ある日のこと。
とある、反銀河連邦組織のリーダーを務めている少女が航宙艦の自室にて、とある惑星の雑誌などに目を通していたのだが。
何やらうなずきながら雑誌を読みふけり、やがて少女は顔を上げた。
「・・・・・・使えそうね・・・」
その瞳に、並々ならぬ野望の色を灯して。






A Test of Somebody's Courage










「・・・・・・で?」

 クォークのメンバーは勿論フェイト達までディプロの会議室に呼び出され、彼らは戸惑いながら少女を見やった。
明らかに何か企んでいる表情を浮かべている、クォークのリーダー…マリア・トレイターを。
「何の用なんだマリア。フルメンバー呼び出してよ・・・・」
呆れたように呟く金髪の大男…クリフ。
「皆に集まってもらったのは他でもないわ」
お約束の言い回しで彼女は一同を見渡す。嫌な予感を隠せない一同。
「・・・・・暑い季節がやってきたわね」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
静まり返る一同。各々、ツッコみたい衝動を抱えつつ。
航宙艦にずっといるのに季節も何もないじゃないかとか、例え来ていたとしてもちっとも暑くなんかないとか、何を今ごろになって言い始めるのかとか、色んなツッコミを。
「暑さをまぎらわせるため、総出でちょっとした遊びをやってみようかと思ってね」
マリアは、手にしていた雑誌をテーブルに置いた。覗き込む数人。
それは、地球のとある国の雑誌だった。
「・・・・・・・納涼胆試し・・・・・だって?」
思わず呻くフェイト。マリアは嬉々としてうなずいた。
「そうよ、暑い時に怖い思いして涼しくなろうという、画期的な企画なのよ。素晴らしいでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フェイトは思った。こんなもので、一体彼女は何を企んでいるのだろうか・・・・・と。
胆試し・・・・・要するに人を怖がらせて度胸試しをするという、地球のとある島国発祥の遊びだ。
「ただやるだけじゃ面白くないし、優勝者には賞品も用意する覚悟よ」
「覚悟するくらいなら無理に賞品なんて用意しなくてもいいよ・・・・」
「この雑誌を見た限り、優勝を決める類の遊びではないような気がしますが」
フェイトとミラージュが同時にツッコんだ。
「そう言わないでよ。そこは、クォークなりのアレンジを加えるのよ」
「そこでクォークを巻き込むなよ」とクリフ。
「男女ペアを3組くらい作って、後のみんな総出で3組をとにかく脅かす、と」クリフのツッコミを綺麗に無視するマリア。「女の子を怖がらせて相手に抱きつかせたら1ポイントね」
「なんだそりゃ」
その後もマリアはルールの説明を続けた。
脅かされる3組はクジで選出、ポイントを一番取られなかった組が勝ち、脅かす側はポイントを一番取った者が勝ち、それぞれに賞品を用意する覚悟・・・・・と。
「・・・と、こんな感じでやろうかと思うのよ。みんな、参加してくれるわね?」
ニッコリと、マリアが微笑む。みな、一様に顔を見合わせた。
なんていうか・・・・・・リーダーもヒマなんだな・・・・・・と。
しかし、参加したくないだなんて言おうもんならこのリーダーのことだし、またいつものように銃でゴリ押しするんだろうな・・・・と、クォークメンバーはのきなみ参加を承諾。
そして。
「マリアさん、生き生きしてるねフェイト・・・」ソフィアが隣の青年をそっと見上げる。
「・・・ああ・・・・・・何かを企んでいる者の目だよ、あれは・・・・・・」
「ここは同意しておくほうが波風が立たないんだろうね」少し向こうでネルが無表情で呟いた。
「そんなとこだろうな」とクリフ。「おい、お前もヤだろうが付き合うだけ付き合っとけ。その生っ腹に風穴開けたくなかったらな・・・」
そう言ってクリフは一番ごねそうなアルベルを見やる。
「・・・・・・余計な世話だ」
「はっはっは、愚問だったか? そりゃ、ネルが参加するっつんなら当然便乗するわな・・・・どわっ!!」
アルベルがクリフに切りかかった。当然、抜き身の刀で。
「死にたいようだなクソ虫が・・・・」
「そんな怒んじゃねぇよ、軽いジョークだよジョーク」
「黙れ阿呆」
「うぉっ! 待てっての!!」
本気の斬り合いが起こる横で、リーダーが何やら箱を持ってきた。
「じゃあ、脅かされる可哀想な女の子3人を決めましょう。その3人がさらにクジ引きで相手を決定するのよ」
「え、今からすぐやるの?」とはフェイト。
「ええ。3組が決定したら、1時間で後のみんなが脅かす準備に取り掛かるから。
とりあえずフェイト、この中から3枚引いて頂戴」
「・・・・・ああ」
言われるままに、フェイトはマリアの持っている箱からクジを3枚選んで、それをマリアに渡す。
「・・・・・・じゃあ、ラッキーガール3人を発表するわね。・・・・・ミラージュ、ネル、私の3人よ」
それを聞いて、ホッと胸をなでおろすソフィアと(嫌だったようだ)、密かに喜び勇む一部男性陣。
もしも脅かされる側になった場合、こんな美女たちに抱きつかれるかも知れないのだから。
「今言った3人はこっちの箱から1枚くじを引いて頂戴。相手の名前が書いてあるから」
「わかりました」
「・・・・・仕方ないね・・・・・」






「・・・・なぁ、マリア。正直に答えてくれないかな」
「なぁに、フェイト」
「クジに細工しただろ」
「・・・・聞き捨てならない質問ね」

 シンと静まり返ったディプロの通路を歩く青い髪の二人の男女。
「私とじゃイヤ?」顔を覗き込むマリア。
「・・そ、そういう意味じゃなくて・・・・・後の2組だよ」やや照れて目をそらすフェイト。
「偶然というのは起こり得るものなのよ」
「・・・ったって・・・・一体男が何人いたと思ってるんだよ・・・・確率は5%にも満たないくらいだっただろ」
「神様はいつも見てくれているのよ?」
「・・・・・・・・神様ねぇ」
「不適切な発言だったかしら」
クスリと笑うマリア。フェイトも笑った。
「さ、あの角を曲がったら納涼胆試しスタートよ。みんなには何使ってもいいって指示出してるから、怖かったら遠慮なく抱きついちゃうかもね」
「って、え、あ、それは・・・・・・・・」
「照れてるの?」
「・・・・ち、違うよ・・・・・・」
「ふふふ・・・さ、行きましょ」





最初の1組がスタートした直後、激しい爆音がディプロに響いた。





「・・・・・何やってもいいっつったのマリアだっけか?」
「ええ」
「誰だ、爆撃なんかかましやがったのは・・・・・」
「察するに、ソフィアさんではないかと」
「・・・・え? ソフィアだと?」
「準備するために部屋を後にしたソフィアさんの表情はまるで修羅のようでしたよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一抹の不安に駆られながら、スタート地点に向かうクラウストロカップル。
ミラージュは何の偶然かクリフを引き当て、こうしてペアになって向かっているのであるが。
「・・・なぁ、ミラージュ」
「なんですか?」
「・・・・・・・・・・いや・・・・・そのな・・・・・・(もしも怖かったら・・・・抱きついてもいいんだぜ?)・・・・・・なんでもねぇ」
「変なクリフですね」
いつものように笑うミラージュ。それを見て・・・・・やっぱありえねぇか・・・・とクリフは心の中でため息をついた。
多分、何をしても動じないんだろう彼女は。でもそれくらいが彼女らしい。
「じゃ、行くかよ」
「はい」
マリアのお遊びに付き合ってやるか・・・・・と、クリフとミラージュはスタート地点である通路の角を曲がった。
そして目の前に広がっていた光景に、彼らは呆然と立ち尽くした。

通路中にもうもうと立ち込めている煙。
壁に刻まれている無数の銃痕。
その他、何かの衝撃で変形していたり変色していたりする壁。

「・・・・・な、なんだこりゃ・・・・・」
思わず呟くクリフと。
「・・・・やってくれたようですね」
それでも冷静なミラージュと。
「ど、どういうこった? ミラージュ、お前何があったのかわかってんのか?」
「先ほども言いましたけれど、ソフィアさんが紋章術を放ったのでしょうね」
「じゃあ銃痕は」
「・・・・・・少なくとも、『身内』であることは確かですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
惨状と、そしてこれから直面するであろう現実にクリフは、頭を抱えた。
「・・・・・・・・・・ミラージュ・・・」
「はい」
「怖くなったから抱きついてもいいか?」
「・・・・・・・・・逃避しないで現実を見つめてください」
軽くあしらわれ、クリフはさらに頭を抱える。いや、怖くなったから云々は半分冗談だったのだが。
まったく誰だかは知らないが壁にこんな傷つけて、修繕費がいくらかかると思ってるんだ。

クォークは経済難だってわかってやってんのか・・・・・?






その頃、フェイトとマリアは。



「きゃーーーっ、怖いわっ、助けてフェイト〜」
 後方から放たれる複数の殺気、そして炎に雷に氷に銃弾。
嬉しそうにしがみついてくるマリアを連れ立って、フェイトは死ぬ気で逃げていた。
「マリアっ・・・・! 頼むから離れ・・・・・・!!」
「チィッ! いつまでもリーダーとくっついてるんじゃない!! さっさと離れろフェイト・・・!!」
「フェイトったらマリアさんにデレデレしちゃって・・・! バカ! 10回死んじゃえっ!」
「マリアに言ってくれーーーーっ!!」
殺気を隠そうともしない追っ手二人(ソフィアとリーベル)に、フェイトは本気で命の危険を感じていた。
肝試しってこんな命がけなのか・・・・・!?
「おいっ! リーベル! やりすぎだぞ!」
「ソフィアさんも落ち着いて下さい〜・・・・!」
制止の声ももはや意味を成していなかった。





そして。

「・・・・・ここを曲がればいいのか」
「この見取り図によると、そうなるね」

 そんな大騒ぎをよそに、広い航宙艦を見取り図片手にさ迷っていた二人の男女がいた。
なんでも、ディプロに慣れていない二人には肝試しのルートがわかりづらいだろう、とマリアが親切に、見取り図にルートを書いて渡してくれていた。
それを見ながら、二人はディプロ内部を歩いていく。
最終組・・・・アルベルとネル。
正直、一体何をやろうとしているのかイマイチ理解していない二人ではあったが、クリフの「要は度胸試しだよ」とのセリフでどうにか概要はわかっていた。
「・・・・えーと・・・・・・この部屋に入ればいいんだね」
「部屋?」
この部屋の中で度胸試しをするのか。
二人が部屋の前に立つと、自動でドアが開く。中はいたって普通の部屋だった。
中に入ると、ドアがまた閉まる。
室内を見渡すネル。何ともなしに辺りをうかがうアルベル。
が。
テーブルの上に置いてあるティーポットと二揃えのティーカップ、その横にこれ見よがしに置いてある怪しい色の小瓶・・・・・・おそらく、惚れ薬系。
これはもしや・・・・・・・・・
「・・・・どうしたんだい、アルベル」
「!!! な、なんでもねぇ!」
「・・・・・?」
首をかしげるものの、特に気にした様子でもないネル。
一方のアルベルはもはや、置かれている状況にただただ動揺するばかりだった。
先ほど入ってきたドアは何故だかもう、うんともすんとも動かなくなっている。
・・・・・・・謀られた。
今、室内には二人きり(とりあえず)。

(・・・・・・・・・何だと・・・・・・・もしかして、これは、俺の度胸が試されてるのか・・・・・・・・!?)

何て遊びだ。これも、やつらが仕組んだ罠なのか。
ていうかいいのかこれは。
それとももしかしてこの部屋のどこかに誰かが隠れていて様子を見ているのだろうか?
とりあえずそれだけは確かめないと。
おもむろにシャワー室の内部やら机の下やらベッドの中やら探り始めるアルベルに、ネルは驚いた。
「な、何してるんだい」
「連中が何か仕掛けてねぇか探しているだけだ気にすんな」
「何かって・・・・・・?」
普通に疑問をぶつけるネルに、まさかこいつ状況を理解してねぇのかと内心アルベルは頭を抱えた。
どうすればいい?
「・・・・・ところで、これが胆試しってやつなのかな・・・・・・よくわからないんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「この部屋にいればいいのかな・・・・・・どう思う?」
少し困ったような、その無防備な表情に。
やめろ、この状況でそんな表情(かお)すんじゃねぇよ・・・・・心の内で訴えるアルベル。
お前わかってねぇだろそもそも連中が何か仕組んでくるなんておおいに予想できるだろうになんでそんな呑気でいられるんだこの女閉じ込められてんだぞ二人しかいねぇんだぞお前俺の性別わかってんのか阿呆がそんな見つめてくんな本気でやらせてもらうぞこのやろう




ドォォォォン・・・・・・




通路で爆音が響いた。と同時に、
「ダメよフェイト! こっちに来ちゃ・・・!!」
「それどころじゃないよっ・・・・・・!!」
続いて轟く鋭い音と、激しい衝撃。そのショックなのか、閉じられていたドアが何故か開いた。
覗いてみると、死に物狂いで逃げているフェイトと、彼に抱きついているマリアの姿。
即座にその後を追う殺気を帯びた二つの影。
「あ、あなた方は・・・・!」
そしてさらに、彼らを追いかけていたらしい二人が姿を現して、部屋の前で立ち止まった。
クォークのメンバー・・・・マリエッタとスティングだった。
「どうしてこんなところにいるんですか?」
『は?』
「・・・・・・は? ・・・・・って・・・・・・・・」マリエッタは不思議そうに首をかしげた。「あ! スティング! あちらをお願い!」
「りょーかいっ」
既に走り去った4つの影を、急いで追いかけ始めるスティング。
そして取り残されるマリエッタとアルベルとネルと。
「どうしてこんなところに・・・って? マリアに渡されたルート通りに来たんだけど」
「ええ? ここはルートから外れた場所ですよ?」
『・・・・・・・・・・え?』








「・・・・・・どうしましょうか、この惨状を」

 祭り後。
フェイトが走り抜けた、上部フロアの通路付近をゆっくりと見渡し、ミラージュは(後始末の)怖さに恐れおののく大男に声をかけた。
そりゃもうあちこちの損傷が激しく、一部の機器は機能しないのではないかと思われるほどに損壊している。
「・・・・・・ミラージュ・・・・・・お前、本当動じねぇよな」
「そうですか?」
「・・・・・ああ・・・・・・(も少し女らしく動揺でもしてくれりゃ、俺だってもうちっとは・・・・)・・・・今回の肝試しでよーくわかった」
イヤな意味で、俺の度胸が試されちまったよ・・・・・・クリフは頭痛を感じた。
「でよ、主犯格の連中にはどう始末つけてもらうつもりだ?」
「そうですね・・・・・・・しばらく罰として後始末してもらうのがよろしいかと」
「・・・・・そうだな」
「それが済んだら・・・・(今度はちゃんとやってみたいですね、肝試し)」
「まだ何かさせるのかよ・・・・・ま、当然か」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうですね」
ミラージュはニッコリと笑った。






「やっぱり全てはマリアの陰謀だったわけか」
「ひどい言い方だわ」
罰として艦内の修繕・清掃を言い渡された青髪コンビ(一人はむしろ被害者だし、もう一人はリーダーなのに)は、不平不満をぶちまけながら刑に服していた。
なお、もう二人の騒ぎの大元はさらに別の場所の修繕・清掃の刑になっている。
「だってそうじゃないか。どうせマリアのことだから、肝試しなんかにかこつけてミラージュさんとクリフをもっと親密にしてやろうとか、アルベルとネルさんを騙してやろうとか、そんなこと考えてたんだろ?」
「着眼点はいいけれど解釈が違うわね。アルベルとネルに関してもミラージュ達と同様よ」
「思いっきり開き直ったな・・・・・・・」
「でも失敗だったわねー」マリアは背伸びをする。「ミラージュは脅かすくらいじゃ動じないのね・・・・・むしろクリフの方が怖がっていたって話だったし」
「クォークの人達思いっきり脅かしてたんだって? ・・・・・クリフとミラージュさんだけ」
「しょうがないわね。フェイトはそれどころじゃなかったでしょうし、アルベル達は通りがかりすらしなかったもの」
「・・・・・・何もかも自分で仕組んでおいて、よく言うよな・・・・・・」
「さ、細かいことは気にしないでお掃除よ、お掃除」
「なんでそんなに楽しそうなんだよ・・・!」
なんだかんだ言いながらも和気藹々と掃除する二人を、物陰から見ている影が二つ・・・・・・
「・・・・くそぅ、フェイトのやつ・・・・・あんなに親しげにリーダーと話しやがって・・・・・・いつか狙撃してやる・・・・・・・」
「なによフェイトったら、マリアさんに甘いんだから・・・・・・いいもん、今度お買い物連れてって高いものいっぱい買わせてやるんだから!」
その後利害一致で二人が共同戦線など張ったことは、公然の秘密となった。




「・・・・・結局・・・・・胆試しって一体なんだったんだろうね・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知るか阿呆」
エリクール組には、その心に深い謎だけを残した、一連の事件は静かに幕を下ろした。
そして、もうリーダーのワガママに付き合うのは金輪際やめるよう協定が結ばれたという。




END




戻る