She's All Anxiety

 

「・・・・かい・・・それで・・・・・・ああ、そうだね・・・・」
「・・・・・・・だろうが・・・・・・フン、だから・・・・・・・」

 何もかもが終わった、平和を取り戻した世界。
ずっと不在だったネルも帰国して、聖王国シーハーツは徐々に元の形を取り戻しつつあった。
しかしながら・・・・・・
任務の報告も兼ねて、王都シランドに戻っていたクレア・ラーズバードは、なんだか険しい表情で王城の廊下を歩いていた。
色々と、思い考えながら。
丁度彼女の真向かいから、二人の女性が歩いてくるのを目撃したクレアは。
「ねぇ、二人とも」
彼女たちを呼び止めた。
ネル直属の部下、タイネーブとファリンだ。
「クレア様」
「何の御用ですか〜?」
二人は胸に手をあてて敬礼の姿勢を取る。
「・・・・貴女達に、ちょっと尋ねたいことがあるのだけど・・・・・」
クレアの考え事とは・・・・・彼女の同僚で幼馴染でもある、ネル・ゼルファーのことだった。



 あの戦いから・・・・・クレアはその全貌はよく知らなかったのだが・・・・戻ってきてからネルは、多少なりと変わった。
それは大した変化ではなかったのだろうが、彼女をよく知るクレアにとっては目を見張る変化だったようだ。
それはまだよいのだが。
クレアが険しい表情にならざるを得なかった理由は別にあった。
先ほど・・・・・・隣国から公使としてシランドを訪れていた、漆黒団長アルベルとネルがなんだか親しげに会話しているのを目撃してしまった。
それが、原因だった。
くだんの戦いには、彼女も彼も参加していた。勿論、その間に二人に何かあったのかも知れない。
だがしかし・・・・・・・
今まで敵対していた存在と、いくら和解したとはいえ親しげに話すとは・・・・・しかもよりにもよってあの歪のアルベルと・・・・・
ネルとアルベル。元敵同士とはいえ、歳が近い若い男女。
クレアは言い知れぬ不安と苛立ちを抱えていた。



「・・・・・ああ、クレア様・・・・・・妬いてるんですね〜」
「ち、違うわよ・・・・・・!」
話を聞いたファリンにあっさりと告げられ、クレアはあわてて否定した。
「彼は・・・・今まで多くのシーハーツの人間を殺してきた。ネルだってわかっているはずだわ。
それを何もかもナシにして、付き合えるわけがないわ・・・・・それじゃ、幸せになんかなれない。
ネルには・・・・幸せになって欲しいのよ・・・・・・」
「クレア様・・・・」
「貴女達なら、あの二人のこと何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど・・・・・・」
二人は顔を見合わせる。
「・・・・いえ、特には・・・・・・・」とタイネーブ。
「ネル様も〜、そういうことまでは私達には〜・・・」とファリン。
「・・そう、そうよね・・・・・ならば二人とも・・・・・ネルのこと、それでもいいと思う?」
クレアに真っ直ぐ見据えられ、二人はまた顔を見合わせた。
「・・・・・私は・・・・・・・特に・・・・ネル様ご自身の問題ですし・・・」
「私〜アルベルさんはあんまり好きじゃないですけど〜・・・・ネル様がいいっていうんだったら〜・・・・」
「二人とも」
クレアの静かな声に、ビクッと体を震わせる二人。クレアは目の前で笑っていた。
「いいと思う? このままで」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
そうだ・・・・クレアはこの事態を気に入っていないのだ・・・・・・
「もしも良かったら、私に協力して欲しいんだけど・・・・」
彼女の目が鈍く光った。恐怖を覚える二人。
『は、はいっ!! 喜んで!!』
「そう、ありがとう」
クレアはニッコリと微笑んだ。




「ま、入りなよ。何もない部屋だけどさ」
「本当に何もねぇな」
「うっさいね。いいからそこら辺に座りな。勝手に物に触ったら叩き出すよ」
 言いながらネルはお茶を入れ始める。一方のアルベルは辺りとキョロキョロと。挙動不審だ。
「しかし、珍しいね・・・・・アンタが興味を示すなんて」
「・・・・・フン、たまにゃいいだろうが」
「まぁいい、お茶入ったよ」
どことなくほのぼのカップルな会話を、部屋の外から聞いていた女が3人。
「・・・クレア様〜・・・・ホントにやるんですか〜・・・?」
「本気よ。・・・・・やらないと・・・・・・どうなるかわかっているんでしょうね・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クレアは本気だ。・・・・・色々と。
タイネーブとファリンは困った表情で顔を見合わせる。しかし・・・やるしかあるまい。
ネルも怖い存在だが、それ以上にクレアは恐ろしい存在だった。
意を決し、二人は部屋に乱入した!
「失礼します、ネル様!!」
驚いて、二人を見やるアルベルとネル。二人はネルではなくアルベルを見ていた。
(・・・・も、もう後には引けない・・・・ですよね)
(・・・・・・や、やっちゃいますかぁ・・・・・)
『アルベルさん!!』
いきなり呼ばれてギョッとするアルベル。しかしそんな彼に構わず、二人は彼に駆け寄った。
「アルベルさん、ネル様がいいんですか!?」
「・・は、はぁ?」
「そんな・・・・じゃあ、私達のことは遊びだったんですね〜・・・・」
「んなぁっ!!!? ば、な、何言ってやが・・・・!!!」
「いいんです、所詮私達なんてどうでもいい使い捨てなんでしょう・・・・・・・
やっぱりお美しくてお強くて地位も名誉もあるネル様の方がいいに決まって・・・・・」
「ま、待ちやがれっ!! 何言ってやがんだテメェらは!!」
思わず赤くなって否定するアルベルに、さらに彼女達は追い討ちをかける。
「ネル様が相手なら勝ち目がありません・・けど・・・・・・けど・・・・・」
「もしも・・・・・・・デキてしまってたら、責任取って下さいね〜・・・・・」


ぷちっ


何かが切れた音がした。いや実際に切れたわけではないのだが。
アルベルが恐る恐るそちらを見やると・・・・・・怒りのオーラをまとった修羅の姿・・・・・
「・・・・・アルベル」
「ち、違う!! 俺は何もしてねぇ!!」
「そうかい・・・・・・まぁどっちでもいいんだよ、そんなことは・・・・・」
ネルはおもむろに立ち上がり、ビクついている3人を見下ろした。
「・・・・・タイネーブ」
「は、はいっ!!」
「ファリン」
「はい〜・・・!」
「誰の差し金?」
『え!?』
思わず二人はネルを凝視してしまった。ネルは笑っている。口元だけは。
「誰の差し金かって聞いてるんだよ。答えてくれるね?」
「・・・・ち、ちょっと待って下さいネル様・・・・・! 私達は・・・!!」
「ま、なんとなく想像はつくけどね・・・・・きっと私のためと思ってのことなんだろうし・・・・・・でもね!」
語尾がキツくなり、二人は肩をすくめた。
「タチの悪い冗談は言うもんじゃないよ! わかったら、彼女にそう伝えておきな!」
『はいっ!!!』
あわてて逃げるように、二人は部屋から出て行った。
クレアは渋面した。
なんだか、いよいよマズイ展開になっているようだ・・・と。


「・・・・全くあのコたちは・・・・・・」
「・・・・・・・・・・おい」
「ん?」
何気に振り返るネル。そこには、ホッとしたのか気まずいのか困ったような複雑な表情を浮かべた男がいた。
「・・・・・・・冗談だってわかったのか」
「ああ、それか。・・・・・・・まぁね・・・・・・・
アンタがそんな甲斐性のあるヤツだとは思っちゃいないからね・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
男の顔から気まずさが消えた。
「でもね・・・・」
ネルはアルベルの顔を覗き込む。
「もしも本当にそんなことになったりしたら、力ずくで責任取らせるからね」
「するかよ!! あんなやつらに興味はねぇよ・・・・・・・・」
その後小声で何か呟いていたようだが、ネルの耳には届かなかった。
「・・・・・・・・まぁいいか・・」
ネルは考えた。彼女達を動かした人物の真意・・・・・
「・・・・・色々障害がありそうだね・・・・・覚悟しとかないとね」
「・・・・・・?」
ニコッと笑って、アルベルを見やる。当の彼はなんだかよく分からないといった表情をしていた。



 それから後。
アルベルがシランドに来る度に何者かの妨害が起こるようになったが、ネルはそれを微笑ましく見守っていたという。





END





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