乾いた風吹く街。今はほとんど使われない錆びかけた鉄道が街の片隅に佇んでいる。
寂れてはいるが、平和でのどかな田舎町。
鈍色の駅、バックライ。
Equality
「そういえば、この街ではあんまりゆっくり出来なかったんですよね」
「そうだな・・・偽モンは出るし、どっかのおこちゃまは列車を自転車で追いかけていっちまうし」
「・・・だ、だって・・・いてもたってもいられなかったから・・・・」
砂ぼこりの舞う街に再びやってきた少年たち。
「駅に行ってみませんか、ジュード」
「うん!」
仲良く連れ立って走っていく少年少女を見送って、呆れたようにラクウェルが呟く。
「・・・しかしアルノー・・・本当に思い出の町めぐりを敢行するとは思わなかったぞ」
「いいじゃないの。もう何にも追い回されることないんだし。それによ・・・」
アルノーは彼女に向き直ると。
「こんなことできるのも、きっと今だけだからな」
「・・・・・・・・・」
ラクウェルはやや表情を曇らせた。
彼らは『神剣』を打ち倒した。そして、ファルガイアを救った。立ちはだかった大人たちから、ファルガイアの未来を託された。
これから彼らは、この未来を生き抜いていかなければならない。
このまま、彼らがずっと一緒にいられる保証はどこにもない。
「・・・ジュードは、ハリムに戻ると言っていたが・・・・ユウリィもハリムに滞在するのだろうか」
「じゃねぇのか? ・・・・・・帰るところがないんだからな」
「そうか・・・・・・帰るところがないのは、私も同じだ。私は・・・・・・」
さらに表情を翳らせる。だが、アルノーはそれを制した。
「憂う表情もイイけどな・・・今は、むしろ喜ぶところだろ。そんな顔するなよ」
「しかし・・・・・・」
「・・・そうだ、なぁラクウェル。何か欲しいものあるか?」
「は?」
アルノーは得意げに笑ってみせた。
「何でもいいさ、好きなものプレゼントしてやるから」
「・・・・な、で、でも・・・」
「いいのいいの。もっと笑った顔が見たいしさ」
「・・・・・・・ッ!!」途端に真っ赤になるラクウェル。「・・・馬鹿者・・・」
「で、何がいい?」
ラクウェルはしばらく考えた。そして・・・・
「・・・・・・欲しい、ものか・・・・・・。この前からずっと、新しい剣を調達したいと思っていたんだが」
「待て」
眉間にしわを寄せ、言い聞かせるように彼は呟いた。
「・・・聞いておくけど、お前、性別はなんだ」
「・・・・・・言うまでもないと思うが、一応女だ」
「じゃあ、俺は」
「・・・・・・・・・・・・男だ」
「ああそうさ。考えろ、世間一般で男が女に何かプレゼントする時、普通、剣は贈らんだろう」
「・・・・・・・・・・・・」ラクウェルはアルノーをまじまじと見た。「・・・ああ、そういう意味なのか」
「ああもう! お前らしいといえばらしいけど・・・もうちょっと意識してくれないかなぁ・・・・」
「・・・すまん」
「まぁいいさ、それじゃちょっと店でも探してみるか」
「ああ」
今は寂れているとはいえ、元は賑わっていた駅の街。
道具屋などもそこそこ営業している。
その中の一軒の雑貨屋を見つけて、そこに向かった。
「まぁまぁだな。どうだよ、何か探してみろよ。何でもいいからな。ただし、荒っぽいモンは勘弁してくれ」
「・・・・努力はする」
それだけ告げ、ラクウェルは雑貨を見回り始めた。
何かぶつぶつ呟きながら、彼女がまず手にしたのは。
「・・・練習したいし、これなら扱いやすいやもしれ・・・・」
「ストップ! ラクウェル、荒っぽいのはやめてくれって言っただろーが」
「荒っぽいか?」
「お前の中では包丁は荒っぽくないわけか。人も殺せるんだぞ・・・」
「・・そうか・・・」
ちょっと残念そうに、出刃包丁を元あった場所に置く。
そして、次の候補を探す。
「そういえば、前々から無いと不便だと思っていたのが・・・・・」
「・・・・・ラクウェル」
「絵を描く際に、無いと非常に不便だった。無理矢理、剣で代用していたが、これくらい小さければ削りやす・・・」
「ラクウェル! だーかーらー、荒っぽいのはやめろって何度言ったらわかってもらえるんだよ・・・ッ!」
「荒っぽいか?」
「ナイフでも人は殺せます」
「・・そうか・・・」
ちょっと残念そうに、小型ナイフを元あった場所に置く。
なんで・・・・こうも彼女は刃物が好きなのだろうか。
「・・・わかった。ラクウェル、もう俺が選ぶから」
「・・・お前が?」
「ああ、お前が気に入ってくれたら、それにすればいい」
「・・・わかった」
我慢ならなくなり、ついに自分で物色し始めるアルノー。ずっと彼女に任せていては、到底荒っぽさから抜け出せそうにない。
まず目をつけたのが薄い紫色のミトン。大きさも手ごろだ。
「これなんかいいんじゃね? ほら、お前手冷たいし」
しかし、彼女はやや表情を険しくし、
「こんなのをつけていたら、戦いの時に邪魔ではないか」
「・・・あのさ、戦いの最中までつけろなんて言わないから。っていうか、何ですぐに戦闘と結びつけるんですか」
「せっかくお前がくれるというのだから、どうせならずっと身に付けていられるものが良いと思ったのだが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、じゃあ、違うのにしよっか・・・」
アッサリと引き下がるアルノー。彼女に自覚はないっぽいが、男としてはなんとも嬉しい言葉ではないか。
鼻歌まじりにお次の品を物色。
「アクセサリーとかどうだ?」
貴金属が置いてあるスペースに辿り着き、彼女を手招く。
「ネックレスとか」
「下手すると戦闘中に首が絞まったりしないか?」
「・・・・・・ブレスレットは」
「ベルトを締めているしな・・・それに戦闘中に外れてしまったらいけない」
「・・・じゃあ、イヤリング」
「そちらの方が戦闘中に外れやすいだろう」
「・・・・・・・・・あの、ラクウェル」
「ん?」
「さっきも聞いた気がするんだが、なんですぐに戦闘と結びつけるんですか」
「旅立ってからむこう、ずっと剣一つでファルガイアを渡ってきたから、戦いというものが切り離せなくなっているのかもしれぬ」
「・・・・・・・・・・・・」
押し黙る。言い負かされたとかそういう意味ではなく、そんな人生を歩まざるを得なかった彼女に対して。
だからこそ、是非彼女にも女性としての喜びとか楽しみとか、そんな当たり前のことを知ってもらいたい。
でも、どうしたらいいのか。
「・・・すまない、考え込ませるつもりは無かったのだが」
黙ってしまったことを、多少違った意味で受け取ったらしいラクウェルが心配そうに声を上げた。
それでも黙ったまま、アルノーは彼女の全身をくまなく見渡した。
「・・・・・・アルノー?」
「・・・見つけた」
「は?」
返事もせず、アルノーは雑貨の並ぶ棚を片っ端から探し始める。
ワケがわからないラクウェルは自分でも何か探そうと近くの陳列棚を見始めた。
そして数分後。
「ラクウェル!」
呼ばれて振り向くラクウェル。何やら嬉しそうな表情でこちらにやってくるアルノー。
「一体、どうしたというのだ?」
「いいから、ちょっとこっちに来てくれよ」
手を取って、店の奥に引っ張っていく。そこはさっきの貴金属のコーナー。
壁に、鏡がかけてあった。その前に立たされるラクウェル。
「これが、どうかしたのか・・」
「ほら」
鏡に映っていたのは。
いつもの彼女とはちょっとだけ違う姿。
彼女の身に付けているリボンが薄い緑色に変わっていた。
「・・・・・これは・・・」
ただ、赤いリボンの上から緑のリボンをかけていただけだったのだが。
「これなら、いつも身に付けてるだろ? 戦闘中がどーとかは言わせないぞ」
「この色は・・・もしかしてお前の・・・」
「・・・ちょい、こっ恥ずかしいんだけどな・・・まぁ、そういうこと」
鏡に映った彼の顔は少し赤かった。
嬉しかった。
「ありがとう、アルノー・・・」
「ん? じゃ、これでいいのか?」
「ああ。大事にする」
「・・・俺自身で選んでおいてなんだが・・・もうちょっと高いものでもいいんだぞ?」
「いや、これがいい」
「・・・そうか」
その時のラクウェルは、何よりも誰よりも幸せそうな表情をしていた。
きっと、何よりも誰よりも幸せだったに違いないから。
「・・・・そのリボンな」
「ん?」
「絶対にジュードやユウリィの前ではつけるなよ」
「・・・なんでだ?」
「・・・・・・・恥ずかしいじゃねぇか」
「ふふふ・・・こういうところで恥ずかしがるような性格だったか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「わかった、そういうことにしておくから」
「なんだよ・・・・・・」
行く道の向こうで、仲間の少年と少女がこちらに向かって手を振っていた。
to be continued...
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