その日のポートロザリアは、いつもの陽気と違って曇天模様だった。
薄暗い空を眺めやりながら、
(これは一雨来るか・・・?)
少女は手荷物を脇に抱えて、急いで部屋を取っている宿に向かった。



Raindrops

 




「・・・結局、降られてしまったな・・・」
 すっかりずぶ濡れになってしまった少女は、ようやく宿の扉まで走ってきて一息ついた。
服は濡れてしまったが、手荷物は無事なようだ。
軽く水を払い、『港町の潮風亭』に入る。
「お帰りなさい」店員の女性が彼女を見て声をかけてくれた。
「雨が降るとは思っていなかったな・・・ついさっきまでは、晴れていたんだが」
「にわか雨かもしれませんよ」
「・・・かもしれぬ」
と、少女は部屋へと向かった。

 部屋は、店員の好意で無料で個人部屋を使わせてもらっている。
そのうちの一部屋を通りがかった時、部屋の中から談笑が聞こえてきた。ここは、ジュードの部屋だ。
入ろうかと思ったが、服が濡れているので一旦自室に戻ってコートだけ脱ぎ、タオルを取ってきた。
「ジュード、入るぞ」
ノックして、中に入ると・・・旅仲間が全員集まって何かしている様子が見えた。
「あ、お帰りラクウェル」
「はい、次はジュードですよ」
「あ、じゃあはい」
「・・・なんでそこで色変えてくるかな・・・ったく」
「わたしはありがたいです」
見たところ・・・3人でカードゲームをしているようだった。見たことがない類のカードだ。
「何をやっているのだ?」
近くまでやってきて、一番近かったアルノーの背後からひょいと覗き込む。
「カードゲームですよ」
「いや、それはわかるのだが」
「手持ちから1枚ずつ出していって、手持ちがなくなったら勝ち・・・・って感じです」
「ほぅ・・・」
「よしッ! リーチだ!」
ジュードがガッツポーズして声を上げる。途端に二人の目の色が変わる。
「何をぅ・・・おこちゃまのくせに」
「あー、なんだよそれーッ!」
「阻止しますよ、アルノーさん」
「ああ。いくぞユウリィッ!」
「はいッ!」
「まずは4枚ッ!」
「さらに4枚です」
「なぁッ!! ち、ちょ・・・ッ!!」
「ほらほら、とっとと8枚取れよジュード」
「素晴らしいコンビネーションでしたね」
「ちぇー・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
傍目から視ているラクウェルには、なんだかよくわからなかった。
「アレだ、上がりをジャマするカードもあるってことさ」
「ふむ・・・・・」
「ラクウェルさん、この周回が終わったらご一緒しませんか?」
「は? だがしかし、よくわからないのだが・・・」
「教えてやるから」
「・・・・・・」
終わったらとはいっても、まだしばらく終わりそうにない。見ながらルールを覚えてみるかと、ラクウェルはゲームに見入り始めた。

 赤青黄緑の4色のカードに0から9の数字が書いてある・・・どうやら、同じ色か同じ数字のカードを場に出せばいいらしい。
しかし・・・・彼女は疑問に思ったことを聞いてみた。
「こんなカード、誰か持っていたのか?」
一瞬、3人の表情が変化した。すぐに戻ったが。
「・・・?」
「・・・・・・あー、借りたんだ」
「借りたって・・・あの店員にでもか?」
「ちょっと違うんだが・・・」
「・・・雨の暇つぶしには丁度いいかもしれんな」
『えッ!!?』
素直に述べた感想に、思いのほか3人が反応を示した。一斉にカードを置いて、窓から外を見やる。
外は本降りの大雨。にわか雨ではなかったらしい、早くに帰ってきて正解だとラクウェルは思った。
「・・・・・お、大雨だよユウリィ、アルノー・・・・」
「気づかなかったです・・・」
「こりゃあ・・・・マジなのか? まさかな・・・」
「とにかく続けましょう」
と、3人はまた定位置に戻ってゲーム再開。その態度に、さらに疑問を抱くラクウェル。
「雨に気づかぬほど熱中でもしていたのか?」
「・・・・・や、そういうわけじゃあ・・・」煮え切らない返事。
「アルノーさん・・・いつまでも・・・」
「ああ、わかってるさ。でもせめて・・・・」
「そうですよね・・・早く終わらせましょう」
「・・・・・・・・・・・・」
ますます怪しい。何か、隠していることがあるのだろうか。
「何かあったのか?」
『・・・・・・・・・・・』
誰も答えない。
「ジュード」
「(うわ、僕に来た・・・・)・・・・あ、その・・・と、とにかくさ、ゲーム終わらせてから・・・・」
「終わらせてから、何だ」
「・・・・・・・・い、いやー・・・・・」
「・・・ユウリィ」
「もう少しだけ待っててくださいね、早く終わらせますから」
「・・・・・・アルノー?」
じゃきんと金属音を立てて、大剣が突きつけられる。
「な、なんで俺にだけそんなに凶悪な脅しを・・・ッ!!?」
「ジュードやユウリィに剣を突きつけるような真似は出来んからな」
「俺ならいいってワケですかッ!?」
「なんとなくだが、お前が首謀者のような気がしてな」
「・・・・ひ、ひどすぎる・・・」
「ア、アルノーさん・・・これ以上は・・・」とユウリィ。困ったような表情。
「そ、そうだよ、アルノー! ラクウェルは本気だよ・・・・!」
「・・・・・・・・・わ、わかった・・・話す。話します。だから、剣を・・・」
黙って、ラクウェルは剣を収めた。
ゲームの続きをしながら、話し始める3人。
「・・・そもそも、単にカードで遊んでるわけじゃあないんだ」
「?」
「このカード、町に住んでいるある方から借り受けたんです。調べてほしいことがあるからと」
場にカードが次々と出されていく。
「・・・依頼なんだ。持ち主の」
「依頼だと? カード遊びがか?」
「そう思われるのも無理ないと思います」
「でも元々、アルノーがいつの間にか受けてきたんだよなー・・・楽しいからいいけど」
やはりこいつが首謀者か・・・・どことなく冷たい目で見つめてくる視線に、アルノーはわざと気づかないフリをして話を続ける。
「なんでもだ、依頼人に子供がいて、このカードはその子が持っていたんだ。でも事故で幼いうちに死んでしまったそうだ。
それ以来、このカードで遊ぶと不思議なことが起こるようになったっていう話なわけさ」
「不思議なこと?」
「このカード、全部で108枚あるそうです。でも、遊んでいるうちにいつの間にか、1枚増えて109枚になっているらしいんですよ」
「・・・・・・ッ!?」
「その109枚目のカードには、その亡くなった子供が描かれている・・・・っていわくつき」
明らかに動揺を見せるラクウェル。
「・・・・・・・・な、なんだそれは・・・・ッ!? どこかのオカルト好きにでも影響されたかッ!?」
「そういうわけじゃあないけど」
「あ、終わった」
「結局ジュードの勝ちかよー。じゃあ、次はラクウェルも入れて・・・」
「待てッ!!」やや焦った様子で止めるラクウェル。「お前達、わかっててやっているのかッ!!?」
「当然だろ、依頼だもの」
「僕は知らなかったんだけど、遊べるって聞いたからね」
「もしもその子がまだ現世に留まっているのなら、トルドカの園に導いてあげたいと思っています」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
はぁ、とため息をついて、ラクウェルは肩を落とした。
「・・・そうか・・・ならば、何故雨にあんなに動揺したのだ?」
「これで遊ぶと、雨が降るって言われていたんです。亡くなったお子さんの涙雨じゃないかって・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「じゃ座って座って。わからなかったら俺が教えてやるからさ」
なんとも言えない複雑な気分で、言われるままに座るラクウェル。
こんなことなら、わざわざ入るのではなかったな・・・そう思っても後の祭りだが。
「そうだジュード、ちょいと枚数数えてみろよ」
「うん・・・・って、なんで僕にやらせるんだよ」
「気にすんなって」
納得いかない表情でカードを数え始めるジュード。不安になり彼を見つめるラクウェル。
もしも彼らの言っていることが本当のことだとしたら・・・・・・
「104、5、6、7、8! 108枚だよ」
ジュードの言葉に、皆が一様に胸をなでおろした。
「・・・やっぱりな、そんな不可思議なことがあってたまるかってんだ・・・」
「アルノー、お前が依頼を受けてきた割には信じていないのか」
「当たり前だろ。でなきゃこんな奇妙な話、関わりたくない」
「・・・でも、もしも本当だったら、どうするつもりだ。依頼を受けた以上、責任というものが・・・」
言い募るラクウェルの言葉を遮って、アルノーはポツリと。
「お前だって、カードで遊んで3000ギャラっつったら絶対受けるだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女は反論しなかった。
「それじゃ、次のゲームいきますよ」
手元にカードが配られる。中身は別段、普通のカードだ。
「同じ色か同じ数字を出せばよいのだな」
「ああ、そんなにややこしくないから、何回かやったらすぐに覚えられるって」
「・・・ああ」

「これで上がりです」
「チックショウ、また負けたー!」
「ユウリィは強いな・・・」
「コツを掴んできたんですよ」
 場に散乱したカードをかき集め、まとめてシャッフルし始める。
「ねぇユウリィ、また枚数さぁ」
数えてみてよ・・・といいかけたジュードを、ユウリィは遮った。
「私、思うんですけど」
「?」
「きっと、カードが増えるなんてデマか勘違いだと思うんです」シャッフルしながら呟く。
「ほらな、そうだって」
「でも、その子・・・もっといっぱい遊びたかったから、寂しかったから、カードで遊んでいる子に混ざりたくて・・・・・
だからその子のカードが増えるだなんて話が噂されたんだと思うんです」
シャッフルし終え、カードをきれいに積み上げる。
「だから、その子も一緒に遊んであげられたら、きっとその子も満足して、召されることができるんじゃないかって・・・」
一同は黙って話を聞いていたのだが・・・・アルノーが声をあげた。
「・・・言ってることはわかるが、なんか妙な方向になってないか・・・?」
「何がですか?」
「・・・・・・簡潔に聞く。『居る』のか?」
「ジュードの後ろあたりに」

『・・・・ッ!!!?』

思わずそちらをバッと見やる年長組と、青い顔で身を竦ませるおこちゃま。
当然ながら、彼らには何も確認はできなかったが・・・
「ゆ、ユウリィ・・・・」情けない声を上げるジュード。「・・・・冗談だよね?」
「多分、ジュードが一番年が近いから親しみやすいのかもしれませんね」
「冗談だって言ってよユウリィーッ!!!」
半分泣きそうな表情のジュードに、同情を禁じえない年長組。
「・・・冗談だと思うか? ラクウェル」
「ユウリィはこういう時にこういう冗談を言う娘ではあるまい・・・」
「・・・・・・だよなぁ」
「お前まで青い顔するな・・・・情けない」
「そういうお前も余裕ないっぽいぞ」
『・・・・・・・・・・・・・』
そんな彼らに比べ、パラディエンヌの少女はいたっていつも通りだった。
「それでは、次の周回を始めますよ」
「ユウリィ・・・やっぱまだやるの?」
「当然ですよ。入れてあげましょうよ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
憂鬱な空気のまま、ゲームは再開。
とはいえ、やり始めるといつの間にかそのことも忘れて盛り上がってしまうのがゲームの楽しさ。そして彼らの楽天さ。
本当に楽しそうにゲームに興じる彼らを、誰が見ても楽しそうだと思っただろう。


 不意に、外が明るくなった。思わず誰もが窓に目を奪われるくらい、明るく。
まだゲームの途中だったが、皆がこぞって窓の外を覗き込む。
雨が上がり、まばゆい太陽が顔をのぞかせていた。
「・・あ、見てよ! 虹だよ!!」
ジュードが指差した先、青空を大きく縦断する光の橋がかかっていた。
「本当だわ・・・素敵ですね」
「キレイだよね、そう思わないラクウェル」
ジュードが後ろにいたラクウェルを振り返る。が。
「ああ・・・だが、何か違和感を感じないか?」
「?」
「いや・・・何なのか私にもわからんのだが・・・・何か・・・・」
「アレじゃねぇのか? 色が少ない」
アルノーの言葉に、皆が一斉に空にかかる虹を改めて見上げる。
「普通虹っつったら7色だけど・・・パッと見てわかる色が赤と黄色と緑と・・・青か。4色しかなくないか?」
「本当だ・・・・・4色の虹だよ・・・・・うわぁ、変わってる・・・!」
「珍しいこともあるんですね・・・・」
「4色・・・だと?」
バッと後ろを振り返るラクウェル。散乱している色とりどりのカード達。
赤と黄色と緑と青。
「・・・・・・まさか」
「あっ」
急にユウリィがキョロキョロと辺りを見渡し始める。
「ユウリィ?」
「・・・・・・あの子の気配が消えています。それに、今・・・・・・」

”ありがとう”って。

彼女には、そう聞こえた。


「・・・・あの雨も・・・・あの虹も・・・・あの子の心そのものだったのかもしれません」
胸の前で両手を組んで祈りを捧げる。
「迷える魂に、永久の安息を・・・」




 以後、そのカードで遊んでも雨が降ったり、いつのまにかカードが増えるようなことは無くなったという。






後日。

「あっ!! あーあ、また負けたよー・・・」
「弱ぇなぁおこちゃまぁ」
「ジュードは駆け引きが苦手なんですね」
またカードに興じている仲間たちの姿を見つけ、近づくラクウェル。
今度は普通のトランプのようだ。
「好きだな、お前たち」
「やっぱ楽しいからね」
「ラクウェルさんも一緒にいかがですか?」
「そうだな、混ざらせてもらおうか」
「まぁここ座れよ」
「ああ」
「今度のもすごいぜ」
「何がだ?」
ニッコリと微笑んで、ユウリィが告げた。

「遊んでいたら、いつの間にか53枚になっているトランプなんですよ」




「お前らいい加減にしろ・・・・・・ッ!!!」


絶叫が響いた港町ポートロザリア。





End.






パラディエンヌは僧侶的なモンであって、霊能者ではない気がするが、まぁアレだ・・・細かいことは気にすんなv

カードはUNOのようなモンだと思って頂戴。
(2005/8/2)