Desperate Typhoon

 

 それはある日、アリアスの村での出来事。
「ソフィアって料理上手だねぇ」
「え、そうですか・・・・?」
「ああ、いいお嫁さんになれるよ」
「や、やだネルさんってば!!」
そんな女の子然とした会話を、すぐ向こうで耳をそばだてて聞いている女性が一人。
「料理が上手なら、いいお嫁さんになれるのね・・・・」
マリアは一人、ガッツポーズ。
それなら私だって大丈夫だわ。きっと、いいお嫁さんになれる。
しかしそれを他の者が聞いたら全力で否定されてしまうような腕前なのだが。
「でもネルさん、料理だけじゃダメなんじゃないんですか?」
「そうだねぇ・・・・・炊事、洗濯、掃除、育児に家計・・・・主婦は大変だね」
今度はさしものマリアも少し唸る。そうよね・・・料理だけじゃダメなんだわ・・・・
将来の明るい展望のためにも、今から花嫁修業をしておくに越したことはない。
それ以前に相手がいないことにはどうしようもないが、とりあえず今の彼女には関係ない。
マリアは何かを決意し、その場を後にした。


「クリフ♪」
 異様な猫なで声に、顔をしかめてそちらを向くクリフ。
そこには、やはり異様な笑顔でこちらを見ているマリアの姿。クリフは猛烈に嫌な予感を覚える。
「・・・・なんだ、マリア・・・?」
マリアは何も言わず、クリフをジロジロ眺める。隅から隅まで。
「クリフ・・・・この服汚れてるわね。良かったら、私が洗ってあげましょうか?」
「・・・・・・・」
クリフはマリアの目を見た。何かを企んでいる者の持つ色を放っている。
猛烈に嫌な予感がする。ゆえに。
「いや。いらねぇ」
「なんでよ。いいから、いいから」無理やり衣服を奪い取ろうとするマリア。
「いらねぇっつってるだろ!」
つい、まとわりつく腕を振り切るクリフ。
ハッとして、彼女を見やると・・・・・呆然としていた。
「・・・・・・・あ、悪ィ・・・」
「・・・クリフ・・・・・そんなにヒドイ人だとは思わなかったわ・・・・・・」
顔に手を当てて、泣き崩れるマリア。一方、あわてるクリフ。
「あ・・・いや・・・・その・・・・・だから悪かったって・・・」
「なら」上目遣いでクリフを見やるマリア。「洗わせてくれる?」
「う」
イヤだ。でも・・・・・
「・・・・仕方ねぇな・・・・今回だけだぞ」
「ありがとう、クリフ!」


 一刻後、何気に散歩していたスフレは村の広場の片隅に半裸男の姿を発見する。
「何してんのー、クリフちゃん」
「・・・・・・スフレか」
クリフは壁にもたれたまま、深く溜息をついた。
スフレはじっと彼を見つめる。
「・・・・もしかして、せくしぃ悩殺路線?」
「何言ってやがんだ」
「でも、せくしぃ路線を狙うなら、まんま見せるんじゃなくて、チラリズムが基本だよ! アルベルちゃんみたいに」
「比べんなっ!! つうか一緒にすんな!!
・・・違ェよ、アレを見ろ」
クリフが指し示した先には、噴水で何やらじゃぶじゃぶ洗っているマリアの姿。
「・・・・何してんのマリアちゃん」
「さぁ・・・・・洗濯欲に目覚めたらしい」
「へぇ〜」
そんな会話がなされているとは露知らず、マリアはいい気分でじゃばじゃばと洗い物。
でも水洗いで汚れが落ちるような材質の服ではない。
どうしようかと、マリアは周りをキョロキョロ見渡した。その仕草にクリフはさらに嫌な予感を覚える。
と、マリアは何かを思い立ち、立ち上がって近くの店へと入っていく。
「あそこは・・・・・・」
クリフの嫌な予感はいよいよ激しさを増す。
やがて、妙に明るい表情で店から出てきた少女は、手に何か持っていた。それは、小さなビンだった。
クリフの嫌な予感は、確信に変わった。
「待てーー!! マリアッ!!!」
彼女の企みが実行に移される前に急いでクリフは彼女の元へ。
マリアから小ビンを奪い取る。そのビンにはラベルが貼ってあり、クリーム色の台形の上に茶色いラインが引いてある・・・そんなイラストが描いてあった。
「テメェ!! よりにもよってプリンジャムかよ!!」
「一番キレイになりそうかな〜って」
「そもそもジャムを洗剤代わりに洗おうとするんじゃねぇ!」
これ以上は任せられないと、クリフは自分の服をひったくった。
「いいからお前はおとなしくしてろ。いいな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
納得いかない、まるで拗ねた子供のような表情を見せるマリア。
しかし。
それで懲りる少女ではない。まだまだ他にもやらなければならないことはある。
そちらを頑張ればいいんだから。


 マリアは今度は領主屋敷に来る。次なるターゲットを発見して、ほくそえむ。
廊下を歩いている、長身の男。
「ねぇアルベル」
面倒くさそうに振り向くアルベル。
ニッコリと笑うマリアを見、眉をひそめる。
「ねぇ、ちょっと聞いてみていいかしら」
「・・・・・・・なんだ」
「キレイ好きな女の子は好き?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
かなり、想像を絶する質問だった。
「キライ?」
「・・・・・・・・・・・・・なんでそんなこと答えなきゃいけねぇんだよ」
  ジャキッ
下方で、何かを構える金属音。
「どうなの?」
「・・・汚ェよりは、きれいなほうがいいが・・・」
構えられる銃に目をやりつつ、マリアからは目をそらして答えるアルベル。
「そうか・・・そうよね。悪いわね当たり前のこと聞いて」
「・・・・・・・(何企んでやがる・・・)」
マリアはおもむろに辺りを見渡し、やがて一点に目をつける。
「・・・・これなら、ホウキ代わりになりそうね」
「・・・・・・・・・・?」
「ねぇアルベル。これ、借りていい?」
と、マリアはなんとアルベルの後ろ髪を一本つかんでいた。
「ま、待て! テメェ、何する気だ!」
「お掃除」
「笑って答えるんじゃねぇ!! 誰が貸すか! さっさとあっちに行け!」
  ジャキッ
また金属音。しかし、今回ばかりはおとなしく脅されるわけにもいかない。
「すぐに暴力に訴えようって魂胆かよ。全く、血の気の多い女だ」
「それに関してキミに言われる筋合いはないような気がするけど・・・・・・」
「うるせぇよ」
脅しが効かないか・・・・それだけ、向こうも本気のようだ。仕方ない、今回は引き下がってあげましょうか・・・・
マリアは銃をしまうと、アルベルを見やった。
「やっぱり男の人って、家庭的な女のほうがいいのよねぇ」
「・・・・・・・・・・・・?」
「彼女は家庭的よ。よかったわね」
「は?」
何も答えずにマリアは背を向ける。
負けてはいられない。


「・・・・あのさぁ・・・・・」
「何?」
「・・・・・何のつもりかしらねぇけど、オイラもうそんな年じゃないじゃん・・・」
「いいから。ごっこ遊びのつもりでいいのよ」
「だから、そういうことするような年じゃ・・・・・」
 今度はマリアはロジャーに構っていた。土木工事用のリアカーを持って、そこにロジャーを乗せて歩き回るマリア。
一体なにやってるんだ・・・・・周囲の人々はそういう感想を抱くだろう。当のロジャーだってそう思うくらいだ。
マリアにとっては、これはどうやら「育児のシミュレーション」らしかった。
「何やってんのー、マリアちゃん」
再び、スフレがやってくる。ロジャーはばつの悪そうな顔をする。
「あらスフレ。見てわからない?」
「わかんないよ」
「ロジャーは、今子供なのよ」
「当たり前じゃん」
「・・・ああ、そうじゃなくて・・・・・子供役なのよ」
「へ? どういうこと?」
どう説明しようか。
とにかく、今ロジャーは彼女の息子役。彼女は今、手のかかる子供を連れた主婦のつもり。
そんな説明をした。時折ロジャーが文句をつけたが。
「フゥン・・・・・つまり、親子ゲームってことだね」
「それも何か違う気がするけど・・・・・そんなとこよ」
「じゃ、アタシも一緒にやってもいいかなぁ」
「あら、いいわよ。じゃ、何の役やるの?」
スフレはうーん、と唸った。
「・・・・じゃあね、アタシ『病院で子供を取り違えられた母親』役ね」
『・・・えっ!!?』
思わず聞き返すマリアとロジャー。
そんな二人に構わず、スフレはいきなりロジャーの右手をグイッと引っ張った。
「まぁこの子は私の本当の子供じゃないの! 返してよ〜!!」
「うわわわわわっ!! 痛いって!! 引っ張るなっての!!!」
「ち、ちょっと! 何するのよ!」
マリアはロジャーの左手を引っ張り返す。
「いたたたたたたたたっ!!! 痛いっつーの!! 腕がちぎれるーーーーー!!!」
どこまで演技なのかわからない大騒ぎに、村人たちはもちろん仲間達も何事かと集まってくる
そして、その光景にあきれかえる仲間達。


「馬鹿野郎!!! 何やらかしてんだテメェらは!!!」
 いつになくクリフが本気で怒り、当の3人はおとなしく説教を聞いていた。
「・・・むしろオイラ被害者じゃんか・・・・・・」ブツブツ呟くロジャー。
「何自分だけ逃げようとしてんのよっ」スフレが睨んでくる。
「黙って聞け!!」
『はいっ!!』
雷が落ちる様をはたから眺める他の仲間達。
「しかし・・・・どうしてクリフは上半身裸なんだい?」
ネルは隣にいたフェイトに尋ねるが、フェイトも理由を知らない。
「・・暑かったんじゃないかな・・・・」
「そう」
「マリアさんが騒ぐなんて、珍しいね・・・」
ソフィアがフェイトを見上げた。それには同感だ。
「・・・・あの女」少し向こうで呟くアルベル。「今日はいつにも増しておかしい」
「何かあったのかい?」とネル。
「・・・・・・・・・・掃除・・しようとした」
『!!!!!』
恐れおののく。ネルも、ソフィアも、フェイトも。
「まさか・・・家事なんかひとっつもできない、あのマリアが?」
「掃除なんて手が汚れるからやりたくないって常々言ってる、あのマリアさんが・・・?」
「(マリア、そんな理由で掃除したがらなかったのか・・・)何かあったんだろうか、マリアの身に・・・・」
彼らは考えた。そして。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪いものでも食べたか・・・・・・』
意見は見事に一致した。
しかし、実際には違っていたのであるが。

「花嫁修業だぁ!?」
クリフの大声に、4人は思わずそちらを見やった。
一方のマリアはやや顔を赤くしながらそっぽを向いていた。
「そうだったんだマリアちゃん」
「へぇ〜・・・・マリアの姉ちゃんが・・・・・・なぁ」
「・・・・・それでか・・・・・洗濯欲の理由は・・・・・・」クリフは頭を抱える。「・・・まぁ、悪いわけじゃねぇがな・・・・限度ってもんがあるだろ」
「・・・・・・・・だって・・・」
「ねぇマリア」ネルがやってくる。「本格的に花嫁修業したいっていうんなら、アタシも協力するよ?」
「あ・・・・私も手伝います・・」とソフィア。
マリアはしばらく彼女達を見やって考えをめぐらせた。
「・・・・・お願いできる・・?」
うつむいて、少し照れて、彼女はそう呟いた。笑ってうなずく女性陣。
「花嫁修業・・・ねぇ」苦笑するフェイト。
「ま、ようやくマリアもそういうのに目覚めてくれたってことか?」ちょっぴり嬉しそうなクリフ。
「・・・・・・・・・・フン」
アルベルが呟いた。果てしなく、余計な一言を。


「相手もいねぇのに、何が花嫁修業だ・・・・」




戦慄が走った。


皆が思っていても、口には出さなかった・・・いや出せなかった一言を。
そしてその直後に響いた金属音に、彼らは一斉にその場から逃げ出した・・・・・・!


結局、マリアの花嫁修業とやらは一向に先に進まなかった。
その代わり、まずは相手探しとやたらと青髪の青年に構うようになり、ソフィア嬢との折り合いが悪化の一途を辿ったのも仕方のない話だった。





END





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