A Silly and Nice Fellow

 

 何故か、マリアやらソフィアやら女性陣が落ち着きのない毎日を送っていた。
そんな様子を見て、ある日、何気なくフェイトがポツリと呟いたのだ。
「そーいえば・・・・そろそろホワイトデーだったよな・・・・・・」
「ほわいとでー?」
その時隣に居たアルベルが思わず聞き返した。



 その時彼らはカルサアにいた。
いい武具を作るんだ! と、フェイトはクリフと、半ば無理やりアルベルを連れて鍛冶作業にいそしんでいた。
「・・・そーいや、そんなモンもあったっけか」さも面白くなさそうに呟くクリフ。
「ああ、クリフは忘れ去られてたんだっけ」
フェイトはサラリとクリフの心をえぐる。クリフは頭を押さえた。
「・・・俺ァ、そういうのに踊らされる年でもねぇんだよ」
「でも、マリアから貰いたかったって言ってたじゃないか」
「うるせぇっての! いいじゃねぇか!!」
一方、話の中身が見えずに怪訝な表情のアルベル。
「何の話だ?」
「ああ、アルベルももらったんだろ。なら、お返ししないとな」
「・・・?」
「もう忘れたのか? チョコレートだよ。聞いたぞ、女の子全員からもらったんだって?」
「なんだとぉぉぉぉっ!!」クリフだ。「なんでコイツが貰えて、俺が貰えねぇんだよ!!」
「年齢の問題じゃないのか?」
またもサラリと言ってのけるフェイトに、クリフはガックリとうなだれる。
「・・・・ちくしょう・・・・そんなに若いのがいいってのかよ・・・・・・」
そりゃそうだ。
そんなクリフは放っておいて、フェイトはアルベルを見やった。
「バレンタインデーの話は聞いたか? 女の子が男にチョコレートとかあげる日なんだけど」
「・・・・・・・・・」
アルベルは思い起こす。マリアが、そんな話をしていた。
義理だとか、本命だとか、ハートだとか何とか。イマイチ仕組みは理解していないが。
「その一ヵ月後に、チョコを貰った男が女の子にそのお返しをするって日があるんだ。
・・・・・僕のいた世界の、ほんの一部地域の風習だけどね。女の子には人気なんだ」
「・・・・何・・・・」
「多分、マリアやソフィアはそれを期待してるんじゃないかな・・・・・・・」
呟くフェイトもやや伏目がちだった。
アルベルはもちろんだが、フェイトもマリア・ソフィアから一応貰っている。
それによる実害も被ったのだが、それでも貰ったことに変わりはない。
憂鬱になるフェイトの横で、アルベルは思い悩んだ。
(・・・・チョコレートのお返しだと・・・・・大体、向こうから勝手によこしやがったのに、見返りを求めるってのかよ・・・・・・・なんて姑息な風習だ・・・・)
しかも、マリアやソフィアは、ほんの一口の小さなものが数粒。それでも、貰ったものとしてお返しをしなければならないのか。
クソッ、そうと知っていれば誰が受け取るかってんだ・・・・・・・!
しかし、もう遅い。
とりあえず、何か返さないとあの女達は暴走したら止まらない。そんな事をしても面倒なだけだ。
ソフィアやマリアは、同程度の何かを適当に見繕えばいいだろう。
・・・・・・問題は、ネルだ。
やたらとでかくて、固くて、甘ったるかったハート型のチョコレート。
食わないと殺す、と脅し文句までかけてきやがった。
しかし・・・・・それは、気持ちの裏返しなのだ。
素直になれずに、殺すなんて脅してきたけれど本当は・・・・・・、と彼は解釈している。それが事実かどうかはさておいて。
応えなければならないだろう。もう一ヶ月も経つ。ネルの方はさほど気にしている様子でもなさそうだが。
(・・・・フン、まぁあんなじゃじゃ馬でも、一応女だしな)
「・・・・アルベル?」
何やらニヤニヤしているアルベルを不審そうに見やるフェイトとクリフ。
もっとも、彼が怪しげな表情を浮かべるのはいつものことなのだが。



「おい」
 不意に呼び止められ、ネルは振り向いた。そこには、何やら妙な笑みを浮かべたアルベル・ノックス。ネルは訝しむ。
「・・・何?」
「知ってるか、お前」
「何が」
「前にお前、チョコレートよこしやがっただろう。あれの、お返しをする日ってのがあるらしい」
「へぇ・・・・そりゃまぁ、当然だろうけどね。・・・・・で?」
「フン、貰いっぱなしじゃ借りを作ったみてぇで気分悪ィからな。返しに来た」
ネルは腕を組んで溜息をついた。
「フゥン・・・・・で、何を返してくれんの?」
「俺だ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
アルベルは何故だか自慢げに胸を張る。
「今日一日、この俺様を貸してやる。頼みごとがあるなら聞いてやってもいいぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
呆気に取られる・・・・などという表現では言い表せないくらい・・・・ネルは立ち尽くしてしまった。
一体・・・・何を言ってるのだ、この男は?
「・・・・・・・・・・・・アンタ・・・・・・・いよいよ、頭沸いた?」
「俺はいたって正常だ」
いや、正常とは程遠い性格の男に言われても、説得力がないが・・・・・・・
「どこへなりと行くがいい。今日はお前に従ってやる」
「・・・・・・・はぁ・・・・・」
生返事。いまだに、彼の真意が掴みかねるネル。
「これから、ちょっとウォルター伯爵のところに行こうと思ってたんだけど・・・・・」
一瞬、アルベルの顔がひきつった。
「それでもついてくる?」
「・・・・・・・い、いいだろう。さっさと行け」
「・・・・・・・・・・・・・・」
黙って歩き出すネル。ついてくるアルベル。奇妙な光景だった。


「ウォルター様はもうじき帰られますんで、少々お待ちください」
 客室に通され、ネルは一息つく。一方のアルベルは何も言わず部屋の壁にもたれたまま。
「・・・・こんな所に一体何の用があるってんだ」
「シーハーツの代表として、色々あるんだよ。好き勝手やってる漆黒団長にはわからないだろうけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アルベルは頭を掻いた。
あんまりここに来たくはなかった。ウォルターが苦手というのもあるが、何より・・・・・
経緯はどうあれ、女連れでここに舞い戻って来たという事実がそこにあるのが、悩みの種だったりする。
あのジジィにいらない勘繰り入れられるのは気に食わない。
(・・・・・・・・・・まぁ・・・・でも、それさえなけりゃ、別に・・・・・・・・・・
大体、コイツだって、全くその気がねぇわけじゃねぇだろう・・・・・・あんなモンよこすくらいだしな・・・・・
やっぱり、ここは男として応えてやらなきゃいけねぇか・・・・・・)
勝手な想像はふくらむばかり。一方のネルは我関せず。
「・・・おい」
「何?」
アルベルはゆっくりと近づいてきた。
「頼みごと聞いてやるっていっただろう。何かあるか」
「・・・・・・・・・・別に・・・・・」
「なんでもいい。いいから言え。とにかく言え。言えったら言え」
「・・・立場逆じゃないのかい・・・なんでそんなに偉そうなのさ・・・・・」呆れ返るネル。「・・・アンタ、今日おかしいよ。いつもおかしいけど、いつにも増して。一体、何があったってのさ・・・・」
「いつもおかしいってのは余計だ」
さらに近づいてくる。ネルは思わず後退する。
「言っただろう、お返しのつもりだと」
「で、でも・・・・・」
ますます近づいてくる。さらに後退する。
何があったっていうのさ・・・・・なんだかおかしい。こんな行動を取る男じゃないはずだ・・・・・・
「あっ!」
後退しようとして、ネルは壁にぶつかった。すぐにダン、と壁に手をついた音が響く。
ネルを見下ろすアルベル。瞳と瞳が合わさった。
「俺がたまには親切にしてやろうってのが、そんなにおかしいかよ」
「おかしいよ」
「即答すんじゃねぇ!」
「・・・・いいから、そこどいてよ・・・・人が来たら、変に思われるよ・・・・」
「だったら、何か言え」
「無いって言ってるじゃないか・・・・! いい加減にしないと、怒・・・・・」
「本当に無いのか?」
急に。まっすぐな視線に引き付けられる。
怒るよ・・・・・・そう言おうとして、ネルは黙った。決して、フザけてるわけじゃないと悟ったから。
大体、なんで今日に限ってこの男はこんなに態度が違うのか・・・・・・・
彼なりの、『お返し』のつもりなのか・・・・・・?
そもそも、そんなお返しを目当てにチョコをあげようと思ったわけじゃない。そんな日のことも知らなかった。
だけど。嫌ではなかった。
戸惑いはしても、それを完全に拒否する感情はなかった。
「ネル」
ドキンとした。
なんで、こんな時に普段呼びもしない名前を呼ぶのさ・・・・・・
顔が紅潮する。それでも、視線を外せない。

何故なんだろう。

ゆっくりと顔が近づいてくる。動くことができなかった。
いや、動けなくてもいい。
何故なのかはわからない。そう考える感覚もマヒしていた。
ネルは目を閉じた。


 しかし・・・・訪れるはずの何かはいつまで経っても音沙汰もなかった。その代わりに。
「・・・・・・テメェ・・・・・・」
地獄の底からひねり出したような、激しい怒りの声が。
ネルは目を開けた。
アルベルは斜め後ろを凝視していた。何かとおもってひょいと覗くと・・・・・
「・・いやいや、若いモンはええのぅ・・・・・・
そう睨むな小僧、儂に構わずに存分にやってくれて構わんぞ。ほっほっほっほ・・・・・・」
何やらニヤニヤした好々爺、ウォルターが部屋の入り口に立っていた。
「クソジジィ・・・・いつからいやがった・・・・・・・・ブッ殺す!!!」
一方、ようやく事を理解するに至ったネルは、置かれていた事態にますます顔を赤らめる。
そして。
「・・・・・・・とりあえず・・・・・・・死ぬのはアンタだ、大馬鹿っ!!!」
渾身の力を振り絞って放たれた黒鷹旋は、今まさにウォルターに切りかからんとしていたアルベルを直撃した。



「馬鹿!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「大馬鹿!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「死んで直しな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「つーか、今すぐ死ね!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォルターの屋敷を出たあと。
返す言葉もなく、黙ってネルのあとをついてくるアルベル。
よく助かったものだ・・・・・・
「・・・・アンタに頼みごと、今思いついたよ」
「・・・・・・? なんだ・・・・」
「今すぐアタシの前から消えな! 今日はアタシの前に顔出すんじゃないよ。出したら殺すよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪ぃ」
珍しく素直な姿に、ネルは戸惑うも。
「ま、全く・・・・・おかげでウォルター伯爵に完全に誤解されたじゃないか・・・・・どう始末つけてくれるつもりだい」
「・・・・・・・・・・・・っ・・・」
何か言おうとして、やめるアルベル。そして頭を振った。
「好きに思わせておけばいい」
「・・・・アンタねぇ・・・・・」
「どうせ老い先短いジジィだしな」
「・・・・・・・・・・・・・」
あれはまだまだ長生きしそうだけど・・・・・・言おうとしたけれどやめた。
と、アルベルは背を向ける。
「・・・・・・消えろってんだから、今日のところは従っておく。明日からは知らねぇがな・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言って歩き出す背中を、ネルは黙って見送る。
どことなく、寂しげな背中を。


(・・・・・バカ・・・・・・・)
誤解を解くのでないのなら、誤解ではないことにすればいい。
なんでだろう、そう思った。
中てられたのかもしれない、あの空気に。
(・・・・私もバカだね・・・・・せっかく、珍しく親切にしようとしてたヤツに・・・・・・・)
今日はもう会わないけれど。明日また顔を合わせた時にでも。
もうちょっと優しくしてやるか、と。




 次の日。
「聞きましたよ、ネルさん!」
ソフィアとマリアがいきなりやってきて、ネルを取り囲む。
「・・・・何を?」
「この前の告白、うまくいったのね。良かったわね」
「は?」
「もう、街中でもちきりなんですよ! ネルさんとアルベルさん、付き合ってるんですって?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!!!?」
「昨日、デートしてたんでしょ? やるわね」
「ま、待って! ・・・・・なんでそんな話になってるわけ?」
ソフィアとマリアはニンマリとして答えた。
『ウォルター伯爵のお墨付きですって』



誤解を解くのでないのなら、誤解ではないことにすればいい。



知らない間に、それは他人によって実現させられていた。
なんで・・・・・・そんなことに・・・・・ネルは頭を抱えた。
「・・・・何群れてやがんだ、どけ」
「あ、アルベルさん」
そして、次に沸き起こってきた感情は・・・・・

「・・・・・・・とにかく死ねーーーーーーーっ!!!!」

言い知れぬ程の激しい怒り。
再び、渾身の一撃が不幸かな、たまたま通りがかったアルベル・ノックスに襲い掛かった。


その後、ネルは真剣に誤解解消に心血を注いだという。アルベルの意向は置いておかれたまま。





END





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