Forester Lovers

 

「・・・・・・・・ったく・・・・・鬱陶しい・・・・・」

 それはある日の翌々日のこと。
フェイト達一行はペターニに滞在中で、各自準備なり特訓なりに余念がなかったわけだが。
たまには休みも必要なわけで、一日ゆっくりしようとホテルに居座っていたアルベルにひたすらかまってくるものがいた。



それは、鳥だった。


昨日、ネルが一羽の鳥を助けた。
おそらく、その鳥だろう。昨日よりも大きいような気もしたが、そんなことは今は関係ない。
さっきからしきりにウロウロしたり、髪をついばんだり、とにかくイライラすることこの上ないわけで。
アルベルはさっきから静かな怒りをあらわにしていた。
「おい、鳥」
鳥に鳥と呼んでも通じるわけがないのだが、そう呼ぶしかない。
「さっきから何がしてぇんだ。さっさと逃げねぇと、焼いて食うぞ!」
ちょっとすごんでみると鳥は流石に空に飛び立ったが、少しするとまた戻ってくるのだ。アルベルは頭を抱えた。
一体、何がしたいんだこの鳥は。
せっかくの休み、寝てすごそうと思っていたのだが、寝るとつつかれて起こされてしまう。
何もなしにぼーっとしていると、目の前をちらちらする。
追い立てると、飛び立つがまた戻ってくる。
もうイライラも頂点だ。
「・・・・そんなに食われたいか・・・・・」
おもむろに立ち上がるアルベル。そして、鳥に邪悪な目を向ける。
鳥は流石にヤバイと感じたのか、バッと飛び立った。
「・・・・・・・これでもう近寄っちゃこねぇだろ・・・・フン、世話を焼かせる・・・」
チチチチッ
そこへ、鳥の鳴く声が響く。バッと窓から覗くと向かいの建物の屋根に例の鳥の姿。
その鳥はアルベルを見つめて、また鳴いた。

ぶちっ

アルベルの中で、何かが切れた。


「このクソ鳥、焼いて食ってやる! おとなしく捕まれ!!」
ついに刀を抜いて、窓から身を乗り出した。鳥は逃げるように飛び立った。
「逃がすかよっ!」
そのまま窓から(ちなみにここは2階だ)飛び降り、飛び立つ鳥を追いかけて疾走し始めた。
途中、すれ違ったマリアやフェイトから何やってんだといった目つきで見られたりしたが、アルベルは気づくよしもなかった。



 鳥は、まるでアルベルをからかうようにクルリと輪をかいたり、時には止まったりしながら逃げていた。
逃げるというより、まるで誘い込んでいるかのように、鳥はつかず離れずの位置でアルベルの前方を飛んでいた。
そんなことに熱くなったアルベルは気づかなかったのだが。
「テメェ・・・・いい加減にしやがれっ!」
鳥を追いかけるままに、彼はサンマイト草原からダグラスの森まで足を踏み入れていた。
流石にここまで全力疾走すると息切れもする。追う足が止まり、肩で息をする。
一体、なんだってんだ・・・・
顔を上げると、やはり鳥は捕まらない程度の距離を保ったまま、木に止まっていた。
「・・・ナメやがって・・・・・・」
再び歩き出す。鳥はバッと飛び立った。そして、さらに森の奥へ入っていった。
なめられっぱなしでいられるか、とアルベルも即座にそれを追った。



「・・・・・!?」
 不意に、思ってもいない光景が目に飛び込んできた。
薄暗い森の中。
よく見知った女性が倒れていた。
その光景に、彼は鳥を追いかけていたことも怒り狂っていたことも忘れた。
あわてて女性に駆け寄って抱きかかえた。
「おい! どうした!」
赤毛の女性は力なくぐったりとしていた。時折小さな呼吸音がもれている。意識はどうにかあるようだが・・・・朦朧としている。
ふと見ると、女性の二の腕に小さな穴が二つ、口を開いていた。何かに噛まれたのか・・・・!?
彼女の顔色がすこぶる悪い。もしかしたら、毒を持ったやつに噛まれてしまったのかもしれない。
考える前に、彼は傷口に吸い付いて毒を吐き出す。
だが・・・・・・
彼女の顔色は戻るどころかさらに悪くなっていく。
もしかしたら、体中にもう毒が回っているかもしれない。だとしたら・・・・このままでは・・・・
「・・・う・・・・・・・・・」
苦しそうに、女性がうめく。
どうする。
どうしたらいい?
ダメモトで、何か薬でも持ってないかと所持品を探す。しかしアルベルはほとんど手ぶらだった。
女性の持ち物を探すと・・・・・・紫色の小瓶を見つけた。
ニヤリとする。確か、これは丁度良く解毒の薬だったはずだ。急いで栓を開けて彼女の口にあてがった。
しかし、朦朧としているためか薬を飲み込んでくれない。
さらに顔色が悪化していく。もう時間がない。
考える前に、彼は薬を自分の口に含んで直接彼女の口に流し込んだ。
彼女が薬を飲み込んだのを確認すると、アルベルはようやく一息ついた。
少しずつ、顔色が戻っているようだった。
その間に今度は体力を回復させる薬を探して飲ませる。
さらにしばらくして、ようやく彼女の意識もハッキリしてきたようだった。


「・・・・・・・・アンタ・・・・」
「・・・気づいたか、ネル」
なんでこんなところにいるの? そんな疑問もあったけれど。
「・・・私・・・・・さっき・・・ヘビ・・・・・・」
「お、おい、まだ起きるんじゃねぇ」
「私としたことが・・・・・・油断したね・・・・・・・・」
もうヤバイと思ったんだ。でも、今こうして生きている。
来てくれた。
一番、来て欲しいと思ったひとが。
それだけが嬉しかった。
今はそれだけをかみ締めていたい。

「・・・・・・・もう少し遅かったらヤバかったかもな。感謝しろ」
「・・・そうだね・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
照れくさくなったのか、アルベルはふいっと横を向いた。そして目を見開いた。
その先に。
「・・・どうしたの、アルベル・・・」
つられて、彼女もそちらを見た。
その先に。



こちらを見つめて、仲良く寄り添っている二羽の鳥がいた。




「・・・・あの子・・・こないだの・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・あいつ・・・・・・」
まさか・・・・・・・?
いや、そんなはずは・・・・・・・・
でも、これだけは言える。
あの鳥がいなかったら、彼女は今頃・・・・・・・・

「・・・・フン、んなわけあってたまるかよ・・・・」
「? 何の話だい?」
「なんでもねぇよ」
「・・・そう。・・・・・・ねぇ、どうしてここがわかったんだい・・・? ここ、かなり奥のはずだけど・・・・」
「散歩してただけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「散歩してたら『たまたま見つけたから』、見捨てるのも目覚め悪ぃし『助けてやった』んだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらく考え事をして、ネルはふっと笑った。
「なんだ、何が可笑しい!」
「なんでもないよ」
「・・・さっさと帰るぞ!」
あからさまな照れ隠しで背を向けて歩き出すアルベル。そんな彼を彼女は微笑ましく見つめていた。
「・・・ありがとうね」
誰にも聞こえないように、彼女は呟いた。そしてアルベルの後を追っていった。
一体誰に呟いたのだろうか。

後に残されたのは、散乱した薬瓶とそして二羽の鳥たち。






「ほら、これ見てよ」
 その日の夜、ホテルでマリアが何やら面妖な機械(クォッドスキャナー)をソフィアに見せていた。
「あ、この鳥・・・・」
「昨日の鳥でしょ。で、ここを見て欲しいんだけど」
「・・えーっと・・・・・・この鳥は生涯の相手を一羽だけ選んで、ずっと添い遂げる・・・・・・へぇ・・・素敵ですね」
「でしょ? やっぱり昨日のあの二羽は恋人だったのよ。・・・人って言うのもヘンかしら・・・・恋鳥?」
「ずっと一人の相手と・・・・かぁ・・・・・ロマンチック〜・・・・」


「ずっと一人の相手・・・・・・」
ネルも思わず反復していた。
ずっと一人の相手を助けてもらった。だから、助けてくれたのだろうか・・・・・?
自然と、笑みがこぼれていた。
「なんだ、ニヤニヤ笑いやがって」
すぐ目の前に、訝しげな表情を浮かべた男が立っていた。
「なんでもないよ、アルベル」
「・・・・・・・・・・・・ヘンな女だ」
「アンタもあの子たちを見習ったらどう?」
「は?」
”ずっと一人を守り続けるくらいの甲斐性を持ちなよ”
言葉にする代わりに、また微笑んだ。
「・・・・おかしな女だな・・・毒に頭ヤられたか?」
ブツブツ呟くアルベルの横を、ネルは通り過ぎて行った。
とても、幸せそうに。





END





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