Borrowed Thing Competition

 

 昨日ネルを思いっきり怒らせてから一夜明けた今日、アルベルはなんともなしにブラブラと秋も深まったペターニの街を歩いていた。
なんとなく、彼女の顔を見るのがきまずかったため・・・・なのだが。
「・・・・ちょっと」
聞き慣れた声に、アルベルは振り向く。
いつも身につけているマフラーで口元を覆い隠したまま、当のネル・ゼルファーがむっつりとした表情で立っていたのだ。
昨日に比べると、怒りは和らいでいる様子だが・・・・・
「・・・・・・・・なんだ」居心地悪そうにボソリと呟くアルベル。
「アンタ、昨日アタシの部屋からあの本持ち出しただろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
否定しない肯定。
というのも・・・・・昨日ネルが持っていた本、なんだかんだ言って彼も興味があったのか、どうせコイツのものだしちょっと借りてくか、と持ち出してしまったのだ。
それもまた、きまずい理由の一つなのだが。
「返してよ」
「・・・・あ・・・・・いや・・」
「何」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い。また貸し出しちまった」
「・・・・・・はぁ!?」
さらにきまずい理由の一つ。本のまた貸しをしてしまったのだ・・・・・・・
「・・・・・・部屋で読んでたら・・・あの大男が俺にも貸してくれと・・・」
ネルは顔をしかめる。
「それでクリフに貸したの? ・・・アンタねぇ・・・・」呆れた口調だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
言えなかった。
お前みてぇなヤツでもこんなの読むんだなぁ・・・・言いふらしてやろうかなぁ・・・・マリアに。
その脅しに逆らえずに貸し出しを了承してしまったなんて。
「・・・あれねぇ、アタシの本じゃないんだよ」
「・・・・・何・・・!?」
「アタシも借りてたのさ。マリアにね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
な・・・・・事の発端はあの女だったってのか・・・・・・!?
と、ふと口元に手をあてて考え込む。
「・・・・・・・お前よりゃあの女のほうが持ち主としては納得がいくな」
「あら、そうかい? ・・・・確かにアタシはあんまりあーゆーのは読まないしね・・・・」
「だろうな」
「悪かったね」
「悪いとは言ってねぇだろうが」
ん? 昨日も似たような会話をしたような・・?
「とにかく、私もまだ読んでないんだよ。マリアにどうだったなんて聞かれたし、読みたいんだけど・・・・・・」
「なっ!! 読んでねぇだと!!?」驚いてネルを見やるアルベル。
「・・・!? あ、ああ・・・・・どうしたのさ、いきなり大声だして・・・・」
アルベルの頭の中を、色んな事態が駆け巡った。
てっきり、ネルのやつ中身を知ってるとばかり思っていたが・・・・・違ったのか? ・・・ということは・・・・・・
「・・・・お前、あれがどんな中身なのか知らない・・・・のか・・・?」
「・・・? 恋愛小説だと思ったけど・・・・・違うのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そういえばアンタは読んだんだろ? どうだった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 呆然としてしまうアルベル。
そうとも知らず、俺は昨日とんでもないことを口走ってしまった・・・・・・
道理で、思いっきりブン殴られるハズだ・・・・
どうする、アルベル・ノックス・・・・・・・事実をこの女に話してしまうか・・・・・!?
事実を知ったら、驚くことに間違いはないだろう。
でも・・・・・でも。
この女には、そういう類の話は知って欲しくない気もするのだ。あんなもんこいつが読んだら、こいつの何かが変わってしまうかもしれない。それはイヤだった。
そもそもあの女(マリアのことだ)よりにもよってあんな小説をこいつに貸し出すか・・・・・!!
ダメだ。
絶対にコイツにあの本を読ませるわけにはいかない。彼女のためにも、自分のためにも・・・・!!
「・・・・大したことない内容だったぜ。あんなもん、読む価値ねぇよ」
「ふぅん・・・・・・・でもアンタの感想じゃあんまり参考にならないしねぇ・・・・・・」
おいおい、そんなに興味を持つなあんなものに。
「とにかく、クリフを探して、本を返してもら・・・・・・・」
「うるせぇ! あんなもんクソだ! お前が読む必要はねぇ!!」
思わず大声で、叫んだ。彼なりの本心。そして、小さな声で。
「・・・・・・・昨日は悪かったな」
「え?」
バッと身を翻し、ペターニの街を走り出すアルベル。
クリフを探し出して、あの本をマリアに叩き返すために。
一方のネルは何が何やらわからずに、呆気に取られていた。


 そんな様子を、また覗き見していた者達がいた。
目の覚めるような青髪の、男と女。
(・・・・・何ですって・・・!! あの本がよりにもよってクリフに渡ったですって・・・・・!!?)
(クリフが持ってるって・・・・・・? あの小説を・・・・・・・? 確かに好きそうだけど・・・)
(ヤバイわ、あれが私のものだって知られたら・・・・・・・とにかくヤバイわ・・・・)
(クリフか・・・・・頼み込んだら、貸してもらえるかも・・・・・・・・・?)
(あれが私のだってバレる前にクリフから取り返さないと・・・・・・どんな手段を使ってでも!!)
それぞれの思惑を胸に、彼らもペターニの街に駆け出した。
クリフ・フィッターを探して。




 一方、街の中央にあるオープンカフェで、クリフは鼻歌まじりにコーヒーを飲んでいた。
手には一冊の本。例の、借りた本だろう。
・・・・・このような場所で堂々と広げて読むような内容の本ではないのだが。
スキャナー付属の翻訳機を使って、彼は本を読み始めた。
その刹那。

「剛魔掌っ!!!」


ガシャァァァンッ

「どわっ!!?」
思わず即座にテーブルから離れたところ、そのテーブルを巻き込んで剛魔掌が炸裂した。
犯人は・・・・・見なくともわかりきっていた。
「おい! アルベル!! いきなり何しやがんだ!!」本を手にしたまま、クリフは叫んだ。
一方のアルベルは立ち尽くしたまま顔だけクリフに向けた。
その形相は、例えるなら修羅のごとく。
「・・・その本、よこしやがれ・・・・・逆らうと・・・・・斬る」
スラリと刀を抜くアルベル。
「な・・・! おい待てって! いきなり何なんだ!!」
「うるせぇ、いいからさっさと・・・・」
クリフに向かって歩き出すアルベル。と、その足元に眩い光の筋が走った。
これは光線銃・・・・!? クリフが発射元を見やると案の定、マリアが銃を構えたままコチラに向かって歩いてくるではないか。
「・・・・・・・テメェ・・・・隠滅しに来たかよ・・」
「全く・・・・なんでこうも上手くいかないものかしらね・・・・・」
「お、おいおい・・」話の中身が見えず、呟くクリフ。
二人の男女は一斉に彼を見やった。
「いいからさっさと」
「その本こっちに渡しなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
な、なんだぁ・・・? 一体、こいつらは何をそんなにムキになって・・・・・・
とにかく、彼らから漏れてくる殺気はクリフもひしひしと感じている。
このまま渡さないと、どんなメに遭うか・・・・・・しかし、どちらに渡せばいいのか?
でもその一方でこれを読みたい気持ちもあったりするのだ。
そんな必死のせめぎあいが、フィッター氏の中で繰り広げられていた。
そんな時。


「イセリアル・・・・・・・・・・ブラストッ!!!」



さっきよりもさらに眩い光が辺りを包み込んだ・・・・・!

光が消えたあと・・・・どうやら本気で撃ったわけではなかったようだが・・・・そこにはアルベルとマリアの姿だけ残されていた。
「・・・・クッ・・・・・フェイトか・・・・!」
「な、なんでフェイトが・・・・・と、とにかく! クリフ! どこに行ったの!!」
クリフを追いかけるべく、マリアが走り出す。アルベルもそれに続いた。
それを、フェイト本人は近くの教会の中から伺っていた。その横に、クリフの姿も・・・・・・
「・・・・フゥ・・・・助かったぜフェイト・・・」
「いや、礼には及ばないよ」
こっちにも事情があったしね・・・・心の中でフェイトはそう付け加えた。
「一体、何なんだあいつら・・・」
「クリフ、その本・・・」
「んあ?」
「彼らはそれを狙ってる。ひとまず僕が借り受けようか?」
「・・・・・ああ・・・でもよ・・」クリフはあまり乗り気じゃなさそうに。「そしたらお前がヤバイだろうが。・・・・それに・・・・この本の中身・・」
「知ってるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・ああ、わかった。お前も好きだな」
「ははは・・・・・」
商談成立。二人は、アルベルとマリアが外にいないのを確認すると教会の外に出た。
しかし、そこに別の人物が居合わせていた。
「フェイト、クリフ」
その声に、フェイトはギクリとした。
ネル・ゼルファー・・・・・・・・
ネルは、フェイトが件の本を持っているのを見ると。
「悪いね、その本返してくれないかな・・・・・・」
ネルが言い終わる前に、フェイトはダッシュで駆け出していた・・・・・・!
「ち、ちょっとフェイト・・・!」
「ごめんなさいネルさんっ、この本だけはネルさんには見せられませんっ・・・・・!!!」
ヘタにネルに読ませて、マリアの言うように(アルベルあたりを相手に)その気になってもらったら非常に困るから。
「な・・・・なんだい、アルベルといいフェイトといい・・・・・・・」
「あ? ネル、お前の本じゃねぇのかよ?」
「いや、違うよ。マリアの本さ。読もうと思ったんだけど、アルベルは読まなくていいって言って・・・・しかもフェイトまで・・・・。もう、何が何だか・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
はぁ・・・・そういうことか・・・・・ようやくクリフは合点がいった。
ネルの手に渡るのを恐れて、アルベルやフェイトは・・・・・・
「・・・・・確かに、お前は見ねぇ方がいいかも知れねぇな」
「え?」
「アルベルもフェイトも、そのままのお前でいて欲しいってことだろうよ」
「・・・・・・・・・・・・・?」
何が何やらわからず、ネルは首をかしげた。
そんなネルを見ながら、クリフは思案にくれる。
・・・・あの本・・・・マリアが持ってたのかよ・・・・・いつのまに・・・・・・全く未成年のクセに・・・・・・
今度、あいつにじっくり言い聞かせないとな・・・・・・
結局のところ、一番フェイトの思惑通りに事は進んでいたらしかった。



そして。
この騒動の発端となった本は少しの間フェイトが持っていたが、アルベルに見つかり焼き払われてしまったらしい・・・・・・・
そんなこんなで、激しい借り物競争はひとまずの幕を下ろした。





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