The Present Rebound

 

「・・・・・うっ・・」

 思わず表情を崩して苦笑いする少女。
そこは、とあるホテルの公共浴場。彼女は足元にある何かを見ていた。
そこにあるのが、いまだに信じられない様子で、食い入るように見つめているその先に。
「・・・・・・・・・・・ま、前は、5・・・・なかったのに・・・・・」
愕然と、少女は呟いた。
「何してるの、ソフィア」
「ハッ!!」
後ろから声をかけてくる、赤髪の女性。ネル・ゼルファー。
彼女はソフィアを見たあと、その足元に目をやった。
「・・・・・体重計?」
「ネルさん!!」
バッと身を翻して、ソフィアはネルに詰め寄った。
「・・・・誰にも言わないでください」
「・・・・・・・・・・・」


 トボトボとホテルの廊下を歩くソフィアと、それを見ながらついて歩くネルと。
「・・・・・・つまり・・・・・・太ったってことかい」
「ハッキリ言わないでくださいっ・・・!! ・・・・そりゃあ、あんまり運動してなかったし・・・・・・・
食べるのはしっかり食べてたし・・・・・・でも・・・・でも・・・・・」
ネルは改めてソフィアを眺める。
「・・・・そんな、太ってるようにも見えないけどね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ならネルさん、何キロなんですか?」
「ア、アタシ? 比べるつもり?
・・・・・・まぁ、これでも隠密やってるし、あんまり太かったら仕事にならないから、節制はしてるけど・・・・・・」
フゥと溜息をついてネルはボソボソと耳打ちした。
その内容を聞いたソフィアの、その表情の変化は凄まじかった。
ついにはガックリとうなだれて座り込んでしまう。
「・・・どうせ・・・・どうせ・・・・私はおデブだもん・・・・・・」
そんな様子にネルはまた溜息をついた。
どうやら・・・・・ネルのそれ以上だったらしい。
ついでに言うなら、ソフィアとネルとの身長差は10cm以上。ネルの方が背が高い。
「・・・・・わかったから、落ち込まないの、ソフィア・・・・・・・」
ただ、なだめるしかなかった。


「なら、ダイエットでもすることだね」
「・・・・うう・・・・・やっぱり・・・・・・」
 ネルの個室にお邪魔して、悩みを聞いてもらっているソフィア。
どうしてネルさんはそんなスレンダーなのか・・・などと。
「大体、アンタは普段から運動とかしてないだろ? 栄養を取っても、それを消費しないと溜まるばっかりだよ」
「・・・わかってるんですけど・・・・・・でも・・・つい、お菓子とかに手が・・・・」
ネルは険しい顔をする。
「そういうのは一切やめな。そして、普段から体を動かすんだ。いいね」
「でも・・・・・・」ソフィアはまっこうからネルを見つめた。「体を動かすと言っても・・・・毎日毎日戦いで、私は術で援護しなきゃいけないし・・・・すっごい疲れるんですよ。・・精神的に」
「・・・・・フゥム・・・・・・・ならさ、こうしたら?」




 そして、次の日。
出発すべく彼ら一行はホテルのロビーに集まったわけだが。
「それじゃ、そろそろ行くか」フェイトが皆を見渡した。
「あ、ちょっといいかい」
視線がネルに集まる。
「これからしばらくの間、戦いの時にソフィアに前に出てもらおうと思うんだけど・・・」
『はっ!!!?』
一斉に問い返される。まぁ、当然の反応だ。
「どういうことですか、ネルさん」
「いや、ね・・・・万が一の時のために、彼女にもある程度接近戦を習得しておいてもらった方がいいと思ったからね・・・・
ソフィアの面倒はアタシが責任持って見るから、いいだろ?」
「・・・・言いてぇことはわかるがよ・・・」とクリフ。「ちょい、いきなり過ぎじゃねぇ?」
「実戦の方が覚えもはやいよ」
「で、でも! ソフィアは今まで接近戦なんかしたことないし・・・・・実戦の方がいいとは言っても・・・・」とフェイト。
「ソフィアにかまけてネル、アナタが抜ける方が痛いわよ」とはマリア。
「・・・・フン、足手まといが・・・」とアルベル。
軒並み、反対派が多いようだ。申し訳なさそうにするソフィア。
「ならさ、今まで通りソフィアを援護にしておいて、ソフィアが絶対に安全な状態で戦わせることができるかい? よく、逃げ惑ってきゃあきゃあ言ってるよね・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それは・・・・」
「役割分担は重要だけど、全体のレベルアップを重視した方がいいとアタシは考える。・・・・反対意見は?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
もっともらしい意見に、皆は顔を見合わせた。
「・・・・ネルさんがそこまで言うなら・・・・」
「ま、しゃあねぇな」
「ネル、任せたわよ」
「・・・・・・・・フン」
仲間もどうにか認めてくれる。ネルはソフィアを見て笑った。そして意気込むソフィア。
接近戦・・・・という名の運動をこなせば、かなりのエネルギーを消費する。
彼女が痩せられて、なおかつ戦闘に強くなれば、まさに一石二鳥だった。
「・・・・後はアンタ次第だね、頑張んな」
「・・・・・・・・・・・は、はい・・・・でも、うまく行くんでしょうか・・・・・」
「だから、アンタ次第だってば」
「は、はい! 目標は45・・・・・45・・・・・・45・・・・・・」
「・・・・地道に頑張んな」
そんな二人の様子を、クリフはジッと見ていた。
いきなりネルがあんなことを言い出したのには、何か背景がありそうな気がしていたのだが・・・・・何となくピンときた。
「・・・・そうか・・・・・ソフィア・・・・・・ダイエ」



    ごすっ



いきなり、クリフがガックリと膝をついて倒れた。
「ク、クリフ!! どうした!? 白目だぞ!!?」
「泡吹いてるわよ、クリフ!!」
「・・・・・・今、あの女・・・・」
あまりのスピードによく見えなかったのだが、確かに赤い髪が疾風のごとく接近してきてクリフのハラに一撃お見舞いしたような・・・・・・・
「何やってんの、早く行くよ」
「・・・・ネルさん・・・・・?」
やっぱりあの女・・・・・しかし、何かクリフはマズイことでも言ったのか?
アルベルは思い起こす。

(・・・・そうか・・・・・ソフィア・・・・・・ダイエ)

「・・・・・・台・・絵? 机の絵か?」
だめだった。



町から一歩でたその先は、魔物の住む荒野となっている。
「行くぞ!!」
皆が、武器を構えてその先を睨んだ。魔物たちの群れめがけて。
後方でソフィアも、杖を握り締めて身構えた。
「・・・ソフィア、やるからには、本気で行くんだ。
戦闘だろうがダイエットだろうが何だろうが、手を抜いて上手くいくワケないからね」
「はい!!」
とはいっても・・・・やはり怖い。
「ソフィア! 無理はするな!」
「ま、ぼちぼちやれよ、ソフィア」
「引っ込んでいろ」
男達が先行する。
「・・・・援護は私に任せておくといいわ」とマリア。「・・・・でも、予想できない混乱を招くのはやめてね、誤射するかもよ。そしたら、命の保障はできないわよ」
「・・・・・・・・・は、はい・・・・・・・・・・・」
「脅かすんじゃないよ、マリア。さぁ、行くよ!」
ソフィアは無言でうなずいた。
ネルはさらりと、
「まずは、あそこの断罪者に一発見舞ってきな」
「えっ!!! い、いきなりムチャすぎますよぉ!!!」
「ヤバいと思ったら、逃げればいい」
「簡単に言わないでください!!」
会話を聞いていたマリアが思わず溜息を。
「・・・・相変わらず、スパルタねぇ・・・・ネル・・・・・・・」
「あ、相変わらずって!!!?」ソフィアが聞き返した。
「あら、知らない? ほら、ムーンベースでスフレがついてきたじゃない。
戦力にするために、ネルが特訓したんだけど・・・・・・それはもう、すごかったわよ。
一部の噂では、そのしごきが嫌であの子、ついて来なかったんじゃないかってくらい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ソフィアは救いを求めるようにネルを見やるが・・・・・・
「・・・そういえば、そんなこともあったっけ・・・?」

・・・・・・・・・・・・・!!!!

死ぬ。
このままでは、死んでしまう。
特訓だとか、運動だとか、ダイエットだとか言う前に、自分の命が危ない。
「大丈夫よ、アタシも援護するから。・・・・・・・・・・・黒鷹旋で」
「それって、援護って言うんですかーーーーーーーー!!!?」
そんなもので援護されたら、その援護攻撃で自分がケガしてしまう。いや、ケガで済めばいいが・・・・・
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「ソフィア!!!」
パニックになって、ソフィアは駆け出していた。
戦場に。


「ソフィア!?」
 魔物と切り結びながら、フェイトは驚いて声のした方を見やった。
混乱状態で泣きながらダッシュしてくる幼馴染の姿。
その後ろに、魔物が迫る。
「危ない!! ソフィア!!」
「えっ・・・・・きゃああああああっ!!!」
フェイトはダッシュをかけた! 間に合うか!?
「近づかないでぇーーーーーーーーーーっ!!!!」


   ばきぃぃっ・・・・



「・・・・・・・・・・・・・っ」
フェイトの駆け出す足が止まる。
無我夢中で振り回したソフィアの杖が、彼女に襲い掛かっていた魔物の脳天を直撃する。
倒れてきた魔物にまた怯え、ソフィアはいよいよ錯乱する。
『後方で援護』するのと『前線で戦う』のと、こんなにもリアルな違いがあるなんて。
「いやぁぁぁぁぁっ!!! もうヤダーーーーっ!!」
「・・・・ソ、ソフィア!! 落ち着くんだ!!」
「もう痩せらんなくてもいいよぉーーーっ!! 帰りたいーーーーっ!!」
「・・・え・・・? 痩せ・・・・? あだっ!!」
振り回される杖に巻き添え食らって当たったフェイトが頭を押さえてうずくまる。
そんな彼らめがけて魔物たちが群れをなして襲い掛かる!
「!! まずい!」
「・・・チィッ!」
今、あの二人は無防備状態だ。危険だ!
しかし、彼らにも彼らの相手がいる。駆けつけることができない。
「行くわよ、ネル!」
「ああ!」
後方援護の二人も向かってくるが、間に合わない!!
太い腕が、牙が、角が、魔力が、フェイトとソフィアに襲い掛かる!
「・・・く・・・・・・・・ソフィア・・・・」
痛む頭を押さえながらも、ソフィアを守らんとするフェイトを、ソフィアは呆然と眺めていた。


私が・・・・・・痩せたいなんて言って・・・・・足手まといになるってわかってるのに前線に飛び出して・・・・・・・パニックになって・・・・・・・今、フェイトまで巻き込んで・・・・・・・・・
ちょっと太ったとか、そんなことを気にしている場合じゃないのに。
私達が頑張らないと、何もかもがなくなってしまうのに・・・・・・・・・!!!



彼女の中の大いなる力が、一瞬だけその目を覚ました。







「・・・・・・・こりゃ・・・・・すげぇな・・・・」
 思わず、溜息まじりに呟くクリフ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その隣で、何も言わずただ立ち尽くしているアルベル。
「・・・・ねぇ。ネル。無理に・・・・彼女を戦わせる必要はないんじゃなくて?」
真横にいる赤髪の女性を見やるマリア。
「・・・・・・・・・・・・・・・・まったくだね・・・・・・・・・・・・・」
頭をかかえて、空を仰ぐネル。
その荒野に残るは、彼らと彼らの戦っていた魔物の残骸のみ。
きっともう、痩せようとかナントカなど彼女にとってはどうでもよくなったに違いない。
あんな・・・・・・・フェイトと一緒に嬉しそうにしているソフィアを見ていると。




「・・・・・・・・・・う・・・うあ・・・・・・・・」
 思わず表情を崩して苦笑いする少女。
そこは、とあるホテルの公共浴場。彼女は足元にある何かを見ていた。
そこにあるのが、いまだに信じられない様子で、食い入るように見つめているその先に。
「・・・・・・・・・・・ま、前は、前半だった・・・・のに・・・・・・」
愕然と、少女は呟いた。
「何してるの、ソフィア」
「ハッ!!」
後ろから声をかけてくる、赤髪の女性。ネル・ゼルファー。
彼女はソフィアを見たあと、その足元に目をやった。
「・・・・・また体重計?」
「ネルさん!!」
バッと身を翻して、ソフィアはネルに詰め寄った。
「・・・・・どうしたら、戦わずに痩せられるんですか・・・・・・・・!!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
処置無し・・・・・ネルは再度、頭を抱えた。




END





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