Absurdity a Remark

 

 その日はなんだかむしゃくしゃしていた。理由はわからない。いつものことだ。
それを見かねてか、クリフが「たまには一緒に飲もうぜ!」と誘いをかけてきた。
断る理由もなかったので付き合ってやることにし、ペターニの路地の片隅の小さな酒場に向かった。
それまでは別に良かったのだが。


「・・・・ガー・・・・・・ごぉぉぉぉぉ・・・・・・・・ガー・・・・・・・・・・ぐぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・へっへっへ・・・・・・何しやがんだ・・ミラージュ・・・・うへへへへへ・・・・・・」


・・・・・・・・・すぐに寝やがるか・・・・・・・
こいつはこんなに酒に弱かったのか・・・・・・?
いやそれよりも、一体何の夢見てやがるんだこのオヤジは・・・・・・
連れと思われるのが嫌になって、離れたカウンター席に移動して飲みなおす。
と、酒場の入り口の扉が開いた。
見覚えのある背格好の女が何人か引き連れて入ってきた。
「ああ、これはどうも。いつもすみませんね、ネル様」
「いや、治安維持も任務だしね。・・・それで、その厄介な客って・・・・」
そいつはクリフを見やって動きを止めた。
「・・・連れていきな」
「はい」
「飲み代は後でこっちに請求してもらって構わないよ」
「いいんですか?」
「・・・・・・・・これも任務だしね・・・・・」
かなり険しい顔してやがる。それもそうだろうな。
と、そいつが何故かこちらにやってくる。俺の目の前までやってきて、歩みを止める。
「・・・・・何してんの、アルベル」
何してるだと?
「酒場に来て飲む以外に何してるってんだ、阿呆が」
「そんなことはわかってるよ。クリフほっといて何一人で他人のフリ決めてんのかって言うのさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
バレてたか・・・・
ネルは大きく溜息をついた。
「ま、気持ちはわかるけどね。寝てるヤツに付き合うこともないし。
クリフは宿屋に連行させといたから、勝手に一人で飲んでおいて構わないよ。じゃあね」
「待て」
思わず呼び止めていた。こちらを向くネル。
「・・・・・・何?」
「・・・・一人で飲んでもつまらねぇ。付き合え」
「・・・・・・・・・・・・・・・付き合え・・・って。それが人にモノを頼む態度なのかい」
「うるせぇよ。いいからそこに座れ」
「・・・・・・・・・・・・・全く・・・・」
文句をつけながらも、言うとおり座るネル。

「今回だけだよ」
「フン」
まぁいい。野郎と飲むよりは、こんなんでも女と飲むほうがまだマシだからな。
・・・・考えてみりゃ、コイツと飲むのは初めてだが・・・・・
ネルはメニューをパラパラとめくる。そしておもむろに、
「マスター、これとこれとこれ、あとこれ。それとこれね」
え?
なんだか、すげぇ注文してなかったか? 今?
後、差し出された酒の量に、聞き間違いではなかったと思い知らされる。
「・・・・・・おい・・・まさか、それ全部・・・・」
「ああ。これくらいは軽いね」
・・・・・・・・マジなのか・・・・・・・・・?
一方、次々とグラスを開ける女。・・・・・こりゃ・・・一体何が起こってるってんだ・・・・?
「・・・何してんの、アンタも飲みなよ」
「・・・・・・あ、ああ・・・・」
何だコイツ・・・・・・実はざるなのか・・・・・・?
何かが違う。
その・・こう・・・・女が飲むって言うと、小さなグラスをだな、ゆっくりと傾けてだな、もっと何というか恥じらいがあって、ほろ酔いっていうかだな、もう少し男に主導権をだな、いやもう、何考えてんだ俺は・・・・・・・
とにかく! コイツがおかしいんだ。そうだ、普通の女じゃないしな・・・・・・ハハハハハッ・・・・
「アルベル・・・」
・・・! 何だ・・・・・並んだグラスを全部空けた女がこっちを見ている。
どこか酔ったような、潤んだ瞳。な、目をそむけられねぇ・・・・・
「アンタってさ・・・・・・・いつも思ってるんだけど・・・・・」
「・・・・・・な、何だ・・・・」
「どうして・・・・・・・・・・・・・・いっつもさ・・・・・」

その直後だった。

  ごすっ

ぐぉっ!!
は、ハラに激しい衝撃が・・・・・!
「いっつもいっつも、ハラなんか出してんだい!! そんなんで女でも誘惑しようっての!? おこがましいんだよっ!!」
・・んなっ・・!? 
間髪入れず、ヤツは俺の喉元の鎖をグイッと引っ張った。
「大体アンタはいっつもいっつも勝手な行動ばっかしてさ! 少しは連帯行動ってのを取ってみなっての! 24のクセして、ガキくさいったらありゃしない!!」
? ? ?
な、何が起こってるんだ・・・・・マジで・・・・・・
さっきまでの、あのどこか切なげな表情は一体どこへ・・・!?
悪鬼羅刹が今そこに・・・・・・
「飲まずにいられるかってんだ、全く!! ほら、アンタもさっさと飲みな!!」
言いながらネルは頼んだらしいボトルをドンと目の前に置く。
「それとも」ジロリと睨むネル。「アタシの酒が飲めないってのかい?」
「んなこたぁねぇけど・・・・ぐはっ!」ハラに蹴りが入った・・・・・!
「なら! さっさと飲む! グズグズしてんじゃないよ!」
何・・・この俺がヤツのペースに乗せられてるとは・・・・・クソ・・・・・・
つまり・・・・・・この女、相当酒癖が悪い・・・と、そういうことかよ・・・・・・
これなら、変な夢見ながら眠りこけるクリフの方が数倍マシだ・・・・・
さっきコイツが連れてきた連中・・・・クリフよりもコイツを連れて行け・・・・・・・
・・・・・そういえば、俺が呼び止めたんだっけか?

畜生!! ちょっとガラにもねぇ色気を起こしちまった結果がコレかよ!


今度はネルが愚痴り始める。
「アタシだってねぇ、色々大変なんだよ・・・・わかる?
アンタみたいな自分勝手なヤツの面倒は見なきゃなんないし、クリフはいっつもフラフラして手がかかるし、マリアとソフィアはすぐにケンカするし、フェイトはそれを知ってて傍観してるし・・・・・・
どいつもこいつも、甘えすぎなんだよ・・・・もう少しちゃんとして欲しいのよ・・・・・ああ〜・・・・・」
カウンターに突っ伏して嘆くネル。
・・・・こいつがこんなになって愚痴を言うのは初めて聞く。こいつも、色々あるわけか・・・・・
「ムカつく!!」
がっ!! ・・・・・だからなんで、いちいち人のハラを蹴るんだコイツは・・・・・・
「アンタもさぁ・・・・もう少ししっかりしてもらわないとさぁ・・・・・」ネルが顔を覗き込んでくる。「わかってんの? ウチのメンバーじゃ年長のクセして、一番手がかかるんだから・・・・・。そんなだから、女も寄ってこないんだよ?」
ほっとけ! なんでテメェに言われなきゃならねぇんだ!
「・・でもさぁ、もしも遠い将来アンタが結婚でもするってことになったらさ・・・・・一体どんな物好きがアンタを選ぶんだろうねぇ・・・・・・」
「・・・・・・・・いちいちうるせぇな・・・・・・」
何が遠い将来だ、そんな先の話だってのかよ! 物好きたぁ、どういう意味だ!
ネルがジッと見ている。
「・・・フン、意外と近くの女かもしれないぜ」
「どういう意味?」
「さぁな」
「何よ、教えてくれてもいいじゃないの!」
ぐほっ! ・・・だ、だから、何でハラを蹴る・・・・・・
・・・・なんで俺はこんな悪酔い暴力女に付き合ってんだ・・・・・・・(付き合えと言ったのは自分だが)
「・・・・・ネル・・・そろそろ・・・・・・ごほっ」
「・・・もう帰るの? まだ早いんじゃないの?」
「いいから帰るぞ・・・!!(これ以上付き合ってたら、こっちの身がもたねぇ)」
ヤツの手を取って、引っ張る。金を多めにカウンターに置くと、ヤツを引っ張ったまま外に出る。
フン、今日も星空か。
「飲み足りないよ・・・アンタ意外と浅いんだね・・・・」
「うっせぇ!! テメェは飲みすぎなんだよ!!」
「・・・・・・・・・・・・・あのさ」
ん? ネルは立ち止まったままこちらを見ていた。
「・・・・ありがとね」
「はぁ?」
「たまには、何も考えずに飲むのもいいね・・・・中々機会がないからさ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺としては・・・・もう少し考えて飲んで欲しかったが・・・・・・・
「また誘ってよ」
「・・・・・・・・・・・機会があったらな」
・・・・素直じゃねぇな、全く・・・・・・・・
わざとらしく背を向け、宿屋に帰るべくまた歩き出す。
手をつないだまま。




 案の定といえば案の定だが、ネルのやつは酔っ払った夜のことをちっとも覚えちゃいなかった。
それはまぁいいんだ。
「コラ! アルベル!! どこにいるんだい!!」
何やらすごい剣幕で怒鳴り込んでくるネル・ゼルファー。
紙切れを持ってやがる。
「この金額はどういうことなんだい!」
??
紙切れの中身はどうやら酒代の請求書のようだ。
・・・・・・・・・・・・・・
何か・・・・途方も無い金額なんだが・・・・・・・
「アンタ達、こんなバカみたいに飲んでたのかい!? キッチリ支払ってもらうよ!」
金は置いたはずだが・・・・・・・足りなかったのか?
「・・・・・待て・・・・・そんな飲んじゃいねぇぞ・・・・。むしろ、お前が飲んだ酒の金額じゃねぇのかこれは・・・・・」
「何言ってんだい!!」ネルは請求書をバッと奪い取った。「アタシがいつ、そんなに飲んだってのさ!? 変ないいがかりはよしとくれ!」
なっ!?
お、思いっきり飲んでたじゃねぇか・・・!! まさか、それすらも覚えてねぇってのか!?
注文したのはシラフん時だったろうがよ!
・・・・それとも、こいつにとってあの量は『そんな』量ではないってことなのか・・・?
「全く、自分のしたことに責任も持てないなんて、本当にアンタってやつはどうしようもない大馬鹿だね・・・・・。今回はアタシが立て替えておくけど、キッチリ返してもらうからね。いいね!?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は・・・・・・・どうしたら良かったのだろうか?


金輪際、あの女とは飲まねぇぞ・・・・・・・(もったいないけど)そう決めた、昼下がり・・・・





END




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