Food Fight!

 

「これ、食べてみてくれる?」
 そっと差し出された、モノ。ペターニでの平穏な休息の時、それはやってきた。

 正直、彼は反応に困った。ごくごく平和に、休息を満喫していた彼・・・フェイト・ラインゴッドは、目の前に出された代物を信じられない表情で凝視してしまった。
「新しいレシピに挑戦してみたのよ。・・・ちょっぴり見てくれは悪いけど、味は保証するわ」
差し出した本人・・・マリア・トレイターは悪びれもせずに言う。
(見てくれ・・・・って、そんな次元の問題じゃあないような・・・・)
目の前にあるブツは、本当に食べ物なのかどうかすら疑わしいほどの、奇妙なブツだった。
どう見ても失敗作。ギルドの評価なら絶対1。
味は保証とか言ってるが、果たしてどんな味の保証をしてくれていると言うのか。
そんなものをそっと差し出して、食べてみてくれと呟く彼女。
・・・・これは、新手の嫌がらせだろうか・・・・そんなことまで思い及ぶフェイト。
「・・あ、あの・・・・・・・これは一体、何て料理なのかな・・・・」
「タイトルはまだ決まってないのよ。フェイトに決めてもらおうかしら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
タイトルとか言っている時点で、何かが違う気がするのだが・・・彼には逆らう勇気がなかった。
(・・・・どうする、僕! 食べるべきか・・・・!? 否!! マリアには悪いけどこんなの食べたら瞬殺させられる)
「あ・・・・僕、今ちょっとお腹いっぱいでさ・・・」頭をかきながら笑うフェイト。
しかし。

   ぐぅぅぅ・・・・

『・・・・・・・・・・・』
致命的な音がした。
「あら、お腹すいてるのね、フェイト。丁度良かったわ」
「・・・・あ・・はははは・・・・・・・(絶対絶命・・・!!)」
最早、逃げ道はないようだ。覚悟を決めるフェイト。
ああ、父さん・・・・僕はもうすぐ会いに行けるかもしれません・・・・・
「フェイトーーー!」
彼を呼ぶ声。救いの声!!
声の主は急いだようにこちらにやってきた。フェイトの幼馴染、ソフィア・エスティードだ。
「どうしたんだ、ソフィア」
「あのね、向こうのお店で安売りしてて、付き合って欲しいんだけど・・・」
「安売り!? もちろん!」
あまりに嬉しそうに立ち上がったものだから、マリアも面食らってしまう。
「あ・・・・ごめんな、マリア・・・・・また今度ごちそうになるよ」
「・・・・あ・・・ええ・・・・」
ソフィアの手を取って、慌てて部屋を出るフェイト。後に残されたのは怪訝そうな表情を浮かべたマリア。

「ソフィア、その店って・・・」
「あ、フェイト、ちょっと待って・・・・」
 しばらく歩いて、立ち止まる二人。
「?」
申し訳無さそうに、
「あ・・・ごめんね・・・・アレ、嘘なの・・」
「・・・ええ!? な、なんでそんなウソ・・・・」
「だって・・・・」チラリと上目つかいで見上げるソフィア。「困ってたんでしょ、フェイト」
「えっ!」
知ってて助けてくれたのか。
「もしかして、邪魔だった?」
「い、いいや! そんなことないって!!」思わずソフィアの両手を握り締めるフェイト。「本っ当に助かったよ! ソフィアは命の恩人だよ! あのままあそこにいたら、僕はもうこの世にいなかったかもしれない」
やや大げさな気もするが、それだけ彼は嬉しかったのだろう。
呆れた表情を浮かべたソフィアだったが、一息ついて微笑んだ。
「・・・さっき、クリフさんに聞いたんだ。マリアさんって頭いいし、しっかりしてるし、本当すごい女性(ひと)なんだけど、一つだけ・・・料理だけは逆の意味ですごいって・・・」
逆の意味ですごい・・・・なるほど、とフェイトは思った。
「それに・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・ううん、なんでもない」
言いかけてやめるソフィア。
もう一つ、料理に関して聞いたこと。
親しい男性や気に入った男性に、自らの手料理をふるまいたがるクセがある・・・と。
その結果どうなったのかは想像に難くないわけだが、とにかくソフィアにとっては、
マリアがフェイトにそうしたという事実が、少しだけ気に入らなかったのである。

 その日の夜、昼間はバラバラだった面々もホテルに集まり、夕食を待つばかりとなったのだが・・・・。
ずっとマリアの姿が見えなかった。
昼間あんなことがあっただけに、少し気になるフェイト。
「・・・にしても、遅ぇな・・晩飯・・・・」
腕組みして唸るクリフ。
「オイラもハラ減ったぜ・・・・あんまり待たせんなよな・・」
高めのテーブルに突っ伏して呟くロジャー。
「お待たせっ!」
異様に明るい声が響く。その声に一同は訝しむ。
厨房から、見慣れた女性が明るい表情で大きな鍋を抱えてロビーにやってきた。
その光景すら、一種異様であった。
そんな皆の表情に気づいているのかいないのか、彼女は鍋をテーブルの中央に置いた。
「・・・・・・マリア・・・・・何のつもりだ、こりゃ・・・・」鍋を覗き込んで、問うクリフ。
「たまには、みんなに料理の一つでもふるまってあげようかなって思っただけよ」
皆が鍋を覗き込む。中には・・・・何やら食べ物めいたものがぐつぐつと煮込まれているが・・・・それが何なのかまでは、流石のソフィアでもわからなかった・・・・。
「あの・・・もしかして、これが晩御飯なわけですか・・・・・」とフェイト。
「ええ。厨房借りて、お昼ごろからとりかかったの」
皆はお互いの顔と鍋とマリアとを見比べた。
思いは一つ。
なんてことしでかしてくれたんだ、この女性(アマ)は・・・・・・・!!
「食べてくれるわよね、フェイト?」
名指しだ! フェイトは鍋を凝視した。
死ぬ気で食べれば、食べられないこともないかもしれない。いやそれより、このだし汁の紫色は一体何を入れてこうなったのか・・・・しかもよく見たら具材がかすかに動いて鳴いているような・・・・・
呆然としているフェイトに、クリフが耳打ちする。
(ハラくくれ、フェイト・・)
(そんな投げやりな! 大体、僕が毒見しなきゃいけない理由は・・・!!)
(ご指名だ)
(・・・・・!!!)
ハッ! マリアがこちらを見ている!!
どうする、僕!? さっきもこんなこと考えた気がするが。
味の想像すらつかない食べ物(?)を口にできるほど、彼は無謀ではない。
となれば・・・・・・フェイトはメンバーをチラリと見やった。そして、一人に狙いを定める。
「親分」
「・・・・!!!!」呼ばれて、ギクリとフェイトを見る親分・・ロジャー。
「親分をさしおいて、子分が先に食事を取るわけにはいかないよ・・・・・お先にどうぞ」
「う・・・あ・・・・いや・・・オ、オイラはハラ減ってないからいらないのだ!! お、お前達に譲るって」
「おやぁ? さっきハラ減ったって言ってなかったかぁ?」イジワルそうに言うクリフ。
「い・・き、気のせいじゃんか! うるさい! お前だって言ってたじゃんか、お前こそ食えよ!!」
「なんで俺が! いいから食えよ! お前が食ったら俺も食ってやるよ」
「鬼かよテメェ!! こんなモン、食えるわけないじゃんか!! 大体、オイラみたいな子供に毒見させるなんて、お前らそれでも大人かよ!」
「うるせぇ! こんな時くらい役立ってみせろ!! 子供だとか大人だとか、関係ねぇよ!」
いがみ合うクリフとロジャー。しかし。
「あなたたち・・・・」
冷静な声が、やけに大きく響いた。ギクッとし、二人は声のした方を見やる。
そこには、パルスショットガンを構えたマリアの姿が・・・・・
「要するに、私の手料理なんか食べたくない、と。そういうことね?」
「い、いや、そういうワケじゃあ・・・・・なぁ、ロジャー?」
「・・・・えーと・・・・・オ、オイラはみんなが食べ終わったあとの、残りでいいかな〜、と・・・」
「テメェ、自分だけイイワケしてんじゃねぇよ、こんなモン食えねぇっつってたのはテメェだろうが」
「もう忘れたもんね」
「都合のいい頭だなぁ、オイ!?」
「どっちでもいいわよ」静かに、マリア。「・・・覚悟はできてるでしょうね」
一行は血の気が引いていくのを感じた。


 次の日、高級ホテル・ドーアの扉で局地的な、星の船による銃撃が行われたとの噂が流れたという。

 そして以後、マリアは包丁を握らせてもらえなくなったという・・・・・


END




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