遠き落日。
砂漠の奥底で炎となって散ったたくさんの命。

少年は、未だその事実を受け止められずにいた。





Diversion





 開拓村、フロンティアハリム。
荒廃が進むこのファルガイアで、新しい村を起こそうとする人々が集う地だ。
だが、戦争が残した爪あとのせいで、村は危機に瀕していた。

「・・・・東の方にある渓谷に、仙草アルニムがあるということだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・ああ、早く取りに行かないと村が大変なことになっちまう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、今日はもう遅いですから、明日向かいましょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでいいな、ジュード?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「お・い!」
ハッと気づいて、顔を上げる少年。見やると、彼を見ている仲間達の視線が。
「・・・・・あ、うん、そうだね・・・・・」
力なく呟いて、またうつむく少年。
「お前話ちゃんと聞いてたのか? 心ここにあらずって感じだぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・話し合いはこれくらいにしておこう。明日にならねばどうにもなるまい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』


「・・・・ジュード・・・・」
 少年を除いた、3人の仲間達は彼の退室を見送ってため息をついた。
「ありゃ重症だな」
「仕方あるまい・・・・あれだけ探し求めていた母親を目の前で失ったのだからな・・・・」
「でも、心配です・・・・・・・心が折れてしまったら、ジュード自身も・・・・」
うつむく少女。
「・・・・仕方ない、とはいえ明日のこともある・・・・いつまでもあのままでいられてもこちらが困る」
「じゃあ、どうしようってんだよ?」
「・・・・・・・・立ち直らせるしかあるまい」
「どうやって」
「それはこれから考える」
ガックリと肩を落とす青年。
「何か、気を紛らわせることをしたら、少しは元気が出るかもしれません」
「気を紛らわせる?」
「はい、例えば・・・・・・・・お母さんのことも忘れてしまうくらいの窮地に立たされるとか」
「・・・・それは気を紛らわすというレベルなのか?」
「でも気は紛れませんか?」
「まぁな・・・・」
「納得すんのかよ」
彼らはしばし、思案に明け暮れた。




 少年・・・ジュードは、日が沈もうとしている開拓村をトボトボと歩いていた。
まだ、信じられない出来事が彼の脳裏をかすめる。
砂上戦艦での母親との再会。そして、永遠の別離・・・・・まるで、夢だったんじゃないかと思うくらい、短い間にたくさんの出来事が駆け抜けていった。
父親のいない彼にとって、母親が唯一の肉親だった。まだ13歳の少年には、母親が必要なはずだった。だけど。
もうどこにもいない。
ただ言葉もなく、ジュードは人影も無い村を歩いていた。

「ジュード!」

呼ばれてゆっくり振り向くと、仲間達が揃って向かってきているではないか。
「大丈夫ですか、ジュード」とユウリィ。
「あんま大丈夫って感じじゃねぇよな」とアルノー。
「ふむ、それならば予定どおり遂行だな」とラクウェル。
何を言っているのか、やや話が掴めなかったジュードだったが、
「ジュード、ちょっと私達に付き合ってもらうぞ」
メンバー随一の発言力を持つラクウェルの一言から、全ては始まった。

「・・・・・・何?」
「疲れてはいるだろうが、夜まではまだ時間がある。遊ぶぞ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
かなり意外な言葉を聞いた気がして、思わず聞き返してしまった。
「・・・・・な、遊ぶ・・・・・・って」
「文字通りの意味だ。内容も決まっている。お前にも加わってもらう・・・・というより、お前がいないと始まらん」
「・・・・・・・・いや、僕は・・・・・・・いい。そんな気分じゃ・・・・・・・」
「気分だろうが気分じゃなかろうが関係ない。いいから付き合え」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
渋面するジュード。だがしかし、いつになくラクウェルが強硬な態度だ。
普段は一歩控えた位置で、強力な発言力を行使しているのであるが。
「・・・・・何すんの?」
「鬼ごっこだ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
また聞き返してしまった。ものすごい意外な言葉を聞いた気がした・・・・いや、気のせいではない。
「知らないわけじゃあないだろ?」アルノーが引き継いだ。
「・・・・し、知ってるけど・・・・・・・・」
「なら話は早い。村中使ってやるんだよ。ま、もっとも逃げるのはお前だけだけど」
「へ?」
「普通、鬼ごっこは鬼さんが一人ですよね」さらにユウリィが引き継ぐ。「でも、これからやるのは鬼さんの方が多いんです。一人だけを捕まえる鬼ごっこなんですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ということは・・・・・逃げるのが自分だけで・・・・・ということは・・・・・・
「なお」ラクウェルが続ける。「鬼側は逃げる者を捕まえるためならどんな手段を使っても構わない。その逆もまた然り。ただし無闇に破壊活動はせぬことだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
破壊活動って・・・・・それって・・・・・・・
「20待ってやる、ジュード。日没がタイムリミット、それまで私達3人から生きて逃げ切るが良い」
「えええっ!!?」
「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、・・・・・」
「ち、ちょっと、何だよそれ・・・・・っ! ま、待ってよ!」
「きゅーぅ、じゅーぅ、じゅういち、・・・・・」
「・・・・(だ、ダメだ、聞いちゃいない・・・・)
ともかくも、彼らは本気だ。それだけは彼にもわかった。故に、少年は駆け出す。
未来のために・・・・・


「にじゅう・・・・よし、行くか」
「おう、じゃ俺はこっちから行こうか」
「あの、何でもアリなんですよね?」
「ああ。もしもの時にはリヴァイブを頼む」
「・・・・・・はい」


 村の北部、工房の近辺まで駆けてきたジュード。立ち止まって、肩で息をする。
「な、なんで、みんな・・・・・・大体、あんなの鬼ごっこじゃ・・・・・・」
「ジュード!」
ギクッと体を震わせ、声のした方を見やる。まだ幼さの残る仲間の少女の姿。
「ゆ、ユウリィ・・・・・ど、どうしちゃったんだよ・・・・・一体、なんで鬼ごっこなんて・・・・・・」
「自分に聞いてみるといいと思いますよ」
「ええ?」
ユウリィは対のサークルを胸の前で構える。
(って、何武器持ち出してんの!?)
「・・・・セーフティデバイス」
「ゆ、ゆ、ユウリィ!! 何するつもりだよっ!!」
「レットアクティベイト コード:O」
「うわぁぁぁっ!!!」
冗談じゃない、こんなところでマテリアルなんか喰らって死にたくなどない。ジュードはあわてて逃げ出した。
一方、ユウリィはマテリアルを発動しかけたが中断した。
「・・・・あ、ここ無属性・・・・」


「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・し、シャレになってないよ・・・・・・・」
 村はずれまで逃げ出したジュード。一体、どういうつもりなのか。
日没がタイムリミットとラクウェルが言っていたが・・・・・見た感じだとまだ数十分はありそうだ。
それまで、3人から逃げ切れるのか。
いや、逃げ切らなければ命が無いかもしれない。
「よっ、おこちゃま」
「!!!!」
今度はアルノーだ。思わず身構えるジュード。
「・・・何のつもりなんだよ!」
「・・・・・・・・・ま、色々事情があんのよ」
「色々じゃわかんないだろ!」
「終わったら話してやるから」
と、彼は瞬時に術式を形成した。しまった、とジュードが思った時には遅かった。
「スロウダウン!」
「・・・!」
ジュードの反応が遅くなった。てっきり攻撃魔法が来るかと思っていただけに、ちょっとだけ安堵したりもしたが。
「俺は荒事は好まない主義でね」
「・・・・よく言うよ」
「はははっ、こう見えても俺は平和主義者なんだぜ? 女性陣に比べたら全然平和」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そういえばユウリィはいきなりマテリアルをかまそうとしていたな・・・・・
「さて、一応鬼ごっこだから、捕まえさせてもらうぜ」
「くっ・・・・・!」
思い通りになどさせてなるものか・・・・! だが体が思うように反応できない。
このままでは捕まってしまう・・・・・・。
こうなれば、最後の手段!
「アクセラレイター!」
空気が、時間がその活動をほぼ止めた。
限りなく高速移動できるその能力は、彼の得意技。
時間にして数秒だが、逃げ出すには十分な時間だった。

「・・・! やられた・・・! ックショウ、ありゃ反則だよなー」



 開拓村の北西部には墓地があった。
ゆっくりと、ジュードは石碑に近づいた。石碑には、知らない名前が刻まれている・・・・・
「・・・・・・・・・母さん」
鬼ごっこに気を取られて頭から消え去っていた悲しみがよみがえってきた。
だが、さっきまでの喪失感は不思議と感じなかった。
「・・・・・・まだ、信じられないよ。でも・・・・」
「ようやく見つけたぞ、ジュード」
「!」
真打ちのご登場だ。振り返るとラクウェルの姿。
「まったくお前は足が速いな・・・・・・」
「・・・ラクウェル・・・」
「ここは墓地か・・・戦争の犠牲となった人々が眠る場所・・・」
「ねぇ、ラクウェル・・・・・・ラクウェルも、親を亡くしたって言ってたよね・・・」
「・・・・・・・ああ」
「その時は、やっぱり信じられなかった?」
「・・・・・・・ああ。信じられなかったというか、何が起きたのかもわからなかった。気がついたら、何もかもが終わっていたのだからな」
「・・・・・・僕は・・・・・・」
「・・・まだもうちょっとか・・・」
「え?」
問いかけには答えず、ラクウェルは愛用の剣を抜いた。
「ら、ラクウェル!?」
「まだ日没まで時間がある。遊びはまだ終わっていない」
「・・・・・・あ、遊びって・・・・・」
「もう少しこちらに来い。・・・・・そんなところで暴れたら、そこで眠る人々の邪魔になる」
「・・・・・(だ、だったら暴れなきゃいいじゃないか・・・)」
言えなかったけれど。

「ジュード。ARMを使ってもよいのだぞ」
 剣を構えたまま、女剣士は告げた。だが、彼は首を横に振る。
「いやだ、ARMをこんなことに使いたくない。ラクウェルは仲間だ、仲間に振るう力なんか僕は持っていない」
「・・・・・・・・・そうか。ならば、いくぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
瞬時に、目の前に剣の切っ先が煌いた。身をひるがえしてかわすジュード。
本気だ。
ラクウェルの剣技は護身用などという生易しいものではない。
ブリューナクのコマンダーと対等に渡り合えるくらいの、凄まじい腕前を誇っている。
手加減などしていたら、こっちがやられてしまう・・・・・・でも。
「ラクウェル!!」
「ラクウェルさん!!」
アルノーとユウリィの声が。なんてことか、3人相手では流石に・・・・・・
「日が沈んじゃいましたよ!」
「えっ!」
「うわっ!」
急に攻撃の手を止めるラクウェルに、ついていけずにバランス崩して倒れこむジュード。
「・・・そうか、沈んだか・・・・・・捕まえられなかったな」
「ていうか・・・・・・どうしたら捕まえたってことになったんだ?」
「ジュードを行動不能にしたらいいって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、そうかー。だったらハイ・ブラストにしとくべきだったかぁ」
・・・・なんだか物騒な話をしているんですけど・・・・


「・・・で、どうだ、ジュード」
 宿に戻った一行は、ジュードを取り囲んだ。
「・・・・何が」
「気分はどうだ?」
「・・・・気分? 最悪だよ、みんなにマジで襲われるんだもの」ふてくされるジュード。
「だとよ」
「成功じゃないですか、ラクウェルさん?」
「そうだな」
「?」
成功?
「大分、気が紛れたようだな、ジュード」
「・・・・え?」
「村に初めて入った時より、元気そうに見えます」
「そりゃ、ラクウェルに本気で斬りかかられりゃ、悲しむどころじゃねぇよな」
「・・・・・・・・え?」
お母さんのことも忘れてしまうくらいの窮地に立たされる・・・・3人の世話焼きな仲間によって、それは実行された。

「・・・・ぼ、僕のため・・・・?」
「いささか心配だったものでな」
「でももう大丈夫ですね」
「ったく、世話を焼かすおこちゃまだぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
母さんを失った悲しみを紛らわすために、みんなはあんなことを・・・・・
心配をかけてしまった。でも、みんなは自分のためにここまで真剣になってくれるのだ。
「・・・・・・・・・ごめん、みんな。ありがとう・・・」
返事は、みなの笑顔となって彼に向けられた。

(・・・・・でも手放しに喜べないのはなんでだろう・・・・・殺されかけたからかな・・・・・)


「明日渓谷から戻ってきたら、第2ラウンドだな」
「ええ!?」
「今度はアルノーを追いかけることにするか」
「べ、別に俺は落ち込んでなんか・・・!」
「全力の剣技、見せてやろう」
「NOーーーーーー!!!」




遠き落日。
開拓村に絶叫がこだました長い夜。




End.






仲間思いな仲間達のお話。もっとドタバタギャグにする予定だったんだけど、場所が場所だし状況が状況なので控えめに。

なお、渓谷から戻ってきたら落ち込むのはラクウェルさんで追いかけるのがアルノーだったりするよ。やるな、チキン。
(2005/6/7)