少年たちは、世界の・・・・ファルガイアの未来を守るために戦い、そして遂に『神剣』を打ち砕いた。
悲しい別れを越え、未来に向かって歩き出す。






Targeting





 騒々しいノイズ、きらびやかで派手な電飾、天井一面に広がる星空、そして欲望と歓喜に明け暮れた人々の心。
ここは、そんな町。

「・・・・・・説明してもらおうか」

薄暗い街路をゆっくりと歩きながら、非常に険しい表情で問いただす女性の姿があった。
「前にも言ったことがあるだろうが、私はこの町はあまり好まぬ。
ジュード達がハリムに戻ろうと言うのに、わざわざここに来る真意を測りかねる」
不機嫌そうにぶっきらぼうに淡々と告げる彼女に、その前方を歩いていた青年が体ごと向き直った。
「せっかくだから思い出の町めぐり・・・・とか思ったんだけどさ」
「・・・・・・・・・」
「ほら、ジュードの村のオッサンもまだ養生してることだし、報告くらいさせてやってもいいだろ」
「・・・・・・・・・」
「大丈夫だって、朱に染まれば楽しい町だぜ?」
「・・・・・・・・・」
ふぅ、とため息をついて、彼女は口を開いた。

「まぁ、結局飛空機械を操縦するのはお前だし、例え私達が3人とも反対したとしてもお前一人がそのつもりであれば簡単にここに来ることができるわけであるし、操縦の出来ぬ私達にはその横暴に逆らう術がないわけだからな、これはある意味一種の拉致・誘拐という風にも取れるのだが、そこのところはどう考えているのだ、首から上だけのアルノー?」

青年は固まった。
「・・・・・返す言葉もないか?」少しだけ、不敵な笑みを作る女性。
「ら、ラクウェル・・・・・・そんなに、俺のこと嫌いか?」
精一杯、彼は呟いた。だが彼女は平然と。
「そういうことではない。むしろ嫌いなのはこの町の猥雑な雰囲気であるからな。
尤も、嫌いと知っていてあえて連れてくるような真似をする輩は、嫌いになってしまうかもしれぬがな」
「・・・・・・・そんなに苛めるなよ・・・・・・別に、そんなつもりだったわけじゃあ・・・・・」
「ならば、どんなつもりだったと言うのだ?」
いつもとはうって変わって自信なさげな表情を浮かべた青年は、やはり自信なさげに告げる。
「・・・だってよ、今までなんだかんだで色々あって、ようやくやるべきこと一つやり終えたんだし、せっかくだからゆっくりしたいと思ったわけで、今回くらいはおこちゃまからも離れて二人で町でも歩いてみたいなー・・・・っていう、かわいい男心なんであって」
「・・・・・・自分でかわいいとかな・・・・・・いや、いい。・・・・・・気持ちはわかった」
「わかってくれたッ!? だったらさっそ・・・・!」
「だからと言って、何故ここ(ギャラボベーロ)なのだ? ポートロザリアなどでも活気もあるし雰囲気もいいと思うのだが」
「・・・・・・・・・・そりゃあ・・・・・ここでしか楽しめない事もあるだろ?」
「何を考えてる・・・・・・・・?」
「さっ! 行こうぜラクウェルッ!」
さっきまでの自信喪失っぷりはどこへやら、彼女の手を取って再び歩き出す。
そんなあまりの調子のよさに、さしもの彼女も仕方ないな、と観念したようについていくのだった。



 一方。薄暗い町並みを、大人たちに紛れて歩く少年少女がいた。
「いつ来ても、この町ってなんだかワクワクするよ、ねぇユウリィ」
「・・・そ、そうですか・・・・・?」
とても楽しそうに辺りをキョロキョロする少年。やや大きめなジャンパーが特徴的だ。
一緒に歩く少女は少年よりもやや年上っぽい雰囲気。
「ジュード・・・・これからどうしますか?」
「ん?」
「頼まれた買い物も済ませたし、レイモンドさんにも会いに行って・・・・・用事は一応済みましたから」
「そうかぁ・・・・・アルノーたちはどこにいるんだろ」
「・・・・・・・・・さ、さぁ・・・・・・」
言葉を濁す少女。
──実のところ。
彼女と二人っきりにさせてくんないか、などと旅仲間の青年に頼まれて少女は少年を連れ出した経緯があるため、合流するのは避けたい事態なのだ。
彼女も、少年と二人っきりで歩けるぞと青年にそそのかされたのも手伝っているため。
「そ、それよりもジュード・・・あ、あの・・・せっかくですし、少し散策でもしませんか?」
「うん、いいよ。どこ行く?」
「どこに行きましょうか・・・・・・」
「あっ」
少年が何かに反応した。何かと思って少女もそちらを見やると・・・・・・
妙に派手な服装の青年とロングコートの女性の姿が小さく見えた。
まずい。
「おーーい、アルノー! ラクウェ・・・・──ッ!」
「ジュードッ! 待ってくださいッ!」
叫びかけた少年の口をあわててふさぐ少女。
「──ッ、どうしたんだよ、ユウリィ・・・・」
「・・・・・・ッ! え、いえ、あの・・・・・・」
咄嗟に答えられなかった。でもそれ以上少年も突っ込むことはしなかった。
むしろ、彼の興味は旅仲間の方にあったようだ。
「ねぇ、なんか様子がおかしいよね」
「え? な、何がですか?」
「あの二人。いっつも賑やかだけどさ、でもいつもと雰囲気が違うよ。何かあったのかな」
「・・・・・・・・・それは・・・色々あるんだと思いますけど・・・」
またも言葉を濁す少女。
目の前にいる少年は13歳・・・恋愛だとかそういうモノにはかなり疎い世間知らず君。
なにせついこの間まで女の子すら見たこともなかったという程なのだから、男女の云々までわかろうはずもない。
でも。少女は考える。
いずれは、彼も自分も大人になる。少年もそういうことに、向き合う日がいつか訪れる。
いや、訪れてくれないと彼女も困る。
故に。
「・・・・・・・ジュード」
「何?」
「尾行しましょう。あの二人を」
「え?」
こんなことになるわけで。



「ねぇ、ユウリィ・・・なんでコソコソしなきゃいけないのさ・・・・」
「シッ! 声が大きいと気づかれてしまいます・・・」
 夜の町並みを歩く二人の後ろを、コッソリと付回す少年少女。だが彼はどういうことなのか理解していない様子であった。
でも理解してもらわないと。
「ジュード・・・・・あの二人、仲がいいと思いませんか?」
「・・・うん・・・よく一緒にいるよね。よっぽど気が合うのかな?」
「そうかもしれません」
「お似合いだよね」
「!」少女はバッと振り返った。「そ、そう思いますか!?」
「うん。だって、すっごく息のあった漫才コンビって感じ」
その答えを聞いて、少女は肩からガックリと力を落とした。
「・・・ち、違う?」
「・・・・・・・そうですよね・・・漫才コンビですよね・・・確かにそう見えますもんね・・・・・・」
やはり・・・まだこの少年には早いのだろうか。
「あ、ユウリィ、あそこの店に入ってくよ」
「え」
どうやら、食事をするつもりのようだ。・・・看板には黄色い液体に泡が出ている絵などが描いてはあるが。
今までそういえば、誰も酒を飲んでいないと彼女はふと思った。
少年少女はともかく、年長二人は一応未成年とはいえ自立した渡り鳥だし、大人のたしなみとやらを経験していてもおかしくはない。
自分たちに気を使っていたのか、それとも単純に飲めないのか、色々あってそれどころではなかったのか・・・・定かではなかった。
「・・・入りますよ、ジュード」
「え、うん・・・」
コッソリと中に入ると、きついアルコールの匂いが鼻をついた。
騒然とはしていたが満席というほどでもなく、彼らから適度に離れすぎずかつ見つかりにくい位置を選んでテーブルにつく二人。
どう見ても未成年な二人ではあったが、この町独特の雰囲気のためか彼らの入店を特にとがめる者もいなかった。
「ランチ二つください」
「はい、かしこまりました」
姿勢を低くして、旅仲間の様子を観察する少女。普通にしている少年に気づいて、頭を下げてください、と注意した。
どうやら、向こうもランチを注文していたようだ。
「・・・飲まないんですね・・・なら、酒場に来る必要もないんじゃないかしら・・・」
「他に食べるところがないんじゃないの?」
「・・・・・・そうかもしれませんね」
観察続行。途中でランチが運ばれてくるが、少女は手をつけない。
「・・・・食べないの、ユウリィ?」
「食べますよ。でも今は」
向こうの動向が気になるお年頃。

 何やら他愛のない会話をしているようではあるが、周囲が騒がしくてハッキリとは聞き取れない。
だが、手元の様子は垣間見れる。位置的には青年の斜め後ろあたりになるので、彼の表情だけはわからなかった。
「・・・ねぇ、ユウリィ・・・・・」
「ジュード。これも大人になるための一歩だと思って、しっかりと見張っていてくださいね」
「・・・・・・・・・熱心だねユウリィ・・・」
少年の方は半分どうでもいいらしい。
「あッ!!」
思わず少女が声を上げた。あわててテーブルにつっぷして、顔を隠す。幸い、バレてはいないようだった。
「・・・・いけない・・・・つい・・・」
「どうしたのさ、ユウリィ・・・・いきなり大声出しちゃって」
「だ、だ、だって! 見ましたか、今!」
「え? 何を?」
「今、ラクウェルさんがアルノーさんの飲み物奪って飲んでましたよ」
「そうなの?」
「『そうなの?』ではないですよ! これは、まさしく、伝説の飲み物回し飲み間接キス! こんな公衆の面前で、なんてことかしら・・・!」
「お、落ち着いてよユウリィ・・・・・・」
異様に盛り上がっている少女に、やや辟易する少年。
その一方でフィーバーは続く。
「もうどこからどう見てもラブラブカップルじゃないですか・・・それともラクウェルさん、天然・・・・?」
「ねぇユウリィ、せっかくのランチが冷めちゃうよ?」
「今それどころじゃないです・・・・・・・・ああッ!! 今のは見ましたか!?」
「うん・・・ラクウェルも意外とウッカリっていうか、子どもっぽいんだね。僕もよく口の周り汚して怒られて・・・・・」
「そういうことを言ってるんじゃないですって! 今のは! 伝説のたべこぼしついてるぞひょいパクッですよ!!
もうこれは恋人達のお約束王道パターンです! ラブコメとは切って切り離せないんですよ!!」
「お、落ち着いてってユウリィ・・!」
もはやこれ以上彼女の歯止めは効きそうにない。
長いものに巻かれろと、少年は彼女の盛り上がりっぷりをたしなめるのはやめることにした。
こんなに明るく振舞う彼女を見るのは初めてかもしれないから。
そんな彼女に付き合って、彼も二人の様子に目をやった。

 女性が、青年の手を取ってなにやら喋っている。
「・・・・こんなところで手なんか取り合って・・・・もう、少しは人目ってものを・・・」
「何話してるんだろ・・・」
すると、女性はおもむろに立ち上がった。
「いいから! 私を少しは信用しろ!」
声が大きかったので、少年たちの耳にもハッキリと届いてきた。
「きゃーーー、一体どんな会話を・・・」
「・・・で、でもなんだかアルノー逃げ腰なんだけど」
手を取られ、テーブルに押し付けられているように見える最中、ここから、ハッキリと会話が聞こえた。
「バッ、ちょっ、待て! 待てって!! 失敗したらやばいだろうが!」
「そんなに私は信用ないか?」
「信用とかそういう問題じゃねぇ! やめてくれーーー!!」
「大丈夫だ、案ずるな。お前は動かずにジッとしていればよい。ではこれから集中するから、心の準備をしておけ」
「ら、ラクウェル! いや、ラクウェルさん! ラクウェル様! お、俺は小心者だからッ、そんな心の準備とか言われてもッ!」
「いざ、参る」
女性はおもむろにフォークを手に取った。
「ぎゃーーーーーッ! 助けてッ!!」

   カッカッカッカッカッ・・・

『・・・・・・・・・・・・・・・』
少年少女はその一切合財を見ていたわけだが。
「・・・・・・すごいよ、ラクウェル・・・・あんなの怖くてできないよ普通・・・・!」今度は少年が目を輝かせる番だった。「見た!? ユウリィ! あんな高速で、フォークを指と指の間に・・・! もしも失敗したら、大変なことになるってのに!」
「・・・・・・・・・・・・」
一方の少女はクールダウン。
「・・・・・・どういう会話の流れで、あんなことを・・・・やっぱり、天然なのかしら・・・・・・」
「ねぇねぇ、あれも伝説なの?」
「・・・・・・・・・え・・・いえ・・・」
「すっごいなぁ、ラクウェル・・・・今度、教えてもらおうかなぁ・・・」
生き生きとして呟く少年の横で、少女はため息をついた。


 二人が店を出たので、少女たちも店を出て尾行再開。
「なんだかこういうのも楽しいね、ユウリィ」
「そうですね・・・」
どうやら、見つからずに付回すという遊びを純粋に楽しんでいる様子だ。それでもいいか、と彼女は半分あきらめている。
食事も済んで、これから彼らはどこに向かうのか。
人気のあまりない街路を歩く二人の後ろをコソコソと付回す少年少女。
「どこに行くんだろうね」
「・・・・こんな町の雰囲気だし、もしかして何かいかがわしいことでも企んでいるんじゃ・・・・・」
「え?」
「ハッ! い、いいえッ! 何でもないんですッ!!」
うっかり口をついて出た独り言をあわてて取り消す少女。
いやはや、まだまだこの少年には時期尚早だ。
「さ、尾行を続けましょう」
「ん? あれ?」
彼らは気づいた。さっきまで、前方を歩いていた二人の姿が見当たらない・・・・・・
「いけない! 見失ってしまったのかしら!」
「で、でもほとんど目は離してないはずだよ・・・・・・」
あわてて駆け出して、辺りを探すがいっこうに見つからない。
まかれてしまったか・・・・・・・
「探しましょう! そんなに離れてはいないはず・・・・・」
「そうだな、ジュードでもあるまいし瞬時に移動などできないからな」
「・・・・・・・・・・・」
少女は恐る恐る振り向いてみた。
目の前に、旅仲間の女性の姿が。
「・・・・ら、ラクウェルさ・・・・!!」
「どういうつもりなのだ、ジュード、ユウリィ?」
「ば、バレてたの?」
「お前らなぁ、酒場であれだけ騒いどいて見つかってないなんて思ってるなんて、おめでたいな」
女性のすぐ後方に青年の姿もあった。そして、少女を少し恨みがましい目で見やる。
「・・・・・・ユウリィさぁ・・・・」
「じ、事情が色々あるんです・・・!」
少女は青年の袖を引っ張って離れたところへ。
「アルノーさんはああ言ってましたけど、ジュードに過度の期待をするのは無謀だと悟りました。
ジュードは純粋なんです。まっすぐなんです。アルノーさんみたく薄汚れてないんです」
「ちょっと待て」
「ですから、お二人の様子を観察すれば、多少は感じるものがあるかと思ったんですが・・・・・駄目でした。
フォークで指の間を突き立てるなんて荒業、間違っても恋人同士がする行為ではありません。どうしてくれるんですか」
「お、俺だって好きであんなメ・・・・・マジ怖かったんだからな・・・・! ラクウェルは遠慮も容赦もないんだ。本気なんだいつも!
ちょっとでも動いたら殺られると思ったさ! あの目は獲物を狙うハンターの目だッ! この気持ちがわかるかチクショーッ!!」
「・・・・真剣ですね・・・・」
ひそひそ話をする二人を、傍目から見やる女性と少年。
「・・・・あの二人は時々妙に仲がいいな。示しあっているというか何というか・・・」
「うん・・・」
「どうした、ジュード。そっけないな」
「うん・・・だって、なんか面白くないんだもん」
「そうか。気が合うな、私もあまり面白くない」
そんな会話がなされているとは露知らず。
情けない叫び声が不夜城ギャラボベーロに空しく響き渡っていった。




to be continued...





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注意書き。
フォークで指と指の間をカッカッカッとは。

片手の指を広げて掌を伏せて置いて、その指の隙間をフォークで行ったり来たりさせる反射神経が要求される遊び。
当然だが、失敗したらえらいことになる。危ないので良い子は真似しないように。