「兄さん・・・・・ジュード・・・・・・・」
崩れ落ちた地面を見つめ、その奥に消えた二人の名を呟く、少女。
歩く道は違っていても、求めるものが同じであればいつか道は交わる・・・・・・・
少女は、不安で自分を抱きしめる。
(ジュード・・・・・・兄さん・・・・・・・
どうして・・・・・・どうして、よりにもよってこんな状況でこの二人だけと一緒にならなければ・・・・・!)
Obstinacy
「・・・お願いがあります」
イルズベイル監獄島の奥深く・・・・施設よりも奥深い場所に彼らは来ていた。
離れ離れになったジュードとクルースニクと違う道から進入したユウリィたち。
ジュードがいない不安、だけど彼らなら大丈夫だと信じる思い。複雑な心を抱え、彼らは先を急いでいた。
が、激しい戦いを続けてばかりもいられず、彼らは隙を見て短い休憩を取っていた。
一番疲労が激しいと見て取れた女剣士を先に休ませた矢先、少女が呟いた。
「・・・・お願い?」
「ええ・・・・とても個人的なお願いだとは思いますけど」
少女は、目の前の青年をビシッと指差した。
「いい加減、痴話ゲンカはやめてもらえませんかッ!?」
「・・・・・・え・・・・・」
明らかに動揺を見せる男。表情がやや翳り、目線がうつろいはじめる。
「な、何の話だよユウリィ・・・」
「誤魔化さなくても結構です。ケンカしてるんでしょ、ラクウェルさんと!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「さっき、何があったのかは知りません。でも、事あるごとにラクウェルさんがアルノーさんを見ながら、
『邪魔だッ!』とか『ウロチョロするな、目障りだッ!』とか『しっかり援護せんかッ!』とか、
あまつさえそのマフラー引っ張って『絞めるぞッ!!』ともなれば、仲違いしているのは容易に見て取れ・・・・・・・アルノーさん?」
「・・・・・やめてくれ・・・・・それ以上は・・・・・・・・頼むから・・・・・・・・ッ」
ついさっき。ジュードたちと道を分かつ前、何かがあってラクウェルは非常に不機嫌になったらしい。
ユウリィはそれを傍目から眺めていたのだが、ジュードがいなくなって、風当たりがますますきつくなって、流石にユウリィもいたたまれなくなってしまった。
「・・・・・・悪いのは俺なんだよ。わかっちゃいるんだ・・・・・でも」
まだ落胆が抜け切れない様子で呟くアルノー。顔色はすこぶる悪い。
「どう謝ればいいんだよ・・・・何言っても聞いてくれやしねぇ・・・・・・仲直りできるんならすぐにでもしたいさ・・・・・・」
「これから『神剣』との戦いがあるというのに、こんなんじゃ、勝てませんよ」
「・・・・そうだな・・・ケンカしてる場合じゃないよな・・・・・」
「誠心誠意謝れば、きっとラクウェルさんもわかってくれますよ!」
「・・・・・・・・そうかな・・・・・・」
「そうですって!」
「・・・・・・・・・・・ホントに?」
「もう! やってみないとわからないじゃないですか・・・・!」
すっかり及び腰になっているアルノーを尻目に、ユウリィは向こうで寝ているラクウェルに近づいた。
「ラクウェルさん、ラクウェルさん、起きてください」
深い眠りではなかったため、すぐに体を起こすラクウェル。
「・・・・交替か?」
「あ、ていうか・・・・・・アルノーさんがお話したいことがあるみたいで・・・・」
「・・・・・・・私からは話すことは一切皆無だが」
「そ、そう言わずに・・・・・それじゃ、交替しましょう」
「ああ、ユウリィも疲れているだろうにすまなかったな」
「いいえ、それじゃごゆっくり」
入れ替わりでラクウェルがこちらに来る。
空気は一気に重くなった。
目を閉じたままムッツリと、こちらを向きもしない女性。
「・・・・・・あの、ラクウェル・・・・」
おずおずと、話しかけてみる。女性は見向きもしない。
だが、アルノーは続けた。
「俺が悪かった! 本当にすまん・・・! でも決して、そんな目で常日頃から見ているわけじゃあない!
頼むから、機嫌直し・・・」
「アルノー」
「は、はいッ!」
思わずかしこまってしまう。そんな彼をチラリと見やり、ラクウェルは。
「お前も休んでおけ。私が見張っている」
「・・・・・え、や、でも・・・・・・・・」
「休めと言っている」
「は、はい」
逆らえない雰囲気にすっかり呑まれ、逃げるように彼女の視界にギリギリ入らない物陰に移動するアルノー。
だが休めとは言われたものの、そんなつもりは彼にはなかった。
まだ多少は不機嫌らしい彼女の神経を逆撫でしない程度に、彼女を見守るつもりで。
とはいえ、やはり疲れは溜まっていたらしかった。
「・・・・・・私も意地っ張りだな・・・・・・」
ポツリと、呟くラクウェル。もう、怒ってはいないようだった。
普段ふざけている彼だから、彼になかなか素直に気持ちを表わすことができない。
何を言っても、それを冗談のように吹聴してしまう彼のことだ、どこまでが真意なのかもわからない。
それでも、真剣にまっすぐに言葉をぶつけられたら、伝わらないはずがない。
彼が起きたら、謝ろう。意地を張っていることを。
そう、彼女は思った。
その時、招かれざる物音を聞き取った。
咄嗟に剣を取り、辺りを見渡す。薄暗く、不気味なほどに静か。だが、確実に何かがいる・・・!
近くにいるアルノーを起こすか・・・、ふと考え、彼女はそれを何故か制した。
疲れて休んでいるみんなの手をわずらわすまでもないと。
この時も彼女は知らずに意地を張っていた。
ぐぉぉぉぉぉぉッ!!
ARMの力に蝕まれ、暴走したモノがラクウェルに襲い掛かる。
その攻撃を彼女は頭上で剣で受け止めた。
思いのほか、力が強い。押される。助けを求めるか?・・・・・・だけど・・・・!
(あれだけ邪険に扱ってしまっておいて、こんな時ばかり頼ろうというのか・・・・・情けない・・・・ッ!)
渾身の力で、暴走体を押し返す。間髪いれず切り返した刃で暴走体を両断する。
だが、この物音でさらなる援軍がやってきていたようだった。
とはいえ彼女も一流のマイトフェンサー。やってやれない相手ではない。
剣を構え、静かに迫り来る敵を見据えた。
ざんっ・・・・
暴走体の1体を真っ二つに。
出来る限り動きを最小限に、だが効果は最大限に発揮できる立ち振る舞いを、彼女は会得していた。
だが。
「・・・・・──ッ! ゴホッ、ゴホッ・・・!」
壊れた身体が、一瞬の自由を奪った。
よりにもよってこんな時に・・・・! そう思った瞬間身体は大きく後方へと跳ね飛ばされていた。
「うあッ!」
したたかに壁に打ちつけられ、意識が瞬間飛んだ。
蝕む毒素も相俟って、身体が自由に動かない。このままでは、やられてしまう。
意地を張ったツケがこんなカタチで回ってくるなんて。
今まで・・・・ジュード達に出会うまでは、ずっと一人で旅をしていた。
モンスターに襲われもした。苦戦もした。それでも、一人で切り抜けてきた。己の剣だけを頼りに。
それが、今では・・・・・こんな相手も一人では・・・・・・・
今、死ぬわけにはいかないのに。
やらなければならないことが、やりたいことが、まだまだあるのに。
目の前が光ではじけた。
────おいッ!
「しっかり、しろッ・・・! 無事、か・・・・!?」
光が消えた後に、飛び込んできたのは・・・・・
「・・・・・・・よ、良かっ・・・・た・・・・、間に合った、な・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・あ、アルノー・・・」
「さ、流石にあんだけ術使うなんて、ちょっと無理しちまったか・・・・・、いや、それより」
覗き込まれた顔がさらに近づいてきた。息はかなり荒かった。
「・・・悪い、気づくの遅れた・・・・・・寝るつもりなかったんだけどな・・・いつの間にやら・・・」
──── チガウ───
「ユウリィ・・・起こしてからとも一瞬思ったんだが・・・、勝手にこっちに来ちまってたよ・・・・ああ、もういい、無事で何より・・・・・」
────ワルイノハ────
「ちょいと・・・・休ませてくれ・・・・、ガラにもなく無茶しちまった・・・・俺の術も、まだまだだな・・・」
「・・・・・違う・・・・・」
「んあ?」
「・・・お前は悪くなんかない・・・・・・悪いのは私だ・・・・・・こんな事態を招いたのは、私のつまらぬちっぽけな、意地のせい・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あんなひどいことを散々言い捨てて・・・・・自分から一人に身を置いて、挙句に助けを請おうとするなど・・・・」
「・・・・・ラクウェル・・・」
「虚勢ばかり張って、素直になることもできずに・・・・・本当はもうどうでもいいんだ、お前の軽口の是非など・・・・ただ」
「・・・もういいよ」
「私の瑣末な意地が、認めるのを拒んで、結局お前にもずっと、嫌な思いをさせてしまって」
「もういいって」
「それでも、正直になれない自分が、嫌になって、────ッ!?」
呟かれた言葉は言葉にならなかった。紡がれる場所が同じもので覆い塞がれた。
そのまましばらく、時は流れた。
やがて、離れた頃には口上の続きを紡ぐ気力も失われていた。
「・・・・・・・・・」
「もういいよ・・・・怒ってないんならいい」
「・・・・・・・・・私は・・・・・・」
それ以上は告げず、黙って目の前の大切なひとにしがみついた。
そして、もう1回。
それだけで、思いは伝わる。
「・・・・・・ラクウェル・・・雰囲気ブチ壊すの覚悟で変なこと言うけど」
「・・・?」
「すっげー、血の味がする。お前、口ん中切ってんじゃねぇの?」
「・・・・・・・・・え」
「そうじゃなかったらまさか病状悪化してるんじゃ・・・・? 吐血か!? 喀血か!?」
「・・・ち、違う! そんなことは今まで一度も・・・・・!」あわてて口を押さえるラクウェル。
「・・・・はぁぁ・・・・アレか、状況をよく見てやったほうがいいってことか? ちょっと衝撃的だった」
「アルノー!!」
「ともかく、ユウリィにヒールしてもらえよ。きっと痛みとかマヒしてるから気づかないんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
口を押さえたまま真っ赤になるラクウェル。そんな彼女を微笑ましそうに見つめるアルノー。
そして。
「・・・・・・入って・・・行けないんですけど」
見つからないように物陰に隠れたまま、行き場のない思いを抱えて佇んでいるユウリィと。
そんな一幕。
to be continued...
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