Red & Gold War

 

 朝は、ある種の戦争である。


「おはよう、マリア」
「あら、おはよう」
 ホテルのロビーに顔を出す女性。赤毛が印象的で、整った顔立ち。
迎えた少女も、目の覚めるような青髪、美人に分類される容貌。
爽やかな朝の光景には、これ以上ない程の見目麗しさであったが、彼女達はその反面、表情を険しくする。
「・・・・・あいつらは、まだ起きてこないんだね」
「ええ。誰一人としてね」
「そうかい・・・・・全く、仕方のない連中だね・・・・」
赤毛の女性・・・ネルは大きく溜息をつく。
彼女達には、さらにまだ4人程連れがいた。彼女達と同じくホテルに泊まっていたのだが・・・朝になっても誰も起きてこないようだった。
「昨日クリフ達、酒場にいたみたいだしね・・・・きっと二日酔いね」
「そう。・・・旅に影響する程は飲むなって、言ってるのにも関わらず・・・・・かい」
険しい表情のまま、ネルは再び客室の方へ足を向ける。
「起こしてくる」
「ご苦労様、ネル」
一方のマリアはさほど気にするでもなく、テーブルについたまま優雅にコーヒーを味わっていた。



 このホテルは個室専用で、彼女達もあとの4人も個室に泊まっていた。
確か、ここから4部屋だったか、とネルは一番手前の部屋の扉を叩いた。
「フェイト。朝だよ、起きな」
しかし、返事はない。さらにひどく叩く。
「フェイト! もう朝だよ! 起きなって!!」
と、ようやく扉が中からゆっくりと開く。
見るからに今起きたばかりの青年があくびしながら現れた。
「・・・おはようございます・・・・・ネルさん・・・・・・・・」
「もう朝だよ、さっさと仕度しな」
「はい・・・ふぁぁぁ・・・・・・・」
扉が閉められる。ネルは溜息をつく。
彼はまだ平和なのだ。問題は・・・・後の3人。


 次の部屋の扉を叩く。
「クリフ!! 起きな!!」
やはり返事はない。さらに激しく叩く。だが返事はない。
当然、昨日酒場にいたのなら二日酔いで潰れて寝ているのだろう。無尽蔵にガバガバ飲んで、あげく次の日にすっかり負けてしまうのが、この男のパターンだ。
ここまで自分を節制できない36歳はどうかと、彼女は常々思っている。
らちがあかないので、ネルは扉を開けた。
ベッドにクリフの姿はない。それどころか、部屋のどこにもクリフの姿はない。
「・・・・・まさか、また道端で寝てるんじゃ・・・・・・」
頭を抱える。
とりあえず、クリフはまた後探すとして・・・・・・
ネルは次の部屋に・・・・行く前に、再度フェイトの部屋に向かった。
「フェイト、アンタも昨日クリフと一緒にいたんだよね? 置いて来ちまったのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・フェイト」
ネルは扉を開ける。そこには、ベッドにつっぷして寝ているフェイトの姿。
「・・・起きろって言ってるだろっ!!!」
「ごはぁぁっ!!!」
力任せにその背中に踵落としを食らわせ、ネルは部屋を後にした。


 クリフの隣はロジャーの部屋。
さすがに酒場には行ってはいないと思われるが・・・・・
「ロジャー。朝だよ、起きな」
・・・やはり返事はない。ロジャーはいつも朝は遅めだ。ネルは部屋に入る。
彼は平和にベッドにいたのだが、毛布を抱きしめたまま、なにやらニヤけて眠っていた。
「ロジャ・・・・・」
「・・・・ああ〜・・・・ネルお姉様〜・・・・・・・・・」
ネルは動きを止めた。ロジャーは眠っている。寝言のようだ。
夢にまで見ているのか・・・・半分呆れるネル。その一方でロジャーの幸せな寝言は続く。
「・・ダメですよ、お姉様・・・・・・オイラまだ子供だし〜・・・・・・
ああ、でもお姉様がそこまで言うんなら・・・・・・・・・オイラも男だし・・・・・・ああ〜・・・・」

  ごすっ

思わず、手加減なしのエルボーがロジャーの脳天に炸裂してしまった。
な、何の夢を見ているんだい、この子は・・・・・・
「・・・・・い、痛ェじゃんか・・・・・・」
ようやく、ロジャーも目を覚ましたようだ。そして、傍らに立っているネルに目をやった。
「・・あ、お、お姉様・・・・・」
「いい夢見れたかい?」
「い、あ、そ、そりゃあもう・・・・・」
ネルの目が据わっていることに気付き、ロジャーは肩をすくめた。
もしや・・・・寝言か何か言ってしまったのだろうか・・・・・
「もうちょっと子供らしい夢見るんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・は、はい・・・・・・・・・・・・・・」
ばつの悪そうな表情を浮かべるロジャーを後にして、ネルは部屋を出た。


 最後が問題だ。
普段から寝起きが悪いうえ、ヘタに起こそうもんなら斬りかかって来る、まるで猛獣のような男。
しかも、ほぼ間違いなく酒が入っているに違いない。
大人なヤツほど扱いに困るって、どういうことだろう。
無駄を承知でネルは扉を叩く。しかし返事はない。
「全く・・・・・・どうしてやろうか・・・・」
部屋に入る。普通にベッドに寝ている男の姿。
黒鷹旋で無理やり起こすか・・・・? でも、死んだら困る。これくらいで死ぬようなヤワなヤツでもないが。
まずは普通に起こすか。
「・・・・アルベル。起きな」
肩をゆすってみるが、もぞもぞ体を動かすだけで起きる気配もない。
ダメだ・・・・やはり最初から実力行使でいくのが得策だったようだ。
「・・・・・・・起きるか死ぬか、どっちか選びな・・・・・!」
頭めがけて、正拳突きを放つ! だが、直撃したらケガしてしまうような、勢いある拳を受け止めた者がいた。
「・・・・・え・・」
考える前に彼女の体が力強く引っ張られて、そのままベッドに倒される。
受け止めたのは、コイツ自身だったのか? 答えは明白だったが、納得がいかない。
押し倒されたまま、自分を見下ろす男を睨み返すネル。
「アンタ・・・、寝てたんじゃなかったのかい・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・なんだ、テメェか」
「なんだじゃないよ!」
「せっかく人が寝てんのを、邪魔するから悪ぃんだろうが・・・」
「な!」
いつまでも寝ておいて、この言い草か。ネルはなんだか腹が立ってきた。
「いいから起きたんなら、どいてくれるかい。でないと、そのハラに蹴り入れるよ!」
「したけりゃしろよ・・・・・今やられたら、吐いちまいそうだがな」
「!! ・・・わかったよ! わかったから・・・どいてよ」
のそのそと起き上がるアルベル。なるほどよく見たら、気分悪そうだ。
やっぱりクリフ達と飲み明かしてたのか・・・・全く。ネルも体を起こした。
「・・・わざわざ起こしに来たのか、全くご苦労なことだな」
「男どもが誰も起きてこないからさ」
「・・・・・・・・・くっくっく・・・・」
何がおかしいんだか・・・・ネルは溜息をついた。
「男の寝込みを襲った理由にしちゃ、チンケだな」
「だ、誰が!! いいからさっさと下に降りてきな! マリアもずっと待ってるよ」
あわてた様子で立ち上がり、部屋の外へ向かう。と、振り返るネル。
「そうそう・・・・・クリフ、どこにいるか知らないかい? 部屋にいないんだけど」
「・・・・・・・ああ? 俺が知るわけねぇだろ、阿呆」
「だろうね。聞いてみただけさ。全く、頼りにもならない男だねぇ」
「うるせぇぞ、おい・・」
アルベルが何か呟いていたが、無視して外に出る。
全く・・・・・朝から本当、疲れるねぇ・・・・・・・


 ネルがロビーに降りて来ると、マリアの他にフェイトとロジャーもいた。しかしクリフはいない。
「・・マリア、クリフが部屋にいないんだよ」
「え? ・・・・・どこに行ったのかしらね・・・・ダメな大人ねぇ・・・・」
少し経ってアルベルも姿を現すが、一向にクリフの姿は見えない。
流石に少し心配になる。
「ホテルの外を探してみようか」とフェイト。
「えー、いいじゃんか、置いていこうぜ〜」とはロジャー。
「そういうワケにも行かないだろ」ネルが諌める。
「面倒だな」とアルベル。
「とにかく、探すだけ探しましょうか」
マリアがまとめたところへ、にわかにホテル内が騒がしくなり始める。
従業員がバタバタと客室に向かって走っていく。何事かと、一行はついて行ってみる。
とある客室に、従業員が集まってちょっとした騒ぎに。
「・・あのー、どうかしたんですか?」
フェイトが近くにいた従業員にたずねてみる。
「ああ、お騒がせしてすみません。何でも、女性の部屋に深夜、男が乱入してきたと苦情がありまして・・・・・・」
「なんですって・・・!」マリアが憤る。
「その野郎サイテーだな!」ロジャーも同意。
「その男性もホテルに部屋を取っていたみたいで・・・・ここが自分の部屋だと言ってるんですよ・・・・酔っ払ってるので、扱いに困ってるんですが」
ネルは、何かイヤなものを感じた。
「・・ネルさん」フェイトが小声で耳打ちしてくる。「・・・ここ、僕等の泊まってた部屋の真下ですよね・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・だよ、ね・・・・・・・・・・」
「おそらく、部屋を間違えたんだと思うのですが・・・・何せ酔っ払ってるうえ、体も大きくてやたらと怪力で取り押さえられないので、困ってるんですよ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

彼らはすっかり黙ってしまう。
・・・彼らの心は、いまや一つになっていた。
「・・・・先を急ぎましょう」マリアが皆を振り返った。「私達には『関係ない話』だわ」
「・・・・・・・・・・・・・・そうだな・・・・・『全員揃ってる』し、出発に影響はないよな」
皆がうなずき、彼らは黙ってその場を後にした。



 ほとぼりが覚めたころ、ホテルに戻ってみると。
従業員にすっかり腫れ物扱いされたマッチョがロビーでふてくされて座っていたとさ・・・・・




END





戻る