Once Again -His Side-

 

 その日もアーリグリフは雪がちらついていた。
隣国シーハーツとの停戦から時がたち、戦火にさらされたこの国も大分落ち着きを取り戻していた。
先日、アーリグリフ国王アルゼイとシーハーツの神官令嬢ロザリアとの挙式も執り行われ、両国間はきわめて友好関係にあった。
それに便乗してか、最近やたらと国王やウォルター伯爵が躍起になっていることがあった。

「・・・・では、この書簡をシーハーツ国王に届けてくれ。毎回ですまんが」
「・・・・・・・・・ああ・・・」
短く返事をし、国王に背を向ける男。
停戦以来、何かとシーハーツへ使者として赴いている、漆黒団長アルベル。
もういつものことなので、いい加減慣れてきたところだ。
さっさとシーハーツ国王に手紙を渡して、さっさと帰ってくればいい。他に用もないし。
だが、どうも彼らはそれだけで済まさない何かを企んでいるようだった。
「小僧、またシーハーツに行くんじゃな」
「・・・・・・・」
普段はカルサアにある自分の屋敷にいることが多い、ウォルター伯爵がひょっこりと現れた。
「しかし、毎回毎回すぐ帰ってきおるが、たまにはゆっくりしてきてもいいんじゃぞ?
大分、国も落ち着いてきたしのう」
「・・・・俺の勝手だろうが」
「ほっほっほ・・・・まぁそれはそうじゃが。
しかし小僧・・・・お主も陛下の挙式には参列したじゃろう。何か思わんかったか?」
「別に何も」
ウォルターは頭を横に振った。
「やれやれ・・・・わかっておるのか? お主ももう、結婚してもおかしくない年齢だというのに、浮いた話の一つもない・・・・・
陛下も心配されておったぞ」
「・・・んなこと、俺の勝手だろうが! テメェらにとやかく言われる筋合いはねぇよ」
国王と重鎮を捕まえてテメェらとは不遜極まりない態度だが、老人は何も言わない。
わかっているから。
「そうじゃのう・・・・・あのおなごはどうじゃ? クリムゾンブレイド」
「だっ、誰があんな乱暴な女を! 冗談は大概にしろよジジィ!」
「ほぅ・・・・わしはクリムゾンブレイドと言っただけで、そのどちらかとは言うておらんがのぅ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
しまった・・・! クリムゾンブレイドは二人いた・・・・・
何もかも見透かされたようで、アルベルは腹立たしさを覚えながらも、それ以上は食ってかからなかった。
これ以上つっこんだら、さらにボロが出そうだから。
一方のウォルターはさも愉快そうに笑った。
「まだまだ青いのう・・・・・ほれ、さっさと行ってこい。なんなら、『もう一人』連れて帰ってきてもよいぞ」
「うるせぇぞ、クソジジィ!!」
これ以上は付き合っていられないと、アルベルは身を翻し足早に城を後にする。
全く、あのジジィは・・・・・・!
『この話題』に関しては前からうるさかったが、最近になってその煩わしさは度が増した。
アルゼイの結婚が引き金になっているのだろうが。
国王は国王、自分は自分。便乗するつもりなど全くない。
しかし・・・・・・・機会があれば・・・とは一応考えていたりもするのだった。


 何度訪れたか知れない、シーハーツ王都。手紙を国王に渡すだけだ、さして時間のかかるものではない。
さっさと行って、さっさと帰ろう。この時は、彼はそう思っていた。
城に入ってすぐ、見慣れた女性(とあと二人の女性)の姿を見つける。
どうする。
別に無視してもいいが・・・・・・
「おい」
呼んでいた。当の彼女はしかめっ面でこちらを見た。
クリムゾンブレイドの片割れ、ネル・ゼルファー。彼いわく、乱暴な女。
「・・・・人を呼ぶときに、おいはないだろ?」
「名前呼ぶほどの用じゃねぇよ。国王の所へ案内しろ」
途端にネルは眉をつりあげた。
「アンタねぇ! 何回説明したら覚えるのさ! ガキじゃあるまいし、一人で行けばいいだろ!
公使なんだから無理にアタシを介さなくても、陛下はとがめたりしないよ」
「うるせぇ女だな・・・・・いいから案内しろ」
「大馬鹿!!」
言いながらも、ネルはツカツカと謁見の間へと向かう。アルベルもそれに続いた。


 書簡も渡し終え、さぁもう帰ろうかとしたその時だった。
彼に近づく二人の女性。さっき、ネルと一緒にいた二人だ。
しかし以前にどこかで見たような気がするが・・・・アルベルは顔をしかめた。
「アルベルさん、長旅でお疲れでしょう。客室にご案内しますから休んではいかがですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
別に疲れてはいないが・・・・・断る理由もなかった。
ジジィもゆっくりしてこいと言ってたし。
「・・・・・フン、いいだろう。案内しろ」
「こちらです」
彼女達が背を向けたあと、小声でやったわ、とか呟いたような気がしたが、アルベルは気にもとめなかった。

 案内された部屋は、質素だが品のある雰囲気の部屋だった。
「ごゆっくりどうぞ〜」
扉が閉められ、彼は辺りを見回した。
部屋の雰囲気は悪くはない。しかし、客室にしては狭いような気がするし、第一・・・・・・
(・・・・この国は客室にクローゼットなんか置きやがるのか・・・変わった国だ)
まぁここにはここの風習というものがあるのかもしれない。
気にせずに近くにあった椅子に座る。なんとなく小さい椅子だ。
 しばらく何もせずぼーっとしていると、不意に扉が開いた。
そこには、あのネル・ゼルファーが呆気に取られた表情でつっ立っていた。
「・・・・何、してんの・・・・・アンタ・・・・・」
ネルが問うてくる。
「あ? 何って、客をもてなすのは当然じゃねぇのか」
「・・・・・・・なんで、アタシの部屋でくつろいでんのさ、アンタ・・・・・」
え? 思わずアルベルは周りをキョロキョロ見回した。
「ここお前の部屋なのか」
「何をぬけぬけと」
「知らねぇよ。俺は案内されたからここにきただけだ」
「案内?」
「ああ。女が二人。どっかで見たような気がしなくもなかったな」
するとネルは何か考える仕草をとった。
そしておもむろにこちらを向く。
「・・・わかった。とにかくいいから、こっから出ていきな。ちゃんとした客室に案内するから」
ん? 別の部屋に連れて行こうってのか? しかし、せっかくくつろいでるのにまた移動するのも難儀な話だ。
「・・・・・・面倒くせぇな」
「何が面倒なのさ! いいから立ちな!」
「別にここでも俺は構わないぞ」
「アタシが構うんだよ! アンタみたいなのがいたら、ちっとも落ち着きやしない」
「わがまま女だな」
「ここはアタシの部屋だ!!」
仕方の無い女だな・・・・・だが移動するつもりは無かった。
ここも、そう悪くない。
やがてネルはあきらめたような表情を浮かべ、背を向けた。
「どこへいく」
「ちょいと用事。・・・・アンタ、人の部屋の中勝手にいじるんじゃないよ」
「いじられると困るようなモンがあんのかよ」
「やかましいっ!」
  バタンッ
「・・・・・・」
かなり乱暴に扉が閉められる。まったく、相変わらずあばずれだな・・・・・・
さて。
どうやらここはネルの私室らしい。さすが、女っ気ない部屋だな。
・・・・・・ということは・・・・・・・
(・・・・・このクローゼットの中は・・・・・)
ちょっとだけ・・・・興味はなくもない。妙齢の女性の私室のクローゼット。
第一アレだ、彼女も男を一人自分の部屋に残していくなんて、ある意味無用心なのではないか?
そうだ、あの女の責任だな・・・・・・・
取っ手に手を伸ばしかける。だが、彼はいきなり我に返った。
(な、何考えてんだ俺は! あんな女の、何が見たいっていうんだ・・・・・・)
自分に言い聞かせ、再び椅子に座ってくつろぎ始める。
でも、どうにも落ち着かなくなってきた。
いったん、変な気(?)を起こしてしまったら、気になって仕方が無い。
これでは休むどころではない。
「・・・・・帰るか」
立ち上がり、扉を開ける。だが、なんとなく名残惜しいようなそうでないような。
机の片隅に目をやり、彼はメモを一枚手に取った。
そこにしるすのは、遠くない未来の約束事。
例え向こうがイヤだといっても、また来るからな。


 帰りの城内の片隅で、またあの女の姿を発見する。
別に用はない。ないのだが・・・・・・
「おい」
また呼んでしまう。また同じように顔をしかめたネルがこちらを向く。
「だから、人を呼ぶ時においって・・・・」
「名前を呼ぶほどの用じゃねぇよ。俺はもう国に帰る。・・・寂しいからって泣くんじゃねぇぞ」
「誰がっ!!! いいからさっさと国に帰んな! もう二度と来なくていいよ!!」
「フン」
背を向け、歩き出すアルベル。
なんとなく寂しさを感じているのは、彼自身だということは彼も気づいていなかった。
「・・・・・そういやぁ・・・」
客室(?)に案内されたというのに、茶のひとつも出しやがらねぇ。
全く、なっちゃいねぇな・・・・・彼が言えたことかどうかは疑問だが。
ま、とりあえず今度来たときにでも、ネルに入れさせるか・・・・・そんなことを考えて。





END





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