An Unfortunate Happen

 

「思えば、もうその日は朝から運がなかったっていいますか・・・・・・
新聞の占いもサイアクで。困った人にからまれて大変な目に遭うって書いてありました。
外歩いていたらつまずいて鼻すりむくし、火力が強すぎてヤケドしかけるし、手は切りそうになるし・・・・・・・
それでも、『彼女達』の存在以上に不幸なことなんて、そうそう無いとは思うんですけど。
ああ、逃げちゃえばよかった・・・・・・・・」




 場所はカルサア。隣国シーハーツとの停戦も決まり、ようやくささやかながら平和が訪れたこの鉱山の町で。
そもそも彼女の不幸の始まりは、その日『彼ら』がカルサアを訪れていて、彼女のいる場所を訪れていたことだった。
「やぁ、こんにちはマユちゃん」
カルサアの薄暗い工房に、ひときわ爽やかげな青年が彼女に微笑みかける。
「フェイトさん! いらしてたんですか!」
彼女の名前はマユ。フェイト・ラインゴッドと契約を交わしたクリエイター。
契約して以来、彼女はずっとカルサアの工房で開発に取り組んでいた。
「どうなさったんですか?」
「ああ、たまには僕らも開発に携わろうと思ってね」
「え! じ、じゃあ、しばらくここに滞在するんですか!?」
「そのつもりだよ」
彼女は心の中でガッツポーズ。
あんまりゆっくり話をしたことがなかった、憧れの男性だ。
「あ、私、頑張りますね! そ、それで・・・良かったら一緒に・・・・・」
「そうだな・・・・・」
顎に手を当てて、考える仕草をとるフェイト。そこに、乱入してきた者がいた。
「マユちゃん、料理専門って言ってたわよねぇ」
二人がそちらに目を向ける。その瞬間、フェイトは非常に険しい表情を浮かべたが、マユはそれに気づかなかった。
そこにいたのは、フェイトによく似た青髪の女性。マリア・トレイター。
「はい・・・・そうですけど」
「なら、一緒にやらない? 私も料理専門でやろうと思ってるの」
その瞬間フェイトは非常にヤバそうな表情を浮かべたが、マユはそれに気づかなかった。
だから。
「はい、じゃあお願いします」
フェイトと一緒にやりたかったが、料理が不得意かもしれない。理解ある人間と組んだ方が効率もいい。同じ年頃の女の子なら、気兼ねもしなくていいだろう。
そんなことを考えて。
ただ、その隣でフェイトは非常に顔面蒼白になっていたが、マユはそれに気づかなかった。


「マリアさん、お料理お得意なんですか?」
「ん、まぁね」
 二人並んで早速料理の支度にとりかかる。
どうもさっきから、フェイトの仲間たちの注目をあびているようだが、マユはさほど気にしなかった。
まずは材料の下ごしらえ。マユはジャガイモの皮を剥きながら隣のマリアに話しかけようと目をやった。
そして目を疑った。
「あ、あの、マリアさん!」
「何?」
「・・・・・野菜は・・・包丁で切るものだと思うんですけど・・・・・・・」
マリアが手にしていたのはやたらと長い刀だった。
「これでも切れるわよ」
マリアは両手で刀を構える。結構サマになっている。
「・・・切れるのは切れると思うんですけど・・・・・・ちょっと違う気が・・・・」
頭が痛くなってきたような気がする。マユは頭を抑えながら続ける。
「それに・・・・その刀どっから持ってきたんですか・・・・?」
「アルベルの」
「!!!!!! ち、ちょっと、マリアさん・・・・・・!!!」
「テメェ! いつの間に持ち出しやがった!」
当の本人がマリアから刀を奪い取る。
「そこに置いてあったから。何よ、いいじゃないちょっとくらい。ケチくさいわねぇ」
「うるせぇ!!」
刀を没収され、マリアはさてどうしたものかと周囲を見渡した。
そしてある一点に目をつける。
「クリフ、そこのハンマー貸して」
「はぁ? 寝ぼけたこと言ってんなよマリア」
当然といえば当然だが、断られる。そして次に・・・・・・
「ねぇロジャー・・・・・・そのはんだごて貸してくれない〜?」
「ヤダ」
それだけ呟いて、再び作業にとりかかるロジャー。
マリアは再び考える。
「・・・・・・ねぇフェイト、そこの万年筆・・・・・・」
「・・・・マリア。なんで、普通に包丁使おうとしてくれないかな・・・・・・・」
「面白みがないじゃない」
「そういう問題じゃないだろ!」
一連の会話をさっきから彼女・・マユはジッと聞いていた。
そして、まぎれもない事実がひとつ。
マリアは・・・・・料理のなんたるかを全く理解していない・・・・・・
果たしてこのまま、彼女・・マリアと作業を続けてよいものか。

 そんな時だった。
「フェイトーー」
マユには見慣れない、やはり同じ年くらいの少女がフェイトに近づいた。
思わずそちらを見てしまうマユ。細々となされる会話に耳を傾ける。
「この前契約した、・・・・・・・来たから・・・・・・・・・そう、料理の・・・・・」
「・・・・・・ああ、わかったよソフィア」
と、フェイトがおもむろにマユを見やる。
「マユちゃん、もう一人料理のクリエイターがここに到着したみたいだから、彼も交えて取り掛かってもらえるかな・・・・? ・・・この際マリアは外していいから」
「はっ、はい!!!」
「なんでよ、フェイト!!」
マリアに詰め寄られ、四苦八苦するフェイトを尻目にマユはようやく安堵のため息をつく。
良かった、このままマリアと二人で作業するのは不安だらけだったから。


しかし、それもつかの間。



「シュ! シュ! シュ! シュ〜ラ〜シャッシャッシャッシャ・・・・」

奇妙な掛け声(?)と共に、怪しい物音が響く。
マユは直感で嫌なものを感じて振り向いた。そこには。
「キッキッキッキッ・・・シュッシュッシュ〜」
両手に包丁を握ったドロウグリンのコック。マユは固まった。
世間は彼のことを、行く先々で血の雨を降らせることから「殺人シェフ」と呼んでいる・・・・・
「・・・・ということだから」フェイトはマユの肩に手を置いた。「・・・・頑張って」
「フェイトさん! なんかヤバそうじゃないですかぁ!? 大丈夫なんですか!?」
「・・・・・・・・腕は確か・・・らしいけど」
「目をそらさないでください!!!」
騒ぎ立てる二人の後方で。
「シャーーーーー!!  シュッシュッシュッシュッシュ・・・・・」
奇妙な声をたてながら殺人シェフがそこらにあった野菜を切り始めた。
しかし・・・・・マユも見惚れるほど手際が良かった。時折包丁を振り回すのがアレだが。
そして、それを受けて彼に触発された者が一人。
「・・・・・・怪しいクセして、結構やるわね・・・・・・・・・」
マリアだった。マユはとても不安げにマリアを見やる。
「・・いいライバルになりそうだわ・・・・」
マユは眩暈を感じた。
そんな彼女の心情なんか露知らず、マリアもまた豪快な調理を始める。
ただマユは、それを見守ることしかできなかった。

「・・・じゃ、そういうことで頑張ってマユちゃん」
 逃げるように立ち去ろうとしたフェイトをマユが捕まえた。
「フェイトさん!! ・・・どうしたらいいんですか私」
「・・・・・・・・とにかく二人を刺激しないように・・・・・」
「ああ、もう! お願いしますから、私だけ別班で作業させてもらえませんか?」
「僕としても、そうしてもらいたいのはやまやまだけど・・・・料理の作業台が一つしかないし・・・・」
「なら! 私今から細工のクリエイターに・・・・!!」
「ち、ちょっと!!」
それだけ、彼らの存在は彼女にとって恐怖だった。
今日は運が悪い。最悪だ。

そして今も当のマリア女史と殺人シェフは、料理なんだか殺戮なんだかわからない作業を淡々とこなしていた・・・・・




「なぁ、クリフ」
「なんだフェイト?」
「・・・彼女(マリア)と彼(殺人シェフ)と、どっちが殺人的かなぁ」
「・・・・・・・・・難しい質問すんじゃねぇよ」






 彼女の出した結論。
新聞の占いもバカにできない。





END





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