Food Fight! -A Calmest Goddess-

 


 一行はペターニの街に滞在していた。
先日シランドで一騒ぎあったがそれも沈静化し、フェイト達は穏やかな日々を送っていた。

が。

何気にフェイト達が工房の前を通りがかったとき、何かの匂いがした。
料理の匂いだ・・・フェイトは咄嗟に嫌な予感がした。
契約している料理クリエイター達はペターニには配置していないはず。ということは・・・・。

「・・・・・マ、マリア・・・か?」
「・・・他にいねぇだろ・・・進んで料理するやつぁ・・・・・」
「どうするんですか・・・・? このまま見過ごすんですか?」

フェイト、クリフ、ソフィアは顔寄せ集めて相談した。
多分中で料理しているのはマリアだろう。
このまま見過ごすテもあるが、そしたら自分達以外の誰が犠牲になるかもわからない。
中に入れば当然、自分達に被害が及ぶだろう。
どちらが一体、事を穏便に済ませられるのか・・・・・・3人は悩んだ。

ガチャリ

『!!!!』

不意に工房の扉が開いた。
マリアに見つかった!と3人は覚悟した。が。

「そんなところで一体何をやっているんですか?」

中からかかった声はマリアのものではなかった。
綺麗な金髪を三つ編みにした美人の女性。
「ミ、ミラージュ!?」
まさかこんなところにいると思っていなかったクリフがすっとんきょうな声を上げた。


「どうしたんだ、お前ディプロにいたんじゃなかったのかよ」
 ミラージュに連れられて3人は工房に入った。
「ええ。ちょっと事情がありまして」
「事情?」
「はい。あちらを見てもらったらわかると思うんですが」
ミラージュが指差した先には、懸命に料理しているマリアの姿。
・・・3人は逃げ出したい衝動に駆られた。
「・・・・どういう事情だ・・・?」
「ええ、料理を教えて欲しいと頼まれました。だからこうして監督に来てるんですが・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
3人それぞれに思った。

教えて欲しいだなんて、料理に関してマリアにも向学心があったんだ・・・・・意外だ。
ミラージュさんは料理上手なのかなぁ・・・・今度一緒にお料理してみようかな・・・・・。
マリアの腕を知ってて監督してんのかよ・・・・・トンデモねぇもの食わされても知らねぇぞ・・・・・。

「そ、そうなんだ・・・・・それじゃ」
3人は何事もなかったかのように工房を出ようとした。
が、ミラージュに止められた。
「味見役が欲しいと思っていたんですが、フェイトさん達いかがですか?」
「けっ、結構です!!」「遠慮しますっ!!」「他あたってくれ!!」
3人同時に叫んだ。
ミラージュはしばらく押し黙っていたが・・・・・
「・・・・・協力してくださいませんか?」

ぞわり

恐ろしいほどの殺気を感じて、3人は立ち止まった。
いつものように微笑んでいるミラージュがそこにいた。
クリフは直感した。
逃げたら、殺られる。
「あ、あー・・・・・わかった、わかったミラージュ・・・・食えばいいんだろーが・・・・・・」
クリフは逃げかけているフェイトとソフィアの肩に手をかけて中に引き戻した。
「ク、クリフ!!?」
「クリフさん・・・!」
「・・・・・(食わないとミラージュに殺られるぞ・・・・・アイツだってむざむざマリアの料理なんか食いたくねぇだろうからな・・・・・)」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「(隙を見て逃げ出すぞ・・・とりあえず今は従っておけ)」
あわてて首を縦に振る二人を見て、ミラージュはニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、皆さん。・・・・・・でも、隙を見て逃げ出すような真似だけはなさらないで下さいね」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』
聞かれてるぞ、クリフ・・・・・・・フェイトはつくづく、クリフは密談がヘタなタイプだと痛感した。


「あら、フェイト達も来てくれたの」
 材料の下ごしらえをしているらしいマリアに近づくフェイト達。
「・・・ああ、まぁね・・・」
「何を作るんですか・・・・?」
「そうね・・・・・強いて言うなら、豪胆さの中に繊細さを兼ね備えた木枯らしのような料理・・・・ってところね」
『は?』
微妙に・・・いや、かなり的外れな返答。
「マリア」とミラージュ。「イメージも大切ですけど、材料の下ごしらえをしっかりやっておかないと、いい料理はできませんよ」
「ええ、そうね。わかってるわミラージュ」
淡々とした会話を聞きながらフェイトは思った。
イメージとかそういう以前に、ちゃんとした料理名のある料理を作ってくれないか・・・・? と。
「また煮るのか?」
「またってどういう意味よ、クリフ」マリアが食ってかかる。
「自覚ねぇのかよ・・・・・お前、いっつも鍋物ばっか作ってるだろ。たまにゃ、違う分野にも挑戦してみたらどうだ?」
はたとマリアの動きが止まる。
「・・・そ、そうかしら・・・・? そうね、色んなことに挑戦してみないとね・・・・・」
いいながら材料を包丁でがすがす切りつける。
段々と原型をとどめなくなっていく材料を見ながら、フェイトは不安になってきた。
「炒め物にしてみましょうか」
ミラージュが指示し、マリアもそれに従う。
材料の下ごしらえがおおかた終わり、マリアはそれらを大きな中華鍋に放り込んだ。

「おい、ミラージュ」
 小声でクリフがミラージュを呼ぶ。マリアから離れて彼らは話を始める。
「なんですか、クリフ?」
「お前、マリアの腕はよーく知ってるだろ。なのに、よく監督なんて引き受けたな」
「リーダーのたっての願いですから」
「・・・・・にしても・・・・・なぁ」
「大丈夫ですよ、ご心配には及びません。ちゃんと策は講じてますから」
「策?」
「ええ」
ミラージュはニッコリと笑う。

「最初はマリア自身に試食してもらうよう、彼女に血判状書かせましたから」



3人は凍りついた。
「・・・・・け、血判状・・・・・・・?」
震える声でそれだけ呟くフェイト。
「ええ」
「・・・・・・・・・そ、そこまでするかよ・・・・・」とクリフ。
それに対してミラージュは、
「それくらいしないと、私の保身が成り立ちませんから」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

フェイトは思った。
真に恐ろしいのはマリアの料理などではなく、そのマリアに血判状を書かせるミラージュさんなのではないか・・・・・と。




「できたわよっ!」

 嫌な沈黙は、嫌な叫び声によって終わりを告げた。
マリアが嬉々として皿に何かを盛り付けている。
・・・・・料理が妙に紫がかっているのは気のせいだろうか。
「マリア、何を作ったんですか?」
「えー・・・・・そうねぇ、初夏の木枯らし炒め・・・・・ってトコかしら?」
「なんで初夏に木枯らしなんだよ・・・・・」ボソッとフェイトがつっこんだ。
「なんつーか・・・・確かにこの色合いだと枯れそうだよな・・・・・・はは・・・」精一杯、クリフはフォローした。
「・・・・一体何が入ってるんですか・・・? ちょと見た目が斬新すぎてわからないんですけど・・・・」とソフィア。
マリアは何故か自信たっぷりに言った。
「とにかく色々よ」
「色々で済ませんじゃねぇよ」
「だって、私にもよくわからないんですもの・・・・・」




ナンダッテ?



「・・・・ミラージュ・・・・お前一応監督役だろ・・・・・・・・いいのかこんな有様で」
「マリア、とりあえず試食してみて下さい」
クリフの呟きを思いっきり無視して、ミラージュがマリアを促した。
「わ・・・・わかってるわよ・・・・・」
さしものマリアも、目の前の木枯らし炒めとやらは若干食べるのがためらわれるらしかった。そりゃ、自分でも何が入ってるかわからないのだから。
紫色に染まった何かをフォークでさし、マリアはゆっくりとそれを口に運んだ。
かたずを飲んで見守る仲間たち。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・』

しばらくマリアは無反応だった。
が、不意に顔を上げて。
「なんだかよくわからないわ・・・・・・」
「はぁ!?」
しかし、マリアの反応を見る限り意外と食べれそうな代物なのかもしれない。
「・・・・大丈夫そうですね。それじゃ、次はクリフですね」
「な! なんで俺なんだよ! お前が監督してんだからお前が先に食べ・・・・」
口上はいきなり中断された。
ミラージュはただニコニコ笑っている。
ただ。
「・・・・・・・・わかった。食ってやるよ・・・・・・・・」
微笑みの中の悪魔を感じ取ったクリフは、しぶしぶミラージュの提案を承諾した。
紫色のブツをしげしげと眺め、クリフは思案する。

普通の食べ物なら紫色してるなんてキャベツとかタマネギとかそんなもんだけのはずだろでもそれだけで全てが紫に染まるとは思えねぇしかし実際にコイツは紫色ださぁどうすればいいクリフ・フィッター…一思いに行っちまうかそしてそのまま目覚められなくなっちまうかもしれねぇでもマリアは食って平気みたいだし意外にイケるのかもしれねぇが正直食いたくねぇ…しかし今の俺にはこの状況を打破する手段が残されてねぇ逃げようもんならミラージュの容赦ない制裁が下るに違ぇねぇ・・・・・・・・!!!!

クリフは思い切って口に放り込んだ・・・・・!!






そして卒倒した。


「クリフーー!!!」
フェイトとソフィアがあわてて駆け寄り、ミラージュがあらあらとため息をつき、マリアは・・・・
「クリフ・・・・・気絶するほどおいしかったの・・・・・・そうか、通にしかわからないおいしさがあったのね・・・・・・・私もまだまだだわ」
その発言を受けて、生き残った面々が一目散にその場を逃げ出したことは言うまでもない。



「・・・・・ミラージュさん」
「はい」
「・・・・・ミラージュさんも一緒に逃げてきちゃって・・・・・いいんですか?」
「私は保身を図ったまでですから」
「あのー・・・・・どういうことだと思います? あの料理・・・・・・・」
マリアが無事で、クリフが無事で済まなかった・・・・その差。
ミラージュはしばし考えをめぐらせていたが。おもむろに二人に向き直る。
「推測でしかないのですけど・・・・・・・マリアに宿っている紋章の力のせいかもしれませんね」
「マリアの・・・・アルティネイション・・・・・・」
まさか・・・・。
「彼女の保身のために彼女も気づかない内に能力が発動して、危険物を安全な物に変えてしまった・・・・・・そんなところかもしれません」
『・・・・・・・・・・・・・・・・』
その推測が本当だとしたら。
永遠に、彼女に本当のこと(料理の腕前)を理解してもらうのは不可能なのではないか・・・・・・そんな嫌な予感がフェイトの頭の中をよぎっていた。
「フェイトさん」
ミラージュが至極真面目な表情でフェイトに向かって言った。
「マリアがあんなに料理にこだわるのは、多分貴方に食べさせたいからだと思います。・・・・・覚悟しておいて損はないでしょうね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フェイトは言葉を失った。



それ以来フェイトは・・・・・・この宇宙の片隅の、誰にも知られない惑星にひっそりと逃げようかと本気で考えるようになったという。



そして哀れクリフはその日の夜まで工房に捨て置かれていたらしい・・・・・・




END





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