Love Triangle?

 

 それは、アーリグリフ城下町での出来事だった。
彼らは先ほどこのホテルのロビーに集まってきたのだが。
今、フェイト達の目の前で、おおよそ想像もつかなかった光景が繰り広げられていた。
フェイトは単純に驚いて呆然としているし、ソフィアは驚いてはいるが暖かいまなざしを向けている。
クリフは当初驚いていたが今はニヤニヤして事の成り行きを見守っており、ネルはずっと険しい表情で無言のままだった。
そんな彼らの目の前では。
「絶対、髪下ろした方が似合うと思うわ。・・あ、でもそれでモテるようになったら困るわね・・・・
今度、私が手入れしてあげるから、時間空けてね。絶対よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうそう、さっきね、すっごいカワイイ雑貨のお店があったの。後で一緒に行きましょ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「戦闘中は後ろは私が守ってあげるから、貴方は安心して戦ってね。ケガしたら、ヒーリングしてあげるから・・・・・・ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もう〜、何とか言ってよ〜・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・いいから・・・・少し黙ってろ・・・・・・・」
珍しくすっかり困り果てた表情を見せる男と、珍しく女の子然とした積極さでやたらと彼に構いたがる女と。
周囲の仲間にとって、それは非常に違和感のある風景だった。
マリアにつきまとわれて困っているアルベル。
何故、こんな事態になっているのか・・・・・誰にもわからなかった。
「・・・・・・・あの・・・マリア?」
ついに耐え切れなくなってか、フェイトが口を開いた。
彼女はキョトンとした表情でフェイトを見やる。
「・・・どうしたの?」
「いや・・・・・・・何か・・・珍しいなって・・・」
「そう? 普通よ?」
さも当然のようにマリアは言ってのける。ついさっき・・・・自由行動になる前まで、マリアは本当に「普通」だったのに。
自由行動の間に、一体彼女に何があったのだろう?
ガタッ、と音がする。ついに耐えられなくなったか、アルベルがこの場から逃げようとするかのごとくホテルの外へと向う。
「あ、待ってよ!」
「・・ついてくんな!」
アルベルは外へ出るが、マリアもついて行ってしまう。
後に残された4人は。
「・・・・・・・どうしちゃったのかしら・・・・・マリアさん・・・」とソフィア。
「いきなり母性愛にでも目覚めたのかマリアの奴」とはクリフ。
「でも・・・・なんでアルベルに・・・・・・」考え込むフェイト。
いくら考えてもわからない。3人は同時に溜息をついた。
「・・・・・・・・・・・・・・・どうでもいいじゃないか」
皆が声の主を一斉に見やった。今までずっと黙っていたネルがついに言葉を発した。
「マリアが誰にちょっかいかけようと、どうしようと、彼女の勝手じゃないの」
「・・・・・まぁ、そりゃそうだけどよ・・・・」
頭をかくクリフ。
「気にするほどのことじゃないだろ?」
それだけ呟いて、ネルもまたホテルの外へと向い始める。
「ちょっと、用事を思い出したから、出てくるよ」
そして、ホテルに残される3人。
「・・・・・・どうなってんだぁ?」思わず、クリフが嘆息する。
「ネルさん、なんだかイライラしてる・・・・」とはソフィア。
「・・・わからない・・・・・・・一体、何がどうなってるのやら・・・・・・」
また、溜息をついた。


 ネルは雪の降り止まぬ町を歩いていた。なんだか険しい表情で。
道行く人も、なんだかイライラしているのが見てわかる彼女に近づこうとしないくらい。
まったく・・・・何考えてるんだか、彼女は・・・・・・・
結局、ネルもまたマリアの行動には納得できないものがあるらしかった。
ついさっき、別れるまでは何事もなかったのだ。それが、戻ってきたら・・・・・
しかし、何故こんなにイライラするのかは、彼女自身よくわかっていないようだった。
考え事をしていたら、いきなり正面から人にぶつかった。
「どこ見て歩いてんだい・・・・・・・!」
イライラの延長でつい文句をつけ、彼女は正面を見やると・・・・・・当のマリアにつきまとわれているアルベルが。
「ネル・・丁度いい! お前、ここにいろ」
「は?」
「俺は今から隠れる。あの女が来たら、逃げたと言えよ。わかったな」
返事も待たずに彼は近くの民家の影に隠れる。
その直後、怒涛の勢いで当の「あの女」マリアが息せき切って現れた。
「・・・ネル! ・・・・アルベル見なかった!?」
「・・・・・・・あっちの方に逃げていったけど」
ネルは自分の来た道を指差した。
「そう! ありがとう! ・・・・逃がさないわよ・・・・・!!」
低く呟いて、マリアは再び走り抜けていく。それを見送るネル。
「・・・・・・・・説明してくれるよね?」
民家の影を見やるネル。ようやく解放され、一息つくアルベル。
「どうやって、マリアをたらし込んだのさ」
「阿呆が! そういうんじゃねぇよ」
「じゃあなんなの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
さっき・・・・・・俺の目の前でマリアが足滑らせて頭打ったんだよ」
「へ?」
「・・・・打ち所が悪かったのか知らねぇが、俺を見るなりあの有様だ」
「・・・・・・・・・・・・」
それはもしかして・・・・・ショックで頭が混乱しているということなのだろうか?
それならば、納得できなくもないが・・・・・・
ネルは考える。ということは、今のマリアはちょっとおかしくなっていると。
少しだけ、ホッとするネル。・・・何故ホッとするのかまでは、今は頭が回らなかったが。
「理由はわかったよ。・・・で、どうすんの? ほっとくわけにもいかないでしょ」
「・・・・・・・・・・とりあえず・・・」民家の影から姿を現すアルベル。「あの女にはもう一回頭打ってもらうか・・・・」
「そう来たか」
ショック療法だ。目には目を、歯には歯を、というやつである。しかし・・・・・うまいくだろうか?
「お前も手伝え」
「・・・・命令されるいわれはないけど、手伝ってはあげるよ。このままにしといても、目の毒なだけだしね」

「アルベル!!」
凛とした声が響き、ギクッとするアルベル。マリアが舞い戻ってきた・・・・・!
「ネル、あなたまさか、抜け駆けしようっていうの?」
「何の話だい・・・・・とにかくマリア、少し落ち着きなよ」
「そう・・・・・私というものがありながら、浮気するっていうのね・・・・・・・。許さないわよ」
人の話なんか聞いちゃいねぇ。マリアはおもむろに銃を手に取った。
「アナタを殺して、私も死ぬ! ついでにアンタも! 覚悟なさい!」
「ち、ちょっと待・・・・!!」
「いいから逃げるぞ!」
マリアに背を向け、ダッシュをかける二人。後ろから光線銃を放つ音、周囲がそれによって焼かれていく音。
「どーなってんのさ! なんでアタシまで狙われなきゃいけないんだよ!」
「知るか! あいつに聞け!」
「待ちなさいっ!!! 逃がさないわよ!!」
追ってくる。このままでは、本当に撃ち殺されてしまう・・・・
逃げながら、二人は話し合う。
「・・・どうすんのさ」
「どうするも何も・・・・・戦(や)るしかねぇだろ・・・・・」
「戦うってったって・・・・・・マリアは仲間だよ?」
「その『仲間のマリア』が俺達を殺そうとしてるんだぜ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・とにかく、どこかに隠れてやりすご・・・・」
  ガシャン ガシャーンッ
「きゃあっ!!!」
いきなりすぐ近くの民家の窓ガラスが割れ、破片が彼らに襲い掛かる。
後ろに、銃を持った女が姿を見せる。
「追いつかれたのかい!? 足はアタシ達の方が速いはずなのに・・・・・!」
「・・・・・しかし、お前が『きゃあっ』って似あわねぇな・・・・・・」
「うるさい!! 関係ないだろ!!」
彼らは急いで、近くの路地裏に身を潜める。マリアは彼らを見失って、向こうへと駆けて行った。
「・・・・・全く・・・・困った女だね・・・」
普段から彼女は割と過激派だが、ショック状態の彼女はさらに分別がつかなくなっているようだ。
やはり、もう一回頭を打ってもらうしかないか・・・・・ネルは考えた。
「そうだね・・・・・一つ考えがあるんだけど、協力してくれるかい?」
「なんだ?」
「アンタがオトリになって、向こうの・・・あの路地にマリアを連れて行って・・・・・それで・・・・・・・」
「・・・・・・・フム、確かにそれならスッ転ばせることはできそうだな」
「打ち所が悪いと死んじゃうかもしれないけどね」
「自業自得だろうが」
何気にひどい会話を交わす二人。作戦の打ち合わせをして、彼らは二手に別れた。


「あ! 見つけたわよ!!」
一方のマリアは、銃を構えたまま街を踏破していたらしい。物騒なことこの上ない。
アルベルの姿を見つけ、逃げ出す彼を再び追いかける。
「なんで逃げるのよ!!」
「追ってくるからだろうが!」
「私の愛を受け止めてよ!!」
と、後方から幾度となく聞かされた光線銃の発射音が響く。
それがお前の愛ってやつなのかよ・・・・・・受け止めたら死ぬだろうが・・・・・
アルベルは作戦の場所に彼女を誘導する。そこは、なだらかな上り坂だった。
全速力で駆け上がるアルベル。マリアも後を追ってきた。
「ネル!」
「マリア、そこまでだよ!」
二人の間の位置から脇に身を潜めていたネルが現れ、手にしていたバケツの中身をマリアの足元にぶちまけた!
「え・・・きゃあああっ!!!!」



    ごすっ



・・・中々景気のいい鈍い音が響き渡った。
「・・・・・ふぅ、うまくいったみたいね」
空になったバケツを放り投げるネル。中からはうっすらと湯気がたっていた。
お湯をぶちまけたのだ。
案の定、足を滑らせたマリアはその場で転んだわけだが・・・・・
「・・・・・・・・・・大丈夫だよね・・・?」
「知るか」
マリアは起き上がってこなかった。
さすがに心配になって、ネルが彼女を介抱する。どうやら、気を失っているようだった。
「これで、元に戻るといいけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「う・・・」
と、マリアが気づいたようだ。
「大丈夫かい、マリア・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
マリアはしばらく視線を宙に泳がせていたが、やがてネルをジッと見やった。
ゆっくり起き上がる。そして、第一声。







「ネルお姉さまっ!!!」






『え?』
ネルとアルベルがほぼ同時に問うた。
一方のマリアはすぐ近くにいたネルにギュッと抱きついていた。
「・・・・あ、あの・・・・マリア・・・・?」
「ああ、私ったら何で今まで気づかなかったのかしら・・・・・こんなに素敵な方がすぐ近くにいたというのに・・・・・・・
これから、お姉さまって呼ばせてくださる・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネルは救いを求めるように、向こうで突っ立っているアルベルを見やる。
「・・・・・・・打ち所が悪かったか・・・・」
「なんで!! 離れろ、マリア!! アタシにそんな趣味はないーーーー!!!」
「ああん、お姉さま〜!!」
雪の降る街角で、嫌がる女とすがる女の愛憎劇を目の当たりにする一人の男・・・・・
(・・・・・とりあえず・・・・事件は解決か・・)
「コラーー!! アルベル!! 逃げるんじゃない!!
誰のせいでこうなったと思ってんのさ!! マリアを元に戻すの手伝いなっ!!!」
そしてこの日幾度と無く、鈍器で殴ったような音が街に響き渡ることになる。



後日。当の彼女の混乱は、一晩寝たら治ったらしい。
しかし巻き込まれた二人の精神的疲労は一晩やそこらでは治らなかったという。





END





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