強い潮風、海面からうっすらと立ち上る特有の冷気、反面、太陽に照り付けられ熱されたアスファルト。
戦争で見る影もなく分断され、いまは廃墟となってただそこにある道。

そんな場所に、彼らは来ていた。




Anxiety





「うわー・・・・・すごいな」

 何十メートルもある道路があちこち分断され、盛り上がり陥没している様相。
ほんの入り口であるゲートから覗き込み、少年は思わず声を上げた。
ここは廃棄ブリッジXdXS。今はもう閉鎖されたとされる空港ディエバスに唯一通じている陸路である。
イルズベイル監獄島へと向かう少年達。だが、船を破壊され途方に暮れていた彼らはクルースニクからこのルートを教えられ、他に手立てもない彼らは言われたままにこの古びた鉄橋を訪れていた。

「・・・・こりゃ、思ってた以上だな・・・」
「向こう側も全然見えませんね・・・」
「というより・・・これは通行可能なのか?」

口々に呟く仲間たちを置いて、少年は一人すぐ目の前のせり上がった道路を駆け上った。
「うわーー!! すっごいよ! もうメチャクチャ!」
「嬉しそうに言うんじゃねぇっての・・・・」ガックリと肩を落とす青年。
「ジュード、通れそうですか?」少女が問うた。
「頑張れば何とかなるかもね」
「・・・・・・身軽なジュードの基準ではアテにならん」
少年に続いて、大人びた女性が道路を上って行く。そして、先を見つめ溜め息をついた。
「・・・確かにジュードなら、頑張れば何とかなるかもしれんな」
それはつまり、他の仲間には厳しい道のりだということ。
「そうかぁ・・・・そうだよね」
少年と女性は連れ立って戻ってくる。
「閉鎖空港へと向かう道は、ここしかないんですよね・・・?」と少女。
「ああ、だろうよ。はぁ・・・・・イヤんなるぜ」さらに肩を落とす青年。
「あっ! 自動車!」
少年は今度は道路の片隅に放置してあった車を見つけて向かっていく。
「・・・アルノーさん、車の運転できますよね」
「・・・・・・やってやれないことはないけど、こんな道走れるわけないだろ・・・・」
「あ、そうですよね・・・」
「飛空機械があればさ」少年が声を上げる。「空港までぐーんってひとっとびなのにね」
「・・・だから、これからその飛空機械を手に入れるために、空港に向かうんだろが・・・・・・・」
「それに、もし飛空機械があるのならわざわざ空港にいかずとも、すぐにイルズベイルに向かえばよいのだからな」
「あ、そっか」
少年は自動車を何故かまじまじと見つめる。
「・・・・アンリ師匠、よくまっぷたつにしてたよなぁ・・・・」
「んなこたぁ今はどうでもいいだろーが、いいから戻ってこいよ」
改めて相談する一行。
だが結局のところ、徒歩で先に進むしか道はない。
「何日かかるかな・・・・」
誰かが呟いた。

「そういえばさぁ」
 ゆっくりと歩を進めながら、先頭を歩いていたジュードが振り返った。
「さっき割れてたとこから下を見たら、下にも道路っぽいのがあったんだけど、2段になってるのかな」
「そりゃアレだろ、下が一般車両で上が軍事車両専用・・ってとこじゃねぇのか」とアルノー。
「? なんで分ける必要があるの?」
「なんでって・・・・・普通の車でここ走ってて、すぐ隣を光子砲とかが通過したら怖いだろうが」
「うわ・・・・確かに」
「戦車の残骸も見受けられる、その解釈もあながち間違ってはおらぬのかもな」とラクウェル。
確かに、道路の片隅に半壊して野ざらしになっている戦車が放置されている。
「ここでも、激しい戦いが起こったんですね・・・・」
胸に手をあてて、小さく呟くユウリィ。
戦争が形だけの終結を迎えて10年。その間、きっとここは誰からも顧みられずそのままの時を過ごしたのだろう。
「・・・・・ユウリィ、今でも戦いは起こるかもしれんぞ」
「え?」
ラクウェルはまっすぐ前方を睨んでいた。
異型の道路の先に、彼らではない影がいくつか見えた。
「も、モンスター・・・・・!?」
「まったく・・・これでは、一体いつになったら空港に辿り着けるのやら」
大げさにため息をついてみせ、彼女は大剣を抜いた。

 10年もの間放置されていた道路は魔獣たちの格好の棲みかと化していた。
数こそ多くないものの、見晴らしが良い場所なので間断なく出くわしてしまう。
戦ってばかりでは、流石の彼らも疲労がたまる。
「もう! まだ出てくるわけ!? いい加減に・・・・!」
「おい、またマトモにやりあう気かよ! そろそろ回避することも考えとこうぜ!」
「どこかに隠れてやり過ごしませんか!?」
「・・・さ、流石にこうも戦い通しだと・・・・・」
人一倍体調のすぐれないラクウェルは剣を構えながらも荒い息にあった。
疲れは判断力と注意力を散漫にする。

グラッ

風化し、壊れかけたアスファルトの一部が崩れた。
丁度その時、その近くに彼女はいた。

ガラガラガラッ

「あっ!」
気づいた時には、大量のアスファルトの破片と一緒にその身は宙に投げ出されていた。
下は、海だ。
「ラクウェルッ!!」












 寒さに身を震わせ、目を覚ます。あたりは薄暗い。
視界の片隅に赤いものが見えた。火だと判別するのには時間を要したが。
一体、自分はどうなったのだろう・・・足元が崩れて落下したところまでは鮮明に覚えている。
それから・・・・・凍える衝撃と、暖かい何かを感じた。
生きているのか、私は?
ゆっくりと、体を起こす。どうにか体は動いた。だが手足の末端は冷え切っていた。
「気づいたか」
ハッと顔を上げる。
炎の向こうに人影があった。聞き慣れた優しい声。
目覚めたばかりではあったが、彼女は今どういう状況なのかを即座に理解した。
「アルノー、お前・・・・」
私を助けてくれたのか? そう続けようとしたが、言葉にならなかった。
「・・・・・海に落ちたと思った。だが・・・・・今こうして道路にいる。・・・・どうやって・・・」
「まぁ、ラッキーだったな。ここは下側の道路だ。陥没した道路が水面まで届いていて、そっから這い上がれた。
そうじゃなかったら、今頃海の藻屑だったかもなぁ」
なんとも気楽そうに呟くアルノーに、ラクウェルは大きくため息をついた。
「今頃・・・ではないだろう・・・・どうして、そこまでして・・・・・・・」
「・・・・・気づいたら飛び出してた。ああいう時には、思考も上手く働かないもんだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・すまない」
自分の不注意で彼まで巻き込んでしまって。彼女は悔いた。

 あれから、どれくらいの時が経ったのだろう。辺りは夕闇に包まれており、薄暗い。
周囲は不気味な程静かで、小さな焚き火だけが目の前で揺らめいている。
寒気を感じ、ラクウェルは震えた。
そういえば海に落ちたのだ、着ている服は濡れたままだ。コートと剣は近くに置いてあったが。
「寒いか?」その様子に気づいたらしい、アルノーが声をかけた。
「・・・・少し、な・・・」
「冷えた体は人肌であっためるといいっていうぜ。ほら、裸で」
「・・・・・・そういう軽口は状況を見て叩いて欲しいものだな」
「いやぁ・・・そんな冗談のつもりでも無いんだが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そのままだと風邪引くぞ。・・・・・その、流石に、脱がすわけにもいかなかったし、でもコートだけはと」
「・・・・では、火にあたっているとしよう」
少し、焚き火に近づくラクウェル。反面、がっくりとうなだれる青年。
「そんなに嫌かよ・・・」
「モンスターがはびこる場所でそこまで油断することはできぬ」
「ああ、それなら・・・・さっき見回ってみたが、下側には殆どモンスターがいないみたいだな。
空港に向かうんなら、下を通った方がいいかもしれない。それを、あいつらに伝えられればいいんだが」
そうだ・・・・今ジュードとユウリィとはぐれてしまっている。
どうしたら、合流できるだろう。
「上に上がれるような場所はないのか?」
「近くにはなさげだな。あいつらにこっちに来てもらう方がいいたぁ思うんだが、どうしたもんやら」
「やはり、上がれる場所を探した方がいいのでは・・・・」
周囲を見渡すラクウェル。せり上がった道路が天井近い部分もある。だが、上に上がるとなると・・・・・
「・・・・・心配しているだろうか」
 ポツリと。
それにあんなモンスターだらけの場所に、二人だけで残してきてしまった。早く合流して、安心させてやらねば。
立ち上がって、スカートをギュウと絞る。海水が流れて落ちる。
「ジュード達を探しに行こう。こんな場所で、こんな時に、はぐれているわけにはいかぬ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アルノーは答えない。
「アルノー!」
「・・・下手に動くより、じっとしていた方がいい場合もある。それにもう暗いしな」
「だけど! ジュード達にはここがわからないだろう。暗くなってきたら、なおさらではないか!」
「・・・・・・・・・それでも。まだ体も冷えたままだし、こっちだって体力を回復させとかないと」
「アルノーはジュード達が心配ではないのか?」
「・・・・心配はしてるが・・・・・・・むしろ、心配されてるのはこっちの方だってわかってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いいから座っとけよ。まだ体も本調子じゃないだろ」
「問題ない。こんな時に、調子がどうのと言ってはおられぬ」
頑なな態度に、やれやれと肩をすくめてみせるアルノー。
「たまにゃ、あいつらをアテにしてみようぜ。そりゃおこちゃまだが、信頼おける仲間だ。そうだろ?」
「・・・・どうあっても動かぬというのだな」
言葉尻にとげとげしいものが見え始める。かなり苛ついているようだ。
「何もしないうちからあきらめるようなことはやめろと、言ったのはお前ではなかったか?」
「・・・・言った。けど、あきらめてるわけじゃない」
「何もしようとせぬなら、同じことだ」
「違うね。何もしないんじゃなくて、出来ないんだ今は。あきらめずに助けを待つことだって、立派に『している』ことだろ」
「だが・・・・・ッ!!」
なおも言い募ろうと詰め寄るラクウェル。だが、いきなり腕を引かれてよろめいた。
倒れこんで、そのまま抱きすくめられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
「体、冷え切ってるじゃねぇか・・・・」
「・・・ッ、か、関係ない・・・・・」
「関係なくないね。・・・・・これでも心配してるって気づいてる? 必死だったんだぜ・・・もしものことがあったらと・・・」
「・・・・・う・・・・・・・・」
「無理して平気装わなくてもいい・・・・・・おとなしく待ってようぜ」
腕の中は暖かかった。冷たい水にさらされた時にも感じた感覚。
と同時に、心も温かかった。
「・・・・・・すまないアルノー・・・だが、私の気持ちも汲んでくれないか」
「・・・・・・・・・」
「私の不注意で、こんなことになった・・・・・お前まで巻き込んで、ジュード達を戦火にさらしたまま置いてしまう形になって。
だから、せめて、この手で失態を補いたい・・・・・・そうでもしないと、申し訳が無い」
「気にすんなって」
「お前はそれでいいかもしれぬが、私は・・・・」
「お前が無事だったから充分だよ」
「だがそれでも・・・!」
「・・・結構頑固だな、お前・・・・・・」呆れたような声色。
「性分でな。こればかりは簡単に変えられぬ。だから」
「だから?」
「・・・・・腕を、離してくれるか? 一人でもジュード達を探しに行く」
さらに呆気に取られた表情を浮かべたアルノーだったが、すぐにいつもの顔に戻る。
「だーめ」しかも、ことさら意地悪そうに。
「ダメと言われても行く。お前はここで待つのだろう、ジュード達と合流できたら、ここに連れて来・・・・」
「だめ。行かせない」
捉える腕の力はさらに強くなった。
「アルノー!」
「・・・ほんっと、俺の言うことちっともわかってくれてないのな・・・・ちょっとショックだ」
「わかっている。お前はここで助けを待つというのだろう。だから私はその助けを呼びに・・・・」
「・・・・・・・・・お前の言うことも間違っちゃいないよ。でも、一人で行かせるわけにはいかないな」
「なら、一緒に探しに行けばよいではないか」
「一緒に待つって選択肢はないわけね」
「それでは私の気が済まぬ」
話し合いは平行線だ。
「離してくれ、アルノー・・・・離さぬなら、引き剥がす」
「ッと、おい、暴れるなよ・・・!」
無理にでも逃れようともがくラクウェル。一方、逃がすまいと押さえるアルノー。
暴れもがいて強引に腕を振り解いた、その一瞬アルノーが苦痛に顔を歪めた。
一瞬を、彼女も見ていた。
「・・・・アルノー・・・?」
「・・・・・・・ったく、おとなしくしてろっつってるのになぁ・・・・」もういつもの表情。
だが、小さな違和感が彼女の胸中を支配する。
「・・・・お前、もしかして、どこか痛めて・・・」
「はぁ? 何でもねぇって」
「誤魔化すな! どこだ! 腕か! 頭か!」
「頭って、そりゃひでぇな」
冗句でかわそうとするも、そんなもの今の彼女には通用しない。
「どうしても違うと言い張るのなら、確かめてやる。今すぐ脱げ!」
何気にものすごい発言に、アルノーは息を呑んだ。
「・・・・・えっち☆」
「あんまり私を怒らせるな!!」
そのあまりの剣幕と形相に恐れをなしたか、アルノーは大きくため息をついて肩をすくめた。
「・・・わかった。降参。ほんと、ラクウェルには負けるよ・・・」
「・・・・・・・」
「多分、橋から落ちた時・・・・破片か何かが当たったのかもしれねぇ・・・・」彼は目を閉じた。「右足。ちょっとマトモに立てねぇかも」
「・・・・な・・・・・・・」
「あ、ユウリィに治してもらえば問題ないさ。そんな大したもんじゃ・・・・」
「・・・・・・・・・・お前・・・・・・」
それでなのか・・・・ラクウェルは合点がいった。ここを動こうとしなかった、その真意。
動かなかったのではない、動けなかったのだと。
いや、それよりも。
「・・・それなのに、私を助けて、ここまで登ってきて、見回ったとも言っていたな・・・・・」
「お前、身長はあっても軽いからな、そうでも。・・・ああ、あえて言うなら剣が重かったな」
冗談っぽく笑って手をヒラヒラと振ってみせる。だが、それさえも彼女には虚勢に映った。
「・・・・・お前こそ・・・・無理して平気を装って・・・・・・・」座り込んで、うつむいて、肩を震わせる。「・・・・・・そこまでして、お前は・・・・」
その先の言葉は紡がれなかった。肩を震わせたまま・・・声を殺して泣いていたから。
「・・・・逆に心配かけちまったな・・・・・悪い」
震えたままの彼女を、今度は優しく抱きしめる。
「ほら、もう震えんなよ・・・言っただろ、俺といるときは震えなくていいって」
「・・・だ、誰の、せいだと・・・・・ッ」
「・・・・・・・すまん」
しばらくの間、静寂と押し殺した泣き声が夜に響いた。


「・・・・もう、大丈夫だ・・・・・すまない・・・」
 ゆっくりと腕が解かれる。彼女のまだ目は赤かった。
「駄目だな、私は・・・・・皆のためにと思うけれど結局、肝心なところに気を配れないとは」
小さく頭を振って、ラクウェルはアルノーを見据えた。
「この前・・・お前が言ってくれたな・・・・・・支え続けたいと・・・・・。私も・・・・・お前を支えてやりたい。
・・・・・・・駄目か?」
瞳を覗き込む。自分が映っていた。
「・・・・・駄目なもんか・・・・駄目なもんかよ・・・・・・。支え合っていけばいいんだ。これからもずっと、さ・・・・・」
ラクウェルは微笑んだ。瞳に映った彼女も、微笑んでいた。






 空が白白と明けて来た頃、小さな呼び声が聞こえた気がした。
ラクウェルは道路端に向かい、上を見上げた。
「あっ! ラクウェル! 無事だったんだね!」
「・・・・ジュード!」
上側の道路から顔を覗かせる少年の姿。隣にはユウリィの姿もあった。
「ラクウェルさん、無事だったんですね・・・! アルノーさんは・・・」
「ああ、そこにいる。ケガをしているんだ、治してあげてほしいんだが・・・・」
「わかりました、でも、どうやって降りたら・・・・・」
「ロープかなにか探そうよ!」
「そうですね」
「待っててね、二人とも!」
バタバタとあわただしく駆けていく音が遠ざかっていく。
ラクウェルは振り返ってアルノーを見た。
「・・・よく場所がわかったものだな」
「救援を呼ぶには狼煙を上げるのが一番だもんな」
「・・・・・・・・・・・・そうか」戻って、座る。「一応策は立てていたのだな。見直したぞ」
「あ、ひでぇ。言っただろー、あきらめたわけじゃないって」
「そうだったな」
クスリと笑った。




日が昇る。引き返せない戦いへの一日がまた始まる。
だが、頼れる仲間が、大事なひとがいるから、怖くなどはない。
世界の痛みを止めるために。





to be continued...




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