それはある日のこと。

ブルーアミティビーチにて、野営の為の焚き火の炎を見つめながら、大きくため息をつく少年がいた。
「どうしたんですか?」
そんな彼の姿を認め、近づいてくる少女。
「・・・・・ユウリィ」
「ジュードがため息をつくなんて、珍しいです」
「うん・・・・・・」
「何かあったんですか? ・・・もし、良かったら、話してみてくれますか?」
ユウリィと呼ばれた少女は、焚き火を囲むように腰を下ろした。
「・・・・・うん・・・・・あのね」
おもむろに話し始めた、少年の悩みとは。






Absurdity






「・・・・・・あの、ラクウェルのことなんだけど」
「ラクウェルさん?」
「・・・・・・・・・・ユウリィならわかってくれるよね。ラクウェルの料理のことなんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ユウリィは、心の底から納得した。
旅に同行している、ラクウェル・アップルゲイト嬢の料理の腕前の話。
この旅の最中で、色々と伝説を作り上げているいわくつきの代物だ。
ああ勿論、マイナス方向の伝説だが。
「お願いがあるんだ、ユウリィ。これから自炊する時には、ユウリィに作って欲しいんだ」
「・・・・私が、ですか」
「うん! だって、そしたらラクウェルが作ることがなくなるから、あのすごいモノを食べなくてすむだろ?」
「・・・・・・・・・・・・そうですね・・・・」
ちょっとだけユウリィはがっかりする。
こういうときに、君の料理が食べたいんだとか言ってくれれば女としては結構嬉しいものなのだが。
13歳の少年にはそういう機微はまだまだ難しいのか。
「でも、一度取り掛かってしまっていたら途中でやめてと言うのは難しいですよ・・・・
何故か、作りたがるんですよね・・・気持ちはわからなくもないですけど」
「・・・・・・じゃあ、どうしたら・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・そうですね・・・・・・・」
ユウリィとしても、彼の提案には至極賛成だ。ユウリィとて、何かの域を越えてしまっている彼女の料理はごめんこうむりたい。
「・・・そうだ! いい考えがあります!」
「えっ!?」
「持ち歩く食材を、ヤキソバの材料だけにしてしまえばいいんですよ!」
「・・・・・・・えええっ!?」
「そうだわ、何で気がつかなかったんでしょう! そしたら、ヤキソバを作るしか道は残されないじゃないですか!」
「・・・・あ、あのユウリィ・・・・・・」
「ちぢれ麺とソース、塩コショウ、青のり・・・・キャベツにニンジンピーマン・・・・・それだけ持ち歩けばいいんだわ!」
「・・・・・・・・さ、流石にヤキソバばっかりっていうのは・・・・・」
「そうと決まれば、早速食材整理してきます!」
聞いちゃいない。
同意しかねて言い淀む少年を残し、少女は意気揚々と荷物を整理しに向かっていった。





 翌日。


「ふぁ〜・・・・よく寝た。おい起きろよジュード」
こづかれて、もそもそと起き上がる少年。目の前には旅仲間アルノーの姿。
「・・・・・・・・おはよ・・・・・・・・」
「・・・・・暗いな・・・。いつもはバカみたいに元気なのに」
「・・・・・・・・・・ちょっとね・・・・・これからのことを考えると・・・・・・・」
「まぁな・・・・でも、だからってクヨクヨしてもいられないだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ちょっと違うことなんだけど・・・・・わざわざ言うほどでもない。
第一、ジュードの悩みは彼にはきっと理解してもらえないものだろうから。
「お、いい匂い。朝食作ってんのかな」
朝食という単語にビクッと反応するジュード。
そうだ・・・・これからずっとヤキソバだ・・・・・・・
「早く行こうぜ」
せっつかれてしぶしぶ、匂いの元に向かって歩くと。
「お早う、二人とも」
いつものように無表情で朝食の支度をしている、ラクウェルの姿。
ジュードは一瞬固まった。
彼の中に今までの苦い思い出がよぎる。
野菜スープだと思って飲んだら死ぬほど甘かったとか。
シチューの中にコンソメとチョコレートが共存していたとか。
ヤキソバの中に何故かコンペイトウが混ざっていたとか(この時ばかりは自分で買っていたことを後悔した)
どこから調達してきたのか豚をそのまま焼いていたとか(固くて食べられたものではなかった)

「・・・ゆ、ユウリィ・・・・・・!」
ジュードは少し向こうにいたユウリィの姿を見つけ、即行した。
「ら、ら、ら、ラクウェルが・・!!」
「落ち着いて下さい・・・! 大丈夫ですよ、昨日ヤキソバの食材だけにしときましたから」
「で、でも・・・!!」
「考えてもみてくださいよ、ヤキソバの材料しかないのに、ヤキソバ以外のものが出来ることはないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫ですよ、ラクウェルさんにあの材料でヤキソバ以外のものに出来る程の腕前はないですよ」
「・・・何気にひどいねユウリィ」
「せいぜい野菜炒めくらいのものですよ、大丈夫ですから!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
本当に信じていいのだろうか。

「お前達、出来たぞ!」

彼女の呼び声がした。ついに来たか、とジュードは肩を竦ませた。
「・・・・結構いい匂いですよ、大丈夫!」
「だといいけど・・・・・でも、もしもの時にはさ」
「はい?」
「僕、体の調子が悪くて食欲がないってことにしといて」
「・・・・・・・・・とにかく行ってみましょう」


 いい匂いを漂わせて出来上がっているヤキソバ。
意外なほどに普通である。
(ホラ、大丈夫ですよ)
(う、うん・・・・)
「冷めないうちに食べるといい。・・・ところでユウリィ、何故か食材が減っていたのだが・・・・」
「! ・・・・・・・・・あ、だ、誰かがつまみ食いでもしたんじゃないでしょうか・・・?」
「・・・・・そうか、全く・・・・・・・・意地汚いにも程があるぞアルノー」
「なんで俺なんだよッ!」
「お前以外におらぬわッ」
仲良く騒ぐ二人を他所に、ジュードとユウリィは自分の皿に盛られたヤキソバを見つめる。
「・・・・・作戦成功ですね。後は、味付けがマトモかどうか・・・・・」
「・・・・・なんか・・・・あまりにもうまくいき過ぎてて怖いくらいなんだけど」
「そうですね・・・・・・・・あら?」
「ユウリィ?」
まじまじとヤキソバを見つめるユウリィ。なんだか不安になるジュード。
「ど、どうしたの・・・?」
「・・・・ほら、これ・・・・・・お肉が入ってます」
「ああ、そうだね」
「お肉は傷みやすいから持ち歩いてないはずなんですけど・・・・・それに、こっちのリングも入れてなかったですし・・・・」
「・・・・え?」
「あのー、ラクウェルさん・・・・・」
「だから知らねーって! どーしてそこで真っ先に俺になるんだよッ! おこちゃまじゃねぇのかよ!?」
「黙れ恥知らずが! 生命線である食材に手をつけておいてしらを切る気かッ! しかもジュードに罪をなすりつけるとはッ・・・・!!」
「だーかーらー・・・・!! あっ、ユウリィ! 助けてー!」
振り返ったその先では、まだつまみ食いの追及が行われていた。
「・・・・(ちょっと悪いことをしてしまったかしら)あの、ラクウェルさん、ちょっと聞きたいことが」
「ん? なんだ?」
追及をやめ、ラクウェルはユウリィを振り返る。後方でホッとするアルノー。
「あ、尋問の最中にすみません。終わったらまた続けてください」
「そ、そりゃないぜユウリィ・・・!」
「ああ、そうさせてもらう。で、何が聞きたいのだ?」
「ええ、このお肉って何のお肉なんですか? お肉は持ち歩いてなかったはずですけど」
「ああ、それか。あれだ」
くいっと顎で指し示したその先には・・・・・・



ビーチの片隅に捨て置かれている、ルー・ガルー(注:モンスター)の死骸があった。


「・・・・・え。ま、まさか・・・・・・・」
「丁度いい時に1匹で歩いていたのでな」
「・・・・・・・・・え、だって、あれ、モンス・・・・・・」
「こんなものも手に入った。まさに一石二鳥だ」
と取り出したるはコメットマーク。
「・・・・・ら、らくうぇるさん・・・・・・」
「それと、こっちのイカリングはあれだ」
さらに向こうには、シービショップ(注:モンスター)の哀れな姿が。
呆然とするユウリィに向かって、ラクウェルはそれはもう爽やかな笑顔で、
「海はいいな、食材にあふれている」
「・・・・・・・・・・・・・

いーーーーーーーーーやーーーーーーーーッ!!!」






 以後。
ヤキソバの食材だけにしよう作戦は失敗に終わり、彼らは再び地獄のトンデモ料理と格闘する日々を余儀なくされたという。
こんな時だけは、味オンチ(アルノー)が羨ましいと心底思う二人であった。







End.







色々と捏造気味。とにかく、ラクウェル嬢の料理はすごいんだよってことだけが書きたかったのです。

ちなみに、absurdity=不条理。何が不条理かって、バッチリ濡れ衣着せられたチキン君の心情。
(2005/5/28)