Crimson Fight! -Rush Recklessly-

 


 ある日の午後。
銀髪の女性・・・クレア・ラーズバードは仕事の同僚であり大切な幼馴染でもある赤毛の女性・・・・ネル・ゼルファーと優雅にティータイムなど過ごしていた。
忙しい政務の合間の、短い休息の時間。
「ネル、もう一杯いかが?」
「充分だよ、ありがとうクレア」
声に抑揚があまりないように思えた。いつものことではあるのだが、彼女をよく知っているクレアには、やや違和感を受けたもので。
「どうしたの、ネル?」
「・・・? 何が?」
「・・・・・・・何でもないのならいいのだけれど・・・・・」
紅茶のカップに口をつけ、クレアは目を閉じる。
安らぎの時間。
いつまでも、こんな時間が続くといいけれど・・・・・・
目を開いた。そして、目の前の光景にクレアは一瞬身を固くした。
気分悪そうに口元を押さえているネルの姿が。
「ど、どうしたのネル!?」
クレアも、近くに控えていたタイネーブとファリンもあわててネルに近づいた。
「だ、だいじょうぶ・・・・ちょっと吐き気がしただけだから・・・」

!!!?

クレアは固まった。
うら若き女性が口元を押さえて吐き気がする。
それって・・・・・それって。
クレアの内なる炎が激しく燃え上がる。
ナンテコトシデカシテクレタノカシラアノオトコ・・・・・・!!!
クレアは無言のまま、ネルのことをタイネーブたちに任せてその場を後にした。
「・・・・クレアさま〜・・・?」
ファリンのとぼけた声だけがクレアの耳に残るだけだった。





 所変わって、鉱山の町カルサア。
日々多忙な身だが珍しく時間が空いたことで、彼はカルサアにある別荘にいた。
これはウォルターの持家だが、彼がカルサアに滞在する時などに自由に使用している場所だ。
そしていつものように短い休息を睡眠に費やす男がいた。

だんだんだんっ

激しいノックの音。
そのあまりにうるささに、男は目を覚ました。
前にもこんなことがあったような・・・・ぼんやりする頭を起こし、欠伸をする。
のっそりと起き出して扉に向かい、扉を開けると即座に音の主が家に飛び込んできた。
銀髪の女。
「アルベルさん」
女の声には抑揚が無かった。
「・・・・テメェは・・・・・・」
クリムゾンブレイドの片割れか・・・・そう認識した直後、目の前に炎が燃え上がった。
炎にトラウマを抱える彼は必要以上に過剰反応し、後方に飛び退った。
女がその手に炎を生み出して、こちらを激しく睨んでいるではないか・・・・・一体何が起こったんだ?
「な、テメェ・・・何のつもりだ・・・・」
「自分の胸に聞いてみることね・・・・・」
はぁ? 返答になっていない返事に彼・・・・アルベルは首をかしげた。
ともかくも、目の前にいる女は殺気も隠さずに術を今にも自分にぶつけんとしている。
今はこの女をなんとかしないと、命が危ない。
まったく、あのオヤジといいこの女といい、親子そろってコイツらは・・・・・・などと結構余裕なことを考えていたアルベルだったが。
向かってくる女に、彼は身構えた。




「クレアさま、一体どちらに行ってしまったんでしょうか・・・・」
 あの件から2日。黙って出て行ってしまったクレアは行方をくらましてしまっていた。
書類に目を通しながら、ネルはタイネーブとファリンの話を聞いていた。
「なんだかとっても怖かったです〜」
「怒ってたわよねぇ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネルは考える。
最近、クレアの様子が妙におかしい。しかも、それに自分の何かが関わっているのではないか・・・・とさえ思う。
確かあの時は・・・・・気分が悪くなって吐き気がして・・・そしたらクレアが出て行ってしまった。
一体、どこへ行ってしまったんだろう・・・・・・・
「・・・・・ヘンなことしないといいけど」
あの父親にしてあの娘ありだから。
「ネル様!」
兵士が急いだ様子でやってきた。
「アーリグリフからの書状です。ネル様宛てになっています」
「アタシに? ありがとう」
手紙を受け取る。差出人は・・・・
「あ! アルベル様じゃないですか!」
「あ〜、もしかしてらぶれたぁだったりして〜」
「コ、コラ! 覗くんじゃない!」
まったく、とネルは封を開いて手紙を取り出す。
しかしわざわざあの男が手紙など書いてよこすとは・・・・よほどのことがあったのかもしれない。
「・・・・・・なになに・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
読みながら・・・・ネルは固まった。
「ネ、ネル様・・・・?」
「どうしたんですかぁ〜?」
「・・・・タイネーブ、ファリン・・・・・今すぐカルサアに行くよ」
ネルは手紙をぎゅっと握り締めた。




 馬車を急いで走らせて向かったカルサアの町。
どこかほこりっぽい雰囲気のこの町で、今異変が起こっているらしい・・・・ネルは二人を連れたまままずはウォルターの屋敷へと向かった。
いつものように執務室にいたウォルターだったが、その表情には疲労の色が濃くみえた。
「・・・・来たか」
それだけ呟いて、ウォルターは深くため息をついた。
「申し訳ない、ウォルター殿。それで、状況は・・・・・・」
ネルの言葉に、事情を詳しく知らない同伴の二人は顔を見合わせる。一方ウォルターはゆっくりと席を立ってネルに近づいてきた。
「どうやら今は沈静化しておるようじゃな。発見には至っておらんということか・・・・しかしどこに潜伏しておるかもわからぬ。
おぬし達にはできるだけ早急に、本人を探し出してもらいたい・・・・」
「あ、あの!」
やはり事情が飲み込めず、恐る恐るタイネーブが切り出す。
「探し出すとは・・・・一体誰のことを指しているのですか?」
「クレアだよ」「クレア・ラーズバード殿じゃ」
ネルとウォルターの発言が見事に合わさった。タイネーブとファリンは目が点に。
「クレア様!?」
「ど、どういうことなんですかぁ〜?」
「どうやら、クレアがこの町で暗躍しているらしくてね・・・・・私達の任務は、彼女を探し出して国に連れ帰ること・・・・・だよ」
「なんじゃ、部下に言っておらなんだか」
「・・・・書状だけじゃ信じがたくてね・・・・・・」
「・・・・かものう。あのアルベルがワシに助けを求めてくるくらいじゃからなぁ・・・・・」
「どうしてクレアはアルベルを追い掛け回しているんだろう・・・・・是が非でも会って事情を聞かないと・・・・・
行くよ、タイネーブ、ファリン」
「は、はい!」「はいです〜」

かくて、カルサアの町を舞台にした三つ巴の鬼ごっこ(?)が始まった。



「タイネーブとファリンは町の東側を頼むよ。しらみつぶしに探すんだ。
クレアを見つけたら自分達だけで対処しないでアタシを呼ぶんだ。いいね」
『はい!』

 鉱山特有のむせかえる砂埃。割と閑散としたこの町で動き始める隠密たち。
ネルは、高台から町を見下ろし、深くため息をついた。
鉱山のふもとなために起伏の激しいこの町の構造は複雑。そのどこに、一体クレアが潜伏しているというのか・・・・
「・・・・そういえば・・・・」
もともと手紙をよこしてきたアルベルは一体どこにいるのだろう。・・・・クレアから逃げ回っているのだろうか。
本当に、何故クレアはこんなマネを・・・・・考えても答えは出ない。
ともかくも当人に会わないことには始まらない。ネルは一歩を踏み出した。


と。

通りを歩いていたら路地裏からいきなり腕を引っ張られた。
引きずり込まれ、何事だと思わず腰の短刀を引き抜いて犯人に突きつけた。
そして、見つけた。
「アルベル・・・・・・」
確かに手紙をよこした当人だった。微妙にやつれているようにも見えた。
ネルは黙って短刀をしまう。
「何があったのさ、一体・・・・・」
「・・・・・・それはこっちのセリフだ、阿呆・・・・・」
声色にも疲れが滲んでいる。
「・・・そんなこと言われても、こっちも何が何やらわからないのさ・・・・・なんでクレアがアンタを追い掛け回してるんだい」
「知るかよ・・・・俺が聞きてぇくらいだ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・どれくらい逃げてるの」
「そろそろ三日目くらいだ」
「・・・・・・アンタなら押さえ込むくらいできたんじゃないの」
「そう思ってたんだが、あの女本気で俺を殺ろうとしてやがる。手加減したらこっちが殺られる。
だからっつって、殺るワケにもいかねぇ。だから逃げている」
「・・・そうか・・・」
ネルは不謹慎だが少し安心した。
殺すわけにいかないから逃げるだなんて、以前の彼からは想像できない姿だから。
「理由はわからないけど、悪いことしちまったね。クレアは私達が責任もって国に連れ帰るから、アンタはウォルター伯の屋敷で・・・・」
「あんなとこにいれるか。お前と一緒に行く」
「え? ・・・・・でも、クレアが本気でアンタを狙ってるんなら、私といても・・・・・」
「阿呆。一緒にいた方が向こうだって迂闊に攻撃はしてこねぇだろ」
「・・・・・・・そうか、わかったよ」
ネルはため息をついて、路地裏から姿をあらわす。アルベルも辺りを警戒しながら出てきた。
「オトリ捜査といこうじゃないか」
「・・・・・・・・・お前は俺に死ねというつもりか」
「ならずっと逃げ回ってるかい? こっちもそれじゃ困るんだ、なんだかんだ言ってもあのコの力はシーハーツの復興に必要だからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
返事を待たずに、ネルはスタスタと歩き始める。
置いていかれたら大変だとばかりに、アルベルも小走りについてきた。



 そして。
タイネーブとファリンになだめられつつ歩いていたクレアに出くわした。
「あ。ネル様!」
「ネル・・・・」
クレアは割と冷静だった。二人がなだめてくれたおかげだろうか。
ネルはクレアとアルベルの間の位置を保ちつつ、クレアに問いただした。
「クレア、これは一体どういうことなんだい」
「・・・・・・・・・」黙秘するクレア。
「黙ってちゃわからないだろ」
「・・・・・・ネル・・・・・・私、ショックだったのよ」
「え?」
悲痛な表情で、クレアはネルの瞳を見据える。
「だって、まさかあなたが・・・・・・もう全ては手遅れだったのなら、彼をどうにかするしかないと」
「ちょっと待ちなよ、何の話をしてるんだい」
「とぼけなくてもいいわ。私にはわかってるから」
悟ったふうなクレアに困惑する一同。タイネーブやファリン、アルベルは勿論、当のネルにだってさっぱりわからない。
「・・・要するにこの騒ぎはテメェが原因なのか」アルベルがネルを後ろから見下ろした。
「って、ちょっと! アタシにだってわからないよ! クレア、もったいぶらずにハッキリいいな!」
「・・・・・・・・・ネル・・・・・・この間、気分悪そうにしてたわよね。吐き気をもよおしたんでしょう」
「え、ああ・・・・・・それがどうか?」
「それって・・・・・・アレじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クレアのいわんとすることを、悟った半分理解不能半分。
「何言ってやがんだこの女は」
「さぁ・・・」
理解していない二人は顔を見合すばかり。しかし一方・・・
「ク、クレア様・・・・・」やや顔を赤くしているタイネーブ。
「あの〜・・・・・とっても言いにくいんですけど〜・・・・・・」とファリン。「それってきっと勘違いだと思います〜」
「勘違い!?」
クレアがバッとファリンを見やった。
「はい〜・・・・・この前、封魔師団の面々で慰安を兼ねた食事会したんですけど〜・・・・・ネル様いっぱい飲まされて、次の日二日酔いだったんですよ〜」
「・・・・・・・・・・・な、なんですって・・・・・?」
「だから〜、きっと悪阻なんかじゃないと思うんですけど〜・・・・」
その言葉にネルもようやくクレアの思い込みを理解した。
「ばっ・・・・、ばかっ!! なんて勘違いしてるんだいクレア!!」ネルは顔が真っ赤になっていた。
「ち、違うの?」
「違うに決まってるじゃないか!! それでコイツに奇襲かけたってのかい? 発想が飛躍しすぎだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クレアは呆気に取られた表情だった。
が、おもむろにアルベルに向き直ると爽やかに笑いかけた。
「ごめんなさいネ」

ごめんで済むかクソ虫がぁぁ!!
「落ち着きなって!」
その勘違いのおかげでこっちは丸二日も生死の境をさ迷ったんだよ、そこに座れ! 斬る!
・・・・などと騒ぎ立てるアルベルを必死で抑えるネルに、クレアの変わり身の速さに呆気に取られるタイネーブとファリンに。
そんな感じで、クレアの勘違いから始まった騒動はひとまず幕を下ろしたのだった。







「で」
「ん?」
「あの女は一体何を勘違いしてやがったんだ」

ぶっ!!

紅茶を思いっきりふいてむせかえるネル。
 クレアはとりあえずタイネーブたちに任せてシーハーツに送り返し、ネルは騒ぎの後始末のためまだカルサアにいた。
ウォルターの屋敷で一休み中にアルベルからこんな質問を浴びせられる。
まだ理解してなかったのか・・・・・・ネルはあきれ返った。
「そ、そんなこと、アンタには関係な・・・・」
「ねぇワケねぇだろうが。こっちは危うく殺られそうになったんだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おい」
「知らない」
「何言ってやがる、違うとか言ってただろうが」
「知らない!」
「・・・・おい」
「知らないって言ってるだろ」
「・・・・テメェ・・・・勘違いで済まなくしてやろうか」
「アンタ、わかってるんじゃないか!」
「・・・・どちらか選べ」
「大馬鹿ーーーーっ!!!」


 ほこり舞うカルサアの町に、小さな騒動が起こったとか起こらなかったとか。




to be continued...





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