I Wish

 

「ネルさん、是非付き合って欲しい場所があるんですけど・・・・・・」
 ある日。ペターニの街をウロついていたネルは、不意に呼ばれて振り向いた。
そこには、旅の仲間の少女二人の姿。
「付き合って欲しいって・・・一体どこなんだい?」
「神の山・・・・っていうらしいんだけど」マリアが答えた。
ネルはあそこか、と頷いた。
ペターニの西部から行ける、サンマイト草原の向こうに、街の人間にそう呼ばれる山がある。
以前、アミーナの件でフェイト達と行ったこともある場所だ。
「・・・でも、一体何の用事があるんだい?」
ごく自然な彼女の問いに、二人の少女はややためらいがちに。
「・・・その・・・・この街で、おまじないのこと聞いて・・・・・・・」
それでネルも、ああそういうことかと納得した。

 パルミラの千本花。
願いを込めながらパルミラの花を一本の糸で編んでいき、糸が切れることなく千本の花を編んだら願いがかなう・・・・というおまじないだ。
シーハーツに住むものなら、誰でも知っているポピュラーなおまじない。
彼女達は、それをききつけたらしかった。

「私達だけじゃ、その花がどんなものかわからないから・・・・ネルについてきてもらおうと思って」
「構わないよ。・・・・・何か、願い事とかあるわけ?」
一瞬、二人の間に何か言い知れぬ戦慄が走ったような気がしたが、瞬時におさまった。
ネルは、聞くまでもなかったか・・・と思った。
戦争が終結した現在、このおまじないは少女達の間で専ら、特定の用途に使われているらしかった。
・・・・・・恋のおまじない。
まぁ・・・この二人の考えは容易に想像できるが・・・・・・ネルは頭を抱えた。
「とにかく、今から行こうと思うんだけど・・・・」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます、ネルさん!」
「気にしないでよ」
ああそうだ、とマリアがネルを見やった。
「ついでだし、ネルも何か願い事してみたら?」
「・・・・・アタシが?」
「そうですよ!! 一緒にやりましょうよ!」
ネルはまいったな、という表情を浮かべる。
別に今、これといって願い事があるわけでもないし。ましてや、恋のおまじないという意味なら尚更。
付き合ってみてもいいが、あれこれ詮索されるのも嫌だ。
「アタシはいいよ・・・・・」
「あら、いいじゃないの・・・・何も遠慮することなんかないのに」
「遠慮してるワケじゃないよ・・・・・特に、これといって願かける事がないしね・・・・」
「好きな人とかいないの?」
「・・・・・・え! い、いや・・・・・別に・・・・・・・・」
やや、顔が赤くなるネル。その様子に、二人の少女はニンマリとした。
そして、ネルの腕をとって歩き出す。
「決定だわね。さ、一緒におまじないしに行きましょう」
「恥ずかしがる事ないですよー、女の子なら誰でも憧れますよねー」
「ち、ちょっと!! 何言ってんのさ!!」




(・・・・どうしたもんかな・・・・・・・)
 その三日後のこと。結局二人に付き合わされて花を摘んできて、千本花を作り上げてしまうネル。
別に、願い事をかけていたわけでもなく。ただ付き合いで事務的に作成してみたのであるが。
本当にこれで願いが叶うというのなら、これほど簡単なことはない。
第一・・・・・・
(願いなんてモノは、叶うのを待つんじゃなくて、叶えるモンじゃないか・・・・)
あの二人は、果たして願い事を叶えることができるのだろうか。
フゥ、と溜息をついてネルは、宿屋の自室から出ようとした。
そしてギョッとした。
いつからか、部屋の入り口にもたれて立っていた男の姿に気付いて。
アルベル・ノックス。
目を合わせないように、顔をそらした。なんだか、バツが悪かったから。
「そいつがアレか? ナントカの花とかいうヤツか」
「・・・・・パルミラの千本花だよ」
「ふぅん・・・・・なんだったか・・・・願かけだったか? お前でも、そういうことするんだな」
「うっさいね。付き合わされただけだよ」
無視して部屋から出ようとするネル。
「何を願ったんだ」
「何でそんなことアンタに言わなくちゃいけないのさ」
スタスタと廊下を歩くネル。そんな彼女に。
「そんなモンに願かけて、一体何になるってんだ・・・・」
ネルは立ち止まり、振り向く。
「・・・・信仰心のないアンタにはわからないだろうね・・・・。何かにすがりたいって気持ちもあるもんさ」
それだけ言い残して、ネルは宿屋を出た。


彼女にだってわかりきってることを言われ、少しだけ不愉快な気分になる。
アタシだってたまにはこういうものを信じてみたっていいでしょうが・・・・・
そりゃ、現実的な考えのあの男に言わせりゃ、馬鹿らしいことかもしれないけれど。
それでも、信じたい時があるものだから。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・アタシは別に何を願ったわけでもないけど・・・何でこんなに不愉快になってるんだろう?
自分だって思ってたじゃないか。
願いなんてモノは、叶うのを待つんじゃなくて、叶えるモンじゃないかって。
アタシと同じことを言ってただけじゃないか。
・・・・・・・・・・あの男に言われたから?
「・・・・・・ああ、腹の立つ!!」
段々と怒りがこみ上げてくる中、ネルは街の広場にやってきていた。
その中に、おそらくあの少女達の願いの渦中の人、フェイトの姿。
そして、そんな彼に取り入って離れない二人の少女の姿も。
そんないつもの光景を、ネルはぼーっと眺めていた。

ああ、あの子たちは。
おまじないだけにすがるわけでもなく自分からちゃんと行動を起こしている。
願いなんてモノは、叶うのを待つんじゃなくて、叶えるモンだって、わかってる。
アタシも・・・・彼女達のように在れたら・・・・・きっと何かが変わるのかもしれない・・・・・・


 腹立たしい気持ちも落ち着いた頃、ネルは宿屋の自室に戻ってきたのだが。
どうも、誰か中にいるようだ。
不審に思って入ると、部屋の中央にある机に向かって何かしているアルベルの姿。
・・・まさか、ずっとここで何かしていたのか・・・?
「・・・・・・・・・・・・・・・・アンタ」
呼ばれて、ひょいと振り向く。見つかっても、別段なんてことなさそうな表情。
「何してんの」
「見ればわかるだろうが」
机の上に目をやると・・・・・たくさんの花の束とたくさんの葉っぱと編みかけの花束。
まさか・・・・・・・
「アンタ・・・・やってんの?」
なんだかおかしく感じた。絶対、こんなことしそうに無い男が真剣に花束作りしてるなんて。
「お前らがすがるってヤツを試してるだけだ」
「この花、どうしたの。まさか・・・摘みに行ってきたのかい・・・・・?」
「ンなわけあるか。行商から買った」
「・・・・・・何を願ってんの?」
「テメェに言う必要がどこにある」
「・・・・・・・・・・」
ネルは苦笑した。さっき、全く同じことを彼に言った気がする。
その一方でアルベルは唸って頭を掻く。
「・・・案外難しいな、こいつは・・」
「・・・・・・はは、そりゃ慣れないと難しいよ」
もう一つあった椅子を持ち出して、アルベルの向かいに座る。
・・・・かなり苦戦しているようだ。
「アンタ、一生出来上がりそうにないね。願かけるだけムダなんじゃないの」
「うるせぇな!」
悪態つきながらも一生懸命花束をいじっている姿を見て、ついネルは笑ってしまった。
案外、カワイイところもあるじゃないか。
あんなこと言っておきながら、これは彼なりに歩み寄ろうとしている姿なのかもしれない。今までの彼からは考えられないけど。
一緒に旅するようになってから少しずつ、彼は変わり始めている。
アタシも、少しは変わってみようか・・・・・・。
じっと微笑ましく見守る。しばらく奮闘していたアルベルだったが、やおら、ネルの方を見やった。
「・・・・・ジッと見てんじゃねぇよ・・・気が散るだろうが。どっか行け」
「・・・一応言っておくけど、ここはアタシの使ってる部屋だよ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
反論する言葉もなく、再び作業に没頭するアルベル。
そんな姿をただ見つめるネル。
(まぁ、たまにはこういうのもいいか・・・・・)
一体、何を願ってるんだろ。すがるってやつを試してるんだから、何か願ってるんだよね?
強くなりたいとか?
まさか、他の女の子達のように恋まじないじゃないよね・・・・・似合わないよ。


「・・・・・・・ああ、クソッ!! もうやめだ、腹が立つ!!」
 いきなり怒鳴って、投げ出すアルベル。限界点を突破してしまったらしい。
見ると、半分も編みきれていない。しかもぐちゃぐちゃ。苦笑するネル。
「よくこんなモン作れるな、正気のサタじゃねぇ」
「アンタはあきらめが早過ぎるよ。・・・・これじゃ、願いなんて叶わないよ」
「フン、こんなモン作らなくても叶うんだから、別にいいんだよ」
「ん? どういう意味?」
「・・う、うるせぇ!! どういう意味でもいいだろうがっ!!」
あわてた様子で立ち上がり、背中を向けるアルベル。
「邪魔したな」
それだけ呟いて、部屋から立ち去っていった。
後に残されるネル。
「・・・・・・・? どうしたっていうんだか・・・・・・・」
考えても、よくわからない。でも・・・・・なんだか今、照れていたようにも見えた。
ま、いいか。

 自分が作った、出来上がった千本花に目をやる。
願いをかけて編みこんで、糸を切らずに完成させると願いが叶う。
一体、いつからこんな風習が始まったのか定かではないけれど・・・・・・・
少なくとも。
この花のおかげで今の時間を過ごせたのだから、そんな捨てたもんでもないかもしれない。
そんなことを考えて、彼女は微笑んだ。


 いつか・・・・・本当に願い事をかけて編んでみよう。
信じてたら、願いって叶うのかな・・・・・・・




END





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