Food Fight! Round-2

 

 王都アーリグリフは今日も、しんしんと雪が降り積もる寒い朝だった。
昨日から、宿屋ワイバーン・テイルに旅人の一団が宿泊していた。
なんでも、あのウルザ溶岩洞まで行った帰りというから、ただものではない。
そのあまりの温度差からか、その一団は疲れきって昼過ぎまで休んでいたようだった。
と、ようやくその一人が寝ぼけまなこで二階から降りてきた。
青い髪の青年。
名は、フェイト・ラインゴッド。一団の一応リーダー的存在。
誰もロビーにいないのを見て溜息をつくと、片隅にあるテーブルにつく。
まだ寝てるのか、みんな・・・・・
仕方ない。昨日は流石に強行軍だったから、疲れも溜まっているだろう。
「あ、おはようフェイト」
今度は少女が降りてきた。フェイトくらいかそれより年下の少女。ソフィア・エスティード。
「おはようソフィア・・・・って、もう昼だけど」
「みんな起きてないんだ?」
「ああ。みたいだ。ま、急ぐわけでもないけど」
続いて大柄な男が階段に姿を現す。クリフ・フィッターである。
「オッス」
「おはようクリフ」
「いい朝だな」
「もう昼だって」
「しかし、ここは相変わらず寒ィ所だな。早いとこカルサアへでも行こうぜ」
「そうだな」
ソフィアにクリフもテーブルにつく。と、クリフが辺りを見回し始める。
「どうしたんですか?」とソフィア。
「あ? いや・・・なんか匂うな・・・」
「・・・・・・そういえば・・・」
かすかながら、食べ物のようなそうでないような匂いがする。
「昼飯でも作ってんのか?」
「かもしれないな」
「おはよう、みんな」
談笑する三人に声がかかる。凛とした女性の声。
三人がカウンターの方をみやると、青髪の女性がこちらを見ていた。マリア・トレイター。
「あ、マリア。起きてたんだ」
「ええ」
「マリア・・・・お前、どっから現れた?」とクリフ。
「そこよ」
彼女があごで指し示した場所は、宿屋のカウンターのやや裏手。
宿屋の人間が忙しく働く、裏方な場所。有体に言えば、厨房。
『・・・・・・・・・・・・・』
「どうしたの、みんな?」
三人は一斉に首を横に振った。
過去の出来事が脳裏をかすめる。交易都市の某ホテルでの銃撃戦を。
きっかけは、彼女だった。
「そうそう、今昼食作ってるから、もう少し待っててね」
 ガタッ!
一斉に立ち上がり、
「僕、買出しに行かなくちゃ」
「私・・・新しい服見に行ってくる・・・」
「散歩に行ってくる」
一斉に宿屋の出入り口に向って走り出す! だが!!

   ガシャーーーーーン!!

彼らの目の前で唯一の出入り口に鉄格子が降りてきた。
「せっかちさんねぇ」ニッコリと笑うマリア。「お昼食べてからにするといいわ。もうすぐ出来るから」
踵をかえし、颯爽と厨房に戻るマリア。
その一方で、呆然とする三人。
「・・・・・・トラップ張ってやがったのかよ・・・・確信犯だな・・・」
「本気だ・・・・・・マリアは本気だ・・・・・・・・・」
先ほどの彼女の微笑みが、悪魔の微笑みにうつる。
「・・・・フェイト・・・」不安そうに、ソフィアがフェイトを見上げる。
「ソフィア・・・・・・僕達、生きてこの宿から出られないかもしれない・・・・」
「参ったな、こりゃ」頭を掻くクリフ。
「参ったな、じゃないだろ。どうするんだよ」
「知るかよ」
溜息をつく三人。
「おはよう、子分ども!!」
 妙に明るい声が二階から響く。ヘンテコな帽子(?)をかぶった、小柄な少年がやけに意気揚々と階段を下りてくる。ロジャー・S・ハクスリーである。
彼らは疲れた表情でそちらに顔を向ける。
「なんだなんだ、陰気だなぁ。も少ししゃんとしろよ。ロジャー様が起きてきたってのに、挨拶もないじゃんかよ」
「ロジャー・・・・」フェイトが彼の肩に手をおいた。「短い人生だったな、お互い・・・・・」
「んなっ? な、何だよいきなり!」
「知らない方が幸せだぜ」やれやれ、と肩をすくめるクリフ。
「ちょっと・・・・タイヘンなことになってるの・・・」とソフィア。
「タイヘンって・・・・・」
彼らは黙って、出入り口を指差した。ガッチリとはまっている、鉄格子・・・・・
そして、どこからともなく流れてくる、不思議な匂い・・・・
そんな中聞こえてくる、パーティ随一の実力者マリアの麗しい鼻歌・・・・・
「・・・・ま、まさか」
「その、まさかだ」
「お待たせ〜」
悪魔の声が響いた。厨房から、マリアがこれまた大きい鍋を抱えてやってきた。
また鍋か・・・・フェイトは思ったが言わなかった。
(マリアはな、フェイト)
そんな彼の心中を察してか、クリフが耳打ちする。
(料理っつったら、必ず煮込むんだ。多分、大味でも誤魔化せるからじゃないかと思うんだがな・・・)
(大味って・・・・)
そんなレベルの範疇ではない気がする。言わなかったが。
マリアは鍋をテーブルに置くと、彼らを見渡した。
「あら、おはようロジャー。・・・彼はまだなの? 肝心の主役がいないことには、始まらないじゃないの・・・・」
と、クリフがいきなりフェイトを羽交い絞めて、後方に連れて行く。
(な、何すんだよ!!)
(聞いたか、フェイト! どうやら、『主役』は俺達じゃあないらしい)
(!!)
(ヤツに食ってもらおうぜ。そしたら、マリアも流石に自覚するだろ)
(なるほど・・・・・!)
男達は親指を立てあった。
「どうしたの、二人とも?」
「あ、いや、こっちの話だよ。あははははは」
笑いながら、二人は戻って来る。その笑顔の裏に、陰謀を隠して。
「あ・・・」
ソフィアが声を上げる。二階からゆらゆらと、長身が姿を現した。アルベル・ノックス。まだ眠そうだ。
何故か皆の視線が集まっているのに気づき、顔をしかめる。
「おはよう。・・・主役も来たことだし、それじゃお昼にしましょうか」とマリア。
「マリア、主役たぁ、どういう意味だ?」とクリフ。
「ん? 再会記念。私なりのもてなしのつもりよ」
こんなもてなされ方イヤだ・・・・・・フェイトは思ったが、言わなかった。
「みんな、座って座って」
一同、気乗りしなさそうにテーブルにつく。
 肝心の鍋は、蓋がしてあるので中身まではわからない。知りたくもないが。
だが、漏れて来る不可思議な匂いから、人外の食べ物には違いないと誰もが思っていた。
「それでは〜」
マリアが鍋の蓋を取る。異様な匂いがより鮮明になり、彼らの目に飛び込んできた色は・・・・・
「・・・・・・ピンク・・・?」
鍋の中身は異様にピンクだった・・・・・・
「マリア・・・・・この鍋のベースは一体・・・・・」
「ああ、ええと、ちょっとばかりイチゴシロップ入れすぎちゃったのよね」
「イチゴシロップ!!!?」
「ベースはミルクよ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
イチゴシロップとミルクだからピンク・・・・・・納得はできるが、そもそも鍋にそんなものを入れるのが間違いの元であって・・・・・・・フェイトは思ったが言わなかった。
彼に、間違いを正す勇気があれば、もうこんな悲劇は起こらないのかもしれないのだが。
気を落ち着けるため、フェイトはコーヒーをすする。
「あの・・・デザートか何かなんですか・・・? これ・・・」勇気を出して、ソフィアが問うてみる。
「え? やだ、昼食って言ったじゃない、ソフィア。ほら、ここにお肉もあるわよ」
  ぶぅぅっ!!!
思わずコーヒーを吹くフェイト。そして咳き込む。
「汚ぇな!」
「・・・ゴホッ・・・・ご、ごめん・・・・だ、だって・・・・」
「・・・・気持ちはわからぁ。俺も吹いてたかもしれねぇ」とクリフ。
イチゴシロップとミルクとで肉を煮込むか、普通?
・・・・普通じゃないから、苦労するのだが。
そんな惨劇には気づいていないのか、マリアは小皿によそって一人一人に配る。
ソフィアは皿を見つめて茫然自失、ロジャーは既に逃げ腰、クリフはもうあきらめたような表情。
過去の事件を知らないアルベルは無反応。とは言っても、これだけ見ても最早常識の範疇を超えているはずなのだが。
フェイトは、ちょっとだけ勇気を振り絞った。
「マリア・・・・一つ聞きたいんだけど・・・・・・・・これ、味見してみた?」
「ええ、勿論」
「えっ!?」
予想外の答えに素で驚くフェイト。てっきり、試食はしてないものと思っていた。
「おいしいイチゴジュースって感じだったわ」
「・・・・・・・・・・・・」
いや、そりゃ、イチゴジュースとしては普通においしいかもしれないけどね、肉やら入れて煮込む分には、若干方向性がズレているような気がするんですが、いかがなものか?
そもそも、温かいイチゴジュースって・・・・・・・
フェイトは言わなかった。・・・・・言えなかった。
「それじゃ、食べましょうか。みんな、どうぞ」
・・・・・誰も手を動かさない。当然だ。
決して、お腹がすいていないわけではなかったのだが、仕方ない。
「よぉ、主役」ニヤリと笑って、アルベルを見やるクリフ。「マリアが丹精込めて、お前のために作ったんだとよ。やっぱまずは、お前からだろうよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クリフとフェイトは視線を合わせて頷きあう。とりあえず、矛先を自分達以外に向けさせる。
視線が、一気に彼に集まる。よく見ると、顔が引きつっている・・・・・
マリアが、顔を覗き込んでくる。目をそらすアルベル。
他人ごととはいえ、フェイトは少し気の毒にも思う。過去の事例での、自分の境遇だ。
でも、口出ししたら矛先が自分に来るかもしれないので、黙って静観。
ついに観念したか、フォークで皿の中身をかき混ぜ始めるアルベル。
しかし・・・今までの彼なら黙って耐えるとは思えないのだが・・・・やはりマリアを恐れているのだろうか?
何かをフォークで刺して、持ち上げる。それは、生肉の切れ端だった・・・・・・
「・・・・・・煮込んだんじゃないのか?」
「肉は後から入れたの。血がしたたるくらいがおいしいっていうしね」
その言葉に、フェイトは思わず鍋を凝視した。このピンク・・・イチゴシロップの他に血も混ざってるんじゃあ・・・・・・?
「何の肉だ?」
「ルム」

    ぶぅぅぅぅっっ!!!

数人が一斉に飲み物を吹き出した。
ルムといえば・・・・・あの、アーリグリフ三軍の一つ「風雷」の方々が乗っていらっしゃる、あの馬みたいな生き物のことではないか・・・・!?
「食いモンじゃねぇだろっ、それっ!」思わず声が荒くなるクリフ。
「でも、食べられないことはないって宿の人は言ってたわよ」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
もう、フェイトはここから逃げ出したかった。でも、出入り口には鉄格子・・・・・・
他の客に果てしなく迷惑な代物が、彼らの行く手を遮っているのだ。
どうしようかと彼は思案にくれる。
 そんな時。
「おい、そこの女」
いきなり呼ばれて(?)、ビクッと体を震わせるソフィア。アルベルがこちらを見ていた。
彼女は昨日が初対面なので、恐ろしげな彼の雰囲気にまだ慣れない様子だ。
「あ・・・・・私・・ですか?」
「お前、変な術が使えるって言ってたな」
「・・・・あ、紋章術ですか・・・・はい、一応・・・・・」
アルベルはチラリと後方のマリアを見やる。彼女はまだクリフと問答していた。
「一発ぶちかませ。あの女に」
「ええっ!!!?」
「おい、アルベル!」見かねてフェイトが割って入った。「何を言い出すかと思ったら・・・・・ソフィアにそんなことさせられるワケないだろ!」
「オイラも術使うのはメラまずいと思うなぁ」ロジャーも便乗。
「だったら、誰かあの女を止めろ」
「うっ・・・!」
反論できない二人。止められるもんなら、止めている。
「な、なら、お前がやればいいじゃんかよ!」とロジャー。
「・・・・俺が? ・・・・・・手加減できないが、いいのか?」カタナに手をかけるアルベル。
「ストップ! ・・・・それは流石にマズイ・・・・もっと平和的解決を・・・・」
とはいえ、どうしたらいいものか。彼女は影の権力者だ。
何故だか、彼女に逆らえる者はいない。
平和的解決に至るには、彼女に退いてもらうか大人しく食べるか、どちらかだろう。
しかし・・・・・前者はかなり厳しそうだ。だとしたら・・・・・・
フェイトはあることを思いついた。
「・・・・みんな、とりあえずこれを持っておいてくれ」
フェイトは皆にあるものを手渡した。皆、それを見て深く頷いた。
「それから、できるだけ彼女を説と・・・・・」
フェイトは口上を中断せざるを得なくなった。マリアが、前回の凶器パルスショットガンを構えてこちらに来ていたから。
「食べてくれるわよね? みんな」
彼女はニッコリ笑った。これは、脅迫だ・・・・・・彼らは観念するしかなかった。


 フェイトは、ふと目を覚ました。気を失っていたようだ。他のみんなもゆっくりと起き上がる。
一方、マリアはとても嬉しそうに笑っていた。
「みんな、卒倒するほどおいしかったのね! 嬉しいわ。また今度、腕によりをかけるから、楽しみにしててね」
上機嫌でマリアは鍋を厨房へと運んでいく。
・・・・作戦は成功したようだ。
マリアが去った後、フェイトは懐に手を入れた。そこには、粉々になった人形の破片。
リバースドール。一度だけ、身代わりになってくれるアクセサリー。
フェイトはゾッとした。
「・・とりあえず、危機は回避したな」
「でもよ、また作るって言ってたじゃんか。どうすんだよ」とロジャー。
「・・また、これ使う?」とソフィア。
「今度こそ斬る・・・・・・」とアルベル。
気持ちはとてもわかるのでフェイトも言及はしなかったが。
「・・・・・絶対に彼女に料理はさせないようにしよう。・・・・・・・・絶対に」
皆、頷いた。そして、ふと後方を見やる。そこには、哀れ、泡食って卒倒している筋肉男の姿・・・・・
「・・・・・ソフィア、後でレイズデッドかけてやんなよ・・・」
「・・・・・・・・・うん」
今日も雪の降り積もるアーリグリフ。彼らの心にも雪が積もっていった・・・・・・



END





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