ある、うららかな昼下がり。
ホテルの一室で読書をしていた青年がいた。彼の名前はフェイト・ラインゴッド。


彼はまだ、これから彼の身に降りかかる出来事を知らない。











Run Away















バタァァンッ





 突如、部屋の扉が激しく開け放たれる。
驚いて扉を見やったフェイトの目に飛び込んできたのは、自分と同じような色の髪を持つ少女の姿。
何よりも驚いたのは、戸口に立っていた少女の鬼気迫る雰囲気。
そして右手にはいつもの銃。フェイトはコトの次第を理解する前に背筋が寒くなるのを感じた。
「・・・・マ、マリア・・・・?」
恐る恐る、少女の名を呼ぶ。少女は、にらみつけるようにこちらを見やる。
「・・・・・・フェイト」
「は、はい」
「そのまま・・・・動かないで頂戴」
そう告げて、少女・・・マリアは手にしていた銃を構えてフェイトに向けた。思わず身を竦ませるフェイト。
「んなっ・・! 何するつもりだよマリ・・・!」
「動かないでって言ったでしょう!」
そのあまりの剣幕にさらに身を竦ませるフェイト。だが・・・・銃口はこちらに向けられている・・・・このままでは殺られる・・・・!
そう悟ったフェイトは、一瞬のスキを突いてしゃがみこみ右手側のテーブルの方へ転がり込む。直後に銃声が鳴った。
「くっ・・・・逃げたわね・・・!」
悔しそうなマリアの声に、フェイトは身構えた。
とりあえず・・・・この部屋から出なければ蜂の巣は決定的だ・・・・
マリアが部屋に侵入し、こちらに銃口を向ける。今しかないと、フェイトは唯一の出入り口から部屋の外に飛び出した。そして響く銃声。
フェイトはあわてて退避する。



 部屋から少し離れたところで、フェイトは一息つく。そして考える。
何故マリアはいきなり自分を撃とうとしたのだろうか・・・・と。何か彼女を怒らせるようなことでもしただろうか。
この前彼女の希望していたアクセサリーを買わなかったからだろうか、それともソフィアに付き合わされた買い物をデートと勘違いされたことが原因か、いやいや戦闘で前に出てきたがる彼女に大人しく下がってろ(足手まとい扱い)と言ってしまったからだろうか、でも本命はやはり彼女の手料理から逃げるべく行方をくらましたからかもしれない・・・・・・
こう考えると原因はたくさんある・・・・・フェイトは頭を抱えた。

ともかくも、逃げ回っていてもどうしようもない。どうにか怒りを、もしくは誤解を解いてもらわないと命がない。
「フェイト?」

びくっ!!

身を固くするフェイト・・・だが、この声は・・・・
「ソフィア!」
救いの天使が現れたかのごとく、フェイトは解放された表情でソフィアを振り返った。
だが、ソフィアはこちらを見つめたまま・・・・・
「・・・・・ソ、ソフィア・・・・?」
「・・・・や・・・・やだぁっ!! ファイアボルト!!」
「どわぁぁぁっ!!!」
いきなり廊下でファイアボルトをブッ放され、あわてて退避するフェイト。
「こっちね!?」
!! マリアの声! 今のファイアボルトのおかげで気づかれた!!
「なんでこんなことに・・・・・!!」
とにかく急いで逃げるフェイト。間もなく銃声が聞こえてきた。



「・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・・な、何なんだよ一体・・・・・・」
 ホテルのロビーまで逃げてきて、フェイトは息を切らして座り込んだ。
なんでここまで追われなければならないのだろうか。
「おう、どうしたフェイト」
ロビーでくつろいでいたらしい、クリフがこちらにやってきた。
「ホテルであんま暴れんじゃねぇぞ」
「だ、だって・・・!! マリアが・・・!!」
「マリア?」
「マイト」
「いきなり部屋に乱入してきて銃を・・・・・!! ・・・・・って」
「ハンマー」





ドゴォォォォォンッ・・・・・





何が起こった?
からくも逃げ出したフェイトは、後方の惨事を目の当たりにする。
もうもうとたちこめる煙、なにか散乱しているモノ、佇む金髪と倒れ伏す金髪と。
佇む金髪がこちらをくいっと見たとき、フェイトはもう終わりだと思った。
「・・・・・・殺られる前に殺る・・・・・戦闘の鉄則ですね・・・」
「な、な、な、何のことを仰っているんですかミラージュさん!!?」
「ミラージュ! どう! 仕留めた!?」
マリアの声までする。もうおしまいだ。
「いいえ、マリア・・・・取り逃がしてしまいました・・・・」
そ、それって僕のことですか・・・・?
「・・・なんでクリフが倒れているの?」
「尊い犠牲はつきものです」
「・・・・・・巻き込んだワケね・・・・本当クリフには容赦ないんだから・・・・・」
「大丈夫ですよ、これくらいなら」
あのー・・・・なんかすごい恐ろしい会話が発生しているんですが・・・・・これは新手のPAなんですか・・・・?
とにかく、今のうちに逃げないと!
「・・・・呑気に話をしていると逃げられてしまいますよ」
「あっ! いけない! 追うわよミラージュ!」
「思うんですけど、深追いする必要はないのではないかと・・・・・」
「甘いわミラージュ! 根源を断っておかないと、後々禍根を残すことになるもの。さぁ行くわよ!」
「仕方ないですね・・・・・」
そんな本気にならないでくださいって・・・・!!

フェイトは命からがら、ホテルの外に飛び出した。




 ようやく凶悪コンビをまいて、フェイトは商店街までやってきた。
一体なんだってんだ・・・・一体僕が何をしたというんだ・・・・・・!
「何してるんだい、フェイト?」
今度の声は・・・・・・!
バッと見やると、買出し係のネルと荷物持ちにつき合わされているアルベルが。
いつものフェイトならここで冷やかしてみたりするのだが、今の彼にそんな精神的余裕は皆無だった。
「・・・・やぁ」
「・・・・・・・どうしたんだい」
「ええ・・・・ちょっと・・・・・生命のピンチでして・・・・・」
「またくだらねぇことやらかしてあの女(マリアのことだろう)でも怒らせたんじゃねぇのか」
「何もやってない! 少なくとも今日は!」
「今日はって・・・・・・・、ん?」
ネルの動きが止まった。
「・・・・ネルさん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今度はネルまでもが黙ってクナイを取り出すではないか。
「ネ、ネルさん!!!? ネルさんまで僕を狙おうっていうんですか・・・・!!!?」
「・・・・・・・・・・・・・いいから黙ってな・・・・・・」
ああ、もうだめだ・・・・・!! フェイトは目を閉じた。
風を切る音と共に、クナイはフェイトの足元に突き立った。助かったのか!?とフェイトが足元を見やると・・・・・・




クナイに突き立っているどでかい黒い虫がピクピクしていた。




うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!
おそらく今日一番の絶叫が響いた。
「おうおう、こりゃ大モンだな・・・」
「しまったね・・・クナイを使うんじゃなかった。こんなの突き刺したら気持ち悪くて使えなくなるじゃないか」
「知ったことか、テメェの勝手だろうが」
「大人しくあんたの長刀使わせてもらえばよかったよ」
「待て。ヒトのエモノを害虫退治に使うつもりだったのか」
「それなら私は汚れないしね」
「なんだとテメェ」
「・・・・・・・あのー・・・・・お二人さん、痴話ゲンカはそれくらいにして・・・」
『痴話ゲンカじゃない(ねぇ)!!』
見事にハモったわけだが、それもフェイトにはどうでもいいことで。
「・・・・・こ、これって・・・・もしかして・・・・その・・・・」
「ああ、台所によく現れるヤツさ。こんな外来をウロウロするなんて珍しいけど・・・・」
「・・・・・・・・・・ま、まさ・・・か・・・・・・・・」
「あ! フェイト!!」「フェイトさん」
マリアとミラージュが現れた。だが、彼はもう逃げたりはしなかった。
「・・・・・あ、ネル! 退治してくれたのね、でっかいゴ●●リ!」
「ああ・・・・・あまりにもアレだったからね・・・・・」
「もう、お台所に立つ婦女の天敵よね・・・! 心臓止まるかと思ったわよ・・・・・」
「確かにこんな大きかったら止まりそうだよね・・・・・」
「でも良かったですね、これで安心して料理できるじゃないですか、マリア」
「甘いわ、ミラージュ。1匹見たら30匹いると思えってのが通例よ。まだまだ戦いはこれからよ・・・・・」
ヒートアップしていく会話をぼんやりと聞きながら・・・フェイトは、燃え尽きていた。
そんなフェイトに、アルベルが一言。
「つまり、テメェのことはハナから眼中に無かったってことだな」
フェイトは崩れ落ちた。






「ごめんなさいね、もうアレのことしか見えてなくって・・・・・」
「・・・・死ぬかと思ったよ・・・・本当に・・・・」
「ごめんなさいってば」
「でもよかった〜・・・・退治できて」
「あんなのにのさばられては、おちおち廊下も歩けませんからね」
「ネルさん、よく平気でしたねー」
「平気なわけないだろ・・・・・私だって嫌いなんだよ・・・・」
「お疲れ様でした」
「阿呆ばっかりだな・・・・・」


そんな会話を聞きながら。



「・・・・・俺は●キブ●と同列の扱いかよ・・・・・」

重傷のままソファに寝転がったマッチョの空しい呟きが宙に消えた。






END





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