Slightly Bitter

 

 自動で開いた扉のその先に。何故か見慣れた女の姿があった。




 惑星ストリームから、エリクール星に向かう一基の航宙艦。
ディプロと呼ばれるその船は、フェイト達一行を乗せて宇宙を突き進んでいた。
そんな最中。





そいつは部屋で悠々と座ってくつろいでいた。が、こちらを見た途端表情が険しくなった。
「・・・・何の用?」
訝しげな表情で、中にいた女性・・・ネルが呟いた。
「用のクソもあるか。ここで休めと言われたんだ、あの筋肉ダルマに」
無意味に威張りくさって告げる男・・・アルベル。
「アンタが? ここで?」
「ああ」
「・・・一部屋間違えてるんじゃないの?」
「さっき隣の部屋でもそう言われた」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ネルは困った風に頭を抱えた。
「・・・・・・だからって、ここに居つかれても困るよ。廊下で休んでおくれ」
「阿呆なこと言うんじゃねぇ」
お構いなしにずかずかと進入するアルベル。
それに反応して、思わずネルは立ち上がる。
「ち、ちょっと! 何堂々と入ってくるのさ!」
「なんでエンリョする必要がある」
「あのねぇ・・・・!!」
頭を振って、そしてどこかあきらめたような表情を浮かべるネル。
「本当に、お構いないんだから・・・・・・仕方ないね、しょうがないから場所を提供してやってもいいよ」
「何様だテメェ」
こちらもお構いなしに部屋の隅と隅を指差すと、ネルは、
「ここからこっちが私のスペース。アンタはそっち。一歩でも入ってきたらブン殴るよ」
「・・・・おい、明らかにそっちの方が広いじゃねぇか」
「当然だろ、私の方が先客なんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
納得いかない表情でアルベルは、あてがわれたスペースにあったソファに腰掛ける。
「全く、クリフもしょうがないもんだね・・・・・人がいる部屋にさらに人を通すなんて・・・・しかもよりにもよって・・・・・・」
落ち着かなさそうにブツブツと呟くネルの様子を、腰掛けたまま見やるアルベル。
そして考える。
あの筋肉ダルマ、やけにこの部屋を勧めていたが・・・・・もしや・・・・・・

 喉が渇いたのか、ネルは手近にあったポットからお茶を注ぎ始めた。
それを見ていると、こちらまで喉が渇いてくる気がする。
「おい。俺にもよこせ」
それに反応するネル。
「アンタ、それが人にモノを頼む態度なの」
ソファに腰掛けて腕を組んで足を組んでふんぞりかえっているアルベルを見て、ネルは深く溜息をつく。
「それがどうした」
「ったく・・・・・そんな失礼なヤツに入れるお茶なんてないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
と、アルベルが立ち上がった。そして、ネルのいる場所に向かってくるではないか。
「ちょっと! こっちに来たらブン殴るって言っただろ!」
「うるせぇ、茶を入れに来ただけだ」
「・・・アンタ、お茶入れることできるのかい?」
「テメェも失礼なヤツだな」
「・・・・・・・・わかったよ、入れてあげるから待ってなよ」
「フン、最初からそうすりゃいいんだよ」再び座るアルベル。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(コイツ・・・・!)」
煮えあがる腹の底のものを押し静めつつ、ネルはお茶を入れ始めた。
「入ったよ」
「フン、さっさと持ってこい」
「お茶くらい取りにきな。入れてあげたんだから」
「そっちに入ってもいいんだな?」
「・・・・! わ、わかったよ・・・・・・」
しぶしぶ、カップを持ってアルベルの所へやってくるネル。しかし、境界線は越えずに。
「ここまでだよ」
「・・・・テメェも変なところで几帳面だな・・・・・」
「仕方ないじゃないか」
面倒くさそうに立ち上がって、ネルの正面に立つアルベル。
右手でカップを受け取る。
「ご苦労」
「私はアンタの給仕じゃないんだから、全く・・・・」
きびすを返して、ネルは歩き出す。マフラーが起こった風に揺れた。

ぐいっ

「きゃあっ!!?」
後ろから引っ張られた気がして、そのまま後ろに倒れそうになった。
が、すぐ後ろにはアルベルがいた。
後ろに倒れこむままに、彼の胸の中に。
「あ、アンタ、今引っ張っ・・・・!」
「知らねぇな」
そ知らぬ顔で答えるアルベル。しかしその左手は後ろからネルの腰の辺りを抱えこんでいた。
「離しな!」
「そういえばお前、俺の陣地に入ってきやがったな」
「アンタが引きずりこんだんだろ!!」
「お前は俺が入ったらブン殴るって言ってたよな・・・・・・なら、俺はどうしてやろうか・・・・・」
「・・・・・・・・・・!」
もしや・・・・・・まんまとこの男の策略にかかってしまったらしい。ネルはほぞをかんだ。
逃れようともがくも、男の腕力にかなうはずもなく。
「離してよ、大馬鹿!!」
「・・・・・そうだな、味見でもするか」
「・・・・・っ!!?」
腰に回された腕がゴソゴソと動いた。
な、何をしようというんだ、この男は・・・・っ!!?
「離しなっ!! 人を呼ぶよ!! 変態!!!」
出来うる限り暴れるが、それでも逃げられない。力も入らない。
どうしよう、このままだと・・・・・!
「・・・苦ぇ」
「・・・・・・・・・!?」
「テメェ、茶もマトモに入れられねぇのかよ・・・・・」
・・・・え・・・・、茶・・・・・? お茶を味見したの・・・・・・・・。
ま、紛らわしい・・・・・・!
・・・勝手に彼女が勘違いしただけなのだが、それも仕方ない。
「ほ、ほっといておくれ・・・・・!」
文句をつけようとして、上を向いたらすぐそこに顔があった。
一瞬、ドキンとした。
その一瞬、動きの止まった唇に唇があてがわれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
とても苦い味がした。10秒近くも。
「・・・・・・・・人に飲ませる味じゃねぇだろうが」
おもむろに響いた声に、ハッとするネル。
気付いたら、抗うこともなく体を預けていた自分がいた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
色んな恥ずかしさで、真っ赤になってしまう。
「・・・う、るさい・・・・・・ほっといておくれよ・・・・」
「女としてどうかと思うぞ」
「お、お茶の一つや二つで、そこまで言われる筋合いは・・・・・・!!」
さらなる文句は途中で途切れた。また塞がれた。
でも今度は苦い味はしなかった。



『・・・・・まもなくエリクール星に到着します。ブリッジにお集まりください。繰り返します・・・・・』



「お呼びか」
それだけ呟いて腕を離すアルベル。
「・・・・ったく、邪魔くせぇな・・・・」
「はっ、早く行かないと・・・! 遅れるなんて格好悪いしね・・・・・」
誤魔化すように、あわてて離れるネル。まだ顔が赤い。
「・・・・・・5分もあったら十分ヤれるけどな・・・・」
「何の話だいっ!! さっさと行くよ!!」
「何の話って、そりゃもちろ・・・」
「説明しなくていいよ!!!」
まったく・・・・コイツといるとロクなことになりゃしない。
でも、不思議と不愉快でもなかった。それが何故かのかはわからなかったが。




しかしながら。
数刻後クリフに怒りをぶつけるネルと、何故か彼を庇うアルベルの姿が目撃されたらしい。






END





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