもりはねぇが・・・・・・しかしお前がこういうの好きだとは、意外かもしれねぇな・・・・・・・」
「・・・・っ、わ、悪かったね・・・・!」
赤くなるネル。
なんだい、私が恋愛小説とか読んだら悪いってのかい! どうせ似合わないよ・・・・・!!
ムキになって取り返そうと飛びかかるも、さらりとかわされる。
「悪いとは言ってねぇだろ」
「言ってるのと同じだよ!」
なおも飛びかかるが・・・・左手と右肩を掴まれて阻まれる。
ふと、目と目が向き合った。
怒りと恥ずかしさとで睨みつけるネルに、アルベルは平然と言ってのけた。
「・・お前・・・・・・欲求不満なのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
思わず、間の抜けた声を出してしまうネル。
また・・いきなり何を言い出すのだこの男は・・・・・?
「・・な、何の話・・・・・?」
「こんなモン読んでおいて、違うと言われてもそれはそれでどうかと思うが・・・・」
「・・・・って・・」
さっぱり話の中身が見えない。
そりゃ、恋愛小説なんて興味なければ読まないとは思うけど・・・・・・いやそもそも、まだ読んでなどいないのだが。
そう言いかけたネルの顎を、アルベルは左手でクイッと持ち上げた。
そして。
「・・そんなに欲求不満だってんなら、丁度ベッドの上だし今からでも俺が相手してやろうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」

思わず。



ネルは空いていた右手でアルベルを思いっきりグーで殴り倒していた。






「大馬鹿! 変態! いっぺん死ね!!」

バタンッ

怒りにまかせて怒鳴りつけて、ネルは部屋を飛び出した。








 時間は少し遡る・・・・・

「マリア」
呼ばれて見やると、自分と同じ青髪を持つ青年が部屋の入り口に立っていた。
「あら、見てたのフェイト?」
「まぁね・・・・・・しかし、よくあれでネルさんを誤魔化せたもんだね」
「・・・・引っ掛かる言い方ね。もしかして、昨日邪魔してくれたのは貴方?」
「そんなつもりじゃなかったけど・・・・でも結果的にはマリアの思惑どおりになったんじゃないのかい?」
「・・・・・・・確かにね・・・・あれからどうなったのか知らないけど」
「ところでさ、マリア・・・」
話題を変えるフェイト。
「何?」
「さっきネルさんに渡してた本、一体何の本なんだ? マリアがここ(エリクール)の小説読んでるとは知らなかった」
「ああ、あれ。官能小説」
「ふーん・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えええっ!!!?
思いも寄らない答えに、思わずフェイトは大声を出してマリアを凝視してしまう。
マリアはにこやかに笑って。
「そんな大げさな内容のじゃないけどね。でもネルってあーゆーの絶対読まなさそうだもの。
だから読んでみたらもしかしてその気になるかも知れないじゃない? ・・・確率は低そうだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
愕然とするフェイト。
何もかも、マリアの作戦なのか・・・・・と。
これはヤバイ。一週間なんて短いと思っていたけれど、昨日の薬といい今日の小説といい、マリアがこんな手段で攻めてくるのなら、こっちもうかうかしていられないのではないか?

あわててフェイトはネルを止めるべく奔走し始めるのだが、程なくカンカンに怒ったネルに遭遇、ちょっとだけ安堵することになる。
その一方で、マリアは次なる作戦を企んでいるのであった・・・・




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