St. Valentine's Day

 

 何故か、マリアやらソフィアやら女性陣が落ち着きのない毎日を送っていた。
そんな様子を見て、ある日、何気なくフェイトがポツリと呟いたのだ。
「そーいえば・・・・地球ではもうすぐバレンタインデーだったよな・・・・・・」
「ばれんたいんでー?」
それを、たまたまネルが聞いていた。



『地球では、とある日に女性が親しい男性に手作りのチョコレートをあげるって風習・・・というか行事があってね』
 チョコレートか・・・・・どうりで、最近マリアやソフィアがお菓子作りに精を出しているわけだ。
「・・・・・・男性に・・・・・プレゼント・・・・・か」
なんだか乙女チックだ。渋面するネル。
でも、マリアもソフィアもとても楽しそうだ。時折ケンカはするが。
アタシもうら若き乙女(一応)だし、こういう行事にのっとってみるのもたまにはいいかもしれない。
(マリアやソフィアは・・・・・・・・・やっぱり、フェイトやクリフあたりにあげるんだろうか)
私は・・・? ネルは考えた。が。真っ先に浮かんだ顔を、彼女はあわてて否定した。
(な、ななななんで、あの男が真っ先に出てくるんだい・・・・・!?
チョコレートなんて、そんなガラでもあるまいし)
だが。ふと思いなおす。
(・・・・でも、キライでもないのかもしれないね・・・・・・・・
普段、適当に扱ってるし、たまには何かくれてやるのもいいかもしれない。
女には幸薄そうだし)
本人が聞いたらさぞかし怒り狂いそうだが、ともかく彼女は女に幸薄そうなアルベルに一つ、練習台のつもりでくれてやるかと思いたったのだ。


「チョコレートの作り方?」
「・・・・・ああ。アンタ達もやってるでしょ」
「ネルさんも、誰かにあげるんですか!?」
「・・・・・・・・・・いや・・・・興味があるだけで、誰にあげるとかそんなんじゃ・・・・」
「もう、ソフィアったら。ネルがあげようっていうんだから、相手は決まってるじゃない」
「あ、そうですね」
「ち、ちょっと待ちな!!!」
 からかわれるのは覚悟していたが。ネルは頭を抱える。
ネル・ゼルファー、23歳。今まで普通の料理はこなしていても、お菓子作りというものはやったことが無かったのだ。
だから、ソフィアに教えを請おうと、二人に混ぜてもらったのだが・・・・・・
「ホラ、店で売ってる・・・・これは調理用の固形チョコですけど。これをまずは細かく刻んで下さいね」
ソフィアは包丁で手際よくチョコを刻んでいく。
その隣でマリアも刻む。・・・・かなり大きめに。
千切りはお手のもの、とネルもソフィアにならって刻む。
「それから、刻んだチョコを湯せんで溶かすんです」
湯? 湯で溶かすのかい?
ふと見やると、マリアは刻んだチョコの中にお湯をドバドバ注いでいた。
・・・それを見てネルは、「これはきっと違う」と思った。
「マ、マリアさん!! 直接入れちゃダメですよぉ!!」
「え? 違ったの?」
やっぱり・・・・・ネルは溜息をついた。
とりあえず、マリアのマネさえしなけりゃきっと、マシなものが出来る。
そう理解した。
ソフィアの言うとおりに湯せんでチョコを溶かす(マリアは手遅れなので、そのまま続行)。
「そして、型に流しいれてくださいね」
と、ソフィアは用意してあったハート型の型にドロドロのチョコを流しいれる。
マリアも同様に流していたが、どうもチョコが薄っぽい。しかもカタマリが所々含まれている。
「・・・・ねぇ、ソフィア。この形でないとダメなのかい?」
「え? 大体バレンタインの手作りチョコって言ったら、ハート型が王道ですよー」
「・・・・・・・・・・・でも・・・・これじゃあ・・・・・」
まるで、「アナタが好きです」って告白するようなモンじゃないのかい・・・・・・
実際そういう日なのだが、ネルはよく理解していない。
でも仕方が無い(他に型がない)ので、ハート型にドバドバと。
「これを、冷やすんですよ」
「どうやって?」
ソフィアはどこからか紙の箱を持ってきて、チョコを流し込んだ型を3つ、中に入れる。そして。

「ディープフリーズ!!」

紙の箱は見る間に凍りつき、涼しげに冷たそう。
「・・・・・・・(ソフィアのいた所では、こんな風に施術を使うのか・・・・・・)」
真実は若干違うのだが、それはともかく、チョコは冷やされていい感じに固まっていた。
・・・・・1つを除いて。
「型から出して、メッセージを書いて、ラッピングするんですよ」
見事なハート型のチョコが出来上がった。ソフィアのもキレイなハート型。
マリアのは、何かがはみ出していたが。
メッセージ・・・・・・ソフィアに渡されたメッセージ用のホワイトチョコペンシルを手に、ネルは悩んだ。
何を書けばいいのやら。
・・・・・真っ先に思い浮かんだ単語が「果たし状」だったが・・・・・・・
(違う・・・・何かが・・・・仮にも、プレゼントでしょうが・・・・)
悩んで悩んで、ネルは一言だけ書き添えた。
そしてラッピングだが・・・・・・ソフィアに渡されたどピンクの包み紙に閉口するネル。
あの男に、一番似合わない色ではないだろうか・・・・・・・
でも仕方ない、それしかないのだから、それで包む。しかし・・・・・・・
(・・・何だかグチャグチャになっちまったね・・・・・・・まぁいいか、アルベルだし)
何かを包むとか、そういうのには慣れていないのだから、仕方がない。自分でうなずいて、ネルはそのプレゼントを小脇に抱えた。
「ありがとう、ソフィア」
「いいえ。・・・頑張ってくださいね、ネルさん」
「・・・・・・? ああ・・・」
何を頑張れというのか? ただ、くれてやるだけなのに。


 さて、と。ネルは昨日作ったチョコレートをどうやって渡そうかと、機会をうかがっていた。
中々、チャンスがない。間違っても、フェイト達がいる前で渡したくはない。
マリアもソフィアも、今朝から一層落ち着きがないし。
とはいえ、アルベルは単独行動を取ることも多いし、居場所さえわかれば渡すのはたやすい。
ネルは、ペターニの街を歩き回った。
いつもフラフラしている、あのヘソ出し男を捜して。



 一方。ペターニの街をウロウロと歩き回っているヘソ出し男、アルベル・ノックス。
今日はなんだか、女達の様子がおかしい。それは、彼にもわかった。
フェイト曰く、「女の人の好意は素直に受け取っておいたほうがお前のタメだよ」と。
一体何があるのか知らないが、こういう空気は性に合わない。
関わらない方が身のためと、わざと彼は街をウロつきまわっていた。
しかし、女の勘は侮れない。
「アルベル!!」
甲高い声がした。恐る恐る振り向くと、仲が良いのか悪いのかわからない少女二人が息せき切ってやってきた。
「ハァ・・・ハァ・・・・もう、探したわよ」
「マリアさんー、待ってくださいー・・・・」
二人とも、息も絶え絶えだ。そんなに走り回ったのか。
「・・・・・一体なんだ」
「そうそう、コレを渡そうと思って」
二人は、小さな包みを取り出してアルベルに手渡す。思わず、手でつまんで眺めるアルベル。
「何だこれは」
「チョコレートよ」
「・・・・・・」
アルベルは思わずマリアを見てしまった。
「・・・・・・何のつもりだ・・・・・・暗殺でもしに来たか・・・・・・・・?」
「んもう、何言ってるのよ。地球・・・いや、私達の世界ではね、年に一回こうやって男の人にチョコレートをあげたりする行事・・・みたいなものがあるのよ」
「は? ・・・・んなもんあげて、どうするってんだよ」
「・・・・まぁ、早い話、チョコをあげて告白するのよ」
「・・・・・・・・・・・は!?」
「あ、ちょっと違うんです」
笑ってソフィアが付け足す。
「本命と義理っていう種類があって、好きな人には本命で、そうじゃない人には義理・・・って区別があるんです」
「本命は、ハートの形をしたチョコをあげるのよ。まさに、好きですって意思表示ね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
手元と少女達を交互に見やるアルベル。
「・・・・・変な風習だな」
「まぁ、そう映るかもしれないわね」マリアはフゥムと唸る。「でも、もしも今日アナタにそんなチョコを渡そうって女性(ひと)がいたら、それは愛の告白かもしれないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それじゃあ私達はこれで。悪いわね、呼び止めちゃって」
少女達はそう言って立ち去る。あとに残される男一人。
「・・・・・・・告白・・・・だと・・・」
頭を掻く。まさか、そんなことをする女がいるものか。
大体、この世界にそういう風習などないのだから。
だが。
「・・・・アルベル」
今度は、やや低めの女性の声。
そちらを見やると、シーハーツの隠密ネル・ゼルファーの姿。何故だかムスッとしている。
「・・・・・・・・・・・・・何だ」
「女の子に囲まれて、楽しかった?」
「はぁ?」
「まぁ別にいいけどね。アタシには関係ないし。とりあえず、これアンタにあげるから」
ネルは、包みをアルベルに放り投げる。ピンクの包装紙。思わずアルベルは眉をひそめる。
「・・・・・・・何なんだ一体・・・・・あいつらといい、お前といい・・・・・・・」
「知らないよ。自分の胸にでも聞いてみれば」
? 意味がわからない。何でネルはこんなに怒ってるんだ?
とりあえず、投げつけられた包みを見やる。どことなく、ハートの形のような。


(本命は、ハートの形をしたチョコをあげるのよ。まさに、好きですって意思表示ね)
(もしも今日アナタにそんなチョコを渡そうって女性(ひと)がいたら、それは愛の告白かもしれないわよ)


マリアの言葉が頭をよぎる。
思わず、ネルを見やるアルベル。
まさか。
そんなはずはない・・・・・こいつに限って。
だが、さっきのマリア達の態度は、なんとなくそういうニュアンスではなかったか?
もしや・・・・そうなのか・・・・?
結構な不安と、少しの期待を抱いて。彼は包みを開けてみた。
大きいハート型のチョコレート。
メッセージ付。




食わないと殺す




アルベルは固まった。
・・・・これは・・・・・・・愛の告白なのか?
「・・・・・・・どういうつもりだ・・・・・・告白なんじゃねぇのか・・・?」
「は?」首をかしげるネル。「・・・・・とにかく、書いてある通りだから。わかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


(本命は、ハートの形をしたチョコをあげるのよ。まさに、好きですって意思表示ね)
(もしも今日アナタにそんなチョコを渡そうって女性(ひと)がいたら、それは愛の告白かもしれないわよ)



ふん・・・そうか・・・・全く素直じゃねぇ女だな・・・・・・・
つまり、これはかなり曲がった愛情表現なわけか。なんだかんだいって、俺に食べて欲しいわけだ。
甘いものは特に好きなわけでもないが、食べて欲しいというのなら食べてやるのも温情だ。
「お前の気持ちはわかった。まぁ、ありがたく受け取ってやる。感謝しろ」
「・・・・・・・・・・? ああ・・・・・・わかった・・・」やはり首をかしげるネル。
そんなネルをなんとなく満足げに見やると、アルベルは彼女に背を向けて歩き出す。
ネルもそれを見送った。そして。
「・・・・・・気持ち・・・ねぇ? まぁいいわ」




 この後、彼らの間に様々な事件が起こる。
フェイトにチョコレートを渡す渡さないでソフィアとマリアの凄まじい一騎討ちが発生したとか、結局渡された(マリアの)チョコレートを食べたフェイトが一週間寝込んだとか、甘い上固かったチョコを一人で食べてしばらく気分が悪くなったアルベルとか、そしてそんなことはすっぱりと忘れ去ったネルとか、全く歯牙にもかけられず一人泣いたクリフとか、色んなことが。




END





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