Capsicum Disturbance

 

「ご苦労さま、ネル。どうだった?」
「まぁまぁだね・・・」
「少しでもゆっくりしていくといいわ」
 彼らは、今アリアスの村にいた。
戦争が星の船襲来により停戦状態となってから、ほどない頃。
シーハーツとアーリグリフの両国は協力して星の船を撃退すべく、これから候爵級のドラゴンに会いにいくところであった。
ネルは、シランドから戻って来ていたクレアの所へ顔を出しに領主館に来ていた。
「ところで・・・・」
クレアは会議室の入り口付近を見やる。
そこには見慣れない男が一人、こちらを見ていた。
「彼は・・・?」
「ああ、会うのは初めてだっけね。アイツが例の・・・」
「ネルの彼氏?」
バカっ!! なんでそうなるんだよ! いくらクレアでも言っていいことと悪いことがあるよ」
「違うの?」
「違うに決まってるじゃないか! アイツが、今回の件で同行する“歪のアルベル”さ」
「え!?」
思わずクレアはしげしげと見つめる。
「確かに、歪んでるわね」
「だろ?」
「・・・・何見て言ってんだ、阿呆どもが」
「いいえ、こちらの話よ。・・・それで、その歪のアルベルさんがこんな場所に何の用事なのかしら?」
にこやかに笑うクレア。
「フン、クリムゾンブレイドとやらの面を拝みに来ただけだ」
「あら、光栄だわ」
クレアは側にいた女性兵士に何やら指示を出し、改めて向き直る。
「前ならともかく、今は敵対関係ではないからね・・・・・一応、おもてなしさせてもらいます」
「構うことないのに、こんなヤツ」とネル。
「いいじゃない」
ニッコリとクレアは笑う。そして、アルベルに、
「ジャムティーはお嫌いかしら?」
「・・・・・・別に」
「そう。なら、どちらか選んでくださいね」
クレアはジャムのビンを二つ取って、中央の台にドン、と置いた。
「それとも、いっそ両方入れましょうか?」
「・・・・・・・・おい、そのジャム・・・・」
「ええ。まだ誰も手をつけてない新品のジャムですから」
「そうじゃなくて・・・そのラベル・・・」
「あ、イラストつきですね。中身がわかりやすくていい感じでしょ?
唐辛子ジャムと、プリンジャム。あ、ちなみに拒否権はありませんから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言になるアルベルと、一方、真横で懸命に笑いを堪えるネルと。

「・・・付き合ってられるか!」
 クルリと踵をかえし、ドアに向うアルベル。しかし。
ドアを開けようにも、ノブが回らない。
「カギをかけさせていただきました。是非、特製ジャムティーを味わっていただきたいと思います」
それはもうにこやかに、天使のような微笑を見せるクレア。
「フザけんな!」
「いいから座んな」ネルが横から引っ張ってくる。「せっかくクレアがおもてなししようってんだから、まさか逃げたりしないよね? そんなことしたら・・・・・」
ネルはジャムのビンを一つ、手に取った。
「押し込むよ。このまま」
「・・・テメェら・・・・・・」
「あ、お茶が入りましたよ」

 ティーカップが三つ。それらにクレアが紅茶を注ぐ。
そのうち一つをネルに、一つを手前に置き、残り一つを見つめて・・・・・
「特に希望がなかったんで、両方入れましょうね」
「待て!!」流石に両方入れられてはかなわないと、止めに入るアルベル。
「ご希望がおありですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・プ、プリンの方を・・・」
何故か照れながら呟く。
「おやアンタ・・・・」とネル。「共食いする気?」
「阿呆が! くだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
クレアはネルの言った冗談(?)の意味が当初わからなかったようだったが、アルベルの頭を見てポンと手を打ってうなずいた。
「ごめんなさい、共食いを薦めるなんて私ったらひどいことを・・・・こちらはやめにしましょうね」
「ちょっと待て! だから何が共食いだって・・・!!」
制止も聞かず、クレアはプリンジャムのビンを棚にしまい、もう一つのジャムのビンを開けた。
そして、スプーンでそれを思いっきりすくうクレア。
「待ちやがれ・・・・・!!」
身を乗り出して、クレアを押さえようとするアルベルに、
「アンタこそ待ちな」
ネルが短刀を取り出してそれを制止していた。
「クレアの厚意を踏みにじろうっていうのかい? 全く、礼儀のなってない男だね・・・・」
「・・・・・テメェの言う礼儀ってのは、刃物持ち出して脅しかけることを言うのかよ」
「さぁ? 場合によってはそういうのもアリなんじゃない? 特にアンタみたいな凶暴なヤツにはさ・・・・」
「クソ虫が・・・・・!!」
「入りましたよ」
クレアの明るい声に、しまったと言わんばかりに振り返るアルベル。
ネルに気を取られて、クレアの凶行を許してしまった。
差し出されたお茶は、文字通り「紅」茶だった・・・・・・・

これは、嫌がらせだ。

 終始にこやかだったクレアだが、やはりアーリグリフとの確執が彼女をそうさせたのか。
だがアルベルにしてみれば、必ずしも「おもてなし」とやらを受けなければいけない義理はないのだが、すっかり彼女達のペースに乗せられているらしかった。
飲むしかない、と。
彼は、心を決めてカップを手に取ると、一気に飲み干した!!

しばらく、沈黙が辺りを支配した。
ネルもクレアも、アルベルの反応を待っていたが・・・・・
「・・・・・まぁまぁだな」
驚くほどあっさりした反応に二人は素直に驚いた。
彼女らが唖然とする中、アルベルはゆっくりと扉に向う。
「・・・・・開けろ」
驚きながら、言われるままに扉のカギを開けるネル。そしてそのまま、何事もなかったかのように出て行く。
二人はそれをジッと見送った。
「・・・・・・・・・辛く・・・なかったのか?」
「・・・・・そんなはずは・・・・・」
二人は顔を見合わせた。












 後日、マリア談。
「ねぇネル、この前何があったの?
領主屋敷から出てきたアルベルが全速力で走って、噴水に頭から突っ込んで、一分くらい動かなかったんだけど・・・・・・
で、顔を上げて激しく咳き込んでまた顔をつけて・・・・・・それから何か呟いてたわね・・・・
『覚えてろよ、あのクソ女ども・・・・』とかナントカ・・・・・どうしちゃったのかしらね?」






END





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