A Revenge Tragedy

 

「貴方達に集まってもらったのは、他でもないわ」


 聖王国シーハーツの交易都市、ペターニ。
サンマイトやグリーテンへと門戸が開かれており、多くの旅人が行き交う活発な街。
そんな街の、片隅の、ひっそりとした、古ぼけた工房に彼らは居た。
色鮮やかな蒼の長い髪を持った、利発そうな少女がそう告げた。正面に佇む、3人の男達に。
「・・・おい、マリア・・・・」そのうちの一人、金髪の大男が呟いた。「わざわざ、こんな場所に呼びつけて・・・・一体何をやらかそうってんだ?」
「いい質問ね、クリフ」
マリアと呼ばれた少女はニヤリと笑った。そう、ニヤリと。
ゆっくりと、嫌な予感を隠せていない彼らの前を歩きながら、マリアはおもむろに語り始める。
「話すと長くなるんだけど・・・・・・・・・復讐したいのよ」
『・・・・・・・・・・・・・・』
一体何に復讐するんだ・・・・? なんで工房でそんな企みを・・・・? ていうか話メチャ短いじゃねぇか・・・・
言いたいことはそれぞれあったに違いない。
「・・・・マリア、もっと詳しく説明してくれないかな・・・」
マリアと同じく、蒼の髪を抱いた青年が控えめに呟いた。
「そうね・・・・いきなり復讐だなんて唐突すぎるわよね・・・わかったわ、フェイト」マリアは語りに入る。「・・・この前・・・・・私とネルが女勝負したのは、貴方達も覚えているわよね?」
「ああ・・・・・」
答えながら、女勝負?などと考えてはいたが。
「私は不本意ながら、あの女狐の策略によって不戦敗という不名誉な敗北を喫してしまった・・・・そこまではいいわね?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
大分話が違うような・・・・・フェイトは思ったが言わなかった。ここで反論するのは得策ではない。
なのに。
「・・・・何言ってやがる・・・・テメェが勝手に逃げ出したんだろうが・・・・」
フェイトの後方、かなり機嫌悪そうに立っていた黒と金の髪の男が小声で呟いた。
言わなきゃいいのに・・・・!フェイトは思った。
「・・・・・・・何か言ったかしら、アルベル?」
「あ? 独り言だ、気にすんな」
「・・・・・そう」
・・・・・やっぱりアルベルもマリアが怖いのか・・・・フェイトは苦笑した。
「で、話を戻すけど。戦わずして負けるなんて、私のプライドが許さないからね。リベンジを申し込むことにしたの」
男達は返す言葉を失った。
懲りない娘だ・・・・・と。


 それは少し前の話。聖王都シランドで女勝負(マリアいわく)が行われた。
シーハーツの隠密にして、パーティの(元)姉御にして、パーティの(元)調理係であった、ネル・ゼルファーと、マリアとの女の意地を賭けた料理対決。
色々とゴタゴタがあってマリアが大事な場面で席を外してしまったため、軍配はネルに上がった。
結局はマリア自身のせいなのだが、どうにも彼女は納得がいかないらしかった。


「・・・また料理対決すんのかよ・・・・」
「ええ。当然よ」
さもありなん、とマリアは胸を張るがクリフは渋い表情をした。
「あんまりヒマでもねぇんだぜ?」
「わかってるわよ。でも、女として負けたくないの」
「・・・・・・気持ちはわかるがな・・・」
「まぁ、譲って勝負するのはいいにしてもさ」フェイトが割り込んだ。「なんで僕達が呼び出されるわけ?」
「そう、そこなのよ」
マリアは考え深げに頷いて、彼らを順に見渡した。
「考えてみれば、向こうは私より4つも老けてる人生の先輩。4年のブランクは簡単に埋められるものではないわ。
今のままの私では、彼女を越えることができない・・・・そこで」
マリアはビシッと指さした。
「創作料理のアイデアを、貴方達から拝借しようと思うの」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 今までで一番長い沈黙がこの場を支配した。
(・・・・・・創作料理のアイデアって・・・・どこまで話が飛躍したら気が済むんだ・・・・・)
(4つ老けてる・・・なぁ・・・・・モノは言いようってワケか)
(やっぱり阿呆だ、この女は・・・・・・・・俺やあのガキならともかくこの筋肉バカに・・・・)
それぞれに思うところはあったのだが、それが表に出されることは無かった。
・・・・・彼らも命が惜しいわけで。
「協力してくれるわよね?」
ニッコリと、マリアは微笑みかけた。少したじろぐ男性陣。
「・・・・・・マリア・・・ちょいと聞きてぇんだが・・・」
「なぁに、クリフ?」
「どういう人選だ?」
今この場にもっともふさわしい質問が飛び出した。
自慢ではないが、彼らとて料理が得意なわけではない。


しかし、マリアほどではない。


おそらく、マリアがどんなにあがいてもネルには勝てないであろうと誰もが確信しているわけだが。
それに巻き込まれるのは彼らも本意では無いのだ。
「ほら、創作料理ってアイデアとか発想が大事じゃない」
「ああ」
「私みたいな普通の人間には、なかなか素敵なアイデアが浮かんでこないのよ・・・だから、貴方達の出番ってわけ」
ちょっと待てその言い方だとまるで俺達が普通の人間じゃねぇみてぇじゃねぇか・・・!? クリフは思ったが言わなかった。
「・・・・僕は・・・・普通の人間だよ・・・・・・」
「フェイト、テメェ! 自分だけ・・・!!」
「フェイトって」しれっと言うマリア。「今まで付き合ってきた感じだと、黒くて繊細って感じじゃない。アンバランスさが目の付け所よね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか・・・・・・?」クリフは頭を抱えた。
その一方で。
「・・・・そうか・・・繊細か・・・・・・自分じゃそう思ってなかったんだけど・・・・・・・そうだよね、料理には繊細さも必要だよね・・・・・・!」
なにやら意気込んでマリアの手を握るフェイト。
「・・・・テメェ、『黒くて』はスルーしやがったな・・・・」とアルベル。
「つかそもそも『黒くて』なんて料理にゃ関係ねぇだろ・・・・」とクリフ。
Wツッコミ。しかし、フェイトは聞かないフリを決め込んだ・・・・・・
「それから、クリフはねぇ・・・・」
マリアはクリフをまじまじと見つめた。
「やっぱり、その無駄に大きい体から繰り出される力強さとタフさ・・・・・・ね。何かとオヤジ臭くて面白いし」
「んな・・・・あ、あんま誉めんじゃねぇよ・・・・・・」微妙に照れているクリフ。
「・・・・・クリフ、何気に誉められてないよ・・・・」
「それこそ料理とは全く関係ねぇじゃねぇか」
思わずツッコむフェイトとアルベルだが、一方の彼はやはり聞いていない。
「それからアルベルは・・・・・」
「な、黙れ阿呆・・・!」
「その強烈なまでの、考え方とセンスの奇抜さと奇天烈さよね。常人には到底マネできないわ」
「・・・・・なっ・・!!!」見る間に怒りがあらわになるアルベル。「阿呆、奇抜も奇天烈もほぼ同じ意味じゃねぇか!!」
「つっこみどころが違うぞーアルベルー」とフェイト。
「・・・ってことは、自分でもそう思ってるってことかよ?」とクリフ。
「外野うるせぇっ!!」いよいよ怒りが頂点に達する。「これ以上付き合ってられるかよ! ・・・帰るぜ」
足早に、工房の入り口へと歩き始めるアルベル。あわててマリアが止める。
「待ってよ、貴方がいないと・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、無視を決め込む。マリアは、おもむろに・・・・・
「・・・・そうよね・・・・そりゃ、ネルが負ける姿なんて見たくないでしょうね・・・・」
「っ!?」反応した。
「私に協力したら、必然的にネルが負ける手伝いをすることになるんですもんね・・・・・私ったら、気が利かなくてごめんなさ・・・・・・」
「待てっ!! だ、誰があんな女を・・・・!! 別にあの女が負けようがどうなろうが知ったことか!!」
「だったら協力してくれる?」
「っ・・・!」
マリアに唐突に見つめられ、言葉に詰まるアルベル。
そんな様子を見ながらクリフとフェイトは。
「・・・・あー・・・やっぱマリアの方が一枚上手だな・・・」
「アルベルは根が単純だしねー」
「歪のアルベルもかたなしだな」
「ていうかさ、何が歪んでるって人生そのものが歪んでるよね」
「言うな、お前も」
「だから外野ゴチャゴチャうるせぇっ!! たたっ斬るぞ!!」



 結果。彼らは(半ば強制的に)マリアに協力することになった。





「あ、お帰りロジャーくん」
 ペターニのホテルの一室。色々と手荷物の整理をしていたソフィアが帰ってきたロジャーの姿を見つけた。
「お、ソフィアのお姉ちゃん。・・・・・あれ? 一人なのか?」
「うん・・・・・マリアさんはどこかに出掛けたっきりで・・・・」
「ふーん、実はよー、フェイトの兄ちゃんもあのバカチンどもも、どっこにもいねぇんだよなー。
どこ行っちまったんだろな、いい歳して迷子かよ情けねぇじゃん」
本人達がいないのをいいことに好き放題言うロジャーに、苦笑するソフィア。
「どこに行っちゃったんだろうね・・・・」
その時であった。
にわかに階下で騒がしい音がし、ソフィアとロジャーは何事かと見に行くと・・・・・

マリアがなにやら大きな物体を持ってホテルに帰ってきていた。

「・・・・・・なんだ、アレ?」ロジャーの声はこころなしか震えていた。
「さ、さぁ・・・・・でもきっと・・・・・・・」ソフィアは恐れおののくように。「関わらない方がいいと思う・・・・・」
「だな」
見なかったことにして、彼らは再び部屋に戻ろうと・・・・
「ソフィア! ロジャー!」
ぎくっ!!
見つかっていたみたいだ・・・・・・・・
「ちょっと見せたいものがあるんだけど」
仕方なしにしぶしぶと姿を見せる二人。
目の前にある物体・・・・・一見すると消し炭のカタマリがかろうじて人の形を取っている・・・・そんな感じ。
「・・・・・あの・・・・これ、何ですか?」
「よくぞ聞いてくれたわね」フフンと鼻を鳴らすマリア。「私と愉快な仲間達の汗と涙と友情の結晶! 最高傑作よ!」
・・・どうにもこの説明は的を射ていない。
とりあえず・・・・・フェイト達は彼女に巻き込まれたみたいだ、とは理解できた。
「・・・・彫刻か何かですか?」
「え? やだソフィアってば。創作料理よ、お・料・理♪」
『えええっ!!!?』
一番在りえない答えが返ってきた。
だって、どう贔屓目に見てもこれは炭で作った立体彫像だ。モデル不明の。
「・・・・・食べれるんですか?」
「あら、失礼ねソフィア。食べられるわよ。みんなも食べてくれたわ」
『ええええっ!!!!!?』
さらにビックリ。しかし構わずにマリアは続ける。
「そうそう、料理名はね、『食卓に現われたる時の狭間の戦士達〜アーサー王とちゃぶ台の騎士〜』・・・・・よ! すごいでしょう」
「・・・・ええ・・・確かに・・・・」
ネーミングセンスがすごいですね・・・・・なんて、思っても口には出せなかったが。
「・・この黒いのは、何なんですか?」
「フェイトよ」
「は?」
「ああ、勘違いしないで・・・・この黒いの自体がフェイトってわけじゃないから」
「・・・・・はぁ・・・・・・」呆れて物も言えないソフィア。
「なぁ・・・・このカタチに意味でもあんのか?」
「いいところに気が付いたわね、ロジャー。これは、戦士を象っているの。力強さの象徴ね」
・・・・なんで料理で力強さを象るのだろうか・・・・・・?
「・・・どうしていきなり、料理なんて・・・・・」
「ちょっとね。ネルにリベンジ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もしかして・・・・あの料理対決のことだろうか・・・・・・・
だとしても、これでリベンジするつもりなのか・・・・?
「が、頑張ってくださいね・・・・・・」
ソフィアに言えることは、たったこれだけ。マリアは、任せて! と胸を張った。
もう彼女達は考えないことにした。
マリアと一緒にいたはずの3人が誰も帰ってこないことなんて。





『黒』い外見と『力強い』形と『奇抜な』ネーミングセンス。
果たして、彼らの助力は必要だったのか・・・・・









「・・・・・・生きてるか・・・・・フェイト・・・」
「・・・・・・・・・・・・・かろうじて・・・・・・・アルベルは・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの女・・・・・・・殺す・・・」
「・・・なぁ・・クリフ・・・」
「なんだ・・・・?」
「・・・・・・・・僕達って・・・・・マリアに弱いよな・・・・・・誰も逆らうことすら出来ないなんて・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・全くだ・・・・・・・・・勝てるとすりゃ、ネルくらいのもんだろ・・・・」
「ネルさんか・・・・・・確かにな・・・・・」
「あいつについてきてもらえば良かったな・・・・・アルベルなんか誘いに行かずによ・・・・・」
「テメェも殺すぞ、阿呆・・・・」
「・・・・でも、ネルさんはだめだよクリフ」
「なんでだ?」
「だって・・・・・・・ネルさんが仲間になってくれたとしたら・・・・・・・・」
「したら?」






「僕達が逆らえない人間が一人増えるだけじゃないか」








 聖王国シーハーツの交易都市、ペターニ。
サンマイトやグリーテンへと門戸が開かれており、多くの旅人が行き交う活発な街。
そんな街の、片隅の、ひっそりとした、古ぼけた工房に彼らは居た。
女王マリアお手製の、料理だかなんだかわからないブツを強制的に食べさせられて、力なく転がったまま。





END





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